第4話 あの日の悲劇
【前回のあらすじ】
初めてのレベル測定に心を躍らせていたテオン。その結果は魔物と戦い始めて1週間でレベル30という驚くべきものであった。しかしテオンはその結果や明らかになったスキルに、表情を暗くしたのだった。
―――2年前、村長視点
「村長、テオンのやつを見なかったか?」
この日、いつも平和な村でひとつの事件が起きていた。慌てた様子で尋ねてきたこの青年、鍛冶屋のジグとは長い付き合いだが、こんなに狼狽えるのを見るのは初めてだった。
「テオン?お前もテオンを探しているのか」
今日のお昼にも同じことを聞かれた。探していたのは村の少女ララ。テオンのために彼の好物を作ったのに、朝から見つからないと怒っていた。
「さっきから見当たらねえんだ。もう日も暮れ始めてるってのに」
「わしは見とらんぞ。何処か行き先に心当たりはないのか?」
小さな村だから子どもの行くところなんて限られている。普段はすぐ分かるものなのだが。
「友達に剣を見せびらかしてくるって出掛けてったんだが、いつも遊んでるアムとディンも、ララやエナナも知らねえってんだ」
ジグが名前をあげた4人はこの村でテオンと年の近い子どもたちだ。彼らの誰も知らないというのは妙だ。
「剣……?ジグ、テオンに剣を与えたのか?」
「ああ。誕生日にって、前々から約束してたんだ」
「そうか、今日はあの子の誕生日か。しかし剣とな」
「何か気になることでも?」
確かテオンはディンに憧れていた。ディンは15歳の誕生日、成人した日に初めての狩りに出かけ、この村の特産でもある兎――アルトヘアを6羽も仕留めてきたことで皆を驚かせた。
『すっげー、ディン兄!僕もディン兄みたいになれるかな?』
無邪気なテオンの声が思い出される。嫌な予感がしてしまう。そしてわしの嫌な予感はよく当たるのだ。そうだとしたら……。
「アルト草原に出てはおらんよな?」
「草原に?まさか……!!」
しかし、いくら草原に成人前に出たとて、奥まで行かなければアルトヘアか昆虫型の魔物――ブルムンワームくらいしか出ない。今のテオンなら危険はないはずだった。
草原は手前と奥で生息する魔物が異なっている。草原には小高い丘が円弧状に続いており、その丘を境に手前、奥と言っているのだ。
柵に囲まれていたり、村を出てすぐの果樹園に遮られていたりで、ここからでは草原を見通すことはできないが、櫓に登れば丘の手前までは見渡せる。
「さっき一応櫓の上からテオンを探したんだ。村の中だけじゃなく草原の方もな。外に出たってんなら森か、草原の奥側か……」
ジグの顔色が一層悪くなる。そりゃそうじゃろう。森に棲む烏――ジャングルクロウも、平原の奥に棲むハウンドや猪――リトルボアも、テオンでは歯が立たない。
「だけどそんな無茶はさすがにせんじゃろう」
「けど可能性があるんなら探しに行きてえ」
「うむぅ、そうじゃな。何かあってからでは……」
そのときだった。
ぴかっ!!
草原の上の空から光の柱が落ちた。雷のようだがもっと真っ直ぐで、何か恐ろしく嫌な感じのする光だった。
「なんじゃ!?」
そして……。
ぴかーーーーっ!!!!
視界が強烈な光で閉ざされたのだった。
「くそっ! 何なんだよ、これは……」
光が収まったあと、目の前に広がったのは異様な姿になった草原だった。腰ほどの高さで揺れていた草がすっかりなくなり、村の前の果樹園も、草原から所々突き出しいた灌木も、跡形もない。
「親父、何だよさっきのは!草原がすっかり見通せるようになっちまった」
「ああ、ユズキか……」
ユズキは私の長男だ。手には野菜や果物を抱えている。買い物帰りだろう。果樹園で採れる果物は、安全に採取できる貴重な食料だった。それがもう採れない。いや……。
「わしにも……よく分からん。よく分からんが……」
それだけではない。見通しがよくなったことで、もうひとつの異常も浮き彫りになっている。
草原にたくさんいるはずの兎や小鳥といった小動物型の魔物たち。普段は草に隠れて見えない彼らの姿を、草のなくなった今も見つけることができない。
それはつまり……。
「今の光。草木だけが消えただけじゃない!魔物も……」
そのとき、近くで茫然としていたジグがはっと息を飲んだ。
「人間は……。テオンは……!!」
あらゆる生命を消し去った光。その恐怖は途端に私の顔をも引きつらせ……。
「まさか……!とにかく皆を集めるのじゃ。点呼を!皆の無事を確認せよ!!」
弱々しい声を精一杯張り上げてユズキに告げ、私は草原へ続く門が見えるところまで移動した。私の嫌な予感は本当によく当たる。
門は支柱の根本を僅かに残してほとんど消滅していた。門までとはいえ村にもあの光が及んでいた。そして、その門の外側には門番が立っていたはず……。
「頼む、どうか。どうか……!!」
ひたすらに祈りながら、村の皆が広場に集まるのを待った。
やがて村の広場にはほとんどの村人が集まった。皆、先の光には驚いていたが、深刻に捉えているものは少なかった。
沈み込んでいたわしの代わりに、ユズキが色々と仕切ってくれた。
「つまりこの場にいないのはジグんとこのテオンと門番のキューだな。誰か行方を知っているものはいるか?」
ジグと、キューの恋人である私の娘ハナは、落ち着かない様子で皆を見回していた。しかし、誰も2人の行方を知っているものはいなかった。
ハナは普段とても落ち着いた娘である。器量こそ並みといったところであるが、誰にでも優しく頭もいい。村の生産物の管理と子どもたちの教育を任せていた。
2年前に成人を迎え、その折に5つ上のキューから交際を申し込まれた。多少怠けぐせのある男だったので私は反対したのだが、ハナはそれを押しきって申し出を受けた。私が知らなかっただけで元から仲が良かったのかもしれない。
それ以来、村では仲睦まじい恋人として、将来を楽しみにされていたのだった。
そのハナの取り乱し様は大変なものだった。
「キュー、キュー!!」
大声で彼の名を呼び、村中だけでなく草原まで探し歩いた。ときに森にまで入ろうとして私が慌てて止めたのだが、テオンを探すジグに付いていって結局入ってしまった。
それでも2人の手がかりは見つからず、3日が過ぎた。その間、彼女の泣き声が響かない夜はなかった。
それは突然のことだった。テオンが帰ってきたのだ。消滅の光から4日経った日の夕方のことだった。
ハナと同様に血眼になって彼を探していたジグが、トウに支えられて草原を歩いてくる彼を見つけたのだった。彼の服はボロボロでひどく疲れた様子ではあったが、目立った外傷はなかった。テオンは4日も経っているとは思わなかったらしく、村の様子にひどく驚いていた。
彼が村に着くなりララやエナナが駆け寄っていた。
「良かった。テオン君、生きてた……!!えぐっ……」
「テオン、心配したんだからー!わーん!!」
「ララ、エナナ……ごめん」
二人の泣き声が小さい村に響き渡る。幼い頃からテオンを気にかけていたララ。そして6年前に村にやってきた人見知りのエナナ。
特にエナナにとっては、テオンは唯一心を開いている村人で彼女の心の拠り所でもある。普段感情を表に出さない彼女も、彼に抱き付いて泣いていた。
間もなくハナも飛び出してきて、エナナごとテオンを抱き締めた。娘は教え子である彼のことも大層心配していた。
「良かった、良かった……」
「ハ、ハナ姉……?」
泣きじゃくるハナの姿に、村の者も皆涙を浮かべて安堵していたのだが……。
「ねえ、テオン君。キューは……?キューは、一緒じゃないの?」
彼女の問いかけは自然なものだった。しかし、それがテオンの人生に大きな闇を落とすことになったなどと、当時の私には想像すらもできなかった。
―――テオン視点
僕はハナの腕に抱かれながら、泣きじゃくるエナナの頭をぽんぽんしていたが、その問いかけの瞬間に固まった。
「キュー兄?ハナ姉、キュー兄がどうかしたの?」
「そんな……。知ってるでしょ?ねえ、本当は知ってるんでしょ?教えてよ、テオン君!!」
彼女の叫びは悲痛だった。切実だった。いつも優しく穏やかな口調の彼女が、ここまで取り乱すのは初めて見た。それだけで……事情は察された。
嫌な予感はしていたんだ。村に入ってきたとき、門のあった場所には臨時の簡易的な門が作られていた。門の前に立っていたアルトチェリーの木も無くなっていた。
草原には幸い僕以外誰もいなかったらしいが、もしそこに人がいたら……。その可能性を考えたとき背筋に冷たいものが走った。その悪寒が新しい門を潜ったときに再び襲ってきたのだった。
村を出たとき、僕は門の位置からは微妙に死角になっている柵の隙間を通った。そのまま草の中に潜み、キューに見つからないよう様子を伺いながら、櫓からも見えなくなる丘の向こうまで進んだ。そのとき、彼は確かにアルトチェリーの花を摘もうとしていたのだった。七分咲きの赤い花が、穏やかな風に揺れていた。
「ハナ姉、赤い花は……貰った?」
「赤い……花?」
彼女は首を横に振り、そして、すぐにその意味に気付いて門の方を見た。もう、そこには彼女の好きだったアルトチェリーの花は見られない。彼女の目にはみるみる大粒の涙が溢れ、そしてこぼれた。
ハナは僕たちの若くて優しい先生だった。村の子どもたち皆のお姉さんであり、大人たちからも頼りにされている、尊敬できる人だった。村の中しか知らない10歳前後の少年が、彼女を好きになるのは仕方のないことだった。
2年前、彼女はキューと付き合い出した。村のみんなが知っていることだった。テオンはショックを受けたが、幸せそうに笑う彼女の姿を前に込みあげる言葉たちをぐっとこらえたのだった。
あの笑顔が、嬉しそうな声が、赤らめた頬が、今目の前でぐちゃぐちゃになっている。そして何よりそれは……。
『僕の……せいだ』
僕が、あの力を使ったから。
僕が、あの力を制御できなかったから。
僕が……。
「テオン君、キューがどこにいるか知らない?ねえ、テ……え!?テオン君!!」
僕はその場に膝から崩れ落ちた。
ハナ、エナナ、ララ……。皆の焦った声を聞きながら、僕は意識を失った。
諸々の事情により、今回のように視点が切り替わる場合がございます。
読みにくいこともあるかもしれませんがご了承くださいませ。