第1話 はじめての世界
【第1章のあらすじ】
勇者になれなかった戦士ロイは魔王との戦いに破れ、授かった光の力はそのままにアルト村に少年テオンとして転生してしまった。力を暴走させたテオンは王都への旅に出るという名目で村を追い出されてしまう。初めて村の外の世界に出たテオンは、心に闇を抱えながらも新しい冒険に出発したのだった。
ーーーブルム地方、アルトの小道
ここは滅多に人の通ることのない、森と草原に挟まれた一本道。
道沿いにおよそ200歩ごとに立てられた杭が、かろうじて道の方向を教えてくれる心許ない小道。
静けさが怠けたままになったこの場所に、今朝は騒がしい音が響いていた。
がらがらがらがら……。
音を立てているのは大きな塊をのせた荷車である。それを引くのは僕、テオンと大剣を背負った大柄の剣士、ユズキである。後ろからもう二人の男が左右から荷車を支えている。
一行を先導するのは紫がかった長髪に緑のスーツが映える長身の女性、レナである。レナは地図を広げて頭を抱えていた。もちろん迷子なのではない。
「これは予想外だわ。村が世界のどこら辺にあるのかも分かっていなかったのね。学校があったんじゃないの?先生は何を教えていたのよ」
その言葉にムッとする。
「先生たちはちゃんと教えてくれましたよ。この辺りの地理ならね。それ以外は今まで特に必要じゃなかったんです。仕方ないでしょう?」
「だから町に着く前にレナさんに聞けるだけ聞いておけって話だろう?ハナを馬鹿にされたからって怒るなよ」
ユズキがテオンをからかう。どうやらテオンがハナを好きだったことは大抵の村人は知っていたらしい。
「俺が若い頃村を出た話はしたろう。そのとき最初に困ったのが土地勘のなさだ。アルト村と森と草原しか知らなかったからな。遠くに見える山々も、その向こうに何があるのかもまるで分からない。散々バカにされたもんさ」
「まあほとんど外とは交流のない村だもんね。しょうがないか。いいわ、教えてあげる!」
レナは手に持った世界地図をテオンに見せながらにやにやと笑う。
こうして、アルト村を出たテオンは隣町へ向かう道中、レナに世界のことを教えてもらうことになった。少し腹を立てたのは確かだが、早く世界のことを知りたかったテオンにとっては僥倖だった。
アルト村はブルム地方という地域の一角にある。この辺りはほとんどがブルムの森で覆われており、その周囲は山で囲まれ外の地方から隔離されている。
森の北側の山岳地帯はモエニア山地、東の山はミネラドラコ山、南側にはテグラメトゥス山脈が広く東西に横たわっている。西側はテグラメトゥス山脈から流れ出たフロス川が流れ、その川沿い、森の北西にポエトロの町がある。
山間部には強い魔物が多いが、何故か森林部には降りてこず、弱い魔物の縄張りが守られている。アルト村の南にぽっかりと草原が広がるように、森のなかには湖畔や湿地帯、沼地地帯や花畑などが点在し、それぞれに特有の魔物が棲息している。
ブルム地方はそれらの景観や生態系の豊かさから芸術家や冒険者が多く集まる反面、交通の便の悪さから文明の発達が遅れた地方である。未開の地、人の立ち入りを拒む禁足地、精霊の住まう土地などと呼ばれることもある。
そんなブルム地方はメラン王国領の南端にある。メラン王国には他に、西に温暖な平野からなるピュロス地方、北東に寒冷な高地からなるパタタ地方、東に豊かな森林のあるバトス地方がある。
この世界のほぼ中央に位置するメラン王国は国境を接する国も多く、絶えず戦争を行っている。それを乗り越えるため、対群用魔法や魔道具など、魔法による軍備増強がはかられ、世界でも有数の研究開発力を誇る。
近年では北西に位置するデルマ公国、東に位置するロポス共和国との関係が悪く、ピュロス地方の西端とパタタ地方の東端は危険地帯として一般市民は近寄らないように軍による通行規制がなされている。
「それから……メラン王都はピュロス地方の中央にあって、ここから向かうといろんな地形を越えなきゃいけないのよ。
まずフロス川を越えるでしょ?そこから北に向かって砂漠を越えて、今度は谷を越えるの。そこからは道も整備されてるし車も出てるから楽なんだけどね。大河越え、砂漠越え、谷越えでもうへとへとになるから覚悟しといてね」
「は、はい……」
「レ、レナさん……。もう勘弁してやってくれ。なんかテオン、さっきから遠い目をしてるんだ」
「あら……?一気にたくさん喋りすぎちゃったかしら?」
「いや……だ、大丈夫……。ピュロロロ……パタタタ……フロロロ……。うえええ」
お、おかしい。頭のなかによく分からない音が響いている。
前世じゃこんなことなったことないぞ……?
これは、テオンの頭が新しい言葉の羅列を拒絶しているのか……?
「て……テオン君、白目剥いてるわよ?分かったわ。まだまだ時間はあるんだし、ゆっくり覚えていきましょ?」
「そうだぜ。どうせこれから歩くことになる土地だ。嫌でも覚えるさ!」
「そ……そうだね……。僕、こんなに頭が弱かったなんて知りませんでした。サンもハナも手加減してくれてたんだな」
「テオン君、喋り方は知的で大人っぽいんだけどね」
「まあ四六時中剣振ってばかりの修行バカだもんな。しょうがねえよ」
「あ!ユズキ今馬鹿にしたな?僕だってちゃんと考えながら修行してるんだ。今はちょっと聞きなれない響きの言葉ばかりで戸惑ってただけだよ」
村を出てからすでに大分歩いていた。日は既に傾き始め、風の向きが変わって向かい風になる。左には赤みを差し始めた草原。少しだけ胸が痛む。夕方の草原にはまだ抵抗があった。
「それじゃここら辺で休みましょうか!もう夜営の準備もしなくちゃいけないし」
「ああ、そうしよう。というかレナさんがいなけりゃもっと早く止まってたくらいだ。本当レナさんはすごいよな」
「でしょう?もっと誉めなさい!感謝しなさい!崇め奉りなさい!!」
「ほらユズキ……。あんまりレナさんを調子に乗らせないでよ。面倒くさくなる」
「ちょっとテオン君?何それひどくない?あなたには魔道具たちの恩恵受けさせないわよ!」
「いやでもそれ、レナさんがすごいんじゃなくてレナさんが持ってきた魔道具がすごいんですよね?」
そういいながらレナは懐から青い球状の魔道具を取り出す。それを道沿いの杭の上に置くと、手をかざして静かに目を閉じた。
レナはたくさんの魔道具を持っていた。夜営用の設備やら道具やらも揃っているらしい。それらを使えばあっという間に夜営の準備ができるのだ。ユズキも驚いていたから最近登場した便利グッズなのだろう。
レナが取り出した球はアラートボールという魔道具らしい。使用者の魔力を注ぎ込むことで起動し、周囲に結界を張って弱い魔物を寄せ付けさせず、強い魔物が結界を破った場合は使用者が感知できるというものだ。
気配感知と威嚇というスキルの効果を誰でも扱えるようにしたこの魔道具は、金銭的に余裕のある冒険者には必須のアイテムとして広く使われているらしい。もちろん僕がそれを見るのは初めてだった。
「ララちゃんが来てくれてたらこれを任せるつもりだったのよ。元々気配察知や警戒のできる人がこれを使うと、その効果が増幅されて、もうすんごいことになるんだって!」
レナは興奮気味にその増幅効果を想像する。端から見ると気持ちが悪いほどだ。レナは立派な魔道具オタクだった。
「あ、テオン君また失礼なこと考えてるわね!あたしの結界から出ていってくれる?」
「え!?この結界って人の考えまで分かるの!?」
「テオン君……冗談だったのに。ぐすっ」
いたずらっぽい笑顔でそう言うとレナは手に持った針状のものをこちらに向ける。鎌をかけられたらしい。
「わ!?ごめんなさい!すごいです!
レナさんの魔道具もそれを使いこなすレナさんもすごいです!お願い刺さないでー!」
「あははは!よろしい。許してあげるわ!」
はあ。この人、苦手だ……。
レナはそのまま手に持った針を地面に刺す。針の上は球状に膨らんでおり、これもレナの魔力で起動して回転し出す。
「それじゃみんな、一旦テントカプセルから離れてね。行くよー!」
テントカプセルというらしいその魔道具は回転を早めて糸状のものを吐き出し始めた。それはみるみる円形の布に変わり、円柱状の壁が形成され、天幕が形成された。最後に竹製の骨組みが飛び出して布を支える。布はさらに魔力でコーティングされて淡く輝く。
「はい!簡易テント完成~!」
「うひゃー!何度見てもすごいな。ちょっとした家だよ」
あの普段落ち着いているユズキが珍しく興奮して声をあげる。
「実際に家として使っている人たちもいるらしいわよ。そもそもこのテントの形はデルマ公国の遊牧民の移動式住居を参考にしているらしいわ」
「へえ~。すごいな。人の住める家があんなに小さな魔道具に入っちまうのか」
「空間魔法の応用よ。この収納力がメラン王国の魔道具研究所のお家芸なの。おかげであたしもこのスーツケースひとつであなたたちのレベルを測定できるってわけ」
そう。レナは王都からアルト村までスーツケースひとつだけ持ってやってくる。その中から部屋一杯埋め尽くすほどの機材がどっと出てくるのだ。子供の頃初めてそれを見たときは目を見開いたものだ。
「空間魔法駆動大容量収納機構を発明したアリスト様はホントにすごいわよね。王都の研究者みんなの憧れの的よ!」
く、空間魔法……なんだって?
また新しい複雑な名前が……。頭がぐるぐるしだした。
「レナさんって……何でも知ってるんですね」
「え!?いきなりどうしたの?テオン君らしくないよ?熱でもある?」
「テオン、安心しろ。今俺も同じ気分だ。レナさんが王都の魔法研究所に所属してるってこと、改めて実感したぜ。俺たちには理解できない世界だ」
「なんだかよく分からないけど……そうよ!やっと分かったかしら?あたしのこと、存分に見直しなさい!」
「あ、いつものレナさんだ」「この感じ、安心するぜ」
そんな軽口を叩いてみるが、その間もレナは調理器具に焚き火用具に机に椅子にと、どんどん魔道具を出していく。
どれもこれも前世の世界では見たこともないようなものばかり。魔道具といえば魔力を変換してモーターを回転させたりエンジンを回したりする程度。物質を変化させたり大きさを変えたりだなんてことは不可能だと思っていた。
目の前で繰り広げられるのは、まさに魔法のような光景だ。思わず目を釘付けにされてしまう。はあ。ため息が止まらない。
「テオン君、色々驚きすぎてお疲れね。でもこのくらいで驚いてちゃこの先もたないわよ」
「こんな便利な道具が当たり前になってるなら、ポエトロの町もだいぶ変わってるかもしれんなあ」
今までの世界が全部塗り替えられるほどの衝撃に目を回しながら、これから待っている新しい驚きに、僕は一層胸を踊らせていた。
新章開幕早々、新要素「魔道具」登場!
世界の様子も少しずつ見えてきます。
第2章もどうぞよろしくお願い致します。





