第14話 魔拳
【前回のあらすじ】
メラン王国とアウルム帝国が戦争をする最中、その地下ではレナがブラコ、ハサンとともに極秘任務を遂行中だった。辿り着いた火薬庫の前、帝国側からやって来たシェリルたちと鉢合わせ。一触即発!
メラン王国とアウルム帝国の戦争が巻き起こる最中、その地下で密かに始まったもう一つの戦い。火気厳禁の火薬庫の前、どこからか入り込んだ小娘たちと対峙する、スレンダーな美女が一人……。
「何ぶつぶつ言ってやがる、おばさん」
「だから誰がおばさんよ!!」
生意気な小娘をきっと睨み付ける。少し焼けた肌にぎょろりと覗く大きな目。その横に揺れる黒髪が挑発的で……。
いや、あれは髪束じゃない。ミュルメークスの触覚だ。あ、スメーノスにも同じ触覚があるんだっけ。
「あいつ……丸腰じゃねえな?」
ふとブラコが呟く。
武器らしきものを携えず、拳を構えて私たちと対峙する彼女。銃を突きつけられていることは分かっていそうだが、その目に怯えた様子は一切ない。
「ねえパール。あの人の髪の毛、紫色ですよ?手、見えてるんじゃないですか?」
「大丈夫だ。確かに少しアラクネの臭いもするが、あれはヒューマン。所謂、半端者だな。あいつらにも見えるような粗末な魔拳じゃないぜ」
アラクネの臭い……まさかそれを嗅ぎ取られるとは。あの触覚の敏感さは噂以上のようね。
魔拳……とは一体何なのか。スキル鑑定士の私でも聞いたことのないスキルだとすると、まず特上スキルか古代スキルだろう。いずれにせよ、要警戒だ。
その横のシェリルと呼ばれた少女はというと、ぐっと杖を握りしめたまま緊張しっぱなしだ。戦場であっさり仲間の秘密を話してしまう辺りからも、戦い慣れていないことが伺える。
「そうか、レナちゃんはアラクネとのハーフだったんだな。あれ、何か怖い顔してない?」
「してない。……ってかレナちゃんって何!?」
「いやあ、ちょっとでも若く聞こえるかなあと思って」
「余計なお世話!!さっさとあの顔黒、取っ捕まえるわよ!」
考え事をしていても口喧嘩をしていても、私もブラコも一切相手の娘から視線を離さない。ピリピリした雰囲気に似合わない私たちの会話に、彼女は痺れを切らし始めていた。
「あんた……今、ガングロとか言わなかった?」
あら、そっちが気に障ったの。昔王都で流行ったメイクなんだけど、あんな若い子がその言葉を知ってるなんて意外だわ。
まあ、それで平静を欠いてくれるなら好都合。にやりとブラコを見ると、同じく悪い顔をした彼と目が合った。
「あら、もしかして気に障ったかしら。ガングロって言われるの」
「まさか今どきあのガングロメイクに出会えるとはなあ!!お、ちゃんと全身焼いてるじゃねえか。えらいなあ!若ぇのに」
大声でパールを挑発する私たち。しかし、その後ろからハサンがきょとんとして呟く。
「あの……、ガングロって何ですか?」
その無邪気な声に、彼女はぴくっと反応し。
「てめぇら、馬鹿にしてんのか!!あたしはミュルメークスじゃねえ、スメーノスなんだよ!焼けてて悪いか!!あとガングロは古くねえ、知らねえふりしてんじゃねえぞ!!」
うーん、何に怒ってるのかよく分からないが、彼女とガングロには浅からぬ因縁がありそうだ。
「おお!やっぱガングロで凄むと迫力あるなあ。俺もよく怒鳴られたもんだ。懐かしいねぇ……」
思い出しながら恍惚とした顔をするブラコ。何こいつキモ……おっと昔の性格が戻ってきそうになってしまった。まあ、その様子にいらっとしたのはパールも同じようで。
「ぶっ殺す!!」
どがーん!!
ブラコの止めの挑発に激昂した彼女がぐっと足に力を込めると、突如として傍の床から弾けるような轟音が響く。
「ひいぃぃぃいいいい!!な、な、何が起こったんですかぁ!!」
小さく丸く蹲って頭を抱えるハサン。
今の攻撃、まるで見えない拳で床を殴りつけているよう。あれが魔拳と言うものだろうか。見えないことも脅威だが、何よりかなりの威力のようだ。
パールは依然拳を構えたまま足を踏ん張っている。しかし、確かにこちらを狙う何かしらの攻撃の気配がある。
「ブラコ、あの気配感じ取れてる?」
「ああ、レナも大丈夫そうだな。あの力を隠されてたらやばかったが、あれだけ真っ直ぐな殺気を放ってりゃあ問題ないだろ」
二人で頷き合うと、無策を装って突撃を始める。
「は?おいおい、今の攻撃見てたろ?ああ、お前らヒューマンにはこの眼はねえんだもんな。可哀想に、ただの遠隔攻撃だとでも思ったのか?バーカ!!」
叫ぶパールの横で、シェリルは相変わらず心配そうに杖を握りしめている。魔法くらい使ってくるかもしれない。
ちりっ……。ひりつくような一瞬の気配の高まり。攻撃が来る。気配は相手の左上から真っ直ぐ私たちを狙っている。
そこに大きな腕が実際にあると思っていいだろう。ぐっと足に力を込め、大きく跳躍する。
どごん!!
床から轟音が鳴り響く。
「なあっ!何で避けれんだよぉっ!!」
「ははっ。嬢ちゃんもまだまだひよっ子だな?分かりやすすぎるぜ!!」
どん、どん!
同じく軽やかに見えない拳をかわしたブラコが、彼女の足元に銃を撃ち込む。
彼女は驚きながらもさっと跳び退り、右腕で顔を覆う。魔拳も同じ形で体を庇っているのだろう。咄嗟のことに目を瞑ってしまっている辺り、本当に素人らしい。
「隙あり!!」
彼女が目を瞑っている間に、シェリルの手に銃を撃ち込む。あれだけ握りしめているということは、杖がなければ魔法を使えないタイプだろうか。
「きゃあっ!!」
からん。魔法弾は杖の方に当たったが、その衝撃に驚いて杖を取り落とした。
「な!シェリルを狙うとか卑怯だ……うわっ!!」
その隙に今度はブラコがパールとの間合いを詰め、彼女の脇腹に蹴りを繰り出していた。それはすんでのところでかわされたが。
「はい、そこ!!」
「ぐあぁっ!!」
飛びすさった後の硬直した足の大腿部に銃を撃ち込み、素早く機動力を奪う。
私もさっとシェリルの首に左腕を回して絞めながら、右手の銃をパールの後頭部に突きつける。
「もう抵抗はやめなさい。死にたくなければね」
2人の動きを拘束したのを確認し、ブラコが通路へと逃げた残りの子供たちにも銃を向ける。
「え、え!?パール、負けちゃったの!?」
「ア、アオイお姉ちゃん……」
「大丈夫だよタケル君。言うこと聞けば、きっと、きっと大丈夫だからね」
彼女たちは観念したのか、手を上げて出てきた。その目はひどく怯えている。
「おっとレナちゃん、可哀想になって気を抜いたりしないでくれよ?ここに忍び込んできたからには、こんな可愛いウサギちゃんたちでも容赦は出来ねえ」
ブラコの厳しい目付きに、アオイと呼ばれた耳の尖った少女が明らかに嫌そうな顔をする。
「こんな可愛いあたしたちを力ずくで抑え込んで、何するつもりだ、このエロおやじーーっ!!」
「んなっ!エロ……お、俺はエロ親父じゃねえ!!」
珍しく狼狽えるブラコの様子に、思わずぷっと吹き出す。
「おばさんもいつまでシェリルに抱きついてんだ!離れろーっ!!」
「誰がおばさんよ!!ったく、あなたも銃のこと知ってるんでしよ?突きつけられてるのに、よくそんな威勢で物が言えるわね」
威勢はいいが、アオイには敵意はなかった。
溜め息をつきながら、シェリルの拘束を解く。彼女はこほこほと咳をしながらへたり込む。こちらももう敵意は無さそうだ。
「仕方ねえ。特殊な事情でアオイには恐怖の感情がねえんだ。許してやってくれ……」
パールは頭を下げながら唇を噛み締める。その太ももからは血が流れている。
「あ!パール、怪我してる!!おじさんがやったの?ひどい!!」
「これは俺じゃねえよ。おい、シェリルだったか?お前、見たところ僧侶だろ。これ回復できるか?」
座り込んだままの彼女は、パールの傷に気付くと驚いて立ち上がる。
「大変、すぐ治します!!」
手をかざすと微かに青白い光が集まってくるが、傷を治すにはとても足りない。やはり杖がないとまともに治癒魔法が使えないのだろう。
必死の形相でうんうん唸っているシェリルに、傍に落ちている杖を拾って渡す。
「あ、ありがとうございます……」
彼女が杖を受け取ると、ぱっと辺りが明るくなる。杖からも治癒の光が溢れだし、一気に傷を治していく。
ふとアルト村で見たクラの治癒を思い出す。彼女の魔法は杖なしでこれを遥かに凌ぐ効果だった。やはりあの村のレベルは何を取ってもおかしい。
「ふぅん、杖を拾ってくれるなんて、お姉さんの方は優しいみたいね。いいよ、許してあげる」
「くっ……。うちから注意をそらすなんて甘いんじゃねえか?」
アオイに目を移した途端、パールが悔しそうに唇を噛み締めながら吐き捨てる。しかし逃げる気なんて無いのは気配で分かる。
「分かってると思うけど、今逃げようとしたって、今度はブラコの銃があなたの足に風穴を開けるだけよ?」
横目で彼女の動きを見張っていた彼も、ふぅとアオイに目を移す。それでも一切の隙はなかった。
「分かってるよ。ああ、あんたらの方が格上だ。大人しくするさ。それで?うちらをどうするつもり?」
シェリルの治癒が終わり、辺りがしんと暗くなる。タケルという少年は未だにアオイの影に隠れて震えているようだ。
「ちょっと事情を聞きたいだけよ。あなたたち、ここに何の用?戦争中の地区の地下深くに、まさかピクニックには来ないでしょ?」
「……あんたらは当然、ここが何なのか分かってるってことだよな」
パールの瞳に浮かぶのは深い怒り。
そのとき、タケルが不意に飛び出して声を荒げた。
「おまえたち!『ムラクモ』を使って何をするつもりだ!!」
―――同じ頃、メラン王国地下
私――ユカリはメラン王都の地下坑道で拘束され、監獄に連れられてきた。真っ白で清潔な監獄に……。
「パーシー王子のご命令だ。戦争が終われば取り調べが始まるから、それまでは大人しくな」
「お、新入りか?ほう、女か。なかなか可愛いやつじゃねえか」
その向かいの牢屋には……。
「おいイグニス、あまりちょっかいを出すなよ?」
メラン大火の大罪人、イグニス・パパドプーロスがいたのだった。
「うそ?……まさか、ゲーン!?」
どうも、ひと月ぶりです。小仲酔太です。
最近は1ヶ月に1話書くのがやっとです。第1章の書き直しとかもしたいのですが、もう少し仕事の方が落ち着くまではそうも言っていられませんね。
実は、来年4月から近所の大学で非常勤講師を任されることになりまして、通常業務も合わせてますます余裕がなくなってきます。だ、大丈夫かな……。
それでも月1すらも投稿できなくなったら、いよいよ続けられなくなっちゃいそうです。というわけで、このペースは何とか死守したいと思っております。
今後ともどうか変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。