第7話 スキルの痕跡
【前回のあらすじ】
マギーの疑いを晴らすため、キールの財布が盗まれた状況を確認するテオンたち。無関係だからと退店しようとする男に、ユカリは魔法やスキルがあるから全員容疑者だと言い放った……。
「魔法やスキルがあるのよ?この世界では手段は無限。手が届くかどうかなんて全然問題じゃないわ。常識でしょ?」
ユカリの一言で空気が変わる。
「つまりこの茶屋にいるもの全員容疑者ってことね」
「嬢ちゃん、そりゃ冗談きついぜ。そんなもん犯人の探しようもなければ、疑いの晴らしようもないじゃないか」
「何言ってやがる!?犯人なら俺の財布を持ってるはずだろ?」
「いや、世界には持ち物を無限に異空間に保存できるスキルだってあるらしい。そんなものを使われたら財布だって出てきやしないだろう」
「な!?くそっ!誰だよ、そんなスキル持ってるやつ!」
「落ち着きなさい、キールさん。確かにそういうスキルの存在は記録されているけど、歴史上そのスキルを有していたのは二人だけよ。勿論報告されてないスキルの存在は否定できないけど、どのみちかなりのレアスキルなの。可能性は低いわ」
「あん?レナっつったか?お前何でそんなに詳しいんだよ。怪しいな、おい?まさかそのスキル持ってるから詳しいんじゃねえだろうな?」
「変な言い掛かりはやめて。あたしはスキル鑑定士、王都でスキルの研究をしてるの。それくらいは知ってるわよ。あなたの疑り深さは分かったわ。あとで難癖つけられるのも嫌だから言っておくけど、同様に物を収納できる魔道具があるわ。それなら誰でも持っている可能性がある。現にあたしも持ってるわ」
「魔道具?魔道具ってなんだ?」
「ああ、キールはそんなもの見たことなかったな。すまん、そこはおれが説明しておく」
バウアーがキールに魔道具の説明を始める。
「それよりあなた、まだ名乗ってないわね」
ユカリがカウンターに座っていた男に詰め寄る。
「あ、そうだな。これだけ沢山の女の子たちに名乗るのは寧ろ喜ばしいことだ。俺の名前はブラコ。よろしくな!」
男ーーブラコは場違いにもくるっと回転してウインクをする。気障を通り越して面白い。
「ああ!?じゃあこのアイルーロスならお前に魔道具を借りて財布を隠せるんだな?」
キールがバウアーの説明を聞き終え、マギーへの疑いを深める。
「ニャ!?レナ!マギーの立場が寧ろ悪くなっちゃったニャ!裏切り者!!」
「まあまあ。今となってはこれくらい大したこと無いわよ。誰にでもそれは可能なんだから」
「そうだったな。手段が関係ないってんならどうやって容疑者を絞るんだ?」
バウアーの言葉に答えたのはリットだ。
「ふふふ、今度こそ私の出番ですわ!犯行手段が特定できないのなら、他の切り口から考えれば良い。犯人はキールさんのポケットに財布が入っていたから盗んだのです。それを知っていた人を考えましょう」
「そうニャ!マギーには知りようがないニャ」
「うーん、財布がちらっと見えちゃって衝動的に取ったってのは目で見て知ったことになるんじゃないかしら?」
「やっぱりレナは裏切り者だニャ~!うわ~ん!!」
「キールさんの財布がポケットにあると知っていた人物、そう考えればやはり1番怪しいのはブラコさんです。先ほどのやり取りで確かにあなたは財布の在処を知っていたのですから」
ゼルダの言葉にブラコは肩を竦める。
「確かにそうだ」
「そしてキールさんのお仲間もですわ。特にお隣のケインさん」
「くえっ!?俺かよ?」
油断していたケインは思わずおかしな声を上げる。
「すみません、先ほどキールさんと話していたことを盗み聞いてしまいました。ケインさんは普段からキールさんにお金を貸していたようですわね。金銭トラブルから盗難に走った、という線もあり得ます。お二人はお店の外でキールさんの財布を見られたでしょうし、普段から同じポケットに入れていたのなら見るまでもありません」
「なるほどな。確かにおれたちも容疑者ってわけか」
「ケイン、てめえだったのか!?」
「バカ落ち着けよ、可能性の話をしてるだけだろ?仲間を本気で疑うなよ!!」
キールは相当頭に血が上っている。ルーミなどはすっかり怯えてバートンの影に隠れている。
「可能性で言えばまだあるんじゃねえか?」
バウアーが今度は僕らを見て口を開く。
「持ち物を隠すスキルがあるなら、相手の持ち物を見破るスキルだってあるんじゃないか?それさえあれば何も財布を確認したキールを見ていなくても犯行は可能だろう」
「確かにそうね。そのスキルなら存在しているわ。誰もが持っているものではないけれど、ポケットの中を見るくらいなら上位スキル程度、腕利きの盗賊なんかは持ってても珍しくない」
レナの言葉をブラコが引き継ぐ。
「そのスキルなら知ってるぜ。熟練になるとスキルで隠した物だって見破れるんだ。危険物発見のためにそのスキルを持ってる人物に入国審査をさせてる国もあるんだぜ」
ブラコは得意気に知識を披露する。
「よく知ってるわね」
「世界中を旅してるからな」
「誰だ!そのスキルで俺の財布を盗み見たやつは!!」
またもキールが怒声を上げる。
「あなた、いい加減にして!ルーミちゃんが怖がってるわ。いちいち怒鳴らないで……あら、ルーミちゃんどうかした?」
相変わらずバートンの背中に隠れていたルーミだが、レナの言葉に彼女を見ると、ひょっこり頭を出して床をじっと見ている。そこはマギーが拭いていた辺りだった。
「あの……あれ、何でしょう?」
ルーミが指差した先には、ブラコがこぼしたお茶の染み込んだ木の床……いや、それ以外にも濡れたあとがある。キールが座っていた座敷から床まで水が垂れたような跡があったのだ。
「あれ?そんなところも濡れていたのニャ?気付かなかったニャ」
「違うでしょマギー。床にこぼれたのはブラコさんのお茶。多少飛び散ったとしても座敷の上までは跳ねません。あれって手掛かりなんじゃ……」
ルーミの指摘にレナがニコッと笑う。
「お手柄よ、ルーミちゃん!間違いなくこれは自然についた跡じゃない。事件に関係があるはずだわ!スキルの痕跡ってやつね」
リットも頷いて近くまで寄る。
「うーん、何の跡でしょう?キールさんの上着が置いてあった辺りから床まで延びていますが、その先は拭かれていて……」
「マギーが拭いちゃったからニャ?」
「つまりお前が証拠を隠蔽しようとしたってことか!」
「キール」
キールの後ろ襟をバウアーが引っ張る。彼は不機嫌そうな顔を見せながらも黙った。まるで首輪を付けられた狂犬だ。
「これは水を利用して財布を盗んだ可能性が出てきたわね。水を自由に操る魔導師なら、物を持ち上げたり運んだりは出来るらしいわ」
「へえ、そんなことが出来るのか」
レナの説明に頷くブラコ。キールが相変わらず吠えているがもう気にしないことにする。
「それなら水属性の魔導師に限られるな。あんたスキル鑑定士なんだろ?勿体ぶってないで、そろそろおれたちを鑑定したらどうだ?」
バウアーがレナに視線を送る。そうか、スキル鑑定なら物を隠すスキルも魔法の属性も分かるのではないか、と思ったのだが。
「別に勿体ぶっているわけではないわよ?あたしはスキルではなく装置で測定する鑑定士なの。全員分測定するには時間も魔力液も足りないの。あ、魔力液というのは大型の魔導装置の燃料みたいなものよ。だから犯人が分かってから確認のために使えるくらい」
「けっ、使えねえな」
ケインが毒づく。
「でも方法がないわけではないわ」
レナはそう言ってララを見た。いきなり注目を浴びた彼女は大きく戸惑う。
「え!?私?私、他人のスキルなんて分かりませんよ!」
「スキルまで分からなくていいわ。使う魔法属性さえ分かればね」
「あっ!?」
そういえばララは砂漠を歩いているとき、潜んでいる魔物の魔法属性まで感じ取れるようになっていた。元々の気配察知とレナから借りた魔道具アラートボールとの合わせ技である。
「アラートボール、落としてないわよね?」
「は、はい。そういえば茶屋に入ってからずっと切っていました」
ララは腰のポーチから青い丸い玉を取り出す。
「ではいきます」
ララはゆっくり玉に魔力を流していく。起動していることを示す緑のランプが点く。
「ええと……。水属性、水属性……キールさん水属性なんですね」
「何!?俺がやったってのか!自分で自分の財布盗るやつが……ぐえっ」
「ララさん悪い。続けてくれ」
「は、はい」
ルーミと違いララはこれくらいで動じたりしないだろうが、それにしてもキールは怒りが収まらなさすぎて、かなり可笑しなことになってしまっている。彼のためにも早く犯人を見つけたいところだ。
「あとはバートンさん、ポットさんですか……?あ、私もポットさんと同じくらいは適正がありそう……」
「えっ!?」
今度はレナが声を上げる。
「おかしいわね……。ララちゃんに水属性の魔法は使えないはずなんだけど」
「そうですよね。使ったことないです」
「もしかしてララ、治癒魔法の適正があったりしないか?」
「あっ!それなら少しだけあります」
「治癒魔法は分類としては水属性になる。確かに治癒のとき水を操作したりはするからな」
「そうか……。それじゃあポットさんも治癒魔法を?」
「まだまだ駆け出しだがな。魔法を使うより薬草の方が……」
「おいっ!?それ関係ねえだろ!犯人は誰なん……ぐえっ」
「ごめんなさい、水属性の魔法を使える可能性があるのは以上です……あれ?でもまだ水属性の気配が……」
ララが押し黙る。相当に集中しているようだ。今まで名前が上がったのはバートン、ポット、ララ、それにキールか。この中に犯人がいるとは思えないな。そう思っていると。
「これは……魔物?茶屋の中に水属性の魔物の気配があります。スライム?だけど位置がはっきり分からない。ただ敵意とかはないようです」
「位置が分からない?……となると、スキルで隠蔽されているのかも」
レナがそう呟いた途端、ユカリがぱちんと指を鳴らした。
「分かったわ!この事件……ユカリちゃんが頂いた!!」
そう宣言する声が茶屋の中に高らかに響いたのだった。
スイーツハンターユカリちゃんはここまでで犯人を特定してしまいました。ただの甘い物好きではなかったんですね。
勿論、ここまでの情報で犯人の名前、犯行の手口、決定的な証拠の入手方法まで分かるようになっています。
ちょっと簡単かな……。
次回はいよいよ解決編です。更新は2/27。
皆さんも推理してみてくださいね
(あくまでこれはライトノベルです(笑))