第14話 もっと教えて!アルト村
【前回のあらすじ】
8年前、アルト村を訪れた青年に村の案内をしてくれる幼き日のテオン。ハイルにクラにジグにユズキに……。次々現れる実力者や有名人に驚いてばかりの青年。次はどこを案内してくれるのか。どんな村人と出会えるのか。青年は逸る気持ちを抑えられないのだった。
「次はどこにいこうかなー」
そう言ってテオンが次に向かったのは、八百屋だった。村の畑で採れた野菜、狩人たちが森で採集してきた野草や木の実類のほか、漬け物や加工された肉、調味料のようなものまで売っていた。食料品なら何でも揃っているらしい。
「エルモのおっちゃん!こんにちは!」
「ようテオン、今日も元気だな。そっちの兄ちゃんは旅人かい?生憎、土産物になるものは少ないが、見てってくんな!ほれ」
言いながら店主が赤い木の実を投げて寄越す。さくらんぼだろうか。
「サービスだ、食べてみな」
食べてみると甘酸っぱい香りが口一杯に広がった。
「何だこれ!?町で食べるやつより甘いぞ!」
「この辺でしかとれないアルトチェリーって言うんだ。森の加護が一杯詰まってるんだとよ!ただ日持ちはしねえから町には出回らないんだ」
「森の加護か。そいつはありがたい」
「ほれ。テオンも1ついいぞ」
「ねえ、エルモ?……あむ。エナナいる?」
テオンはエルモの手のチェリーに直接食らいつきながら尋ねる。
「エナナならそこの棚の影にいるぞ」
うおっ!!言われるまで気づかなかったが、加工品の棚に隠れてこっちを見ている女の子がいた。
「て……ておん?そ、そのひ、その人、だれ……?」
あからさまに怯えられている。辛うじて聞き取れる小声にテオンが応える。
「旅人のお兄ちゃんだよ!今僕がお兄ちゃんに村を案内してるんだ。エナナも一緒にいこうよ!」
そして強引にその手を取った。とてとてと出てきたエナナを安心させるべく、俺は座り込んで目線を合わせた。彼女は少しびくっとするが、目を合わせてくれた。
「エナナちゃん、よろしくね!」
今度こそ、と再び花を出す手品をして見せる。エナナちゃんは「わあ」と顔を明るくさせた後、不安げにテオンの顔と差し出された花を交互に見ている。テオンには心を開いているらしい。
「どうぞ、だって!」
「う、うん……。あ、ありが……とう………」
消え入りそうな声だが受け取ってもらえた。テオンはそのままエナナの手を引いて歩き出す。
「それじゃあエルモ!またあとでね」
「またチェリー買いに来るぜ!」
「おう、待ってるぜ!エナナ、転ぶんじゃないぞー」
こうして八百屋をあとにした。二人はまだこの村に来て半年ということだったが、それなりに馴染んでいるようだ。
いつの間にか村の中心の広場に戻ってきていた。広場を挟んで村長の家の反対側には高い物見櫓がある。村のどの建物よりも、村の周りの柵よりも高く、かなり広範囲を見渡せそうだ。櫓の上には門番と同じ格好をした村人が立っている。
「10歳になるまで登っちゃダメなんだって」
「そうなのか。テオンは今いくつなんだ?」
「7歳だよ!アムとディンは3つ上だからもう登れるんだ。草原の丘のてっぺんまで見えるんだって!森はずーっと向こうまで続いてるんだよ!」
村は草原と森に挟まれている。正確にはここら辺一体が深い森であり、森の南の端にぽっかり円形の草原が広がっているのだ。草原の南側には急峻な山脈、森の方も緩やかに山脈へと続いており、広大な盆地になっているのだ。
俺はこう見えて冒険者だからな。地理には詳しい。
櫓に登ってみたかったがテオンが羨ましがるので後回しにした。日が暮れないうちに村の反対側も見ておきたい。
「じゃあ次はサラのお店だね」
そういってテオンは再び歩き出した。エナナが転びそうになりながら必死に付いていくのが微笑ましい。
サラさんの店、というのは仕立て屋だった。広場の近くに位置する店は、綺麗な小物で飾り付けられて華やかだった。
「あれー?サラー!……いないの?」
生憎店主は留守のようだ。テオンが店の中を駆け回って探していると。
「ておん。サラさん、みんなのとこにいるって」
エナナが外からテオンを呼びに来た。
「みんなのとこ?そっか、じゃあ行こ!お兄ちゃん」
みんなのとこ、というのは村の共同作業場のことらしい。広場とは別に、狩人が集めた食べ物を分配したり加工する場所のようだ。ひょうたん型の村の上半分に当たる、森寄りの区画の中央にあった。奥にはキャンプ場の調理場のような場所も設けられている。
近づいていくと、とびきりの美人が目に飛び込んできた。黒髪のショートヘア、艶のある小麦色の肌、すらりとした体型で身長160センチほど。そして何より出るところが出ている。やばい、色っぽい……。
「あ!サラ、いたー!」
「ん?やあ、テオン!エナナちゃんも一緒だね!おや、そちらの坊やは誰だい?」
ああ、姉御肌な口調がたまらん……!!
「お初にお目にかかります、サラさん!!あなたほど美しい方に出会えるとは至極光栄、この村に来たのはそのためだったのだと思うほどです」
「お兄ちゃん急にどーしたの?このひとはハイルのお客さんの旅人さんだよ!魔物に襲われてたんだって」
「そうかい、そりゃゆっくりしていきな。でもあたしは口説けないよ。もう心に決めた人がいるからね」
「まじかー。そりゃ残念。なんて人なの?」
「アストって言うんだ。今は村を出て冒険者やってるらしいんだけど、坊や知らないかい?」
「うお!また出てきたアストさん!去年まで同じ町で冒険者やってたよ!」
「おお!彼のこと知ってんのか!聞かせてくれよ」
こうして俺はポエトロにいた頃のアストさんの様子をたんまり語った。リスペクトしてる男の話ほど盛り上がることはない。あんまり長く話してるんで、テオンはエナナと作業場を見て回り始めた。
「盛り上がってるな、兄ちゃん。この村は楽しんでくれてるかい?」
サラさんと話し込んでいると、ハイルがやってきた。その後ろには男の子が二人付いてきている。
「紹介するぜ、こっちが俺の息子のディン。もう一人がアム。クラの子で、つまりサラの甥だ」
「おう、よろしくな!って甥?てことはサラさん、クラさんの妹!?」
「そんなに驚くことかよ。確かに似てないけどよ」
「似てない以前に親子くらい歳離れてんじゃない?」
「そんなことないよ。7歳差だ」
何だと……っ!!今俺の中でとんでもない衝撃が走った。クラは30代後半くらいの見た目。一方サラは10代か20代前半だと思っていた。
この話が続くとうっかり二人の年齢を聞いちゃいそうだ。話題を変えよう。
「そ、そういえばハイルさん、幻のアイドルの元旦那さんらしいっすね?」
「幻のアイドル??」
またこの反応だ。ユズキさんにしたようにデミさんのポエトロの町での様子を話す。
「んで、確か一昨年の秋にお子さんが生まれたらしい。ルーミちゃんだったかな」
「そうか。デミは今幸せにしてるんだな。いやあ、よかった」
「ディン、ルーミちゃんだって。お兄ちゃんだな」
「関係ねえよ。出ていったお袋も、見たことない妹も」
「そんなこと言うもんじゃねえぞ。前にも言ったが母ちゃんを困らせちまったのは俺だ。いい加減許してやってくれよ」
「ふん」
ディンは色々複雑なようだ。確かに、自分を捨てた母親がよそで子供産んで幸せにしてるなんて話、あまり聞きたくはねえよな。そう考えるとハイルの器の大きさを感じた。
「まあ知っとくに越したことはないと思うぜ、ディン君。いつか許せると思ったら、会いに行ってみるのもいいな。少し遠いが隣町なんだから」
ディンはそっぽを向きながら頭を掻いている。これ以上はお節介か。
「そういえばテオン君、最初はどうなることかと思ったけど、いい子だな。色々村のこと教えてくれたよ」
「お!兄ちゃん分かってるなー!テオンいいやつだろ?俺たちの弟分なんだぜ!」
アムが誇らしげに胸を張る。ディンも素直に頷いている。
「テオンも母ちゃんいねえから、俺が守ってやるんだ」
「おお、ディン君かっこいいな!ハイルさん、テオン君も母親が?」
「ああ。1歳のときに突然死しちまったんだ。未だに原因は分かってねえ。セーラさんっていうんだが凄い巫女さんでな。神様がお怒りなのか、近いうちにとんでもないことが起こる前触れなのか。とにかく恐ろしいこった」
「突然死……。そりゃあ可哀想に」
「テオンはほとんど覚えてないらしいんだけどな。ジグの方が結構堪えててよ。テオンをほっぽって原因を調べに村を出たときもあったな」
「ちょっと二人とも。あんまり子供たちの前でそういう話はするもんじゃねえよ」
サラの制止でこの話は打ちきりになった。あんなに明るく笑っているテオンにもそんな過去が。そのテオンは村人たちの作業を引っ掻き回しては怒鳴られていた。エナナが大人たちと一緒に後片付けに回っている。
テオンを育てたのはこの村全員なんだな。少し目頭が熱くなった。
「そうだ兄ちゃん!今日は折角たくさん肉が採れたからな。今夜はみんなでご馳走だ!楽しみにしててくれよ」
「ハイルさん……。ありがとう!それなら俺も手伝うよ。肉焼くの得意なんだぜ」
「そうか、そりゃ頼りにしてるぜ。よし、子供たち!お前らも手伝え!」
こうしてこの日の夜は盛大に盛り上がった。みんなで肉に食らいつき、酒をかっくらい、歌って踊り明かした。俺は旅の話や町での暮らしの話をみんなに語った。村の外の話に、テオンは興味津々で食いついてきた。
時間はあっという間に過ぎて宴も終わり、その日は宿屋に世話になった。怪我の様子をクラさんに見てもらいながら、数日は厄介になることになった。村で過ごした日々はとても楽しく、俺はいつしかずっといたいと思うようになったのだった。
そうして今、俺はこの村の一員、アルト村のキューとして狩りに出ている。ハイルさんについて草原を駆け回り、相棒の槍で仕留めた肉で村のみんなの腹を満たす。武者修行にもなるし充実した生活だ。
いやー、アルト村は本当にいいところだ。お前らもいつか遊びに来いよ!最高の宴で歓迎するぜ!
メラン暦50年二の月9日、アキレス・q・メラン。
少年テオン君とはここでお別れです。
次回、テオンを見送ったアルト村のその後の様子をお届けします。