第6話 マギーを救え!
【前回のあらすじ】
次々と運ばれるお菓子を眺めながら財布の心配をするレナ。時間は経ち周りの客も茶屋を出ようと会計の準備を始める。そのとき冒険者キールの財布の盗難が発覚、近くにいたマギーが容疑者に……!
「お前か!この泥棒猫!!」
和やかな空気の流れていたサンゲーン茶屋に、突如として怒号が鳴り響く。カウンターの男と話して気分を良くしていたマギーも、それを見ていた僕らも、ただ茫然とそれを眺めていた。あまりにも唐突だった。
「ニャ?ニャニャっ!?離すニャ!痛いニャ!何するニャ!!」
マギーは何が起こったのか分からないといった様子で、ただ掴まれた腕をぶんぶんと振っていた。しかし冒険者の男も離してくれる素振りはない。
「何するはこっちの台詞だ!あの財布には俺の冒険者カードも入ってんだぞ!床を拭く手伝いをするついでに盗ったんだろ!すぐに返せよ!!」
なるほど、彼はそれでマギーを犯人だと思ったのか。
「おかしいと思ったんだよ。あの卑怯なアイルーロスが親切に店員の手伝いをするなんてあり得ねえんだ!本性を表せよ、この泥棒猫が!!」
いや、どうやら彼はアイルーロスという種族自体に恨みでもあるようだ。しかしとにかく今はマギーを助けなければ。
「おい待てよ!!確かな根拠もなくうちのマギーを犯人だと決めつけるな。その手を離せ!!」
「テオン……。助けてくれるのニャ?」
「うちのマギーが他人の財布なんて盗むわけないだろ!!マギーには財布やお金に興味はない。盗るならせいぜい食べ物だ!!」
「それフォローになってないニャ!!」
「わけ分からねえこと言いやがって!じゃあ俺の財布は誰が盗ったんだよ!大体この猫が馬鹿だろうと、こんだけいる仲間の誰かが吹き込んで盗ませたってこともあんだろが!!」
「マギーがバカなのを前提に話を進めるニャ!!」
僕と男の主張は真正面から対立し、なかなか埒が明かない。
「ひとまず落ち着いて状況を整理しましょう。まだマギーが盗ったと決まったわけではありませんし、ひとまずその手を離してもらえますか?」
ゼルダが柔らかく説得を試みる。
「そうよ、いくらなんでも近くで床を拭いていたからってだけで犯人呼ばわりは酷いと思うわ。おまけにあたしたち全員が共犯であるかのような発言。あまりに考えなしね」
「考えなしだと!?」
レナも加勢するが、最後の一言で相手は寧ろ逆上してしまった。
「まあまあ。キール、この人たちの言うことも尤もだ。まずはその手を離して謝れ。いくらなんでも近くにいたアイルーロスだからって疑いをかけるのは失礼だぞ」
「へっ。バウアーも泥棒猫一味の肩を持つのかよ!!」
そう言いながらも男はようやくマギーの手を離した。彼はバウアーと呼ばれた男の話だけは聞くようだ。
こうして僕らは一旦落ち着き、自己紹介や状況の確認を始めるのだった。
財布を盗まれた男の名前はキール・サルート、20歳の冒険者だった。仲間の2人はバウアー・イヌイ、22歳とケイン・キジンタス、19歳。3人で冒険者稼業をしていた。魔物の討伐依頼を受けて近くの森で狩りをしていたが、獲物を商売敵に取られてしまい、気分転換に店に寄ったそうだ。そこら辺の話はさっきも話していたから少し聞いていた。
財布はキールの上着のポケットに入っており、その上着は彼が座っていた位置の左後ろに雑に折り畳んであった。確かにマギーが床を拭いていた場所から手を伸ばせば届く。しかしキールの隣にはケイン、向かいにバウアーが座っている。
「マギーがもし不審な動きをしていたら、誰かが気付くんじゃないか?」
僕はそう反論してみたが。
「おれたちも話に夢中になってたり、会計をしようと自分の手元ばかり見ていたからな。気付かなくても不思議じゃない」
バウアーにさらっとかわされてしまった。
キールは茶屋の入り口で財布の中身を確認してポケットに入れ、そのままバウアーに続いて座敷へ上がり、そこで上着を脱いで置いたという。
「分かったか?犯人は絶対に茶屋の中にいる誰かだ。そして俺の目に触れずに財布を盗れるのはこの猫しかいねえんだよ!」
「猫じゃないニャ!」
「あの……マギーさんが犯人だとするなら、床を拭きながら畳まれた上着から財布を引き抜かなければなりません。人目を引かないために一瞬で。そのためにはまず、上着に財布が入っていることを知っていなければならない。あなたが財布をポケットに入れたのはお店に入る前なのですよね。彼女には知りようがないのではありませんか?」
ゼルダが冷静にそう分析する。マギーはうんうんと頷きながらキールを睨み付ける。
「あん?それは……そうだけど、たまたま見えちまったんじゃねえのか?上着の隙間からポケットの中身が見えて、思わずさっと取っちまったとか」
うう、無理があるように聞こえるが、反論できる要素はない。そもそもマギーは計画的に行動できる質じゃない。盗んだとしたら衝動的に取るしかないのだ。
「はあ……何だか面倒なことになったな。店員のお姉さん、お釣りはまだか?」
「えっ……!ああ、そうでした。はい」
事態を心配そうに見ていた店員とカウンターの男が思い出したように動き出す。男はお釣りを受けとると出口に向かう。
「俺はその嬢ちゃんが床を拭いてるところをずっと見てたが、お前さんの上着に手を伸ばしたりはしてないぜ。じゃあな」
最後にマギーを弁護していってくれた。気さくで親切な方だ。僕はそう思って見送っていたのだが。
「待ちなさい!!」
叫んだのはレナだった。
「おっと、女性に呼び止められるのは嫌いじゃないが、今は急ぎたいんだ。大分のんびりしちまったからな。何だいお姉さん?悪いが盗難についちゃ俺は関わる隙もなかったぜ?」
男は目線だけ寄越してそう告げる。流し目が様になっていてかっこいいと思った。
「いいえ、あなたは関わる隙があったはずよ」
「ほう?聞こうじゃねえか」
男はちゃんと身体をレナに向き直らせる。レナはああ言うが、カウンターの男が座敷の上着に触ることなど出来はしない。どうするつもりなのだろう。
「カウンター席は茶屋の入り口の正面。当然あなたからはキールがポケットに財布を入れるのを確認できたはずよね。そしてそのあと、キールたち3人はあなたのすぐ傍を通って座敷へと向かった。至近距離であれば寧ろポケットに伸びる手には気付きづらい。あなたは歩く彼らの目を盗んで、上着に手を伸ばすことができるはずよ」
なるほど、上着を置く前に財布を盗んでいたのか。確かにそれなら手先の器用なものなら可能なのかもしれない。レナの話を聞いたリットが身を乗り出して男の答えを待っている。
「歩いているやつのポケットに座ったまま手を突っ込んで、気付かれずに財布を引き抜く……か。お姉さんも随分無茶なことを言うんだな。お仲間を庇いたい気持ちは分からなくないけどな」
そこで男は一呼吸置く。リットもますます前のめりになる。
「だが残念だ。それはキールが財布を右側に入れていた場合に限られる。俺の傍を通った方のポケットには財布は入ってなかったのさ」
「来ましたわー!!」
突如、前傾姿勢のリットが叫ぶ。カウンターの男も僕らもキールたちも、皆ぎょっとして一斉に彼女に視線を向けた。
「何だよ嬢ちゃん、いきなり叫んで」
「尻尾を出しましたわね、盗人さん。この事件、この名探偵リットが華麗に解き明かしますわ!!」
リットのテンションが普段の倍以上に高い。今にも高笑いしそうな高飛車お嬢様に変身していた。
「盗人だって?俺が犯人だって言いたいのか?」
「ほほほほ。とぼけたって私の耳は誤魔化せませんわ。何故なら……あなたは犯人しか知り得ない情報を知っていたのですから!!」
リットは高らかにそう告げた。リットが叫ぶ直前の男の発言は「俺の傍を通った方のポケットには財布は入っていなかった」だ。彼はどちらのポケットに財布が入っていたのかを知っていた!!というこt
「つまり俺が財布の入っているポケットがどちらか知っていたから犯人って言うのか?」
男は呆れたようにそう言うと、しばらくしてくくっと笑いだした。あれ、違うのか?
「嬢ちゃん、これは2分で解ける推理クイズとは違うんだ。いやあ可愛い名探偵ちゃんがいたもんだ。それじゃ俺を犯人には出来ないぜ?」
リットの指摘に気づいた上で、それを軽く笑って見せる。対するリットも動じた様子はない。まさか他に気付いたことでも……?
「そ、そ、そ、そんなことじゃないわよ。私があなたを犯人と言ったのは、えーと、えっと……」
動揺を顔に出していないだけだった。
「な、何でよ!?財布の入ったポケットが左右どちらかなんて今まで誰も話していなかったのよ?あなたはそれを知っていたのに、どうして犯人じゃないの?」
「まあまあ、落ち着けって。さっきそこのお姉さんが言ってただろう?俺にはそいつがポケットに財布を入れたところは見られるんだ。新しい客が店にやって来たら少しくらい様子を見たっておかしくはないだろ?」
「レナさんの言った通りなら、つまりそれで財布の位置を確認したあなたなら財布を引き抜けると」
「だから、引き抜けるのはそいつが右のポケットに入れたときだけなんだよ。それ以外に俺には犯行に及ぶ手段がない。分かったか?」
「あう……」
リットは男に完全に言い負かされ黙ってしまう。
「お兄さん、マギーの味方かと思ったのに助けてくれないのニャ?」
「おいおい、だからって無い罪を被れって言うのか?俺はそこまでお人好しじゃないし暇でもない。これで俺は行かせてもらうぜ」
遂に男は茶屋を出て……。
「待ちなさい」
出る前に再び声を掛けた者がいた。
「今度は君かい、嬢ちゃん」
声の主はスイーツハンターのユカリだった。
「手の届くポケットに財布が入ってなかったからと言って、あなたを茶屋から出すわけにはいかないよ」
「手段がなくても容疑者なのか?」
「ええ、もちろん」
「理由を聞かせてもらっても?」
「だって……魔法やスキルがあるのよ?この世界では手段は無限。手が届くかどうかなんて全然問題じゃないわ」
ユカリの言葉に茶屋の誰もが唖然とした。
「常識でしょ?」
ユカリが告げるこの世界の常識。魔法もスキルもある世界では手段なんて無意味……。非情ですね。それでどうやってミステリーを書けと!?筆者殺しの決め台詞なんて誰が言わせたんだ!私か。
もちろん、だからといって全く推理できないようなミステリーにはなりません。ええ、ならないですとも。ならないといいな。うう……頑張ります。
ファンタジー×ミステリーならではの展開ができたらいいなと思います。ところでこの回で投稿開始から2ヶ月です。今後ともよろしくお願いいたします。
次回更新は2/25です。