第2話 吊り橋突き落とし事件
【前回のあらすじ】
サモネア王国の姫騎士スフィアはアウルム帝国に攻め入っていたが、竜型の魔導兵器の反撃にあい敗走した。一方、アルタイルを退けたテオンたちはペルーの宿屋を旅立ったのだった。
宿屋を出発してから数時間、僕らは順調に歩を進めていた。辺りにはちらほらと丈の短い草が生え始めている。砂漠の終わりが近いのだ。まだ日も高く昇りきってはいない。
「うーん、歩いたわね。そろそろ休憩したいわ」
「谷までもう少しだったはずです。そこを越えれば有名な茶屋があるそうですよ」
伸びをするレナにゼルダが提案をする。
「茶屋って何ですか?」
ルーミがすかさず疑問を投げる。いつもの流れだ。
「甘いお菓子を食べながら一休みできるお店ですよ」
リットが答える。リットはルーミのことは気に入っていた。まだ僕とは目を合わせてくれないが、そのうち打ち解けられたらいい。
「甘いお菓子ー!楽しみー!!」「早く茶屋まで行くのニャー!!」
ミミとマギーが元気良く手を上げる。似た者同士の二人も相性が良さそうだ。
「甘いお菓子かあ。チェリーパイとどっちが美味しいかな?」
前を歩いていたララが振り向いて僕に尋ねる。アルトチェリーのチェリーパイは村一番のスイーツだ。前世の記憶と比べてみても類がないほどの絶品だが、砂糖の供給が少ない村では当然甘さ控えめとなる。
ララはチェリーパイ以上のスイーツは知らないのか。何だか可哀想に思えてしまった。
『それを言うなら僕も可哀想じゃん!君の記憶にあるケーキとやらはそんなに甘いの?』
脳内のライトがこぼす。スキルに味覚とか食欲とかあるものなのか?
「女が甘味に弱いのは国境を越えても同じだな」
バートンが漏らす。彼は興味はないのだろうか。
「甘味に弱いのは女性だけではありませんよ。偏見発言良くないです。ああ、楽しみ」
メルーは興味津々のようだ。
それにしても大所帯になったと改めて思う。男性4名女性9名の13人による大行進。砂漠に入ったときは男が僕ひとりだったから随分肩身が狭かったものだ。
特に歳の近いファムとは話しやすかった。そういえばファムは……?
振り返ると列の最後尾でマールと並んで歩いていた。マールは基本無口で、いることをすぐ忘れてしまうのだが、気付くと大体ファムの近くにいる気がする。
「ねえ、テオンってば!!」
いつの間にかララがすぐ横に来ていた。頬をぷくっと膨らませている。アルト村から飛び出してまで僕と一緒に歩いてくれるララ。「消滅の光」のことを知られたら態度を変えられてしまうかもと思っていたのだが、今も変わらず付いてきてくれる。
『そんなに愛おしく思ってるなら付き合っちゃえばいいのに。そんなに姫様が大事?』
(姫様は僕の全てだからね。それに世界は繋がってるって分かったんだ。必ず会いに行く)
『そう……。(あんなことしたんだから会っても嫌われるだけだと思うけど、本人は忘れてるんだもんなあ)』
(何か言った?)
『何でもない』
ララは尚も口を尖らせている。
「チェリーパイより美味しかったら、村へのお土産にしようか」
僕はそう言ってララの頬をつつく。膨らませた頬から空気が抜けて、ぷうっと音がした。ララが「もう!」と怒る。後ろからバートンとメルーの視線が刺さる。
「谷が見えてきたわよ!吊り橋も見えるわね。茶屋まであと少しよ!!」
レナの声が響く。おーっという黄色い声が上がり、一行の歩くペースが少し上がったのだった。
谷を渡る吊り橋は木製の板を何本かの太いロープに固定しただけの原始的なものだった。長さは300Mほど……か。魔法を使って作られた立派なムジナ大橋を思い出す。思えばあれから半月。長かったような短かったような……砂漠をひとつ越えた感慨が今更になって甦る。
「テオン早く来るニャー!もしかして怖いのニャ?」
「そ……そんなんじゃない!」
マギーはすたすたと先頭を歩く。勢い良く進むものだから橋全体がぐわんぐわんと揺れていた。
「マギー、もうちょっと静かに歩いて!」
ルーミが叫ぶ。ロープにしがみつき恐る恐る進んでいる。ちょっと可哀想だが僕も助けてあげられる余裕はない。
「ったく……あのアイルーロス、後ろのことも考えろって。ほら」
そんなルーミに手を差し伸べたのはポットだった。姉御肌のさばさば系女子。トット行方不明の話のときもリットを宥められるほど落ち着いていたし、この姉さんマジ格好良い。
「ポットさん、ありがとうございます。ポッ」
「言っとくけど男どもには手を貸す気はねえぞ。早く来い!」
姉さんにせっつかされて、遂に僕も揺れる床板へと足を伸ばした。まだ岸に近い方はそこまで揺れない。だが前に進む度に振幅は増していく。
念のために横のロープに手をかける。念のため……念のためだからね。ロープは思ったより頑丈で頼りがいのあるものだった。植物の蔓を束ねたようなものだが、木の幹ような安心感がある。
あれ……?ロープから魔力を感じる?詳しくは分からないが、このロープは魔力で強化された蔓のようだ。俄かにほっとする。何だか僕らのことを守ってくれる気がする。
そんなことを思っていると、不意にリットが妙なことを言い出した。
「この橋……人を消すにはもってこいの場所ですね」
人を……消す!?それってつまり……。
僕は思い当たるままに視線を橋から谷の下へと投げ出した。見てはいけないと分かっていた。意識してはいけないと気を付けていた。しかし……。
谷底は深く遥か下の方にあった。光も満足に届いていないのか非常に暗い。川が流れていると聞いてはいたが、水の音も聞こえてこない。もしここから落ちてしまったら……。
「この谷底……川があったとしても助かりはしないでしょうね。見つかることも……」
メルーが僕と同じようなことを考える。見るとその顔は恐怖でひきつっていた。
「はははっ。リット、みんなを怖がらせんなよ」
ポットが笑い飛ばす。その体にはルーミが必死の形相で抱きついていた。どっちかそこ代わって……などと余裕のある考えは恐怖ですぐにかき消えた。
「すみません、ミステリーが好きなもので。吊り橋を見るとつい事件でも起きないものかと……」
「いや事件発生を願うなよ。創作に留めておいてくれ……そういえばリット、テオンが憎いって言ってたな」
えっ!!
「そうですね。ここならテオンさんを確実に始末することができますわ」
リットは低く響く声でそう言うと、下から舐め上げるようにこちらを振り向く。
「う!!トットのことは申し訳ないと思ってる。そりゃ全力で探すけど、見つかる保証はないし、もしかしたら……。ごめん、リット……そんなに僕のことが憎いなら…………」
正直、僕はその出来事にかなり参っていた。何だかとんでもないことを口走っている気がする。
「いえいえ、やめてくださいまし!!確かにテオンさんは嫌いですが、戦いの中で起こったことだと頭では分かっていますし、私だってお姉さまと同じ冒険者。覚悟だってできているのですよ」
「リット……もっとましな慰め方は出来ないのか。ごめんテオン、ちょっとからかっただけなんだ。今は前に進むことだけ考えていてくれ。そんなお前を見ることがあたしらには一番の慰めになる」
「リット姉さん……」
「いや、お前に姉さんと言われる筋合いはねえよ?」
姉さん、まじ格好いいっす!今度は胸の中だけでそっと拝む。前に進むことだけ。そうだ。今はやるべきことをやる。前に進む。前に進んでこの橋を渡りきる!!
「お詫びに私からクイズを出しますわ。少しは気も紛れるでしょう。考えているうちに向こう岸ですわ」
リットがさっきとは打って変わって明るい声でそう告げる。そうして彼女の推理クイズon吊り橋が始まったのだった。思い付きで始まったこのクイズに、僕らは真剣に悩むことになる。
「ではいきます。ある日……」
ーーーリットのクイズ
ある日あるところで、5人組の女冒険者パーティのうちの一人、声の出せないユカリが、吊り橋から突き落とされ死亡する事件が起きました。容疑者はパーティメンバーの残り4人、アカネ、アオイ、モエギ、ミドリです。
事件の調査は近隣の村の衛兵バートンと、嘘を見破れるスキルを持つレナードが行いました。事件の起こった吊り橋は細く、彼女らは適当な順に一列で渡りました。
「するとみんな前の人の様子しか分からず、誰かを突き落としたり、振り返ったりした人間は見ていないのだね?」
バートンの問いにアカネたちはそれぞれ答えます。
「バートンさん、どうやら嘘をついた人間はいないようです」
「そうか。つまり犯人は誰からも犯行の様子を見られない後ろの二人のどちらかと言うことだな。橋を渡った順番さえ分かれば解決だ」
その言葉に4人ははっとして顔を合わせ、頷きあいます。仲の良い彼女たちは犯人を庇おうとするようです。
「参ったな。ではここからは一人一人事情を聴こう。頼むぞレナード」
こうして嘘発見スキルを駆使した事情聴取を行ったところ、4人はそれぞれ次のように答えました。
アカネ「私1番後ろだったけど、本当に突き落とした人なんて見てないわ」
アオイ「モエギが最初で私は3番目でした」
モエギ「アカネはアオイより後、私より前に渡った」
ミドリ「ごめんなさい、私がやりました」
「おいおい、もう自白とれたじゃないか。解決だな」
「いえ、バートンさん。彼女たちは全員が1回ずつ嘘をついています。一筋縄ではいかないようですね」
「何だと!?どれが嘘なんだ」
「すみません、そこまでは」
レナードのスキルは相手の一通りの発言の中に含まれる嘘の数を知ると言うものだったのです。バートンは頭を悩ませました。
さて、犯人は誰なのでしょう?
「バートン出てきたニャ!誰なのでしょう?って、ミドリがやったって言ってるニャ」
マギーがあっけらかんと言う。
「それは嘘なのです、マギー。問題の意味分かってますか?」
ルーミが説明する。マギーは尚も首を傾げている。
「犯人以外はみんな渡ってるときに後ろを向かなかったのよね」
レナがリットに尋ねる。
「そういうことですね」
レナはふっと笑うと再び前を向いて橋を進む。
「犯人分かったわ。1抜けね!」
推理クイズ、皆さんも考えてみてください。正解は次回(2/17)発表です。TwitterにDMで解答を頂ければ、正解かどうかだけお教えします。質問等も受け付けます。
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P.S.この回でPV2000突破しました!!ありがとうございます!!読んでくださる皆様に感謝申し上げます。この調子でどんどん書いていきます!