第26話 それぞれの推理
【前回のあらすじ】
「犯人はあなたですね、ブラコさん」と唐突に告げるアデル。事件は遂に解決に向かうのか。一方、温泉宿ではララが現場に潜んでいた魔物を発見。現れた赤く巨大なスライムに苦戦を強いられていた。
―――温泉宿「かれん」広間
こと。ちゃり。ぱさっ。
広間に物音が響く。ゼルダとルーミがシャウラの鞄に入っていたものを整頓して並べていく。一同はただ静かにその様子を見守る。その場には妙な緊張感が漂っていた。
「もうシャウラさんには遺族はいないんだっけ。この遺品は王国に返還することになるけど、いいかい?」
「そうですね……あ、一応アデルにも確認してからで良いですか?」
「ええ。彼が唯一の同郷だからね」
二人の会話にミミが反応する。
「え?でも帝国でまだ生きている可能性もあるんじゃ……?」
「あ……そうですね。ですがもうこっちに帰ってくる可能性も、私たちが遺品を届けられる可能性もないですから……」
「そ、そっか……」
再び重い沈黙が降りる。私はこういう空気が苦手だった。
「刑事さん、あたしの推理でも聞く?」
「え?ああ、お願いしようかな」
オルガノは突然の提案に少し戸惑うが、すぐさま了承してくれた。彼もこの暗い雰囲気に滅入っているようだった。
「ユカリさん、何故ブラコが犯人だと思ったんだい?」
少し前にプライドの塊のような刑事に会ったから、素直にそう尋ねられるオルガノには好感が持てた。
「ポイントはこれよ」
ちゃりん。私はさっきゼルダが床に置いた袋を持ち上げて見せる。
「シャウラさんのお金?」
ルーミが目を丸くする。オルガノも首を傾げていた。
「シャウラはロッカーを使っていたでしょ?それも掃除中のユバに鍵を見せつけてまで。あれはどうしてかしら?」
「そりゃ、ユバさんはロッカーの管理もしてるから、使ったことを知らせなきゃと思ったんじゃ……」
「あ、そっちじゃないわ。何のためにロッカーを使ったのか、よ。ロッカーは普通、貴重品を入れるために使うでしょ?だけど、シャウラはそもそもお金を鞄に入れっぱなしにしていた。じゃあ、何のため?」
ゼルダがはっとした顔になる。
「ロッカーから見つかったのはブラコの財布ですよね……。どうして?」
「そう。ブラコは茶屋で財布を盗もうとした。そして自分の財布は持っていなかった」
「あ!シャウラがブラコの財布を盗んじゃったから無かったんだ!」
ミミが叫ぶ。
「そうね、それも考えられる。でも私は別の可能性を考えてるの」
「別の?」
今度はオルガノが尋ねる。
「シャウラはブラコに偽装させられ、ロッカーには彼の財布や身分証。おまけに部屋には男物のコート。シャウラはブラコになりすまそうとしてたように見えない?」
「あ、なるほど!」
「だとすると何故シャウラさんは殺されちゃったんですか?ブラコさんは彼女のなりすましを阻止しようとして?」
納得顔のミミと対照的に、ルーミはますます頭を抱える。
「それならブラコはシャウラを殺したあと財布も取り返して終わりじゃない。きっとそれは逆だったのよ」
「逆?」
「ブラコは寧ろシャウラが自分になりすますのを手伝っていた。そう考えるとすっきりしない?」
その言葉に一同しばらく固まってしまった。
「どういうことニャ!?誰かが自分になりすまそうとしてるのを、喜んでたってことかニャ?」
「そのために、自分の服や財布をシャウラさんに渡したってことですか?それじゃもうブラコさんはブラコさんとして生きていけないじゃないですか!」
「そう、ブラコはもうブラコとして生きていくつもりがなかった。私はそう考えたわ。彼は自分の身元をシャウラに譲って、自分も彼女と同じように誰かになりすますつもりだったんじゃないかしら?」
「でも、それならシャウラはどうして殺されたのですか?」
ゼルダが疑問の声を上げる。そう、問題はそこなのだ。
「シャウラとブラコは面識があった。だから殺す動機があるとしたらブラコしかいない。そしてブラコに動機があるとしたら、彼は自分を殺す必要があったということなのよ」
「自分を……?」
オルガノも顎に手を当てて考え出した。
「シャウラはキラーザで毒殺事件を起こして逃げ、ブラコになりすまそうとした。ブラコはそんな彼女を利用して、自らの死を装った……。こういうことかい?」
彼の溜め息が広間に響く。そこへ。
どたどたどた。
足音が駆けてくる。
「ゼルダさん、いる?」
走ってきたのはポットだった。
「スライムが想定以上に強くて手が足りないんだ。増援を頼む!」
―――一方その頃、キラーザの関所
「温泉宿での殺人事件、犯人はあなたですね。ブラコさん」
唐突にブラコに告げるアデル。人でごった返した地下牢。その空間にしばし沈黙が降りる。
「おっと、こいつはいきなり何の言いがかりだ?殺人?俺はしがない財布泥棒じゃなかったのか?」
とぼけて見せるブラコ。だがアデルの視線は揺らがない。
「確かにまだ証拠はない。温泉宿に戻ってみなきゃ分からないことだらけだからね。でも、はっきり分かっていることがある。あなたはスライムを使って、ここにいながら犯行を実行できた。そうだろう?」
「そうだろって、それで頷くやつはいねえだろ。まず俺は温泉宿でどんな事件が起きたのかも知らないんだけどね」
「ああ、教えてあげるよ。温泉宿であなたの死体が発見された。それも女湯でね」
「何だって!?俺の死体?それじゃあ俺は犯人どころか被害者じゃないか。どうなってるんだよ?」
ブラコは大袈裟に手を広げて驚いて見せる。それが逆に驚いていないことを示していた。
「確かにおかしい。そんなわけはないだろうさ。だからあなたが被害者の姿をあなたに変えたんだろう?」
「ほう、いきなり矢継ぎ早に仕掛けてくるな。言い掛かりの天才か?証拠は?手段は?何かひとつでも俺がやったって言えることはあるのかよ」
「逃げるため」
アデルはただ簡潔にそう答えた。それは証拠でも手段でもなく動機の話。
「さっきの戦いでそこの大男、ダゴンさんだっけ?彼が言っていたんだよ。『貴様らネオカムヅミに頼まれたのであろう?今ドン・ブラコ様を失うわけにはいかんのだ』ってね。首領思いの良い部下じゃないか」
「……つまり、何が言いたい」
「あなたはオオカムヅミのリーダーなんだろう?そのためかネオカムヅミとやらに命を狙われている。相当切羽詰まっていたんだ。だからハニカさんを利用して逃げようとした」
アデルの推測は、しかしブラコの顔に張り付いた余裕の笑みを徐々に奪っていった。
「あなたは何らかの方法で被害者の姿を自分に偽装し、殺した。財布も温泉宿に置いてきて、自分が死んだことにしようとしたんだ」
「何言ってやがる。そんなことしても俺自身が生きてりゃいつかばれるだろ。ネオカムヅミの奴らはそんな小細工で誤魔化せるほど馬鹿じゃねえ」
「だから……あなたも誰かに変わろうとしていたんだろう。恐らく、キール君に」
「なっ!?」
キールは大きく目を見開き、仰天の声を上げる。確かにキールはブラコに身分証の入った財布を盗まれている。
「あれ、でもそれならブラコは財布に身分証まで入ってることを予め知ってたってこと?」
僕は思わず尋ねていた。
「さあ、それはどうかな。もしかしたら身分証が手に入るまで財布泥棒を繰り返すつもりだったのかもしれない」
「てめえ、まさか完全に俺になりすますために、俺のことも殺そうとしてたんじゃねえだろうな」
殺す!?そうか、姿をキールに偽装して生きていくには、キール本人が生きていては都合が悪いんだ。ブラコは黙ったままキールの目を見つめている。答える気はないらしい。
「どうなんだい?僕は正直あなたが犯人だと確信している。違うのなら反論しなよ」
アデルがブラコの反応を急かす。彼はやがてゆっくり息を吐き、鋭い目付きでアデルを見る。
「俺が犯人だと認める利点が何かあるのか?」
それは反論でも何でもない。まるで関係の無い質問に思えた。
「あなたをキラーザに引き渡すことを考え直そう」
その言葉に、ブラコの部下たちが俄然どよめきだす。
「おいアデル!!それは一体どういうことだよ!!」
「言葉の通りさ。彼は君の財布を盗るのに失敗して、こうして牢屋に入れられてしまった。これは彼にとっては非常にまずいんだ。彼の話が本当なら、キラーザに引き渡された彼に待っているのは法の裁きなんかじゃない。毒殺事件の報復の死だろうよ」
「ん?ちょっと待て。毒殺事件?」
「ああ、ハニカの正体は毒殺事件の実行犯、サソリだった」
「えっ!?」
僕とキールは驚く。ハニカの部屋に入ったとき、アデルはそのようなこと1度も口に出さなかった。
「ハニカの部屋に入ってすぐ、その正体には気付いたよ。昔会ってから大分経ったけど、人の匂いはそう簡単に変わるものじゃない。僕は急いでシャウラのブーツを探して押し入れの中に隠した。それだけで十分かどうかは賭けだったけどね」
そうだったのか。何故隠していたのか気になったが、その前にキールが口を開く。
「もうひとつ、毒殺事件の報復ってのは?未遂事件じゃなかったのか?」
確かに、僕らは関所の守衛から『命は全員助かった』と聞いている。
「毒殺だよ。一人だけ死んでるんだ。公表はされないだろうけどね。オルガノ刑事曰く、刑事でありながらキラーザの裏社会を牛耳っていた男……。今回の被害者たちが裏に通じていたことは町民にも広く知れ渡っていたことだからね。刑事の中から被害者が出たことを、刑事局は何としても隠蔽するつもりらしい」
「ちょっと……待てよ。まさかこいつを刑事局に引き渡した時点で、ネオカムヅミの手に落ちたも同然ってことなのか?」
キールは頭が混乱しているらしく、こめかみを押さえて唸っている。
「へえ、ただ騒がしいだけのやつかと思ったが、ちゃんと頭は回るようだな。その通りだよ」
彼のその結論を支持したのは、ブラコ本人だった。
「良いだろう。確かに俺にメリットのある話になりそうだ。認めよう。俺は温泉宿にスライムを潜ませ、ハニカこと暗殺者サソリを襲わせた。詳しく聞きたいか?」
僕とキールは静かに頷いた。
いよいよ次回で事件の全貌が明らかになります。ようやくですね。普通のミステリーではすべてを解く名探偵がいるものですが、テオン一行の傍には名探偵はいませんからね。それぞれがそれぞれの視点で、厳密性は欠くけれども独自に確信を持つ形で犯人に辿り着く。そんな構成となりました。普通に名探偵登場させるより大変だと感じたのですが、単に私が未熟なだけでしょうか。
次回更新は4/6です。スライムとの激闘と犯人の自白の二本立てです。乞うご期待!!