第17話 悲劇、再び
【前回のあらすじ】
ゼルダの砂嵐が止み宿屋に迫るアルタイルの本隊。その指揮官をララが落とすが、ティップの目役に見つかりマザーモービルがララに迫る。砂漠の決戦は尚も激しさを増していく……。
ーーー宿屋内
「ファムから定期通信が入りました。少し静かにしていてください」
ミミの声に部屋にいたメルーとルーミが口を噤む。じっとミミの様子を伺いながら思わず唾を飲み込むと、その音にすらミミが反応して鋭い視線を向ける。
祈りながら戦いの終結を待つことしかできないルーミたちは、不安と緊張で汗だくになっていた。
「ふう。もういいです」
ミミが顔を上げる。固い面持ちで二人が次の言葉を待つ。
「第1作戦は成功、敵の8割が流砂で身動きのとれない状態になりました。ゼルダちゃんは魔力を使い果たして眠ってしまったようです。第2作戦レナさんサイドは概ね良好、ただしレオールの実力は想定以上だと言うことです。ララちゃんサイドも目的の3人は落としたと……」
「あの……テオンさんサイドは?」
ルーミが恐る恐る口を開く。
「状況不明。敵船に潜入したのは確認したが、その船は今ララちゃんに向かって動き出したとのことです」
「テオンさんは制圧に失敗したということでしょうか」
メルーの言葉にルーミの顔が青ざめていく。敵船に一人で乗り込んで制圧に失敗……。嫌な想像が彼らの脳裡を駆け巡る。捕まったか、最悪既に命も……。
「まだそうと決まったわけではありません。信じましょう」
ミミは尚も頭上の音に耳を澄ましている。ルーミとメルーは再び手を組んで祈り続けるのだった。
ーーーレナサイド
「よくもマギーちゃんを……覚悟なさい!私ももう、出し惜しみはしない!!」
私はきっとレオールを睨み付ける。彼はレイピアを胸の前に立て、左手を腰の後ろに回して礼をした。あれは……。
「何のつもり……?それはメラン王国騎士隊の決闘のときの作法。何故あなたがそれを知っているの?」
「ん?ああ別に決闘のつもりはない。癖になっているだけだ」
「癖……?まさかあなた、元メラン騎士だと言うんじゃないでしょうね」
レオールはにっと笑って右に歩き出す。私も右に回りながら、常に間に粘着罠が位置するようにする。直線で攻められれば私では対処が間に合わないだろう。
ベルトのポーチに手を入れる。普段使っているポケットの隣、いざというときの為の取っておきの魔道具たちだ。
「何故、アウルム帝国に付いてるの?」
「答える義理はねえな」
レオールはそういうと罠を突っ切って走り出した。私にはもう大まかな範囲でしか把握できていない罠の位置を、的確に避けて足を出している。それも視線は私を捉えたままで。
罠の近くじゃ……寧ろ不利か。
後ろに飛び退りながら魔道具を取り出し、地面に叩きつける。エアボム。圧縮した空気の爆弾で瞬間的に突風を生み出す。あわよくばこれでふらついて罠に掛かってくれたら万々歳なのだが。
「浅はかな」
レオールは少し速度を緩めて難なく風を耐えた。もう罠地帯を抜ける。だが風に乗るように後退した私との間に大きな距離が開いている。この間合いが欲しかったのだ。
さあ、行くわよ。
いよいよ取っておきの魔道具を投げる。ぼんと音がして煙から現れたのは機械兵。右手には長剣、左手にはボウガンを装着している。どんな場所でも移動できるように、足は6本ある。
動力である魔力を大量に注入し続けなければならないため、並みの道具魔術師には使いこなせない。だが大型の魔物ですら簡単に屠ることができる。こいつが私の最後の切り札、どんでん返しの機械仕掛けの神だ。
「頼んだわよ、デウスエクスマキナ!!」
鉄仮面の奥で赤い光が妖しげに煌めき、レオールを捉えて動き出した。
ーーーララサイド
砂丘の起伏に潜んでいたララは、死角から近付いてくるマザーモービルにまだ気付いていなかった。
「大群の指揮官、気配察知、それに怪しい感じのする人、すべて仕留めた。これでもまだ宿屋に向かおうとするなら、先頭から足を止めなくちゃ」
尚も暗闇に目を凝らし、砂に浮かぶ20隻前後のモービルの動きを追っていた。彼らは指揮官ジョンを射抜かれたことに動揺して進行を止めている。だがモービルの向きを変えようとは誰もしていなかった。
ちかっ!!
ララの脳裡に謎の光が点く。気配察知スキルが反応したのだ。光は6つ。マザーモービルである。
(うそ……。こっちに向かってる?何で……)
段取りとは異なる展開に焦るララ。だがすぐさま思考を切り替える。
(どうせこっちが片付いたら様子を見に行く予定だったんだもん。好都合。テオンに何かあったら容赦しないんだから)
手に握る弓、腰の長剣、背中の矢筒……。ララは自らの武器を一通り撫でて安心を得る。そして一本矢をつがえて、集中……。しばらくしてビュッと放たれた。
ーーー一方、その頃マザーモービル内
「うぐっ……」
腹を思いっきり蹴られる。ティップは目を血走らせて怒りを露にしていた。
「この野蛮人どもめ!またしても俺の優秀な部下をああも簡単に……。命をなんだと思っていやがる!!」
それをお前が言うのか……と思うが麻痺のせいで全く口が動かない。さっきから僕は一方的にティップの蹴りを受けていたのだった。
それにしても怒りが沸く。命をなんだと、だと?そう思うならお前は何故ペトラを滅ぼしたのか。何故ミミの家族を殺したのか。自分の部下以外は命とも思っていないとでも言うのか……。
「ティップ様、そいつにはまだ利用価値があります。それ以上蹴って動かなくなったら損害です」
「はあ……はあ……。ああ、分かってる。だがもう一発、もう一発だけ……」
「ティップ様……!!」
マイクがティップを羽交い締めにして止める。ティップは肩を上下させて息を荒げているが、マイクの宥める声に少しずつ平静を取り戻しつつあった。
「すまん、マイク。ところで小娘はまだか?」
「そろそろ黙視できる頃かと。覗き窓からご覧になりますか?」
ティップは頷くと壁に開いた丸い窓に顔を貼り付けて、真っ暗な外の闇に目を凝らした。そのとき。
どん!!
「ぐわああっ!!」
その窓に鋭い衝撃が響いた。驚いたティップが盛大に尻餅をつく。見ると、窓には小さく皹が入っていた。
「ティップ様!!大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。驚いただけだ。しかしもうあの娘の射程範囲なのか」
「何ということでしょうか。外に張ってある障壁を越えて、更に魔法で強化されたガラスに皹を入れるなど……。想定以上の威力です。命中精度も人の域を越えております」
「おのれ、忌々しい!!」
「ぐふっ!!」
再び蹴られた。身体を丸める。いつの間にか麻痺が消えて少し身体を動かせるようになっていた。
「弓の娘!!隠れているのは分かっている。出てこい!!」
「弓を引くのは慎重になさいませ。こちらには人質がいます。無闇に射ると人質の命は保証できませんよ」
ティップたちは船の中から声を上げる。やがて長剣を握りしめたララが砂の中から現れた。
「あん?弓だけじゃなく剣も使うのか。つくづく危ねえ女だな」
ティップはそういうと船の後ろのドアを開く。荷台から乗降できるようになっているらしい。
「よう、よくも俺の部下を何人も殺してくれたな」
「…………」
ララは一瞬驚いて目を見開いたが、声に応えることはなかった。
「おっと、早まるなよ。こっちにはこんなのがいるんだ」
ティップはプルース三兄妹の長男トットの後ろ襟を掴むとぐいっとその顔をララに向けた。
ララはまたも驚くが応えない。腰を落として長剣を握る手に力がこもる。
「何だ?野蛮人は人質なんてお構いなしか?それともお前とこいつらの間には面識がなかったか?」
ティップはさらにポットとリットの顔も起こすと、二人を盾にするようにして砂地に降りた。
だがララは二人には目もくれずティップに飛びかかった。
「おっと!本当に来やがった!」
ティップは筒で剣を受け止める。咄嗟のことで二人を地面に落としてしまった。逆に安全は確保できたようだ。
「ティップ様!なるほど、あなたはプルース三兄妹の命などどうでもよかったのですか。しかし、この者ならどうですか?」
マイクは僕の首を後ろから掴み持ち上げた。感覚が戻りつつある足を踏ん張って転ぶのを防ぐ。
今だ……!!
ここで光のナイフを発動し縄を切る。マイクを抑えてしまえばララがティップに負けるなどあり得ない。マイクは僕が古代スキルを有していることを知らない。これで逆転だ。
マイクに気付かれないように右手に意識を集中し、素早くナイフを……。
あれ……?光が発動しない……。どうして?
どれだけ意識を集中しても、光の力は応えてはくれなかった。
『いいか、テオン。高位のスキルだからといって、必ずしも低位のスキルより強いとは限らないのじゃ。大事なのは鍛練と熟練じゃぞ』
いつかの村長の声が蘇る。僕のスキルは未熟過ぎて、低位スキルであるマイクの拘束に敵わないというのか……。いや、ここで発動させなきゃ、ララが危ない!!
「テオンっ!!」
ララが大きく動揺している。ティップがさっと後ろに退きながら筒を向ける。
「やっと人間らしい顔になったな。そのまま保たせてやろう」
だんっ!!
ララはまともに魔力弾を食らってしまった。僕が撃たれたのと同じ麻痺弾だ。
「テ、テオン……」
どさっ。ララが倒れる。マイクがにやにやしながら近付いていく。ティップが不気味に笑みをこぼす。こいつら……。
(くそ……!ララが危ないのに!おい、光の力!古代のすごいスキルなんだろ!?こんな拘束破れるんだろ!?早く……早く発動しろよ!早く……あいつらぶっ倒せよ!!)
『ダメ!落ち着いて、冷静になって!それ以上は……』
今の……声は……?
右手に熱が集まる。魔力が高まるのを感じる。何かが壊れるのを感じる。そして……。
かっ!!ぴかーっ……!!
光が漏れる。身体全体が光る。膨らんでいく。広がっていく。この感覚は……やばい!でももう、止められない……!!
あの日、草原を覆い尽くした光が再び目の前を覆い尽くしていく。光の力が再び暴走してしまったのだった。
すみません、遅くなってしまいました。
次回更新は2/7です。