第4話 急襲
【前回のあらすじ】
騎士隊長アメリアと共にテオンの護衛にやって来たのは、口の悪い新人騎士のブライアン。彼は騎士学校を次席で卒業した優等生だった。テオンは話している内に、彼と自然に打ち解けていくのだった。
「今回も多分狂化した魔物が出てくる。活躍を期待しているぞ」
狂化……。それは混乱して狂暴になる状態異常。僕もかつて狂化した象型の巨大な魔物ラストドンと、その取り巻き数体に出くわしたことがある。
どうやらボブやアメリアも同様の狂化した魔物と戦ったことがある、ということらしかった。
「覚えていてくださって光栄です。はいっ!今回も頑張りますよぉ~!!な、ハウル!!」
「ばうっ!!」
アメリアの言葉に、ボブは元気良く返事をして戻っていった。あのヘルハウンドにハウルと名付けていたのか。
「アメリアさん。今回もというのはどういうことなのですか?僕も狂化した魔物と戦ったことがあるのですが、帝国と何か関係が……?」
「ん?ああ、そういえば最近も狂化したラストドンが王都の南側に出たと報告があったな。Bランクのハロルドが行きずりの冒険者と対処した、とあったが、もしかしてテオン殿のことだったのか?」
「はい、多分その行きずりの冒険者です」
「なるほどな。実はその少し前にバルトの森の方でも狂化騒ぎがあってな。森のハウンドが次々と狂化してメランの方へ押し寄せてきたのだ。
バルトの森と言えばライカンスロープの独立国であるデルマ公国の領地だが、ハウンド系の魔物と友好的なライカンスロープがそんなことをするとは思えない」
「だから帝国の仕業だろう、と?」
「ああ。南のラストドンに至ってはデルマ公国など関与のしようもなかろう。元々アウルム帝国の平原に出現する魔物だしな。恐らくこの戦争に備えての実験、といったところだろう」
つまり、あのラストドンすら小手調べ。これから狂化魔物がけしかけられるとしたら、もっと恐ろしい魔物がたくさん出てくると思っておいた方がいいだろう。
「それにしても、あんたも狂化騒ぎに関わっていたなんてな」
不意にブライアンが話に入ってくる。
「も?ということはブライアンも?」
「ああ。俺が最初に上げた武勲ってのがバルトの森の狂化事件だったんだよ。狂化したヘルハウンドの群れなんて、俺がいなかったら対処できなかっただろうな!!」
彼はえへんと胸を張る。
「何だかテオンとは仲良くなれそうだ。これからよろしくな」
にっと笑う彼に僕も「うん」と笑いかける。
「いいのかブライ?この戦でもっと名を上げたかったお前にとって、テオン殿は最大のライバルだろう?」
「ああ。それは今もそうだ。あいつらに俺を認めさせなきゃならねえからな。けど仲良くするのとライバル意識を持つのは矛盾しねえだろ?」
ブライアンの答えに、アメリアは嬉しそうに笑う。
「ああ、そうだな。お前はそのままでいてくれよ」
だだだだだっ……。
後ろから激しい足音が近付いてくる。
「ああ、隊長!こんなところにおられましたか!!」
5、6人の騎士がアメリアの周りに集まる。皆、騎士の鎧を着てスケイルフィアに乗っている。騎士隊の者たちだろう。
「お前たち、どうしたんだ?何かあったのか?」
「どうしたも何も、隊長が突撃命令を出されてすぐ冒険者共の方へ駆けていくから何事かと……」
「ん?それですぐ追いかけてきたのか?その割りには随分遅かったじゃないか」
「そりゃあ、隊長のスピードに付いていけるものなどこの国には……1人もおりません」
ちらっとブライアンの方を見た気がしたが、気にせずいないと言いきった。
「何を情けないことを。まあいい。私とブライはここにいるから、お前たちは作戦通り前方で遊撃だ」
「な……なぜ隊長がこんなところに……。それにさっきからこんな冒険者などとお話しになっているとお見受けしましたが」
騎士の一人がきっと僕のことを睨む。何が言いたいのだろうか。
「ああ、話していたな」
「いけません!アメリア様ともあろうものが……け、汚れてしまいます!!」
「あ?どういうことだ!?」
ブライアンが叫ぶ。
「うるさいぞ。口の利き方も分からぬ騎士見習いが!」
「黙るのは貴様らの方だ。礼儀も知らずに一人前の騎士のつもりか!!」
アメリアの一喝。騒がしかった騎士たちが一斉に口をつぐむ。
「このお方はテオン・アルタイル殿。敵のゴーレムたちを一掃した光の御仁であるぞ!!」
彼女がそう説明する。僕は戸惑いながらも、条件反射で頭を下げる。
「は!?光の御仁が冒険者?そんなわけがあるか!!」
「女神様のご加護は然るべき方に与えられるはず。汚い冒険者風情にあんな力があるわけ……」
「人間は皆スキルを与えられている。それは女神様が公平である証だ。その発言は女神様のご意志に反すると知れ!!」
「いいえ、それは解釈違いです。隊長と言えど聞けません。女神様は我々をちゃんと見てくださっている。気高い魂を、鍛練に励む魂を見ていて下さっている。だから清廉なる騎士には強い力を授けて下さるのです!!」
騎士は頑とした態度で食い下がる。アメリアも彼も女神教なのは間違いないのだろう。だがその思想には若干の相違があるということなのだろう。
「やれやれ……」
そこへ口を挟んだのは。
「敵国の領土で宗派の言い争いなどしておる場合か?」
ヴェルトだった。彼はトーラス教というまた別の宗教の信者だという。
「なに?お前、冒険者の癖に騎士の高尚な議論に口を挟むか!!」
彼にまで突っかかろうとした騎士をアメリアが抑える。
「すまない、ご老人。確かに貴方の言う通りだ。お前たちもいい加減口を慎め。その無礼な態度は騎士として恥ずかしいぞ」
「何を仰いますアメリア様!このような輩に礼儀など……」
「黙れ!隊長命令だ!!」
激しい威圧を含んだ声。これには流石に騎士たちもぴたっと黙る。騎士にも色々いると言うわけか。隊長のアメリアの気苦労は相当のものだろう。
「ようやく話を聞く気になったか。お前たちの思想についてはとやかく言わない。だがこの方はメラン王国の勝利の鍵となる力を持っている。それは確かなのだ。せめて非礼を詫びろ。それで今回のことは目を瞑ってやる」
え?それだけで許しちゃうの?彼女の甘い対応に、当の騎士たちは……。
「な、何故我らが冒険者に詫びなど……」
まだその態度を貫くつもりらしい。
「いい加減にしろよ、お前ら!先輩だからってもう我慢できねえ!!」
アメリアの後ろでかなり我慢していただろうブライアンが、堪忍袋の緒を切らして声を荒げる。
「テオンは俺の友達だぞ!舐めた口聞いたやつはただじゃおかねえ!!」
……え?それは火に油じゃない?
「何だと!?生意気な……」
どーん!!ぐらぐらぐら……。
そのとき、突如轟音が響いて地面が揺れる。
「う、うわぁ~っ」
スケイルフィアがよろめいて、上に乗っていた騎士が落ちてしまう。
「こ、この……。私は騎士だぞ!ろくに乗せられないのか、このあほ鳥め!!」
「こんなときに何下らないことを言っている!辺りを警戒しろ!!」
アメリアの声より前にブライアンが僕の前に出る。本当に守ってくれるらしい。後ろからはララが駆け寄ってきた。既に矢を弓につがえている。
「テオン、下から何か来る!少し前方、そろそろ出てくるよ!!」
下から?それだと鳥に乗っている騎士たちは、攻撃されたときに回避できないかもしれない。僕も剣を抜き、足の裏に意識を集中させる。
ばーんっ!!
誰もいない地面が破裂する。現れたのは岩山……もとい岩山のような大きな甲羅の亀だ。
「なっ!魔物だと!?」「何と姑息な!」
騎士が口々に言いながら鳥に乗って取り囲む。
「あれはヘビータートス?気を付けよ、A級の魔物だ」
アメリアもレイピアを抜くが……。
魔物は足を地面に埋めたまま、動くことはなかった。よく見るとその甲羅の隙間、腕の付け根や首元に矢が刺さっている。もう倒されていたのだ。
「ナイス、ララ」
「当然!テオンを守るのは私なんだから!!」
彼女はえへんと胸を張り、そのまま僕の腕に抱きついてきた。
「え?」
「あ、ごめん、つい……。まだ亀の下に魔物がいるから気を付けて」
腕が解放される。甲羅がもぞもぞと動く。確かに何かいるようだが、いきなり亀が倒されて地上に出られなくなっているようだ。
「こういうときは僕の出番だね」
念のため左手に剣を構えながら、右手を突き出して亀に近づく。
「おい、テオン!そんな不用意な!!」
慌てるブライアンを尻目に、亀に向かって光を照射する。光が通る程度の細い道を作り、その奥にあるはずの穴に差し込ませる。
「ララ、魔物ってこの辺り?」
「うん。テオンの魔力はちゃんと魔物に当たってるよ。亀は殆ど真っ直ぐ斜めに向かってきたみたい。でも太さが足りない……かな?」
「それなら大丈夫」
大体の位置さえ分かれば。そのまま一気に光の束を広げる。
「うおっ、眩しい……」
「そんな……この光は正に女神様の奇跡!!」
僕が念じたのは魔物の殲滅。光が収まったとき、それは現実となっていた。
「うん、詰まっていた魔物はみんな倒せたみたいだよ!」
ララのお墨付きも貰え、僕は満足げに振り返る。アメリアたちは状況についていけてないのか固まっていた。
「報告ーっ!!各地、地面から魔物の大群が出現!狂化した魔物と思われる!総員、心してかかれ!!」
今頃、拡声魔法の使える軍部からの報告が来た。どうやら他のところでも今の亀のような魔物が急襲してきたのだろう。
「アメリアさん、他の騎士の方たちを散開させて魔物に対処すべきなのでは?」
「あ、ああ、そうだな。お前ら……」
とりあえず騒がしい騎士たちだけは追い払えるかな……そう思った瞬間。
「なるほど、お前がゴーレムたちをやったやつか」
亀の後ろに人が立っていた。
「だ、誰!?」
ララが驚いている。彼女の気配察知で接近に気付けなかったと言うことなのか?
男は音もなく足を進めると、ぽっかりと穴の空いた甲羅を優しく撫でる。
「お前には特別製を用意したんだが、それじゃ足りねえよなあ?」
そう言うなり、男がぱっと消える。それに合わせてララがばっと振り返る。彼は騎士たちの後ろにいた。
「へへへ。あんたら、もっと狂ってみねえか?」
図らずも4話連続投稿となってしまいましたが、お陰で第7章の開幕からこの急展開まで、一気に話を運んでこれました。腹の立つ騎士たちですが、一体どうなってしまうのでしょうか。
帝国側の作戦、結構えぐいですね。ゴーレム兵の大群に、地面からの狂化魔物の強襲。テオンがいなかったらとっくに勝負は決まっいたかもしれませんね。まあ、冒険者にも王国軍にもアスト並みの猛者は何人かいるので、そう簡単にはいきませんが。
さて、次回更新はまた1週間空いて9/6です。改めて第7章もよろしくお願いいたします。