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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第7章 黄昏に燃える光
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第15話 監獄

【前回のあらすじ】

 バルトの火薬庫の前、パールたちと鉢合わせしたレナたちは彼女らを軽く打ち負かす。捕まえて事情を聞く中、怒りを露にしたタケルの口から『ムラクモ』という単語が飛び出したのだった。

 白、白、白……。壁も、床も、天井も、目に映る景色すべてが清潔な白。壁に掛けられた燭台が温かい光を満たし、高貴な空間を作り出している。


 しかし、ここはメラン王国の地下監獄。壁一面真っ白で清潔な空間はとてもそうは思えないが、確かに私の目の前には鉄格子があり、その向こうにはメラン王国一の大罪人がどっかり座っている。


 私――ユカリはメラン王都の地下坑道で拘束され、戦争が終わるまであろうことか監獄に押し込められることになったわけだが、その怒りはすっかり意識の外に放り出されていた。


 「なあ新入り、俺の名前はイグニス。『業炎の破壊者』イグニス・パパドプーロスだ。知らねえか?」


 向かいの牢屋でくつろぐ男が話しかけてくる。イグニス……それはメラン大火という大事件を起こした大罪人の名だ。


 彼は元々『業炎の支配者』と呼ばれるSランク冒険者だったらしい。彼のスキルは古代スキルの『火』。それがメランの街の3分の1を覆い、焼き尽くしたという。


 だがそれ以上に私を驚かせたのは、彼の顔だった。その顔は、昔一緒に冒険したゲーンと瓜二つなのだ。


 「あなた……本当にゲーンではないのね?」


 実際、彼がゲーンであるはずはない。彼はキラーザの地で息を引き取ったと聞いているし、実際にお墓参りもした。


 彼ほどの魂ならば本来転生もあり得たはずだが、あいつのせいでそれもあり得ないのだ。


 「何度もそう言ってるだろ?ゲーンなんて呼ばれたことは一度もない。そんなに似てるのか?」


 「え、ええ。顔だけじゃなくて雰囲気も何となく……。あ、話し方とかは全然違うんだけど。彼、拙者とかござるとか、変わった話し方だったから……」


 「ん?まさかそのゲーンって、英雄ゲーンのことか?キラーザの町を作ったっていう……」


 「そうそう!」


 「でも英雄様が生きたのはもう100年近く前の話だろ?あんた、会ったことでもあるのか?」


 イグニスは訝しげな目で私を見てくる。


 ああ、しまった。目の前にゲーンそっくりの顔があるものだから油断していたが、彼らとの冒険は100年前。彼が不思議がるのも当然だ。


 まあ、この世界には長命な種族はざらにいる。一般的なヒューマンなら80年ほどだが、特に魔力の強い者は100歳を超えるのは珍しくないし、魔力の強いアローペークスやアラクネは平均寿命が200歳ほどだ。


 しかし、いくら長命でも100年も生きれば彼らは老いる。私のように今でも若い見た目の種族となれば……。


 「そういや、あんたの髪何となく青みがかってんな。まさか、伝説のアマゾーンってやつか?」


 アマゾーン。最も長く生きる種族。その平均寿命は400歳を軽く超え、長命な者は600歳にも届きうる。滅多に人前に姿を現さない彼らは、いつしか伝説上の存在となっていった。


 そう、私はアマゾーン。ヒューマンの5倍の寿命を生きる者。50歳で成人を迎えてから300歳を超えるまでは、容姿もほとんど変わらない。


 「いや悪い。女性にアマゾーンなんて言うもんじゃないよな」


 「あ、いや、何そのアマゾーンは悪口みたいな感じ……」


 そういえば、最近は外との関わりが無さすぎて淫魔(サキュバス)みたいなイメージが付いてしまっていると、里の若い娘が笑って話していたっけな。


 「まあ、あたしのことは良いの。あなたはゲーンとは関係ないのね?転生でもない。そう、転生はあり得ないの……」


 何度も自分に言い聞かせたその言葉を、また心の中で繰り返す。




 彼の最期はかなり特殊だった。戦いの中で魂を失ったのだ。


 身体は動く。簡単な会話もできる。食事とか睡眠とか、日常的な動作も出来る。けれどもそこに彼はいない。人格が空っぽなのだ。そういう特殊な状態になってしまった。


 「転生……。死んでも女神様の慈悲で生き返るとか、そういうのか?あり得ないってのはどういうことだ?」


 えーっと、そうよね。転生は女神様の慈悲。それは奇跡の所業。あり得るとかあり得ないとか、人があれこれ考えることはできない……それが普通だ。


 「どう話したらいいかな。いや、気にしないでくれた方がいいかも。うん、転生の話は忘れて。そうよね、女神様でもないのに、考えても仕方のないことだったわ」


 転生が奇跡だといっても、実現するにはやはりメカニズムが存在する。中でも重要なのは魂。そもそも魂って何?っていうのも説明が面倒なんだけど、とにかく魂がなければ転生はあり得ないのだ。


 「忘れてって言われてもなあ。俺、英雄様にそっくりなんでしょ?気になるじゃん?」


 本来、人は魂に干渉できない。人為的に魂が消されるなんてあり得ないことなのだ。


 この世界には権限という概念がある。


 それはスキルがないと剣技が使えないとか、魔力適性がないと魔力を認識できないとか、そんな感じの話だ。


 人は世界から与えられた権限がないと、特定の行動を取れないようになっている。その種類は数えきれないほどで、ただ物体を見る、言語を読むといったことまで含まれる。


 例えば、この牢獄くらい地中深くまでは、普通の人には穴を掘ることができない。それは掘削権限がないからで、権限の与えられた特殊なスキルを使えばこのように部屋を作ることもできるのだ。


 「な、なあ、おい。お嬢さん?ねえ、放置?おーい!英雄様、何があったの?あんたは何者なの?おーい……」


 権限がないことには何もできない。魂への干渉なんて、それこそ女神様レベルの管理者権限が必要になる。それが人に与えられるはずはないのだ。


 しかし、ゲーンの魂は人の手で消された。あり得ない事態だった。あれから100年、結局原因は分からないまま……。


 「管理者の削除権限、奪ったの誰よ!!」


 「うぉっ!!いきなり叫ぶなよ。こりゃ凄いのが来ちまったな」


 「あ、ごめん今の口に出てた?今のも忘れてね」


 「正直何を叫んだのかもさっぱりだ。分かった、この件は何も教えちゃくれねえんだな。何も聞かなかったことにするよ」


 イグニスは肩をすくめて見せる。その諦めたような乾いた笑いに、少しどきっとする。


 「助かるわ」


 彼は本当にゲーンそっくりだった。もう二度と会えない彼が、本当に目の前に帰ってきてくれたようで、違うとは分かっていても胸に温かいものが広がった。




 「そうだ、最近外が騒がしいけどよ。何かあったのか?」


 イグニスはころっと顔色を変えて新しい話題を振る。


 「え?うーん、戦争のこと?」


 「戦争!?上ではそんなことになってんのかよ」


 「知らなかったの?」


 「ああ、看守に聞いても何も教えてくれねえからな」


 あら、それはまずいことを教えちゃったかしら。ちらと看守の方を見るが、椅子に座って何やら知恵の輪のようなもので遊んでいる。


 「マスター、どうしても俺の力が必要なときは呼ぶって言ってたんだけどなー。余裕ってことか?」


 「そうね。相手はアウルム帝国だから油断はできないでしょうけど、今この王都には強い人いっぱいいるし。何とかなるわ」


 あのテオンもララも参戦しているのだ。余程のことがないと負けることはないだろう。


 「は?また帝国とやってんの?」


 彼の顔色が変わる。


 「え?ええ」


 「まじか。まさかあの大臣の……いや、アキレス王子がいるんだ、そう何度も暴走なんか……」


 ん?んん?大臣?アキレス?このイグニスという男、結構事情通なのだろうか?


 「ね、ねえ。アキレス王子って……」


 「なあ、戦地ってバルト地方か?」


 あ、私の質問は聞いてくれない。もう、人の話を聞かないやつっているわよね。


 「そうよ。それでアキレス王子って……」


 「目的はやっぱ『ムラクモ』か?」


 ああ、やっぱり私の質問は聞いてくれない。


 「ムラクモが何か知らないけど、戦争の目的は宗教的な問題と発表されていたわ。女神教の威信にかけてとか、黄金教の人たちに女神様の加護を見せつけるとか何とか……」


 「そうか、今回の名目は宗教なんだな。前回はオプリアンの解放だったか」


 前回……?ああ、10年くらい前にもあったんだっけ……?


 「ムラクモって何?」


 「まあ戦地がバルトなら俺に声がかからないのもしゃあないか。俺の炎でムラクモが誘爆とかしたらやべえしな」


 「ねえってば!!」


 「ん?何叫んでんだ?」


 「『何叫んでんだ?』じゃないわよ!ムラクモって何なのって聞いてんの!!」


 「そう怒んなよ。あんただってさっき人の話聞いてなかったろ?ムラクモってのは……簡単に言えば爆弾だよ。巨大な、な」


 「爆弾……」


 「何でも先の大戦で作られたものが、今でもバルトの地下で大切に保管されているらしいぜ」


 大戦?それってまさに100年前のあの戦いのことじゃない?


 「あんた、英雄の話詳しいんだろ?大戦の終盤で使われた巨大爆弾のこと知らねえか?今のブルム地方に落とされたっていう……」


 「あ!!まさかあの爆弾?大陸のど真ん中に巨大な窪地を作った……」


 そうだった、その問題もまだ未解決だ。地形を変えるほどの威力の爆弾。地形を変えるにも当然、女神レベルの権限が必要だ。そんな高度な権限を与えられた兵器……。


 「あれが『ムラクモ』なの!?」


 「ああ、何でも爆発のあとにできたでっかい噴煙を見て、後からそういう名前がついたらしい。まあどこの言葉が元になったのかは知らねえが……」


 そうか、ムラクモは叢雲。ゲーンの愛した日本の古い言葉……。


 いやいや、そんなことよりあんな危険物の真上でドンパチしてるですって!?


 「ねえ、何とかならないの!?」


 「何とかって?」


 「戦争を止めるなり、爆弾を移動させるなり、何かしないとヤバイじゃない!!」


 「ああ、確かにやばいな。でも何をどうするって?」


 ふと周りを見る。相変わらず綺麗な部屋。真っ白な空間にミスマッチな鉄格子。そう、ここはメラン地下の監獄。私は今囚われの身。


 「こ、こんなところに捕まってたら何も出来ないじゃない!!」


 「ああ、何も出来ないな」


 彼はふわぁと欠伸をして壁にもたれ掛かる。その仕草にまたどきっとする。


 『拙者たちには何も出来ないで御座るな。』そんな声が遠くに聞こえた。

今回は少々世界設定に関わる話題が多くてややこしいですね。


果たしてユカリは何者なのか。長命な種族だというだけでここまで世界の秘密に詳しくなれるものなのか。機密情報が漏れちゃってますね。アクセス権限大丈夫?


作中の権限という言葉はコンピュータの用語から持ってきています。読取権限、書込権限、実行権限みたいなものですね。とりあえず人が出来る行為には制限があり、世界によってきちんと権限が管理されているという話です。


テオン君が巨大な亀の魔物(キングタートス→アスピドケローネ)を消せなかったのも、この権限の問題が大元の原因ですね。冒険者たちはそれを感覚的に魔力の密度とかで感じ取っています。


しばらく地下の話が続いているので忘れられているかもしれませんが、今この時もテオン君は地上で亀と戦っています。応援してくださいね!


次回、久しぶりにテオン君サイドです!!

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