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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第7章 黄昏に燃える光
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第10話 城壁

【前回のあらすじ】

 巨大な亀の魔物の前に絶体絶命のテオンたちだったが、イリーナたちが援護に駆けつけ希望を取り戻す。一方、帝国側では狂化作戦に不満を持つベルトルト将軍が、何やら動き出していた……。

―――メラン王都


 その日、王都はどんよりと暗かった。


 ここはメラン王都の中央区。王城を中心とした上流階級の所謂貴族たちが住む区画だ。無論、戦争が始まるまでにほとんどの貴族たちは避難している。今、ここには外の区画の者たちが押し寄せていた。


 中央区南側の広場には、黄昏の碑と呼ばれる大きな石碑がある。人々はその周りに集まり、ある者は跪いて祈りを捧げ、ある者は悲しみに暮れて天を仰いでいた。皆、一様に静まり返っていた。 


 ふと雲の切れ間から陽が射す。うっすらと見える太陽の影は、南天を過ぎて午後に傾いてきている。昨日のうちに城壁の外へと出ていったテオンたちは、果たして無事に帰ってくるのだろうか。


 俺――キールはただぼんやりと上を見上げていた。あそこからなら彼の戦う姿が見えるかもしれない。そんなことを思いながら、王都中の背の高い建物を転々と眺めていた。


 通行人と肩が擦れ合い、腰の剣が揺れる。それは戦場で抜かれることもなく、ただ手持ち無沙汰にそわそわと揺れていた。


 戦争に参加できるのは、軍人とメランギルドに登録した冒険者だけだ。それはメラン軍としての資格云々のためであるが、もうひとつ重要な理由があった。


 「つまり軍か冒険者ギルドに登録した人のうち、指定した領域で命を落とした人の名前が、戦死者としてこの黄昏の碑に刻まれるの」


 俺らをここまで案内してくれたマリーが説明する。つまり、それ以外の冒険者が戦争に乗り込んで死んでしまっても、誰にも気付かれない可能性があるのだ。


 今ここにいるのは、マリー、アリア、ブレゲ、マギーとルーミ、そして俺だ。ポット、リットなど、他の奴は皆クレイス修理店に集まっている。


 テオンたちが心配で、じっとしていられなかった俺たちを見かね、マリーがここに連れてきてくれたのだった。


 もちろん彼女自身、夫のアストのことが心配でこの碑を見に来たかったというのもあるのだろう。


 「私、何だかあの近くには寄りたくありません」


 説明に頷きながらも、ルーミは石碑から目を背けていた。


 それは俺も同じだった。あの碑の周りには不安と恐怖、そして悲嘆ばかりが渦巻いている。そんなところで正気を保てる気がしない。


 「でも、あそこに名前が出ないうちは皆無事だと分かるのよ?」


 「大丈夫です。そんなもの見なくても、テオンさんたちは皆さん必ず無事に帰ってきますから」


 彼女は断固として言い張り、広場へと渡る橋の手前で立ち止まっていた。


 「ああ、気になる人だけ見に行きゃあいい。そのためにわざわざ生活圏から遠いこの広場に碑を建てたんじゃからな」


 彼女の頭を撫でながらブレゲが柔らかく微笑む。


 「マギーも石には興味ないニャ。それよりあの壁の上って登れるのかニャ?」


 マギーが王都の外周にある城壁を指差す。それは王都を守る最強の防御壁、シモス大城壁だ。メラン王都と、そのすぐ北にあるクロノスという研究都市を丸ごと囲む高い壁。


 彼女はどうやら俺と同じことを考えていたらしい。すなわち、どこかからテオンたちの様子を見れないものかと……。


 「うーん、それは難しいんじゃない?あの城壁は軍が管理しているものだし……」


 「じゃあレナがいたら登れたかもしれないってことか」


 「あ、そうニャ。レナはどうしたのニャ?もうずっと出掛けっぱなしなのニャ」


 レナ……。テオン、ララと喧嘩別れをしてそれっきりだと聞いている。彼女もメランの軍人だ。あの戦場のどこかに駆り出されているかもしれない。


 「そうだな。もしレナに会えたら、壁に登れるか聞く前に、テオンたちと仲直りしてもらうよう頼まなくちゃな」


 このまま生涯の別れなんてことになってしまったら、とてもじゃないが遣りきれない……。


 おっと、そんな暗いこと考えてどうする。皆無事に帰ってくる。そんな悲しいことにはならねえから。絶対。


 「さて、私はもう店に戻るけど、あんたらはどうする?」


 ブレゲが尋ねる。それに真っ先に答えたのはルーミ。


 「私も帰ります。何だか、疲れちゃって……」


 「そうか。俺は少し歩いてから帰ろうかな。やっぱりじっとはしていられねえ」


 「あ!マギーもニャ!!ちょっと散歩するニャ。アリア、またあとでニャ」


 彼女がさっと俺の隣に来る。その様子を見たマリーとアリアは、意味ありげな微笑を浮かべて声を揃えた。


 「「ごゆっくり」」





 「ニャ~!!やっぱり高いニャ~。遠くまで見えそうニャ」


 マギーが両手を挙げて上を見上げている。結局俺らはシモス大城壁の傍までやって来てしまったのだった。王都に入るときには気付かなかったが、良く見るとその重厚な城壁は地面から突き出した岩を、鉄で補強した感じになっていた。


 「まさかこの岩、全部繋がってんのか?どうなってんだよ。テオン並みの規模の土魔法か何かでなら出来るのか……?」


 「キール、何ぶつぶつ言ってるニャ。ほら、誰かに見つかる前にさっさと登ってみるニャ」


 「は?ちょ、マギー、お前何やってんだよ!!」


 俺が考え事をしている間に、マギーは既に3M(メトロ)ほどよじ登っていた。


 ばっと周りを見ると、1人明らかにこちらを見ている兵がいる。完全に見つかっていた。


 「おい、お前たち何をしている!!」


 「げっ!!ヤバイニャ!見つかったニャ!!」


 「最初から見られてんだよ。悪い、兵士さん、俺の監督不行き届きだ。決して怪しいものじゃない。ただの馬鹿なんだ。許してくれ」


 「ば、馬鹿って言うニャ!!」


 慌てて弁解する俺たちに初めはその兵も訝しげな目を向けていたが、壁にしがみついたまま騒いでいるマギーを見るうちに、段々と可哀想な目に変えて俺を見てきた。


 「あんた、いかにも苦労してそうだな。あの娘が今すぐそこから下りてくるなら許してやる」


 「本当かニャ!!ありがとニャ、すぐ下りるニャ」


 「それにしても何をしようとしてたんだ?こっちは帝国側の壁。事と次第によっちゃ即撃ち殺されても文句は言えないぞ?」


 確かに。王都内に潜んだ帝国のスパイが、内側から壁を崩壊させて主力部隊を引き入れるような行動だと取られても、何の文句も言えない。


 「それはひどいニャ!マギーたちはただ壁に登りたかっただけニャ」


 「本当か?なら何故あそこの梯子ではなく、こんな足掛かりもろくにない岩壁を登ろうとしていたんだ?」


 「え、梯子?」


 兵士の目線の先を見ると、確かに壁の上まで続く長い梯子が掛けられていた。その前には兵士が一人立っている。そう言えば、今話している兵士が駆けてきた方にも梯子が見える。どうやら一定間隔で梯子が並んでいたらしい。


 「ニャ~、誰かいると思って避けてたニャ。不覚……」


 悔しそうなマギーを尻目に。


 「なあ、あんた梯子を上ろうとする奴を管理してるんだろ?俺らも登らせてくれねえかな?」


 「あ、そうニャ。兵士が認めれば堂々と上れるのニャ。流石キールニャ!」


 「いやいや、流石にそれは認められんよ。こっちも仕事なんだから。大体今は戦争中。あの壁の上だって万一流れ弾が飛んでくるかも知れないんだから。何でそんなに壁に登りたいんだ?」


 なるほど、兵士の言うことももっともだ。もっともなんだが。


 「テオンが……仲間が戦争に参加してるのニャ。壁の中でじっとしているだけなんて耐えられないのニャ。見えるところで、ちゃんと応援したいのニャ!!」


 マギーが兵士に熱く主張する。


 「うーん、仲間がねえ……。それを言ったら家族の帰りを待ってるって人も大勢いる。お前たちだけを優遇するわけにもいかないしなあ……」


 彼は尚も渋るが、少し同情に揺れている。もう一押し、何か無いかと考えていると……。


 「あ!兵士さんが見てたはずの梯子、誰か降りてきたニャ!!」


 マギーが突然叫び出す。確かに壁の上から影が梯子を下り始めた。その数、2つ。


 「ええっ!!いつの間に……い、いや、あの人たちはいいんだ。私が許可したから」


 「ニャ!?優遇はダメなんじゃなかったのニャ!?」


 「だからあの人たちは所謂関係者だから……」


 「関係者だったら優遇して良いのかニャ!?」


 「え、いや、それは……」


 兵士が言い淀む。いや、いいんだよ。関係者は通していいんだよ。そこ、揺らぐな。


 そう思いながらも、このまま勢いでマギーが押し切ることを望んでいるので黙っておく。


 かたかたと梯子を下りる影は既にすぐ近くまで来ていた。2人ともがっしりとしていて、確かにただ者ではなさそうだ。


 「いや、待つニャ!この匂い……知ってるニャ!!」


 兵士に向かってヒートアップしていたマギーがきっと影を睨む。その気配に気づいたのか、影の方もこちらに顔を向け……。


 「うん?キールとマギーか?」


 「「バートン!!」」


 叫び声が壁を伝ってそこら中に駆け抜けたのだった。





 「何が関係者だよ。思いっきり部外者登らせてんじゃねえか!!」


 兵士に詰め寄る俺の横で、バートンがきょとんとして俺とマギーを交互に見ている。彼の前に梯子を降りていた男は、良く状況を飲めてないだろうにがははと笑っていた。


 「そうかそうか、それは何だか悪いことをした。俺は軍に顔が利くからな、ちょっと我が儘言って登らせてもらったんだよ。がははは」


 大柄な男はたっぷり蓄えたあごひげを擦りながら兵士の肩を叩いている。


 「バートン、この人誰ニャ?」


 「あ、ああ。この前立ち寄った飲み屋のマスターだ」


 「はあ?顔が利いてもやっぱり部外者じゃねえか!何だよ、飲み屋のマスターって!!」


 俺もすっかり頭に血が昇ってついつい激しい口調になってしまうが、いやこれは仕方なかろう。マスターとやらを思いっきり睨み付ける。


 「がははははは、そりゃそうだ」


 男は俺の目をまっすぐに見返した。怯んだ様子の欠片もない。やはりただ者ではない。


 「壁の向こうが気になるなら上ればいい。俺が許可しよう」


 「はっ!!良かったなお前ら。気を付けて上れよ」


 兵士が道を開ける。しかし……。


 「いや、やっぱりいい。もっと気になることが出来た」


 俺はもう、そのマスターから目を離せなくなっていたのだった。

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