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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第3章 旅は道連れ、よは明けやらで
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第5話 エリモの砂漠は何かある

【前回のあらすじ】

 ムーンハウンドの毛皮で作られた服を纏い、テオンたちはいよいよポエトロの町を旅立つ。彼らがフロス川に架かるムジナ大橋を渡っている頃、砂漠のクレーネの町では不穏な事件が起こっていた……。


ーーーエリモ砂漠


 冬を間近に控え寒さも本格的になってきたメラン王国の中で、南方に位置するブラン地方は王都のあるピュロス地方と比べて温暖であった。しかしピュロス地方の南端の地は昼間の間だけ例外となる。冬になってなお日射しを浴び、ぎらぎらと熱を帯びる乾燥の大地、エリモ砂漠……。


 焼けた砂が続いているはずのその地域に、薄く雪の積もっていた一画があった。無論自然に降った雪ではない。ひとりの冒険者の魔法によるものだった。


 「冬とはいえ、やっぱり砂漠の暑さは無理だよねえ。ヒルダちゃんがいてくれてホント助かる~」


 「ドリー、早くそいつらにとどめ刺して。太陽がこれ以上高くなる前にあの岩影に行かなきゃ、私焼け死ぬ」


 二人はポエトロの町から遠征してきた冒険者、「グレイシア」のヒルダ・フルーストとドリー・エリオールだ。ここ数日砂漠を拠点に活動している。


 「今日もスパイニーテイル大量~!これでしばらく食料は大丈夫~」


 スパイニーテイルはエリモ砂漠によく出没するトゲトゲのしっぽを持ったトカゲ型の魔物である。素早い動きと強力な尻尾攻撃で旅人の脅威なのだが、寒さには滅法弱い。氷属性魔法を操る彼女らには格好の獲物だった。何よりその肉は魔力回復量も高い。


 「こっちの方も大体見たよねえ。そろそろ町に戻る?」


 「……うん。それより早く……岩影に……。うう、太陽きつい……」


 ヒルダは基本引きこもり体質である。クエストの時以外はほとんど部屋で過ごしている。怠惰な性格なのは否めないが、それ以上に彼女が部屋に引きこもるのには理由がある。


 彼女の部屋は断熱材ですっかり覆われている。外に熱を逃がさないためではない。外に冷気を漏らさないようにするためである。

 氷属性の適正があまりに高すぎる彼女は、無意識に冷気を漏らし続けていた。それには常に魔力を使っており、暑い地域ほど魔力の消耗が激しい。しかし身体は常人以上に寒さに強いわけではない。周りが十分寒ければ今度は体力を消耗する。


 つまりヒルダは常に体力と魔力を消費する体質なのだ。普段は極力自室にこもって体力と魔力の消耗を抑えているのだった。また、消耗した体力や魔力を補うため、彼女は常人以上によく食べる。魔力を回復させる果物や魔物の血肉は彼女の生命線である。


 「早く……岩影に入って……トカゲ食べて寝る……。じゃなきゃ……死ぬ……」


 「事情を知らない人が聞いたら、ただの食っちゃ寝願望だね」


 「人を怠け者みたいに……言うな……。ダメ、喋る体力も無くなってきた……」


 それでも彼女は砂漠で粘る。何故ならクエストだから。冒険者稼業は楽じゃないのである。





ーーー同じ頃


 ポエトロの町を発ったテオンたちもエリモ砂漠に入っていた。


 フロス川に架かるムジナ大橋を渡りきったあと、しばらくは川のおかげで緑が続いていたが、半日も歩けば雨もピタッと止み、辺りはほとんど砂漠になっていた。エリモ砂漠に入れば基本的に夜間行動することになる。調整のためにその日は日が暮れる前に睡眠を取り、日が昇る前には移動を再開していた。


 「あんたたち、そんなに喋ってたら体力持たないわよ……」


 レナがぜえぜえと息をしながら見やる先では……。


 「ニャあ~あ!すごいニャ!どこまでも砂場が広がってるのニャ!」


 「マギー、砂場じゃないですよ。この砂は乾燥してるのでお城とかは作れません」


 「そんなのやってみなきゃ分かんないニャ!あっち!!この砂熱いのニャ!ちんちこちんニャ!!」


 「ちんちこ……?とにかくまだその熱さは序の口です。まだ午前だからその程度ですが、午後になったらもう触っていられないほどになるそうですよ」


 「まだ熱くなるニャー!?それじゃいつまで経ってもお城作れないニャぁ……」


 「マギーは本当純粋というか何というか……。私より年上なんて信じられないわ」


 「まあそれがマギーのいいところでもありますから。彼女と話してると悩みとか吹き飛びます」


 「あらぁ?ルーミちゃん、何か悩んでるの?」


 「えっ?いや、そういうわけじゃ」


 「何でそこで赤くなるの?まさか恋の悩みとか?」


 「全然っ!全然違いますっ!決して……」


 「おやー?今ちらっと誰を見たのー?」


 「嘘!?そんなつもりは……。そんな……」


 彼女たちのトークスピードは今朝から全く落ちない。何というか凄いの一言である。歩く方も忘れていない。僕とレナを置いてずんずんと進む。先頭のマギーに至っては最早駆け出していた。


 きゃーきゃー騒ぐ彼女たちから目を移し、後ろをよたよたと付いてくるレナに目を移す。紫の髪には白いターバンを巻いているが、服装はいつもの深緑のスーツだった。暑くないのかと聞いたが、あれで意外と通気性もよく日光も遮断できて快適なのだそうだ。体力消耗軽減などの特殊効果も付与されているらしい。それなのに……。


 再び前方に目を移す。マギーが盛大に転んで砂にダイブし、ぎゃーぎゃー騒いでいる。周りの3人が大声で笑いながら砂を払っている。これが女のと女のの差か……。


 「テオン君、水を……水をちょうだい」


 「そろそろ今日の分飲み切っちゃいますよ。皆の分もあるんですから控えてくださいね」


 「分かった……分かったから今は飲ませて……」


 はあ……。この調子で砂漠を越えられるのだろうか。僕はリュックサックから水筒を取り出すとレナから少し前方に置いた。


 「ここまで来てから飲んでくださいね」


 「何それ……微妙に意地悪……しないで」


 マギーたちが僕らを呼ぶ声がする。日差しを避けれる大きな岩を見つけたようだ。ひとまず砂漠の旅1日目は無事に昼寝まで出来そうだ。





 「レナ元気ないニャ?遊んだら元気出るかニャ?」


 「マギー、多分それは逆効果です。今は早く寝かせてあげましょう」


 僕らはようやく岩影に辿り着き、ご飯を食べていた。ポエトロの町で調達した燻製肉をスライスしてサンドイッチを作る。レナの魔道具のおかげで新鮮な食材を砂漠に持ち込めるのは素晴らしい。当の本人は食べる前に寝てしまったので、一人前を保存バッグに入れておく。


 「ふう~。美味しかった!あら、マギーとルーミはもう寝ちゃったのね。私ももう眠いわ。テオンはまだ寝ないの?」


 「うん、ちょっと試したいことがあってね。少ししたら僕も寝るよ」


 「そっか。それじゃあお休み!」


 ララが寝たのを確認して、僕は岩影から出た。まだ日が出てから5時間ほど。熱いが活動できないほどではない。


 皆から少し離れてから静かに目を閉じる。





 僕はこれまでの戦いを思い返していた。ブルムの森でのゴーレム戦、ポエトロの地下でのアリシア盗賊団戦。そのどちらでも、僕は大した戦力にはなれなかった。


 剣技が未熟なのは熟練度がまだまだ足りないからだ。力や敏捷性が足りないのもまだまだレベルが低いから。だがそれらは問題にしても仕方がない。そもそもテオンとしての戦闘経験が足りないのだ。咄嗟の反射速度、瞬発力、思考速度……。それらは身体に強く依存している。これから徐々に鍛えていくしかないものだった。


 問題は前世の経験があまり生かせてないことだ。これでもいくつか死線を越えてきた。というか一度戦死すらも経験している。だというのに、危険を察知したり相手の狙いを読んだりということが全然出来ていない。


 盗賊が罠を仕掛けているのは分かっていた。だけど罠にかかった。盗賊の剣も1度見ていた。しかしまんまと彼らの得意な形に持ち込まれた。アリスに至っては……。


 最後、彼女は僕ら全員を回復してから去っていった。殺傷を好まない彼女らしい行動だと、あのときはホッとしたりもした。しかし今振り返ってみれば、それは僕らのことを大した敵だと思っていなかったということだ。


 アリスは悠々と目的を達成し、僕らが先に何人か捕らえていた盗賊も丸ごと救いだして、易々と逃げおおせた。強力な魔術をいくつも使って実に華麗に……。


 かつての仲間に圧倒的な実力差を見せつけられ、初めて僕はこのままではいけないと思ったのだ。


 使えるようにしなくては。この……光の力を。


 この世界に来ていきなりの暴走。それが僕に大きな枷をはめていた。あれが僕のせいだと周りにばれたくないというのもあった。しかしそれ以上に再び暴走するのが怖かった。


 前世で一度、使いこなしていたというのに……。


 前世の経験を生かせていない最たるものだ。せめていざというときくらい、思い通りに使えなくてどうする。


 故に僕は密かに特訓をすることにしたのだった。再び光の力を使うための特訓を。


 僕は意識を右手に集中する。かつて思い通りに発動させていた力。自分の内に流れる魔力に意思を乗せて掌に。光のイメージを持って魔力を形に。結果を思い浮かべて形を技に。求めるのは力……。悪を倒し大切なものを守る力……。闇を退け、欲しいものに手を伸ばす力……。


 姫様……。


 気付けば太陽はほとんど真上に登っていた。冬場とはいえ砂漠の太陽は脅威だ。今日の特訓はここまでのようだ。肩を落とし、皆のいる岩影へと戻るのだった。





ーーーその遥か西、砂漠の反対側


 メラン王国の西方にある大国、アウルム帝国。その南端の砂漠地帯カクト地方に、不穏な動きが起こっていた。


 "姫騎士様……用意が整いました。いつでも出陣できます"


 "そうか。ご苦労"


 姫騎士は椅子に座ったまましばし目を閉じる。テントの幕が風に吹かれてばさっと音を立てる。日が暮れていき、天幕の隙間から斜めに日が差し込む。


 きんっ。


 彼女は自身の背丈ほどもある大剣を地面に突き立て、ばっと立ち上がった。


 "行くぞ、お前たち。正義は我らにあり。今度こそ卑怯者の魔王を燻り出すのだ"


 彼女たちは静かに進み出す。真っ赤な砂のキャンバスに伸びた長い影が、しんと続く砂漠の静寂を侵していくのだった。

エリモ砂漠の語源はギリシャ語で「砂漠」という意味の「エリモス」です。サハラ砂漠の「サハラ」がアラビア語の「砂漠」であるのと同じです。「砂漠」砂漠ですね。


ところで襟裳岬の「エリモ」はアイヌ語で岬という意味の「エンリム」(直訳すると「尖った頭」)が由来で、これも「岬」岬なんだそうです。


サブタイトルに寒い他意はありません。念のため。

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ESN大賞
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