第11話 そんなことより温泉だ!
【前回のあらすじ】
魔物を倒して金策をしながら温泉宿「かれん」に着いた一行。広間に入ると、そこにはゼルダの幼馴染であり、キールが泥棒猫と呼んで怒っていたアイルーロス、アレーナの剣士アデルがいたのだった。
「君たちがゼルダの今の仲間なんだね。僕はアレーナの剣士アデル。よろしく!!」
アデルがにこやかに挨拶をする。屈託のない笑顔は太陽のようで、初対面ながら心に温かさを感じさせる好青年だった。
「アデルさんもゼルダさんと同じ種族なんですか?その……身長とか」
ルーミが言葉を選びかねてストレートに聞く。アデルもゼルダと同様、見た目はルーミと同じ歳くらいに見えた。
「いやあ、そうだったらいいんだけどね。僕はアイルーロスなのさ。フェリスアレーナという種族でね。砂漠で生きていくには小さい方が何かと便利なんだよ」
「フェリスアレーナ……だからアレーナの剣士なんですか?」
「まあそうかな。フェリスアレーナだけで構成されたアレーナという集落の出身なんだよ。そして、もうそのアレーナの生き残りは2人しかいないんだ」
そこでさっきまでアデルと話していたコートの男が口を開く。
「その話に入る前にそろそろ私も自己紹介していいかな。私はキラーザの刑事、オルガノ・アッカーマンというものだ。ここへはとある犯罪者を追ってきていてね」
「その犯罪者ってのが僕の唯一の同郷人なのさ」
犯罪者……。キラーザの関所の衛兵の話では、アデルはキラーザの毒殺未遂事件の実行犯を追っているという話だった。それが……。
「まさかキラーザで毒を使ったという犯人、あなたが前に追っていたサソリなの?」
「そうか。ゼルダには話したことがあったね。暗殺者サソリ……その名前が徐々に知れ渡るようになったのは6年前だ。サソリ型の魔物の毒を自在に操り、誰にも気付かれずに犯行を行う。僕らの集落を7年前に飛び出したシャウラのことだ」
そう言ってアデルは自分の足元を指差す。彼はふさふさの毛皮で覆われた変わったブーツを履いていた。
「僕らは伝統のこのブーツを履くことで、足音を立てず、足跡も残さず移動することができる。それにシャウラは幼い頃、サソリの毒を使って家畜を徒に殺した過去もあるんだ。もしやと思っていたとき、偶然旅先で彼女に会ってね。怪しく思って後を付けたら案の定だった」
アデルは少し寂しそうに話す。小さな頃から知っている者が犯罪者になるというのは、やはり悲しいことなのだろう。
「だからこそ我々は必ずサソリを生きて確保する。罪を償わせて真人間に戻すためにね」
オルガノ刑事は優しく笑う。悪名が轟くほどの暗殺者の更正を、二人は本気で信じているのか。中々できることではないだろう。
「もし私に出来ることがあったら……何でも手伝うからね」
ゼルダがアデルの手を取り、優しく微笑んだ。
「あんたたち!いつまでそんなところにいるのー!!」
レナのチョップがゼルダの頭にヒットする。見ると既に受付は終っていたようで、女将のカレンが客室へ続く廊下の前で待っていた。皆そろそろと動き始めるが、マギーは囲炉裏のそばで未だごろごろしていた。
ルーミがすぐにマギーのところへ戻り、火から離そうとすると。
「も……もう少しここにいたいニャ~」
「もう!皆さん待ってますよ!!」
「嘘ニャ!皆さっきまでレナを待たせてお喋りしてただけニャ!だから皆がレナを待たせた時間くらいはマギーが皆を待たせても文句はないニャ!!」
「あるわよ!マギーのバカ!何その謎理論、あたしずっと待ってるばっかじゃない!!」
レナが怒って再びマギーの頭にチョップをお見舞いする。
「嫌ニャ嫌ニャ~!ここ温かいのニャ……」
完全に駄々っ子のようになってしまったマギー。しかし……。
「ニャ」
突然すくっと立ち上がった。
「すまないニャ。どうも見苦しいところを見せたニャ……」
気付くと既に辺りは暗さを増し、今まさに日が沈みきったのだった。
「うおっ!これがクールな夜マギーか!本当に別人になった!!」
「アイルーロスの特性で夜になると性格が変わるようです」
キールとリットが話していると……。
「いや普通あんなに変わらないだろ」
アデルの突っ込みが飛んでくるのだった。
通された大部屋は森に面した角の部屋で、男7人が1階、女9人が2階だった。床には草を編んだような板が敷き詰められ、独特の落ち着く香りを放っていた。女将の説明ではタタミというらしい。他にもイタノマやらショウジやらランマやら、色々と説明された。
「とりあえずこの紙で出来た仕切りは穴が開きやすいから気を付ければいいんだな」
バウアーが頭を抱えながら聞いたことを整理しようとしていたが。
「まあ、そこら辺はいいじゃねえか。そんなことより温泉だろ!」
ケインが叫ぶ。彼は難しく考えないタイプの人間らしい。
「ふふ。和風建築についてまた聞きたくなったらいつでもお尋ねください。温泉は1階から渡り廊下に出て突き当たりになります。先程の広間の手前で左に向かえば行けますよ」
「よし!キール、早く行こうぜ!!」
ケインは早速荷物を置いて駆け出そうとしていた。
「あ!くれぐれも女湯には入らないでくださいね。覗きも厳禁です。トラブルになっても当宿は一切の責任を追いませんからね」
女将はそんな言葉を残して部屋を後にした。ええ、それは大切な注意事項ですが……こういうの、フラグって言いませんか?
既にケインとキールは部屋を出てしまっている。バートンとメルーも既に着替えを持って歩き出していた。
「テオン殿、バウアー殿、我々も行きましょうか」
ファムが穏やかに言う。見ると既に浴衣に着替えて温泉気分を満喫していた。
「ファム、それお風呂上がってから着るんじゃない?」
指摘するとファムが少し赤くなる。まあ着てしまったものはわざわざ着替え直すのもおかしい。僕とバウアーで浴衣のファムを挟み、僕らも浴場へ向かうのだった。
湯屋は宿の離れとして作られていた。渡り廊下を越え、湯屋へ入る。
「いらっしゃい、荷物があったら預かるよ」
入り口すぐのところで、ロッカーの番をしているらしきおばさんが声を掛ける。
「あたしゃユバ。湯屋の番頭だ。ここで起きた盗難なんかにゃ責任は持てねえが、あたしが預かったもんに関しては責任を取ろう。それくらいちゃんと預かるから安心しな」
なるほど。だが大半の荷物は部屋に置いてきてしまった。
「それなら財布を頼む。何せちょっと前に盗もうとしたやつがいたんでな。念のためだ」
バウアーが財布を預ける。
「はいよ。じゃあこれ鍵ね。手首に巻き付けておきな」
ユバが彼に渡したのはゴム製のバンドに鍵が付いたものだった。前世では魔力パターンによるロッカーが主流になっていたが、このレトロな鍵が寧ろ宿の落ち着いた雰囲気に合っている。
「それじゃ男湯は右の青い暖簾ね。間違っても隣を覗こうとするんじゃないよ」
また念を押された。そんなに信用無さそうな空気が出ているのだろうか。
「覗かれたって騒いだ女が魔法ぶっぱなして建物が壊れかけたことがあったんで、一応ね」
思ったより一層物騒なフラグが立った。
「やっと来たか。遅ぇぞお前ら」
湯船の奥でキールとケインが手招きしていた。キールは近くの岩に腰かけて足だけを浸けている。
「キール、お前もうのぼせそうなのか?」
「うるせえ、俺は熱いの苦手なんだよ」
あんなにノリノリで温泉に向かっていたのに。頭に血が上りやすいってのは入浴にも影響するのだろうか。
「おや、バートン殿とメルー殿は?」
「二人は横のサウナ風呂に入っていったぜ」
サウナまであるのか。だが僕はサウナより湯船に浸かる方が好きだったので、掛け湯をしてさっさと入る。
「ああぁぁ…………」
温泉で声が出るのは反射のようなものだ。
「なんだ、テオンの村にも温泉の文化ってあったのか?」
キールの言葉に頷きかけてふと固まる。
「え?」
「田舎の村から出てきたって言うから、掛け湯も知らねえんじゃねえかと思ってよ。馬鹿にしようと思って見てたのに」
な……何て意地悪なことを。しかし確かにアルト村には風呂の文化はない。精々井戸の水を汲んで水浴をするくらいだ。転生した僕くらいしか温泉など知らないはずだ。そう思っていると……。
「すっごーーい!これが温泉!初めて見たー!!」
隣からララの大きな声が聞こえてきた。
「まあ……何となくこうすればいいかなと思って」
「ふぅん」
キールはやや訝しげな目を向けたが。
「まあいいや。それより」
岩から立ち上がって僕の方まで寄ってくる。
「お前、今のララってやつ嫁か?」
「はっ!?」
いきなりそんなことを聞くキールに、思わず頓狂な声を上げてしまう。そこにケインまでやって来て。
「なんだ、違うのか?あんなに女がいたら選び放題だろ?まさか全員に手を出したりとかして」
「馬鹿!そんなことするわけ……」
「何でだよ。お前それでも男か?」
「そうだそうだ。俺たちがどれだけ女のメンバーを求めてるか」
「しかもあんなに可愛い子ばかり。テオンずるいぞ!」
キールとケインはそのまま僕らのパーティの誰が可愛いかで盛り上がり始める。バウアーはただ笑って見ていた。
「てか何で僕ばかりなんだよ。ファムだって同じだろ?」
「テオン殿!?私を巻き込まないでください」
「ファムはマールと出来てんだから興味ねえわ」
キールがさらっとそんなことを言う。
「な!?決して、私たちはそういうのでは……」
またファムが赤くなる。そのまま彼は黙ってしまい、結局僕ばかりキールたちにあれこれ聞かれたのだった……。
「ふう…………」
温泉から出た渡り廊下で一息つく。夜の山中には既に冬らしい張り詰めた風が吹いている。その後、案の定のぼせたキールをバウアーとケインが運んでいった。心配だが、今はようやく訪れた静けさを堪能したい。
「あ、テオンも出てたんだ」
ララの声がした。振り向くと赤く上気した顔のララがランプに照らされ、浴衣に身を包んで立っていた。汗がつつと首筋を辿って鎖骨を通る。もどかしげに窪みに溜まってから、襟の間、少し開いた隙間に落ちて吸い込まれていく……。
「ララ……」
僕は赤くなった顔を背けるのも忘れ、その姿を見つめていた。
幕間劇となる温泉回ですが、まあテオン君目線なので男湯限定です。別に女湯描写しなくても、湯上がりの浴衣女子で十分満たされないですか?ダメ?
まあ温泉シーンは次回もあります。期待しないで待っててくださいね。次回更新は3/7です