第5話 村長の決断
【前回のあらすじ】
テオンの口から村長に「消滅の光」の真相が語られた。彼のスキルが暴走し、門番でありハナの恋人であるキューを消してしまった。それがテオンの異常なレベルの理由でもあった。それを聞いた村長は果たして……。
私は今、テオンの話を聞いている。
成人を迎え、楽しみにしていたレベル測定を受けたテオン。そこには信じられない結果が記されていた。場合に依ったら喜んだかもしれん。村の誇りだと騒いだかもしれん。
しかし……。
私は話をするテオンを見ながら、この少年が今までずっと誰にも言えずに抱え込んできたものを考えていた。この者はこの歳にして何というものを背負ってしまったのだ。思わず涙が浮かぶが、このあと少年に下さねばならぬ言葉を考え、ぐっとこらえたのだった。
―――「消滅の光」後、テオンが村に戻った翌朝
あれから僕はずっと気を失っていたらしい。気がついたら自宅のベッドに横になっていた。傍にはハナが座ったまま眠っていた。すべすべの顔には未だ涙の跡が貼り付いている。つやつやの黒髪もだいぶ荒れているようだ。
何よりほんのり赤くて丸っこかった頬が、青ざめたまま痩けていた。
あの日、野犬に襲われた僕は光の力に目覚め、その力を暴走させた。辺りは消滅の光に覆われ、生きとし生けるもの全てを消し去った。草も木も花も、僕を襲った魔物も、そしてハナの恋人……キューも。
かける言葉なんて見つからない。あの光が僕のせいだなんて認めたくない。気さくで優しいキューは村の子どもたち皆のお兄さんだった。
『門番の仕事ってのは暇なんだよなー』
そういって近くで遊んでいた僕らにいつのまにか混ざってきていた。大人たちは何か言っていたようだけど、この村には滅多に魔物も人もやってこない。子どもたちは皆、キューのことが大好きだった。
「やあ、テオン。目が覚めたか?」
そう言って部屋に入ってきたのは村長だ。部屋の外からはララやエナナが心配そうに覗き込んでいた。
「おはよう、村長……。あの……」
「良い良い。怖い目に遭ったんじゃろうて」
村長はそっと頭を撫でてくれた。しわしわの手はそれでもがっしりとして、歴戦の強さを湛えていた。以前のテオンでは気付かなかったが、この強さは相当のものなのだろうと前世で戦士であった勘が告げる。
「お前の父ちゃんジグは今、キューを探しに草原に出ておる。もうじき帰ってくるでの」
そうか。僕が生きて帰ってきたことで、キューもまだ希望があると皆思っているんだ。あの光は僕のせいだから、彼も生きているとは限らないのに……。
言わなくちゃ。言わなくちゃいけない。
「村長……」
……なんて?何て言えばいいって?
「どうした、テオン?」
「……何でも、ない」
僕は、最低だ……。僕は結局誰にも力のことを言えなかった。
その後もしばらくキューの捜索は続けられたが手がかりは何も見つからず、失踪から10日経った日、遂に捜索は打ち切られることとなった。扱いは行方不明だが、村の誰もが消えてしまったんだと、もう帰ってこないんだと考えていた。
僕はあれから光の力を使うことはなかった。村の中で鍛練を続け、成人の日まで剣の腕を磨くことに専念した。
二度と光の力に頼ることのないように。
あれからハナは村の門に立っていることが増えた。その目は遥か遠く草原の丘の向こうを見つめている。
彼女の希望で門のすぐ傍に小屋が設けられ、そこが彼女の仕事場になっていた。教師としての仕事はもう一人の教師サンにすべて任せ、食糧管理に専念することになったのだ。
小屋の窓口からエナナがハナに話しかけている。彼女は八百屋の娘だ。村で栽培している野菜や果物の生産と流通の管理をしているハナに、商売に回せる分を交渉に来たのだろう。どこか上の空だったハナはさっと表情を変え、てきぱきと仕事をこなす。大したものだと感嘆するが、どうにもいたたまれなかった。
しばらくはキューの代わりに村長補佐のユズキが門番を務めていたが、当時狩人だったディンが名乗り出てその仕事を継ぐことになった。彼は小屋の窓口から草原を見つめるばかりのハナに頻りに話しかけていた。
僕も彼女を元気付けたかったが、その度にあの光がちらつく。僕にはその資格はない。出来るのは、二度とあの悲劇を起こさないようにすること、それだけだった。
―――現在、屋敷の外
「テオン、なかなか出て来ないな」
「測定はもう終わってるはずよね?何かあったのかしら」
村長の屋敷の外の広場には未だ村人たちで賑わっていた。皆ステータスボードを見せ合いながら強さを比べ合う中、アムとララはテオンが出てくるのを待っていた。
「おーい、みんな!ごはんの用意ができたでやす!!」
料理担当のタラが呼びに来る。19歳の彼は前回測定を受けていたが、今回は参加していなかった。戦闘職でない村人は通常初回に測定するだけなのだ。元々戦いは不向きだった彼は、今では村の中の仕事を請け負っていた。
「タラ君、今日は任せきりにして悪いわね」
ハナが申し訳なさそうに言う。その脇には彼女のステータスボードが抱えられていた。彼女は戦闘職ではないが、レナの測定を受けていた。
「ハナはレナさんに狙われてやすからね。戦わないって言ってるのに今回も測定に付き合わされて、ちょっと可哀想でやす」
彼女のステータスは狩りに出ている者たちにも負けないほどのパワータイプだった。実際、村の若者で彼女に腕相撲で勝てる者はごく限られる。戦闘職のアムやディンも、ハナには敵わない。
「お!飯か?なら俺たちはこっちの広場で食べようぜ?テオンが出てきたときにみんなあっちに行ってたんじゃ寂しいだろ?」
ディンがやってくるなりそう提案する。彼は測定結果を記録すべく門番の詰め所に行っていたのだった。
「あ……あの、私もご一緒していいですか?」
彼らの輪に入ってきたのはエナナだ。テオンがいればいつも自然に輪の端にいる彼女だが、彼なしでは未だに緊張している。
「いいよ!エナナちゃんも一緒にテオンを待とう!」
ララが明るく迎える。
「ったく、テオンのやつはエナナちゃんを寂しがらせて何をやってるんだ?」
彼らはふと屋敷の方を見る。測定部屋は広場からは見えない部屋なので様子は分からない。
「私、様子見て来ようか」
徐にララが立ち上がる。
「じゃあテオンはララに任せて、俺たちは机と椅子を取って来ようぜ!」
アムとディンも動き出す。後に残されたエナナはただおろおろとしていた。
―――再び村長視点
私はぐっと目を瞑りながらテオンの話を聞いていた。
あのときの光が、テオンのスキル……じゃと?板に刻まれた古代文字を思い出す。そして、異様に高いレベル。
あの日いなくなったキューは、彼の経験値になってしまったとでもいうのか。何という皮肉だ。テオンはあの日、光の中にいたすべてを経験値に変えてしまったのだ。この青年にとって、あのレベルは断じて喜ばしいものでは……。
テオンの話はもう終わっていた。重い沈黙が部屋に漂っていた。どちらも、口を開くことができなかった。
あの日から一週間やむことのなかった娘の泣き声が、また頭の中に響き出す。あの「消滅の光」が人為的なものなら、私はその者を絶対に許さないと誓っていた。しかし、今私は目の前にいるこの青年を責め立てることはできぬ。とても怒りなど湧いてこぬ。
ただ、悩むことなく朗らかに生きていてほしいと願うばかりであった。
しかし、私は処分を下さねばならぬ。この青年は今までずっと耐えてきたのだ。私はこの者を楽にしてやらねばならぬ。言ってやらねばならぬのだ。
テオンはあの消滅の光以来、随分様子が変わった。まるで人が変わったかのように、ほとんど遊ぶこともなく鍛練に打ち込むようになっていた。何かあったのだろうとは思っていた。
彼が鑑定結果を村の皆に隠したいと言ったとき、ある程度の覚悟はしていたつもりだった。私の予感はよく当たる。そのときから、嫌な予感がしていた。分かっていたのやも知れなかった。
もう……テオンをこの村に置いておくわけにはいかぬ、と。
私は彼との立ち会いを思い出していた。
まだまだ力こそ弱いものの、相手の動きを予測して裏をかき多彩な手で攻める。それが出来ていたことに驚かされたが、それ以上に感嘆したのは、こちらがどんなに意表を突く攻撃をしても、大きく動揺しなかったことだ。
あの落ち着き様は十分に歴戦の戦士の域に到達していた。
私は確信している。テオンはまだまだ強くなる。そしていつか、あの忌まわしき力でさえも使いこなせる素晴らしい戦士になる。だが……。
アルト草原に踏み出す度、村の門を潜る度、そしてハナの笑顔を見る度、彼は思い出してしまうのじゃろう。この……辛い記憶を。
この世は残酷だ。私は知っている。いざというときに迷い、自らの力を十分に発揮できなくて、あるいは自分の存在意義を疑って。そうして命を落としていった者たちのことを。
テオンの力が本来どういうスキルかは分からないが、戦いにおいては相当強力なものなのだろう。それは彼の身をこれから何度も救うことになる。しかし、あの日のことを思い出す度、この子はそのスキルを使えなくなる。
この子は賢い。消滅の光から今日までテオンが鍛練に打ち込んでいた理由。彼はスキルを使わずに戦う力を求めていた。だが、この世界の戦いはそんなに甘くはない。いつか必ず、彼にはあのスキルを使わなくてはならないときがやって来るだろう。
彼に必要なのは、あれを扱えるだけの心の強さだ。この村で耐え忍んで得られるような縮こまった強さではない。広い世界を旅して得られる、もっと大らかな強さだ。
これまでのテオンを、救うため。
これからのテオンを、生かすため。
「テオン、村を……出ていきなさい」
かろうじて絞り出した、小さく細い声だった。
屋敷の外からはまだ騒がしい声が聞こえてくる。誰が誰より強いだの、直接戦ってやるだの騒いでいる。日はとうに沈んで、狼の遠吠えが草原を駆け回る。
彼はそっと立ち上がり、深く……深く頭を下げていた。
私は目を見開き、思わず彼を抱き締めていた。なんて強い子だ。まだがっしりとは言えない彼の肩が、小刻みに震えていた。