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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第1章 アルト村の新英雄
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第1話 目覚め、そして暴走

挿絵(By みてみん)

 ここはアルト村。森と草原に囲まれたのどかで小さな村に、甘い匂いが漂っていた。村の入口の木は赤い花を風に揺らして秋を彩る。広場に面した木造家屋の中、少女が石造りの窯を開ける。焼きあがったばかりのチェリーパイを見て、彼女は満足そうに微笑んだ。


 今日は少女が恋する男の誕生日、今朝早く起きて焼いたパイは彼の大好物であった。きれいに切れ分けられ、かごに詰められていく。可愛らしくリボンまであしらったその籠は、しかしその日の夜になってもその男に届くことはなかったのだった。





 はあ……はあ……。


 少年は草原を走っていた。辺りは夕暮れ。少年の胸に迫る背丈の草はオレンジ色に染まって彼の視界を奪う。彼の後ろからは。


 「がるるるる……」「ばうっ!!」「あおーん!!」


 次々と飛ぶハウンド――犬型の魔物の吠える声。それは少年への威嚇であったり仲間への指示だったり。彼に魔物の言葉は分からないが、狩猟生活が根付く村の子供としての勘が彼にそう告げたのだ。今、自分は狩りの獲物なのだと。


 「がうっ!」


 真横から1匹のハウンドが飛び出す。


 「くそっ!」


 少年は手に持った兎を投げつける。苦労してようやく捕まえた2羽の兎だったが、命には代えられない。かといって、ハウンドが兎の死骸を寄越されたくらいでヒューマンの子供という恰好の獲物を見逃すはずはなかった。


 反対側からも狩り立てる気配が迫ってきている。後ろからは魔物たちの荒い息遣いまで明瞭に聞こえてくる。彼は確実に追い込まれつつあった。


 はあ……はあ……。


 「父ちゃん……っ!!」


 少年は腰に提げた銅の剣の柄を握りしめる。新品でまだほとんど傷も付いていないその剣は、彼の父親が誕生日プレゼントにくれたばかりのものだった。


 この少年の名前はテオン、アルト村の鍛冶屋の息子だ。13歳の誕生日の今日、父からのプレゼントを抱え、人目を盗んでこの草原に来ていた。


 『成人するまでは村を出てはいけない』


 それは村の掟だ。草原と森の間に位置するアルト村には、周囲に高い柵が設けられていた。村の中にいる限り魔物に遭遇することはない。


 成人の歳は15。まだ2年足りない。だが初めて剣をもらった彼はじっとしていられなかった。


 「魔物と戦ってみたい!」


 少年より2つ年上のディンが、一人で兎型の魔物を6羽ほど狩ってきた姿が思い出される。初めての狩りでそれだけの成果を上げた彼は、名狩人の誕生だとみんなに褒め称えられていた。


 その姿を自分に重ね、夢中で兎を追い回していた。気付けば辺りは暗くなり始め、草原の中でも強い魔物が生息する奥の区域に迷い込んでいたのだ。


 ざざっ!!


 テオンの足が止まる。真正面にハウンド。いつの間にか回り込まれていた。振り返れば獣臭さが鼻につくほどの荒い息。前に1体、後ろに2体。完全に取り囲まれてしまっていた。


 ハウンドは、実はこの辺りでは比較的弱い魔物だ。だが、初めて剣を握った子供では1匹とて勝ち目はない。


 昼間であれば村に近いところには生息していないのだが、今は既に夕方、ここは草原の奥地。後悔してももう遅かった。震える手で銅の剣を構えるが、動くことは叶わない。


 怯えてすくむばかりのテオンに3匹のハウンドが飛びかかる。もはや警戒も手練もない。彼はただ茫然と眺めていた。


 勝てない。助けも来ない。振り上げられた爪が今にも彼を引き裂く。


 その時だった。


 天から強烈な光が降り注ぎ、怯む魔物たちの眼前で少年を包みこんだのだ。そうして、テオンに前世の記憶、すなわち僕――ロイ・ルミネールの記憶が蘇ったのである。





―――前世


 小さい頃から剣を鍛えてきた。街の自衛兵団に入り、魔物、魔族、そして盗賊……、荒れた世界に跋扈ばっこするあらゆる敵を相手に、僕の強さを証明してきた。やがて王様に認められ勇者候補になった。


 魔王討伐隊に入った。そこには姫様もいた。ともに旅をした。彼女も勇者に強く憧れていた。その強気な瞳と、見惚れるほどの剣技。僕のものにしたいと本気で願った。


 そしてある夜、涙に濡れる中で僕は声を聞いた。


 歴代の勇者たちが手にした光の力をお前に授けようか、と。

 魔王を倒し、新生勇者として歴史に名を残してみないか、と。

 『……世界の半分を、お前にやろう』と。


 涙を拭い、僕は手を伸ばした。

 力が欲しかったから。勇者になりたかったから。

 そして……伝説の勇者に恋焦がれる姫様を、手に入れたかったから。


 光が満ちて僕の視界は真っ白に染まる。身体に流れ込んでくる、闇を白く染め上げる伝説の力……。


 胸が熱い。身を焦がすほどの熱。苦しい。薄れゆく意識の中で「勇者になるんだ」と、そのことだけを考えていた。


 そして魔界との境界である峠で、遂に僕は魔王に挑んだ。


 「相変わらずその力は厄介だな」


 魔王は光をかわして大きく右に跳ぶ。にやりとして。


 「だが、それじゃ俺には届かない」


 奴は左手に黒い玉を複数浮かべる。


 「……負けるわけにはいかないんだ!お前を倒して、姫様を取り戻す!!」


 僕は剣の形に留めた光を頭上に掲げ、大振りに振り下ろした。斬撃は光の刃となって一直線に飛んでいく。


 同時に魔王は黒い玉を放る。光の刃は四つの玉にぶつかり、吸い込まれるように相殺された。


 「まだだっ!!」


 その光の影に隠れて、僕は捨て身の突撃を仕掛けた。真っ直ぐ前に向けた剣先から光が迸る。剣の形に留めた力を一気に解放する、僕が編み出した光の奥義だ。


 「食らえーーっ!!」


 敵の不意をついた必殺の一撃。今の僕に出せる最大火力の攻撃だった。

 …………だが、奴は微塵も動じなかった。


 「その技は初めて見るな」


 右に影が動いたかと思った瞬間、目の前に先ほどより大きな黒い玉。


 「ぐわああぁぁっ!!」


 峠に絶叫が響く。それで勝負はおしまいだった。


 僕は、勇者にはなれなかった……。


 「姫様……」


 僕はこうして魔王の前に息絶えたのだ。





―――話は再び現在の草原


 テオンの身に宿ったのはチート能力と呼ばれるスキルの頂点、まさに僕が前世で獲得した勇者たちの光の力だった。


 事態は今も絶体絶命。少年は自分よりも強いハウンドたちにすっかり囲まれている。今にも絶命必至の爪が迫っている。


 彼は未だ呆然としたままだ。しかしその身体は激しく光り出し、怯んだハウンドを押し返していく。彼の視界を真っ白に染め、魔物たちを飲み込み、やがて弾けた。


 光は留まることなく広がっていき、あっという間に草原を丸ごと包み込んでいく。


 少年はその眩しさに思わず眼を閉じていた。彼にハウンドの爪が振り下ろされることはなかった。いつしか辺りは静寂に包まれていた。


 閉じていた眼を恐る恐る開き、ハウンドの姿がなくなっていることに安心した彼は、そのまま力尽きて眠りに落ちたのだった。





 「転生、だよな……」


 目が覚めたとき、テオンの意識はすっかり僕、ロイのものとなっていた。長い夢から覚めたような感覚だった。


 僕は何もない草原に大の字に寝そべっていた。頬に当たるやわらかな風。僕のほかに風を受けるものは無く、草の擦れる音すら聞こえない。


 静寂……。


 左右に首を傾けてみる。背丈ほどあった草がない。魔物の気配がない。影のひとつも落ちていない。首をまっすぐに戻す。目に映るのは雲ひとつなく晴れ晴れとした青空……。しかし、僕の心は快晴とは程遠い。


 「暴走……?」


 草原にあったものすべてを消したのは間違いなく僕だ。ハウンドが消えたあのとき、辺りは既にこの何もない草原になっていた。


 こんなこと今まであったろうか。前世の記憶は曖昧で断片的だ。特に力を獲得してからのことがよく思い出せない。だがそもそもここまで広い範囲に力が及んだことはないはずだ。


 勇者に受け継がれてきたチート能力は、転生して一段と強くなった。だがそれは未熟なテオンには大きすぎたのだ。この暴走でどれだけの魔物の命を奪ったのだろう。


 真上の太陽に腕を伸ばしてみる。子どもの手だ。細く短い指には胼胝たこ一つなく、自慢だった大きな掌も随分と小さくなっている。何より……。


 「右腕が……戻っている」


 最期の瞬間、僕は魔王の玉を受けて致命傷を負った。それだけははっきりと思い出せる。僕の右腕はあばらからぱくりと食いちぎられたのだ。その傷は身体のどこにも残っていない。しかしあの鮮烈な痛みだけは今も残っている気がした。


 「あれから、どうなったんだ……?」


 僕の放った技は魔王に当たったのだろうか。姫様は無事でいるだろうか。あれからどれだけの時が経ったのか。ここはどこなのか。何も……何も分からない。


 いや、曖昧なロイの記憶の代わりに、僕にはテオンとしての記憶がある。その限りではこの世界に魔族はいない。魔王の噂も聞いたことがない。前世で人類の敵といえば魔物よりも魔族だった。


 ここは前の世界ではないのかもしれない。もう二度と姫様には会えないのかもしれない。


 僕は誰もいない草原の真ん中で、声も上げず静かに泣き出していた。





 「はあ」


 澄みきった空へと溜め息を吐き出した。涙はようやく流しきった。悲しんでばかりもいられない。今の僕はロイである前にアルト村の少年テオンだ。村に帰ろう……。


 立ち上がって服の土を払い落とす。ハウンドに襲われたのは夕方だ。今は完全に昼間。一晩中ここで寝ていたのだろう。村の人たちは相当心配しただろうな。


 「テオン~!いたら返事してくれ!!」


 遠くから村人の声が聞こえる。門番をしているトウの声だ。力が入らない身体を引きずるようにして、僕は声のする方へ歩き出した。





―――あれから2年


 僕はずっと村の中で剣の修行に励んでいた。


 「テオン~、チェリーパイ焼けたよ~!そろそろ休憩しよ~!!」


 宿屋の窓から幼馴染のララが呼んでいる。


 勇者を志したロイ・ルミネールは、因縁の魔王も愛しい姫様も残して倒れた。勇者の力を携えてテオンとして転生したが、その力は使いこなせない。せめてあの光に大切な人たちを巻き込まないように……。


 僕は今日も明日も剣を振る。もう二度と、光のチート能力に頼らなくていいように。

初日は一気に投稿していきます。よろしくお願いします。


物語は基本的に主人公の転生前の人格「ロイ」の視点で語られます。


[2019.2.22追記]ただいま第1章を改稿しています。改稿内容が確定した部分から順次更新していきます。追加されたシーンなどもあります。作業中は齟齬が生じるかもしれませんがご了承ください。

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