第11話 盗賊団の棟梁と裏切り者
【前回のあらすじ】
修行中にアリシア盗賊団のアジトを発見したロイたち。突入したが罠に嵌められてしまう。ロイ、スフィアなど何人かは脱出できたが討伐隊のほとんどは未だ罠の中。そこに現れた盗賊団員によって仲間の中に盗賊団の関係者がいることが分かり……。
「そうさ、あんたらの中に、俺たちの仲間もいるんだよ!!」
盗賊は下卑た笑いを浮かべてそう断言した。そんな……。僕らの中に裏切り者が。
「……お前たちの中に俺たちの仲間がいるのは確かだ。だが何故隠れている。おかげで俺たちはお前たちを殺せない。何故侵入者をかばう!」
ほかの盗賊が声を荒げていた。奴らには仲間を殺せないルールがあるのだろうか。裏切り者の存在は信じがたいが、うまくやればこの窮地を脱することが出来るかもしれない。そのときルシウスが前に出た。
「俺たちは魔王討伐隊。勇者候補を連れている。世界の命運を担っているのだ。頼む、見逃してはもらえないか」
「お前は盗賊には見えないな。仲間じゃないやつの言うことを聞く義務はない。勇者候補だ?だからって何で俺たちが見逃さなきゃ……」
「黙れ!」
吠える盗賊を一言で黙らせ、奥から一人の女性がやって来た。赤い髪を束ね、頭の上で巻くように纏めている。体にぴったりと張り付いたような黒い服に身を包み、その豊かなボディーラインを際立たせている。その上から羽織っている毛皮のコートは、盗賊たちが身に付けている毛皮と同じ獣の物だろう。
「私はこの盗賊団の棟梁、アリシアだ。確かにあたしたちにとっても勇者候補ってのは捨て置けない存在だ。いいだろう、見逃してやる。だが有象無象の兵士まで救うつもりはないよ」
「なっ!!」
「お前たち7人はすぐに出ていくがいいさ。出口までは案内してやる。それともたった7人であたしたちを相手にするつもりかい?」
そう言うとアリシアは離れた場所から一瞬で僕らの前に移動した。とんでもない身のこなしだ。実力も相当の物だと一瞬で理解させられた。
「勇者候補もあたしの仲間も7人の中にいる。問題ないだろう?それじゃ、ばいばい」
アリシアは妖艶に笑うと手から魔力を放って僕らを包んだ。身構える間もなく僕らの体は宙に浮き、洞窟の出口に向かって投げ飛ばされた。洞窟を抜け、岩場を駆け抜け、渓谷に差し掛かったところで解放される。僕らは一瞬で空中に投げ出された。
こうして、アリシア盗賊団のアジトに侵入した魔王討伐隊とイデオ、合わせて31名は、あっという間に7人に減った。アジトに残った24名は殺されてしまったのだろうか。
空中から落下して強かに打ち付けた背中が痛む。だがそれどころではない。
助かった僕らも、もうそのままではいられなくなった。この中に盗賊団の仲間がいる。それは決定的な亀裂となった。僕はすぐさまイデオを追い出した。もう誰も反対しなかった。
「そうだな。俺も新しく調べなきゃならないことが出来た。だが俺は盗賊じゃない。それだけは最後まで主張させてもらうぜ。じゃあまたな」
そう言ってイデオは山の奥へと消えていった。僕らはひとまずこの近くにあると言う冒険者の宿場町に向かうことにした。不信感を残しながら旅を続けることはできないと、誰もが感じていた。
「そうですね。このままじゃ私たちの目的も果たせません。ロイさん、スフィアさん、あなたたちはちゃんと旅を続けてください」
「え?アリス?急に何を……」
「私は……盗賊団の棟梁アリシアの娘です」
…………えっ?
それはつまり、裏切り者はアリスだということか?
「盗賊になった覚えはありませんが、あの部屋の毒ガス装置が作動しなかったのは私がいたからです」
これで満足?と言ってアリスは来た道を引き返す。
「アリス、貴様が……」
姫様はいきなりアリスに斬りかかった。かなり混乱しているらしい。
「やめろ、スフィア」
ルシウスが落ち着いた様子で剣を受け止める。
あれ?アリスは孤児だ。それをルシウスが引き取った。アリスがアリシアの娘なわけが……。
「アリス、それだと最初に罠にかかった俺たちが助かった説明がつかないだろ」
「あ、そっか。ごめんルシウス」
「仕方がないことだ。ロイ、スフィア。あとは頼んだぞ」
「え?それはどういう……」
「俺とアリスはアジトに戻る。盗賊団の関係者は……俺たち二人だ」
な!?そんな……。
ルシウスとアリスがアリシア盗賊団の関係者?ミール自衛兵団第1部隊の元隊長と副隊長が……?
ルシウスの剣技は超一流だ。僕と姫様でも敵わない。そしてアリス。彼女も群を抜いて優秀な回復魔術師だ。さらに棟梁のアリシア。アリシア盗賊団はとんでもない実力の持ち主の集まりなのか。
僕はしばらく呆然としてしまった。姫様は膝から崩れ落ちて地面に座り込んでしまっている。残りの兵士二名も固まっていた。この二人の名前がどうしても思い出せないが、それどころではなかった。
信頼していた仲間に裏切られた。それもともにミールの街を守ってきた二人に。
ひとまず僕は姫様を抱き上げ、他の二人を連れて宿場町へと向かったのだった。
ーーー話は現在のテオンたちに戻り
「アリシア盗賊団だっけ?初めて聞いたがそんなにやばい奴らなのか?」
エミルが僕に尋ねる。彼らはその脅威を知らない。だが僕ーー今のテオンもそれを知っているはずはない。下手に手を出すべきではなかったが、しかしもうここまで来てしまった。
幸い彼らがこの洞窟を見つけたのはついさっきでそこまで大規模な罠はないだろう。戦力も分散している。アリシアやルシウスレベルの者なら少数だとしても脅威だが、捕らえた見張りの男程度なら十分勝てる。
「聞き出した情報によれば、彼らは罠を多用する。十分に気を付けよう。この男は仲間の戦力を良く把握していなかったが、何人かとんでもない猛者がいることは確かなようだ。危なくなったらすぐに逃げよう。それでいいか?」
「とんでもない猛者か。この人数で行っても無理そうなのか?」
「多分な」
「じゃあ一度町に戻るってのは?」
「それはない。村の仲間を傷つけられた。許さない」
デュオが静かに、しかし確かな怒りを湛えて呟く。怒っていたのは僕だけではなかったらしい。
「とにかく全員まとまって少しずつ相手の戦力を削っていこう。罠には十分警戒し、一人ずつ捕らえてここまで連れてくる。こいつみたいな魔法を使うやつもいるかもしれない。手足もきっちり縛ってから眠らせよう」
「よし、それで行こう」
こうして僕らは奴らの潜む洞窟へと再度乗り込んだのだった。
何度目かの通路を慎重に進み、先の様子を伺う。僕らは既に5人ほど捕まえていた。そろそろ奴らも仲間が減っていることに気づく頃かもしれない。
"おい、ヘーハチのやつはどこへ行った?さっきから姿が見えねえ"
"あいつは方向音痴だからな。洞窟の中で迷ってるかも知れねえな"
"ったく。見張りの交代に来たんだが、それじゃちっとも仕事になってなかったってことじゃねえか"
"そういえばさっきから見張りを見ないな。ここら辺を見回っているはずなんだが"
僕はデュオとリュカに合図する。二人は俊敏さを生かして会話していた二人を気絶させる。すぐさま僕とエミルがロープで二人を縛って担ぐ。そうして来た道を戻ろうとしたところで……。
ぐにゅ。
地面が大きく沈んだ。それが罠だと気づいた頃には四人とも足を取られていた。
"おっと?何か罠に引っ掛かったぞ。本当に侵入者がいたとはな"
"話を聞いてなかったやつがうっかり道の真ん中を通ったってことはないんですかい?"
"まあそれなら引っ張りあげるだけのことよ。まったく見張りの奴らは何してんだか"
また二人分の足音が聞こえる。この状態で見つかったら手も足も出ない。絶体絶命だった。
"ああ?本当に侵入者だ。あれ、誰かロープで縛られてるぞ?"
"なんだ人さらいか?こんなところに入ってまですることかよ"
"あれじゃないか?森の守護神。確かこの辺りに人が入らないようにしてるんじゃなかったか?"
"神秘の力だとか町の奴が言ってたらしいが、捕まえてみりゃロープで縛って運ぶだけじゃねえか。どんなアナログ神様だよ"
二人はげらげらと笑い出す。話を聞き取れないデュオたちは不気味そうに眺めていた。
「おいテオン、どうする?」
「奴らは引っ張りあげれば抜け出せると言っていた。あいつらを倒して一人でも脱出できれば何とか出来る」
「そうか。ならば」
デュオが上に向かってナイフを投げる。ナイフにはロープが括りつけられていた。更に左手で2本のナイフを投げる。真っ直ぐに油断しきった盗賊の脇腹に刺さる。
"ぐおっ!!" "うぎっ!!"
二人は驚いて距離をとった。剣を構える。
その隙にデュオはロープに捕まって脱出しようとしていた。
"あら?町の人たちにもう気づかれちゃいましたか。あなたたち大丈夫ですか?"
そのとき奥から女の声が聞こえた。回復魔術が展開され、二人の傷が癒える。刺さっていたナイフを回収した女はこちらに投げてきた。1本はかわした僕の首元を掠めて後方へ飛んでいき、もう一本はデュオが捕まっていたロープを切って壁に刺さった。
デュオが再び泥沼のような床に埋まる。
"ふう、助かったぜお嬢"
"あの野郎、ただじゃおかねえ"
もうあの二人も油断はしてくれない。デュオが隠し持っているナイフの数ももう残り少ないはずだ。不味い事態だ。だが僕はそれ以上に衝撃を受けて固まってしまっていた。
『回復魔法を展開する様子はさながら天使のよう……』
その美しい姿は前世で何度も助けられてきた光景だった。赤いショートの髪に今は赤いターバンを巻き、ミール自衛兵団の鎧を纏っていた姿は軽やかな盗賊風の衣装に変わり、腰にはあの毛皮を付けている。
服装は違うがその容貌は間違えようがない。魔王討伐隊としてかつてともに行動していた裏切り者、アリシア盗賊団棟梁アリシアの娘、アリスだった。
次回、再会したアリスが更に色んな謎を振り撒いていきます。そんなに伏線だらけにして果たして回収できるんですかね。
お楽しみに!!