第3話 道具魔術師 ーアイテムマジシャンー
【前回のあらすじ】
レナが魔道具を駆使して夜営の準備を終え、眠りについた一行。しかし夜中に起き出して怪しい動きを見せるユズキ。レナの眠るテントに近づいたそのとき、けたたましく魔道具アラートボールが警戒音を発する!夜中に襲撃してきたのは一体何者なのか!?
「ちょっと!何々!?」
アラートボールの警報音に驚いて、レナを始めみんなが起き出してきた。レナは相変わらず桃色の寝巻き姿。戦闘できる気配は感じられない。
僕らの周りを取り囲んでいるのは、明らかに普段相手をしている草原や森の魔物より強そうなヘルハウンドの群れ。村を出ていきなりのピンチだった。また犬に辛い思い出ができそうだ。
「ユズキさん、武器も持たないで何してたんでやすか?」
タラがユズキの大剣を運びながらにやにやしている。タラは非戦闘員だ。自衛用の警棒だけ腰に提げていた。もう一人の男、ナイフ二刀流のデュオは既にレナの傍まで来ていた。
「うるせえタラ。お前もデュオと一緒にレナさんの護衛を頼んだぞ」
「へいへい。んじゃ、敵さんの相手は頼みましたよ」
ユズキは大剣を受けとるとさっと構える。
先程襲いかかってきたヘルハウンドは既に群れのところまで戻っていた。よく見ると後方に一際大きな個体がいる。群れを統率するリーダーだろう。右目だけを赤く輝かせてこちらの様子を窺っている。左目には傷を負っていた。
「よく見りゃこいつら全員手負いか?縄張り争いに負けて追い出されたってところか。道理で気が立ってるわけだ」
「結構な数だけどユズキさんなら平気よね?」
「おう。後ろに美人を背負った俺が、手負いの獣に負けるかってんだ。テオン、お前も下がれ」
僕は言われた通りにレナの前を固める。ユズキの実力は確かにすごい。だがこの状況は流石に危険なのではないか。そんな心配をよそに、レナは余裕の表情で笑う。
「あら、それなら楽しみに見物させてもらうわね♪」
草原を吹いた一陣の風が森の木をざわめかせ、木の実がひとつぽとりと落ちた。
近くにいたヘルハウンドが一斉に飛び出す。同時に何匹かが左右から距離を詰める。
ユズキは構えた大剣を横に倒すと、柄を前にして大きく一歩踏み出した。
「そんなんで俺に牙を届かせられると思うなよ!」
そのまま横凪ぎに剣を振るう。それはただの凪ぎ払いではなかった。
剣の衝撃は風を巻き込んで加速し、広範囲に斬撃を飛翔させた。
「すげえ」
ユズキの剣の鍛練姿はずっと見てきたが、実際に魔物を相手に戦う姿を見るのは初めてだった。前回のゴーレム戦では大盾を使っていたので、攻撃技を見るのは初めてだ。
飛びかかってきていたヘルハウンドは前も左右もまとめて斬り飛ばされ、後ろで様子を窺っていた何匹かにもダメージを負わせた。
ヘルハウンドたちに驚きが走る。だが彼らにとっても斬撃が飛んでくるのはさほど珍しくはなかったようだ。すぐに体勢を立て直し、群れ全体が間合いを取る。一撃で今の攻撃の間合いを見て取る辺り、やはりハウンドとは経験量が異なる。
だがこうなったら寧ろユズキの思う壺だった。警戒モードに入ったヘルハウンドたちに、追ってひとつ強く踏み込む。一度逃げ腰になった獣は必要以上に驚いて浮き足立つ。
ユズキは先程振り抜いた大剣を既に上段に構えており、一瞬怯んだヘルハウンドたちに向かって突進する。相手の反撃の準備が整う前に一気に斬り込んだ。
しかしそう簡単に行く相手ではなかった。怯んだかに見えたヘルハウンドだったが、うち1匹は重心を低く保ち後ろ足に力を溜めていた。
「へっ。そう来なくちゃな」
そいつは剣撃が足元に届くか否かで飛び出し爪を立てる。ユズキは軽くそれを避けるが、その勢いのまま風のように宙を突き進んでユズキの背後まで飛んだヘルハウンドは、着地とほぼ同時に再度飛び出す。
「背後を取ったからって、油断すんじゃねえ!」
斬り下ろした大剣の反動でそのまま飛び上がったユズキは手を離して高く舞い、ヘルハウンドの突撃に頭上から手刀を浴びせた。
「バウっ!!!」
その瞬間、群れを統率するリーダーが鋭く吠えて合図した。
ユズキは空中。体勢は着地。このままでは隙。
その着地位置に数体のヘルハウンドが飛びかかる。
「甘い!!」
途端、飛びかかったはずの数体が弾けとんで宙を舞う。
ユズキが突進しながら撒いた魔力弾が、地雷のように弾けたのだった。
「ユズキ……すごい……」
「テオン君、よく見ておくといいわ。あれは対集団戦に慣れた人の動きよ。相手を個としても全体としても捉えながら、死角を最低限にして立ち回る。できてしまった死角も、相手を誘き出すための罠として活用する。いいお手本だわ」
レナはそう分析しながら優雅に見物する。本当にユズキの腕を信頼しきっているらしい。
「……と、このまま彼の戦いを見ていたいけど、そうもいかなくなったかしらね」
そう言うが早いか、再びアラートボールが鳴る。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!
「おおっと。突破されちまったか」
音に驚きながらも近づいてきたのはヘルハウンドの増援、それも今まで相手にしていた数の三倍近い数の群れだった。
「アラートボールの結界の外でぶらぶらしてたから戦う気はないんだと思ってたけど、仲間のピンチとなったらそりゃ来るわよね」
「この団体さんはちょっときついかなあ。
レナさん!!すまないが一人寄越してくれないか!人手が足りない!」
「それじゃあ僕が……」
「テオン君、ちょい待ち」
ユズキの声に答えて僕が出ようとしたが、レナがそれを止める。
「今度はあたしがお相手してあげようかしら」
そう言ってレナがユズキのもとまで歩いていく。
レナの格好はさっきまでと変わらず桃色の可愛い寝巻き姿。特に武器になりそうなものも持っていない。
「……なっ!!レナさん、そんな丸腰で戦えるわけ……。下がってください」
「あら、あたしだってそこそこ旅慣れた一人前の冒険者よ?丸腰で魔物に近づくわけないじゃない」
レナはそのまま寝巻きの上を捲る。その腰回りには革のベルト、そして魔道具の入ったポケットが隠されていたのだった。
「あたしの武器は剣とかじゃない。この魔道具たちよ!
なんてったってあたしは、道具魔術師なんだから!」
「おいおい……レナさん、俺は護衛対象に背中を預けてるつもりはなかったんだけどな」
「失礼ね。あたしはそもそも今まで一人で戦ってきたのよ?ただ護衛されてるなんてつまら……情けないこと、出来るわけないでしょ?」
「つまらないって?これはとんだおてんば姫様だ」
ユズキはそう言いながら大剣を構えて後ずさる。レナもその背中についてユズキの後ろを警戒する。
「それじゃ、後ろは任せても……」
「ユズキさんはもう十分暴れたわよね。あとはあたしがもらっちゃっていいかしら」
ユズキが共闘を申し入れようとした途端、レナはそう言っていくつかの魔道具を構える。
「えっ!!初めての共同作業的なドキドキ展開は?」
「そんなのあるわけないでしょ」
前にひとつ、左右にひとつずつ、後ろにひとつ、そして上にひとつ。レナは次々と魔道具を放り投げた。
前後左右に投げた魔道具が地面に着弾する。
「フレイムウォール!!」
四つの魔道具から炎が飛び出し、レナを中心に炎の円を為す。二人を包囲していたヘルハウンドは火の勢いに押されて後退し、増援の群れとぶつかる。数的有利と思えた魔物たちは、一瞬で混乱状態に陥る。
「そこで狼狽えてる暇はないぞー!グレネードシャワー!!」
上に投げた魔道具から外側にキラキラしたものが弾け飛び、火の外側まで到達して破裂した。
パパパパパンっ!!!!
辺りに一斉に破裂音が響く。
団子状になったヘルハウンドたちに、容赦なく爆弾の雨が降り注ぐ。近づけば炎の壁、じっとしていれば爆弾の雨。逃げ場は外側にしかなかった。
逃げ惑う獣たちはぱらぱらと外に向かいだす。僕らへの敵意は既に薄れつつあった。
「これで仕上げよ!」
レナは地面に細かい魔道具をばら蒔いて、魔力を流した。
「ショッキングフロア!!」
そう唱えた直後、ヘルハウンドたちはきゃうんと声をあげて跳びはね始めた。ばら蒔かれた魔道具の間で放電し合い、ばちばち痺れる地面というのを作っているらしい。着地すれば静電気に触れたような痛み。地味だが強烈だ……。
炎の壁が消え、既に爆弾の雨もやんでいる。しかし、一度痺れる床を抜けたヘルハウンドたちは、もう近寄ってくる気配はなかった。
「最低限の労力で最大限の効果を狙う。集団のすべてを殲滅しなくても、その戦意を挫けば撃退は可能。覚えておいてね、テオン君!」
いや……炎に爆弾に電気……。なかなかえげつない攻撃だと思うんですけど。
レナが攻撃を展開している間、僕もユズキも他の二人も、ほとんど言葉を発しなかった。初めて見る道具魔術師の戦いに、唖然としていたのだった。
「レナさんって……お強いんですね……。下手なことする男だって敵じゃあない。いやあお見事でした」
ユズキが拍手を送った。引きつった笑顔で……。
少し離れた木の上にも、レナの強さに驚いていた者がいた。
「うそ……。レナさんってあんなに強かったの?森の中のあのびくびくは何だったのよ……。助け損ねて、また合流の機会を逃しちゃったじゃない……」
まあテオンが無事なら良かった、と、少女は再び木の梢の洞に入って眠るのだった。
新年あけましておめでとうございます。
昨年の年の瀬に投稿を始めて既に1週間、ここまで読んでくださった方には感謝の気持ちで一杯でございます。
自分の楽しみのために書き始めたこの小説ですが、皆様も楽しんでいただけたらこれ以上の幸せはないと思っております。
本年もまたご愛顧頂けますよう暇を見つけて書いていきますので、どうぞよろしくお願い致します。
平成三十一年一月一日 小仲酔太