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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第7章 黄昏に燃える光
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第5話 狂乱

【前回のあらすじ】

 騎士隊長のアメリアを追ってきた騎士たち。彼らは冒険者を酷く嫌い、彼女を連れ帰ろうとしていた。そこに現れた謎の男。彼がベルを鳴らすと、彼らは魔物のように狂化させられてしまった。

 彼の登場は唐突だった。ララの気配察知すらも掻い潜り、突如僕らの目の前に現れたのだ。


 「お前には特別製を用意したんだが、それじゃ足りねえよなあ?」


 そう言うなり、男がぱっと消える。それに合わせてララがばっと振り返る。彼は一瞬で騎士たちの後ろに移動していた。


 「へへへ。あんたら、もっと狂ってみねえか?」


 「な!?貴様、いつの間に……」


 「おっと、返事は聞いてないぜ」


 彼がさっと手を上げる。その手にはいつの間にかハンドベルが握られていた。


 りーん……。


 清涼な音が辺りに響く。その音の軽やかさとは裏腹に。


 「うぐっ!!」


 突如頭を締め付けられるような痛みが襲う。意識が飛びそうなほどの痛みだ。僕は思わず膝をついた。


 ばたばたっ。


 スケイルフィアが暴れだし、騎士たちは皆落っこちてしまう。彼らもそのまま頭を抱え踞っている。鳥たちはそのまま狂ったように走り出し、どこかへ行ってしまった。


 今、戦場の至るところで狂化魔物が暴れている。まさか、あのベルが魔物を強制的に狂化させているのか……。


 「ほう、なるほど。人間の場合は理性とぶつかるから効かないだろうとは言われていたが、その衝突は痛みになるのか。動きを止めるくらいは出来そうだな」


 彼は落ち着いた顔で僕らを見回す。まるで何かの実験をしているようだ。ゆっくりと僕らの間を歩き回り、1人ずつまじまじと顔を見つめていく。


 この痛みは狂化との戦い……。彼の言葉から推測するに、そういうことなのだろう。背筋を寒いものが走る。


 その足がララの前でピタリと止まった。


 「ふむ、さっきの反応の早さでもしやと思ったが、お前、良い目を持ってるな」


 そのままじっと見入るように顔を近付ける。


 「な、何……よ……」


 「苦しいか?それはお前がまともな理性を持っている証だ。喜べよ。それにしても……」


 男はふっと空いてる左手を上げ、ララの頬に触った。彼女は動けない。


 「可愛い顔だ。割りと好みだぜ?……これでお別れなんて、残念だなあ」


 「や、やめ……。うっ……」


 ララの顔は痛みに醜く歪んでいる。その顔に左手を沿わせたまま、彼はにやりと笑う。やがて、その手は彼女の(おとがい)に止まり、くいっと持ち上げる。


 「おい、何をするつもりだ……!!」

 「い、嫌……いや……。テオン……」


 「ん?そうか、お前らそういう仲なのか。ならこんなところに連れてくるんじゃなかったな」


 不気味に上がる口角。徐々に彼の顔が彼女の唇に近付いていき……。


 「「ぐがあああああっ!!!!」」


 そのとき、僕ら同様に苦しんでいた騎士たちが、突然獣のような声を上げた。


 「おっ、成功したな。へへへ、お前ら良かったな。暇潰しはこれで終わりだ。あとは……精々生き残ることだ」


 男はまたぱっと姿を消し、騎士たちの後ろへと回り込む。


 「はあ、はあ……。な、何あれ……?」


 痛みが少し和らいできた。ぐっと膝に力を入れ、ぐらつく足で立ち上がり、騎士たちを睨み付ける。彼らの目は、真っ赤に血走ってひんむかれていた。


 「が、があああっ……」


 「おい、お前たち……どうした!どうなった!?」


 アメリアも頭を押さえながら立ち上がる。


 「た、隊長……わ、わだじが……わだじがづれもどじまづ……。ごの……けがれだぼうげんぢゃだぢがら……わだじがあああっ!!」


 騎士の一人がアメリアに飛び付こうとする。


 「おらっ!!」


 それをブライアンが蹴飛ばして防いだ。


 「てめえら、目を覚ませ!!隊長、こいつら、まるで……」


 彼の言葉を継いだのは謎の男。


 「そうそう。お仲間たちはもう、お前らの知ってるお仲間じゃあない。話も通じない。気を付けろよ?力加減分からなくなってるだろうからな」


 つまり、人の狂化状態……。彼はあのベルで人を狂化させたというのか。へへへっと笑ったまま、左手を高く掲げる。


 「さて、思い付きの実験は上手くいったが、折角用意したお土産も貰ってくれなきゃあな」


 どしん!!


 彼の後ろ、突如巨大な山がそびえ立つ。否、それは先ほどの亀――ヘビータートスよりもさらに大きな、本当に山かと見紛うような亀だった。その目はやはり赤黒く輝いている。


 「な、キングタートスだと!災害級じゃないか!!それも狂化状態……こんなの……」


 アメリアが唇を噛み締めるのが後ろからでも分かった。


 「ぐおおおおおっ!!!!」


 低く唸るような声を上げて、亀が頭を振り下ろす。その下にいるのはアメリアとブライアン。僕は咄嗟に右手に力を収束させ、光を光線にして打ち出す。


 光は亀の首に当たった。だが傷はつかない。消えもしない。


 「くそっ!!」


 アメリアがブライアンを抱えて一気に飛び退く。その足元に大岩の如き頭が打ち付けられ、激しい風圧に乗って土の塊や石が弾け飛ぶ。


 「ぐわあっ!!」


 二人はその煽りを受けて吹き飛ばされてしまう。


 「ランク5の光とてこの魔物は消せなかろう。この魔物はランク6。そんなやわな攻撃じゃどうにも出来ないぞ?」


 男は既に亀の甲羅の上にいた。彼を乗せた亀は、再びゆっくりと頭を持ち上げて吠える。


 ざざっ。


 さらに亀の周りに、先ほど走り去っていったはずのスケイルフィアたちが集まっていた。皆、赤い目になっている。狂化状態だ。


 「ほう、忠義に篤い鳥たちだ。噛むなら飼い主の手が良いんだと。良かったな、遊び相手が増えて。ははは」


 笑い声を残し、男はまたさっと姿を消した。それを合図に騎士も鳥たちも一斉に襲いかかってくる。


 「くそっ。お前たち、本当に話が通じないのか?狂化した魔物みたいになってしまったのか?……目を覚ませ!!」


 「無駄だよ隊長。あいつら、完全に我を失ってる。いかれてるよ……」


 「そんなはずない。あいつらは騎士だ!私の部下だ!!私はお前たちをそんな軟弱者に育てた覚えはないぞ!!」


 アメリアの言葉にも一切反応することはなく、騎士たちは歯を剥き出しにして隊長に向かっていく。


 「駄目だ、隊長。あんたは甘すぎんだよ」


 「何を言うブライ」「だってそうだろ!あんたは優しすぎる!!あんた、俺のため口をそこまで強く咎めたことねえじゃんか」


 ブライアンの言葉にアメリアはふいと俯いてしまった。援護に行きたいが僕の元には鳥が迫っている。


 「こいつらも同じだ。さっきの舐めた態度もあんたは受け入れちまうから、こいつらがそんな屈強な育てられ方をしたとは思えねえ!!」


 「そんな……私が間違っていたのか?私が、もっとこいつらに厳しく接していたら、こんな事態にはならなかった。私が……」


 まずい。アメリアはすっかり意気消沈して、迫ってくる騎士たちに対処する構えが全く出来ていない。他の冒険者も鳥や他からやって来た狂化魔物に手一杯。ブライアン一人が狂化騎士5人に対峙している。


 「私の……せいだ……」


 「「だいぢょおおおおぉぉぉぉ!!!!」」


 彼らの手がアメリアに届く……。


 「土塊障壁(クロッドバリケード)!!」


 彼らを止めたのは、地面から飛び出た土の防壁だった。


 「あんたは甘い。だから俺はあんたが気に入ったんだ。隊長、あんたは俺を認めてくれた。許してくれた。だから俺はあんたに付いていくんだ。あんたが戦わないなら、俺があんたを守る!!」


 アメリアの前に立ち塞がったブライアンは、腰のレイピアを抜き両手に魔力を込める。すると、そのレイピアはナイトランスとなり、左手には土が集まって白い盾が生まれた。


 「ブ、ブライ……」


 「さあ、掛かってこいよ、くそ先輩ども!あんたらに騎士とは何たるか、俺が教えてやろうじゃねえか!!」


 相変わらず口は悪いが、アメリアを背負って立つその勇姿は、まさに立派な騎士そのものだった。





 「へえ。あの見習い騎士、結構骨ありそうじゃねえか」


 不意に僕の耳元で声がする。驚いた僕の頬を狂化したスケイルフィアの嘴が掠める。その顎に下から剣の柄を打ち付けながら、声の主から距離をとった。


 「ははは。反応はいいが気配を感じとる力は大分お粗末なようだな。身近にあれほどの使い手がいれば、自分で警戒することは殆どねえのかな」


 そう言ってまたぱっと姿を消す。彼のいた空間を空振りの剣が切り裂き、さらに彼の現れた場所へすぐに矢が放たれる。ララだ。


 「おっと危ねえ。流石だな、嬢ちゃん」


 彼女は悔しそうに唇を噛みながら、矢を2本弓につがえずに後ろに投げた。彼女を追ってきていたウサギ型の魔物が2匹、ぱたりと倒れる。彼女の目は依然謎の男を捉えたままだ。


 「あなた、一体何者なの……」


 「おっと、そういや自己紹介がまだだったな。あんたらとはまた会いそうな気がする。俺の名前はデイビッド。デイビッド・アースクルドだ」


 彼は暢気に自己紹介をしたかと思うと、またぱっと姿を消した。ララがばっと僕の方を向く。


 「見ての通り、瞬間転位を使える。よろしくな」


 彼――デイビッドは僕の背後に転位していた。僕はまたさっと飛び退いて彼を睨みつける。


 「騎士たちを狂化させたのは……お前なのか?」


 「目の前で見てただろ?このベル、パピーバークってんだ。魔物の心を掻き乱して狂わせる。だが人に試したのは初めてだ」


 彼はアメリアとブライアンに襲いかかる狂った騎士たちに、蔑んだ目を向ける。


 「何てひどい……」


 「酷い?いやいや、それは違うな。理論上は可能だろうって言われてはいたけどな。普通の人間じゃ通用しないんだ。簡単に言えば、元々狂っているやつしか狂わせられない」


 男はまた騎士たちの後ろに転位し、ばっと手を広げて見せる。


 「こんなに狂わせて誰が酷いって?こいつらを歪めたのは、あんたら自身だぜ?」


 それだけ言うと、彼はまた僕の背後に転位した。


 「まあお前に言っても仕方ねえな。俺も宗教なんて興味ないし」


 そしてぽんと僕の肩を叩く。その途端、巨大な亀の頭がぐんとこっちを向いた。


 「今はこうして戦場に出ているが、俺は研究者なんだ。あんたらは本当に興味深い。生憎俺にも立場があるから作戦を続けるが……ま、生き延びてくれよ」


 そのままぱっと消える。


 「ぐおおおおおっ……!!!!」


 そして、戦場に巨大な呻き声が低く轟いたのだった。

人をも狂わせる魔道具パピーバーク。直訳すると子犬が吠える。可愛らしい名前に反して恐ろしい効果ですね。「あんたら、狂ってみねえか?」こんなこと言う人がいたら、即刻逃げなきゃ駄目ですね。


さて、謎の男、名をデイビッド・アースクルド。このアースクルド家というのが実は作中で重要な家系でして、かつてはウルズアイ家、ヴェルダンディ家、アースクルド家をまとめてノルン御三家なんて呼んだ時代もあったそうです。あ、小説内の話ですよ。


ヴェルダンディ家は騎士学校を首席で卒業したピーチーズ・ヴェルダンディとしてちらっと名前が出ていましたが、実は彼女以外にも既に登場しております。本編中で明かすのは大分先の話なので、色々予想してみてください。


次回更新は明日です。それではまた!

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