第6話 ライカンスロープ
【前回のあらすじ】
遂にポエトロの町に到着したレナとテオンは冒険者ギルドへ。ユズキたちも様変わりしたポエトロを散策していたが、そこでかつてアルト村にいたデミと再会する。一方、テオンのいるギルドには獣人と共に重傷のララが運び込まれてきて……。
「誰か!誰か治癒魔法士はいないか!重傷人だ!」
「な!どうして……。どうして、ララっ……!!」
冒険者ギルドは俄かにざわつき出す。しかしそこは流石に冒険者の集まりだ。迅速に動く。
「治癒なら俺に任せろ」「俺水汲んでくる」「清潔な布なら持ってるわ」「酒ならぁあるぞぉお」
真っ先に名乗り出た治癒魔法士の男が素早くララの傷を見る。見たところ頭に切り傷を負っているが深くはなさそうだ。肩の傷が深く出血も多い。全身にも刀のかすった浅い切り傷や多くの打撲痕がある。ララの実力でここまでやられるなんてただ事ではなかった。
テオンは懐から塗り薬を出して治癒魔法士に渡す。これは村を出るときクラに持たされていたもしものときの万能軟膏だ。効果は覿面だが他の治癒魔法とは干渉するかもしれないから、専門家に任せた方がいい。
「おじさん、村の塗り薬です。使ってください」
「ん?効能は?」
「万能です」
「万能!?いや、まあいい。ひとまず急ぎの治療を終えてからだ。アクアクレンズ、アンチウイルス、ミドルヒール」
そう言って男は手早く治療を進める。呪文を唱えているが、やっていることはクラとあまり変わらなさそうだ。淡い光がララを包む。痛みに歪んでいた顔が落ち着いてくる。どうやら危険な状態は脱したようだ。
はあ。
ひと安心してからもうひとつの衝撃をもたらした男の姿を探す。その男はギルドの入り口に立ったまま心配そうに治療の様子を眺めていた。
黒い短髪は薄暗い部屋で艶々と光り、浅黒い肌にぎょろりと大きな目が覗く。心配そうにしているがなおその眼光は鋭い。左の目には大きな傷跡がある。お世辞にも人相のいい顔ではない。
「おいテオン。そんなに獣人が珍しいか?あんまりじろじろ見るのはよくないぜ」
エミルが僕の視線に気づいてこっそり諌める。はっとして視線をそらすが、やはり初めて見る獣人から意識を逸らすことができない。視線の端では酒を持ってきた酔っ払いの男が治癒魔法士に呼ばれている。
「おいおいぃ、この薬は本物だぜぇえ!塗ってやんなぁ!
傷痕も残さず綺麗にしちまうだろうよぉ。女の子の顔の救世主だぁ」
どうやらあの酔っ払い、鑑定系のスキルが使えるらしい。
重傷のララの治療が一段落し、ギルド内の目線も駆け込んできた獣人に移り始めた。
壮年で強面の冒険者が獣人に近づいていく。
「怪我人を運んでくれて感謝する。おれはヨルダ、ヨルダ・ブレイトルだ。ライカンスロープ殿の名前を聞かせてもらってもよろしいか」
「ああ、俺はリュカと申す。ブルムの森で木こりをやってる」
獣人は答えた。ライカンスロープといえば前世では狼の獣人を指す言葉だ。お伽噺では狼獣人は滅多に人と関わらず人間を見ると襲いかかってくるという話だったから、犬だと思ってしまった。
「リュカ殿。この少女はお知り合いだろうか。かなりの怪我だったが、どういう経緯だったか教えて頂いても?」
「うむ。良い木を探して森を歩いていたときに、暴漢どもに襲われていたこの少女を見つけました。俺はスピードに自信がある。咄嗟に助けた」
少しちぐはぐさを感じるその話しぶりから、人間ーーヒューマンの言葉には慣れていない様子だ。
「お一人で暴漢の集団から少女ひとりを助けて逃げ切るとは、いやはや木こりにしておくには勿体ないですな。しかしそれでは貴殿には細かい事情は分からないと」
そこで男はこちらを向く。
「服装を見るにこの少女は貴殿のお知り合いかと思うのだがいかがだろうか」
「ええ。彼女は僕の村の者でララと言います。村にいたはずですがなぜ森の中にいたのか見当も……。あ、僕はテオンと言います」
「ふむ、もしかすると村に何かあってそなたを追ってきたとか……。おっと失敬、憶測でこんなことを申すべきではありませんでした」
言われて僕にも嫌な考えが浮かぶ。村に何かがあった……?
「詳しいことは少女が目覚めるのを待つしかなさそうですかな」
ひとまずララの身に起こった話は後回しになり、僕は彼らに心当たりとしてゴーレムの話などをしながらララの回復を待つのだった。
ーーーその頃、デミの家
冒険者ギルドにララが運び込まれたことなどつゆも知らないユズキとタラは、商店通りでばったり会ったデミの家に招かれていた。
「うへぇー!でっかいお屋敷でやす。デミさんすごいでやす!お金持ちでやす!」
「まさかあの行商人のゼオンがここまで成功するなんてなあ」
「あたしも驚いてるわよ。ポエトロに来たばかりの頃は日銭稼いで馬小屋暮らしだったからねー。旦那よりあたしの稼ぎの方が多かったんだから」
「そういやデミ、幻のアイドルって呼ばれてるんだって?」
「よく知ってるねー。でも32のおばさんにその二つ名はもう恥ずかしいわ。今はその名を娘に継がせられないかと画策中よ」
「そうそう。娘の誕生おめでとう!聞いたのはもう8年前だけど」
「あは、ありがとう。それはルーミのことね。その子はもう9歳で、もう一人4歳のミナもいるわ」
「まじか!やっぱり隣町の情報は全然入ってこないなあ。おめでとう!」
「てことはデミさん、もうディンと合わせて3人も子ども産んでるんでやすか?うちの姉さんはぶくぶくに太ったってのに、なんでデミさんそんなにスタイル変わんないんでやんすか!?」
「へえ!チーちゃんに子供!それはめでたいわね!今いくつなの?」
「4つでミナちゃんと同い年でやんす!ナナちゃんっていうんすけど大人しい子であっしは少し避けられてるでやんす」
「子供といえばタラと同い年のデュオも今では一児の父親だよ。ハチって男の子なんだがナナが大好きでいつも付いて回ってるな」
「あはははっ!なんか昔のタラとデュオみたいね!」
近況報告やら思い出話やら、3人の話は尽きることがない。
「ところで今日は何しにポエトロに来たの?」
「ああ、村に謎の怪物が現れてな。テオンのレベル測定のついでに王都で調べてもらおうと思って運んできたんだ」
「怪物?また物騒な話ね。それとテオン君のレベル測定?ジョドーさんは来てくれなくなっちゃったの?」
「いや、今はジョドーさんの後継でレナさんって人が来てくれてるんだが、その設備では測れなかったらしくてな。原因も分からないから王都で詳しく調べるそうだ」
「ふうん。あのやんちゃっ子、化け物揃いのあの村の皆を測定してきた機械で測れないなんて不思議ねえ。流石ジグさんとセーラさんの息子ってとこかしら」
「化け物揃い?ってどういうことでやんすか?」
「そのままよ。この町に来て初めて気づいたんだけど、あの村の戦力はただの村人レベルじゃないわ。この町一の冒険者ヨルダでもレベル40ほどって話。ユズキもジグも正真正銘化け物レベルよ。もちろんあたしもね」
ふふん、と胸を張るデミ。タラがうおっと声をあげる。
「そうだったのか。俺も3年くらいこの町にいたんだがな。知らなかった」
「冒険者のレベル自体がここ数年で落ちてきてるのよ。戦争のたびに強い人を王都に連れてっちゃうんだから当然よね。そういう意味ではテオン君も心配だわ」
「テオンはまだ成人したてだぜ?剣の腕はいいがレベルは大したことないだろう。心配要らないさ」
テオンのレベルやスキルのことを知らないユズキはへらへらと笑う。テオンの周りに着々と不穏なフラグが立ち並んでいくことなど知るよしもない3人であった。
ーーー冒険者ギルド
しばらくギルドの奥でギルドマスターと話していたレナが戻ってきた。傍らには筋骨隆々とした女性がついてきている。
「先ほどは随分騒がしかったようですが、何かあったのですか?」
「マスター!実はこの子が傷だらけで運ばれてきて、今治療して意識が戻るのを待っているところです」
僕はこっそりレナに近づいてマスターと呼ばれた女性について尋ねる。
「そうよ。この方がこの町の冒険者をまとめるギルドマスターのタオ・ブレイトルさんよ」
ブレイトル……。聞き覚えのあるファミリーネームにちらとヨルダを見る。ヨルダとタオは夫婦だろうか。
「ん……」
そのとき長らく意識を失っていたララが目を覚ました。
「あれ、ここは……?」
「ララっ!!」
「テオン……?どうして?」
「目覚めたか、ララ殿。ここはポエトロの町の冒険者ギルド。ブルムの森で襲われていた貴殿をこのリュカ殿が助けてここまで運んでくれたのだが、覚えておいでだろうか」
「ポエトロ……。リュカさんどうもありがとう。そう、私は襲われた」
「誰が襲ってきたか分かるか?」
「うーん、盗賊風の集団だった。何かを探していたみたいだったわ。ブルムの森とモエニア山脈の間の谷で。奇跡の花がどうとか言っていたわ。それを聞いていたのを見つかって襲われたみたい」
「奇跡の花……。まさかあの伝説にある……」
マスターのタオには思い当たるものがあるらしい。
「森を荒らしていたのもあいつら。ヘルハウンドたちはあいつらから逃げていったみたい」
「リュカさん、奴らのいる場所は分かりますか?」
「探し物をしていたのならそんなに大きくは動いていないと思う。多分、分かる」
「ちょっとテオン君!?どうするつもり?」
「僕はそいつらを探しに行くよ。村の仲間を傷つけられて、放ってはおけない」
僕は静かに拳を握りしめる。ララのあんな姿を見て、珍しく怒りが沸き起こっているのを感じていた。
「やめなさい!相手がどんなやつかも分かんないし、第一あたしたちには寄り道してる時間なんてないわ!」
「ごめん、レナさん。……我慢できない」
「テオン……」
「ダメよ!テオンく……」「乗った!!」
制止するレナを遮って声が響く。乗ってきたのはエミルだった。
「そういうの、嫌いじゃないぜ!」
「分かった。俺も同族やられたら同じ気持ちになる。付いてこい」
「ちょっと!!」
こうして僕はレナの制止も聞かず、エミル、リュカとともにララの敵討ちに向かってしまうのだった。