第20話 位置について
【前回のあらすじ】
レナと別れてから2日、メラン軍は既に戦場入りし、国境沿いに陣を敷いていた。作戦会議で出た「出来ることを確かめておけ」という言葉に、テオンは光の力に対する不安を感じていたのだった。
東の空が明るむ頃、メラン王国軍と冒険者たちの集まったこの荒野には、俄かに騒々しさが立ち上がる。
「おーい。お前ら、よく眠れたか?」
イリーナがテントの入り口から顔を出す。ここは竜頭龍尾の男子用休眠テント。僕はレナのパーティに所属しているが、今回は彼らと共闘するということで一緒に寝かせてもらっていた。
「ね、眠れるわけないじゃないですか。今日はいよいよ開戦ですよ?もう緊張して全然寝れませんでしたよ……」
そう言ってもぞもぞと立ち上がったのはボブだ。何を言うか、僕は彼のいびきにかなり苦しめられたというのに。
「それは困るな。戦争だからこそ、十分睡眠を取った人にしか背中は預けられないんだけど?」
「いや、それはそうなんすけど……」
あたふたする彼。
「はははっ。安心しろ」
その後ろから白髪の大男、ヴェルトが話しかける。
「お前さん、自分でも気づかないうちに十分寝とったぞ?いびきで他の者の眠りを邪魔しながらな」
「え!まじすか?そ、それはすみません……」
「大丈夫だよ。戦いに支障が出るほどじゃないから」
僕もそう言って彼の肩を叩くと、テントから出て大きく伸びをした。他の冒険者は既に武器の手入れなどをして、日の出の時を待っている。
「それは安心した。さて、見ての通り他からは少し遅れてるからね。さっさと準備して持ち場につくよ」
そう言うとイリーナはそのままテントの中に入っていき。
「痛って!!」「わ!!す、すみませんリーダー!!すぐ起きます……うぅ」
未だ眠っている男たちを文字通り叩き起こしていった。
準備を終えて持ち場へと向かう。後ろからララが駆けてきて隣に並ぶ。
「おはよー、テオン。痛てててて」
彼女は頭を押さえていた。日が昇る前に起きるなんて村では当たり前だったはずなのに、イリーナに叩かれるほど寝坊するとは。夜更かしでもしたのだろうか。
「私たちは中衛だよね。ここら辺?」
ララが立ち止まる。そこには巨大な剣が突き立てられていた。
「大きな剣……僕らの背くらいあるね」
「本当。これを振り回せる人がいるとしたら……」
「ヴェルト、しかいないだろうね。力的にも身長的にも」
勝手な憶測で決めつけていると……。
「その通りじゃ。よく分かったの」
当の本人がやって来た。
「この剣……本当に剣なんですか?」
「ははは。グレートソードは初めて見るか?これはその中でも特に大きくて重い逸品でな。馬に乗った敵をそのままぶった斬れるんじゃ」
「へえ……そんなものを振り回せるなんて凄いですね」
「老兵の意地じゃな。まあ今回は中衛。こっちより魔法を使う方が多そうだがね。振ってみるか?」
彼はさくっと剣を引き抜き、その柄を僕に見せる。よく見れば、この剣を目印にする中衛の面々は、既に辺りに集まっていた。
ずしっ。
「お、重い……。な、何とか持てる程度です」
僕は思いっきり振り上げてみる。身体がみしみしと悲鳴を上げるようだ。力のステータスも随分伸びたつもりだったのだが、まだまだ上があるということだ。
「ははは。初めて持ってそれだけ振れるとは上出来じゃ。わしの後継者にでもなるか?使い慣れればシステムの補助もついて、楽に戦えるようになるぞ?」
「いや、遠慮しておくよ。ちょっとこれを持って走ったりするのは無理そうだ」
振り上げた剣をそーっと下ろしていく。それが一番きつかった。ヴェルトに剣を返す頃には、肩で息をするほどになっていた。
「あらあら、開戦前に力使い果たしたりしないでよ?」
「はあ、大丈夫です。少し落ち着けば……うわっ!」
目を上げると、大きな胸が飛び込んできた。豊満を包み込むぴったりとした黒いコスチュームは、いつも通りおへそを出して凹凸をはっきりと魅せている。
「あ、レン姉さん!今日は一段とセクシーな衣装ですね!!テオン、あんまり見とれてたら怒るよ?」
ララが軽く僕の頭を突く。頷いて視線を落とすと、深いスリットの入ったタイトなロングスカートにまたもや目を奪われる。
「あ!テオンったらまた!!」
「ち、違うって……あれ?その武器は……?」
そのスリットのすぐ横。彼女の腰にぶら下がった得物は、どこかで見たことのあるものだった。
「うふふ。これね。刀って言うんだけど知ってるかしら」
軽く沿った刀身。長剣よりも長くて細い特徴的な形。何より芸術性を重視した鞘は見覚えのあるものだぅた。
「私、見たことある気がします」
「そんなわけないわよ。刀は今やとても珍しいのよ?作れる人、刀匠がもう世界に三人しかいないの」
「ちなみにその刀を打ったのは?」
「えーと、確かジグさんだったかな」
「ジグ!?」
それは僕の父の名だ。
「あら、お知り合いだった?」
「お知り合いっていうか、テオンのお父さんです」
「ええっ!!あなた、ジグさんの息子さんだったの!!これはいいこと聞いちゃったわ。本気で誘惑しちゃおうかしら」
レンはスカートのスリットにそっと細長い指を沿わせ、ちらりと持ち上げるような仕種をする。
「あ、ダメ!!レン姉さん、ダメです!!」
ララが焦って僕を突き飛ばす。
「あらあら?私のせいで開戦前に怪我させちゃうわね。私はもう行くわ。ごめんね、ララちゃん」
レンは前衛だ。あの刀と鞭による波状攻撃は、敵の攻撃を悉く打ち落とせるのだそうだ。
「それにしてもジグさんってそんなに凄い鍛冶師さんだったんだね。知らなかった」
感心するララ。僕も少しむず痒い気がした。
「なあベラ~!出来るだけ近くにいてけろ~」
突如戦場に激しい訛りが聞こえる。
「情けないこと言ってんじゃないよ。ウリ」
ウリ・メロンズ。昨日の作戦会議で初めて挨拶した、人見知りの田舎娘だ。出身はメロン村。つまりそのファミリーネームは僕らと同じように村に因んだものだ。
そして彼女を叱咤激励しているのがベラ・オルニオ。アレクトリデウスの医師だ。オルニオの医師と言えば伝説級の存在だと聞いたことがあるが、まさかこんなところで冒険者として生活していたとは。
「だっておら、中衛だべ?知らん人二人もいる中衛だべ?そんなのおらには無理だぁよ~」
「あんた、本人たちを前にしてよくそんなこと言えたわね」
「え!?」
ウリが振り返る。そばかすに赤茶の髪、黄色いTシャツにジーンズのオーバーオールと、とても戦場とは思えない牧歌的な姿。あれであの服は高い防御を誇る鎧なのだそうだ。
「わっ!!あんたらいつからそこに……。いや、無理というのは別に嫌とかそういうのじゃなくて、おら、苦手で、あの、あた、新しい人が……うぎゃあ!!」
「何言ってんの!!テオンさんララさん、すみません。昨日も言った通りこの子は極度の人見知りなだけで、本当に悪い人ではないんです」
悪い人でないのは分かるのだが、この子と連携とか大丈夫だろうか。
「ウリ、少しずつ慣れていけば良いからの。さて、みんなもう準備は出来ておるか?」
「あ、あたしは後衛に戻るわね。ウリ、ちゃんとみんなと仲良くするのよ?迷惑かけたら命が危なくなるんだからね?」
そう言ってベラはイリーナの元へと走っていった。
「わ、分かっただよ~。うぅ」
口を尖らせる彼女に、ララがにこっと笑って近づく。
「ウリちゃん、私たち怖くないからね。仲良くしてね!」
「ラ、ララさん……。よ、よ、よ、よろしくだべ」
ひきつった笑顔が不安を募らせた。
「ははは。そろそろ日が昇るからな。気を引き締めるのじゃぞ!!」
ヴェルトの言葉通り、王都の中心に聳える巨大な王城と、王都ギルドの象徴『メラン・ファミリア』の塔の間、真っ直ぐに光が差す。
遂に夜が明けた。日の出、開戦だ。ぐっと空気が締まる。もうこれからは何が起こってもおかしくない。戦争が、始まったのだ。
ぷしゅー。そのとき、何処からともなく霧が出始めた。
「な、何だ!?」「気を付けろ!!毒かもしれないぞ!!」
俄かに緊張感が走る。それでもパニックにならない辺りは、皆歴戦の冒険者なのだと感じさせる。霧は僕らの陣取っている場所より少し前、国境の柵のすぐ近くから立ち上っていた。
やがて。
ぴかっ。どこからか光が漏れたかと思うと、突如霧の中に巨大な人の姿が映し出された。
「やあ」
同時に響き渡る声。それは前方の至るところから聞こえた気がした。霧の中の巨人の口が動いている。あれが喋っているのだろうか?
「驚いているね、メラン王国の諸君。安心したまえ、私は巨人などではない。これは空中に映像を投影しているだけだ、といって意味が分かるかは知らぬが、これは宣戦布告のために映し出した映像だ」
巨人……もとい映像の男は淡々とそう話す。オレンジがかった髪に同色のあごひげ。プレートアーマーを着て面頬を上げている。
「私の名前はアウルム帝国将軍ベルトルト・シュレジンガー。此度の戦争におけるアウルム帝国軍第一部隊の指揮官である。お前たちが狙うバルトの土地を守るため、今からお前たちを殲滅する。以上!!」
ベルトルトと名乗った彼は、それだけ一方的に言い放つと、すっと霧の中に消えた。
「な、な、な、今のはなんだべ~!!おっかない巨人が出たべ~!!あんなのに勝てるわけないよぉ~」
「ウリちゃん大丈夫。今のはまやかしだよ。あの霧の中に人の気配はない。あんな巨人はいないからね」
ララがウリを慰めようとするが、彼女はおろおろとするばかりだ。
やがて、国境の向こうに灰色の影が見える。あれは……まさかゴーレムの軍勢?
「ほう。やはりゴーレムを出して来たか。自分の力で戦えないとは、全く帝国の連中は腑抜けばかりじゃのう。ん?アスト、どうしたんじゃ?」
前衛を率いているはずのアストが、こっちまで走ってきた。
「爺さん、ちょっとテオンを借りようと思ってな。いいか?」
「何?アスト」
「度肝を抜かれたままじゃ士気に関わるからな。お前、何か派手にやってくれよ」
唐突な雑な振り。だが確かにそうだ。
「分かった。任せてよ」
僕は右の手をぎゅっと握り締め、にやりとする。
「僕に出来る派手な一発、ぶっ放してみるよ!!」
お待たせしました、いよいよ開戦です!
ところでまた強烈なキャラが出てきました。メロン村から来た田舎っぺ少女ウリ・メロンズ。そして面倒見の良さそうなオルニオの医師ベラ・オルニオ。
アデルとララが加わって、現在『竜頭龍尾』のメンバーは14人。濃い人が揃っていますから、章末のおまけ設定集でまとめてご紹介しようと思います。今はまたよく分からん人が出てきたなぁとなるかもしれませんが、少々お待ちくださいませ。
次回更新は8/16です!