第7話 奇跡の花と呪術師
【前回のあらすじ】
重傷のララを運んできた獣人から事情を聴くテオンたち。ララも目を覚まし、奇跡の花を探す盗賊たちの仕業だと話す。反対するレナを振りきり、テオンは冒険者エミル、獣人リュカと共にララの敵討ちに向かってしまうのだった。
「テオン、ララは?」
レナの制止を振り切りギルドを飛び出し東門を出たところでデュオに声をかけられた。デュオは荷車にもたれ掛かりながら森の方を注視している。その姿勢のままこちらに話し掛けていた。
ララはここを通って町に運ばれたのだろう。それを見たデュオはここで心配していたのだろう。
「うん、大丈夫だよ。冒険者の治癒魔法士が助けてくれた。これからララを襲った奴らに反撃しに行こうと思う」
「反撃……か。その人数でか?」
「いや……ララがやられた相手だからね。油断はしてないよ。タラに残ってもらってユズキとデュオに来てもらうつもりだったんだけど……」
「ユズキとタラは町だ」
デュオはちらっと荷車を見る。こくりと頷くと動き出す。
「俺が行こう」
デュオは門番の衛兵に荷車の見張りを頼んでから付いてきた。エミルとリュカにも軽く自己紹介をする。デュオは対多数の戦いを得意としている。頼りになる戦士なのだが……。
その後エミルが何度か話し掛けていたが、デュオは最低限しか答えず、あまりに会話が続かなくてとうとうエミルが折れた。この無口さが玉に瑕だ。リュカも話すのは得意でないらしく、四人は無言のまま森の奥へと進んでいった。
ーーー冒険者ギルド
テオン君たちが飛び出していったまま開いている扉を、あたしはただ眺めていた。
「お連れの方行っちゃいましたね。止めなくてよかったんですか、レナさん?」
「もっと素直な子だと思ったんだけどね。反抗期かしら。まあそれなりに強い子ではあるけど」
3年に一度しか会うことはなかったが、テオン君は前に会ったときと比べてぐんと大人っぽくなっていた。男の子の成長はあっという間だなあなどと感傷に浸っていたのだが、可愛らしい面も残っていて少し安心したのは内緒。
「傷を負った子もかなりの実力者でしょう?あの人数ではまずいかもしれませんよ」
「ええ。まず返り討ちよ。ねえ、ララちゃん。他に暴漢たちの特徴はない?」
ララちゃんはまだ担架に寝たままになっている。頭に巻かれた包帯が痛々しい。人差し指を口許に持ってきて暴漢たちの出で立ちを思い出しているようだ。ちょっと色っぽい。こちらも成長したなあ。
「みんな赤いバンダナを頭に巻いてて、太い刃が大きく反った変わった剣を持っていました。何か話していましたが、異国語で何も聞き取れませんでした」
「赤いバンダナですか……。先日この町に来た旅人の一団がそんな格好をしていました。この町に伝わる奇跡の花の伝説を聞いて回っていたのですが、あまりいい雰囲気の人たちではありませんでしたからこっそり調べさせたのです。素性はよく分かりませんでしたが呪術に興味を示しているようなのです」
「呪術……!!それは本当か、タオ!」
それまで黙って聞いていたヨルダが目を見開いて声を上げる。他の冒険者たちもざわめきだす。
奇跡の花の伝説とは、かいつまんで言えばどんな呪いも解くことのできるすごい花がブルム地方にあるという話だ。呪いを解くアイテムを呪術師ーー呪いをかける者が欲しがるとは思えない。裏があるのかも。
「奇跡の花は呪いを解くアイテムなのでしょう?呪術師にも関係があるの?」
「うーむ。レナさんには協力を仰ぐことになりそうです。話しておくべきでしょう。
そうです。奇跡の花には伝説で語られている解呪の力の他に、呪術師が欲しがるに値する効果が隠されているという話があるのです」
「話?」
「かつてある薬草を研究していた女がいました。彼女は毎日薬草の面倒を見て暮らしていましたが、その薬草は人の顔を変える奇病を唯一治せる珍しいもので、彼女以外に育てられるものはいませんでした。
ある日、彼女のもとに一人の男がやってきました。彼の顔はその病で蛙のようになっていました。彼女は彼のために薬草から薬を作り、男を救いました。元に戻った彼の顔は大変男前で、彼女は一目で恋に落ちました。
彼はしばらく彼女の世話になっていました。彼女は幸せでした。しかし彼は帰りたいと言い出します。彼には故郷に愛する人を残していたのでした。
彼女は嫉妬に狂いました。彼に愛される娘に代わりたいと心から欲しました。そのとき彼女に不思議な力が宿りました。特別な薬草に触れ続けた彼女は人の顔を変える呪いの力を手にしたのです。
彼女の心は嫉妬と呪いの力に毒され、闇に落ちてしまいました。彼女はまず男の愛する娘の顔を蛇に変え、自らの顔を娘の顔にしてしまったのです。彼女はその顔で男に近づき、娘を追い出そうとしました。
しかし男は自らも蛙の顔となった身。娘が偽物であることに気づいて追い返し、蛇の顔となった娘のことも変わらず愛し続けたのでした。
と、こういうお話です」
「はあ。でもそれはお伽噺の類いに聞こえますが?」
「ええ。しかしこの話は実話が元になっていると言われているのです。この話に出てくる珍しい薬草というのが奇跡の花なのです」
「となると、顔を変える奇病というのが?」
「そうです。当時人の顔を変える呪いを各地に振り撒いていた呪術師がいたのです。原因も分からない異常が各地で発生したために奇病と恐れられたのです」
「奇跡の花にはその呪いを再現する力があると?」
「それは分かりません。奇跡の花の存在も効能も詳しく記録されてはいないのです。しかし奇跡の花の力はあらゆる呪いを解くものとされています。逆にあらゆる呪いを再現する力がある可能性もあります」
何それ超怖い。呪術師が奇跡の花を手にしたら何でもありということか。
「お伽噺に出てくる薬草を育てた女は実在したと言われています。彼女が奇跡の花を育てていた伝説の花園はここブルムの地のどこかの町にあると、昔の旅人の日記に記されているのです。それをもとに数十年前から多くの研究者が調査を行ってきましたが、花園も花も見付からなかったのです。詳しいことは誰にも分からないのです」
「それならばなぜララちゃんを襲った一団は諦めずに花を探しに来たの?」
「花はありませんでしたが、旅人の日記に描写された風景にそっくりの場所が多数発見されたことで、伝説の正しさはむしろ信じられるようになったのです」
「研究者も呪術師も必死なのは分かるけどもな。おれたちが花園なんて知らないと言っても、そんなはずはないと食い下がるものたちばかりなのだ。果ては町民を拐ったり建物を破壊したりして脅しをかける者もいてな。困らせられてばかりだ」
「それほどに人々が求める、善にも悪にも転びかねない伝説の花……ね。彼らはそれを見つけて何をしようとしているのかしら」
「それは分からないけれど、呪術に使おうとしているのなら私たちは彼らを止めねばなりません。ララさんの襲われた場所に花園の手がかりを見つけたというならば、急がなくては万一のこともあるかもしれません」
「さて、レナ殿。ここまで話したからには貴殿も他人事とは行きますまい」
ヨルダさんが鋭い眼光を向けてくる。その威力は伊達にこの町の冒険者を率いていない。ああ、なんて熱い視線なの!
「レナさん、そしてこの町の冒険者の皆さんにマスタークエストとして依頼します。赤いターバンの一団の企みの解明と、その阻止をお願いします。報酬は1人80000リブラです。今回は略式として今から配る紙に名前を書けばクエスト受注を認め、目標の達成をもって全員のクエスト完了を認めます」
この即断力、かっこいいわあ。って……。
「あたし、今先を急いでるんだけど……?そんな面倒なクエスト参加しないわよ?」
「テオン殿が帰ってこなければ急ぎようがないのでは?」
うぐぅ……。あの反抗期坊主、今度会ったら絶対締める。
あたしは諦めて紙の一番上にでかでかと名前を記すのだった。やるからには一番目立ってやるわよ!怖いけど!
「先程テオンさんと一緒に出ていったエミルはこのギルドに登録された冒険者。ブルム地方にいる限りその居場所は私が把握しています。今はまだ移動していますが、ある程度場所が分かったら皆様にお伝えしますので何人かはすぐに向かってください。彼が心配です」
そう言いながらタオはギルドの職員に何やら紙を渡す。
「この町の他の実力者にも何人か声を掛けておきます。相手が想像以上に危険な相手ならば、無茶な突撃は控えて増援を待ってください」
冒険者たちは次々と名前を書いていく。現在ギルド内にいるのは15人ほどだ。ヨルダを始め、モルトにユクトル、シルビィなど実力者もかなりいる。それを見てタオはなお増援が必要と考えた。それほどの相手ということなのだろう。嫌だなあ。
そんなところにテオンは少人数で乗り込もうとしている。それは放っておけない。だけど……。
はあ……。戦いたくないよお……。
この冒険者たちにはあたしの実力もある程度知られている。前みたいに怯えていたら誰かが守ってくれるかも、なんて期待してはダメだろう。
周りからは既に期待の眼差しを向けられている。あなたたち知らないでしょう?あたしは道具魔術師、戦うほどに道具を使うの。使った道具は補充しないといけないの。お金を使うの。
「あのレナさんの戦いが見れるかもしれないぞ!」「道具魔術師ってすっげえんだろ?」「あの人はぁ本物だぞぉお!」
まったくひそひそと、人の気も知らないで……。
期待するなら金をくれ!!
まだポエトロの町の冒険者の細かい設定がアルト村のときほど固まっていないまま、ストーリーに追い付かれてしまいました。
ここからは主要なキャラ以外は思い付きの設定がぽこぽこ出てくるので、私にも予想できない展開になるかもしれません。
自分も驚きながら今後も楽しんで書きたいと思いますので、皆様もお楽しみいただけたら幸いです。