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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第6章 火薬庫に雨傘を
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第17話 プルプラの湖

【前回のあらすじ】

 バルト地方の内情を話すジェイク。彼の話で、領主がアキを手元に置くためアオイを拐おうとした、と知ったシェリルたち。それでも彼女たちは、出来ることをやろうと怒りを飲み込むのだった。

―――ここはメラン王国、ピュロス地方南東


 私たちがキラーザの町を出て7日経ちました。ゼルダ、ミミ、ファム、そして私――マールの4人は、聖都ペトラ復活の鍵を握る伝説の踊り子サーミアを頼り、バトス地方へと向かっていたのでした。


 今私たちの目の前に広がっているあの森は、モエニア山脈の麓に広がる通称ベリーの森。ピュロス地方からバトス地方へと向かう古道の入口として、古くから旅人たちに親しまれてきた癒しの森です。


 ベリーの森、というのは最近呼ばれ始めた名前です。この森でたくさん採れる小さくてツブツブの果実が、甘い物好きのライターの目に止まってフリーペイパー?という本で紹介されて以来、一気に有名になったそうです。


 今では森でベリー狩りをしたり、特産のベリーを使ったスイーツが近くの酒場で人気になったりして、ここプルプラの村は意外と盛り上がっていたのだそうです。


 そして、そんな流行りのスイーツで有名になった宿のひとつに、ファムと私は二人で訪れていたのでした。


 「いやあ、あたしのお菓子を目指してこの宿に来てくれた人なんて、もうニ十年ぶりとかかねえ!?これがあんたの言ってた名物スイーツよ!!」


 どん。


 おばちゃんがにこやかにお皿をカウンターに乗せます。にっと笑う口許、その唇には青い化粧が施されて、少し怖いです。


 カウンターに出されたのは、ほくほくと湯気をあげる真ん丸のお菓子。サンゲーン茶屋で見た『鬼饅頭(おにまんじゅう)』というものに似ています。大きさは断然こちらの方が大きいですが。


 特徴的なのはその色。鬼饅頭は黄色でしたが、これは表面に青紫色を塗りたくられています。名物の果実がは青紫色なのでこの色は当然と言えばそうなのですが、少し不気味に見えます。


 しかし漂ってくる匂いは果てしなく食欲をそそるもの。甘くねっとりと鼻の奥をくすぐり、早く手を伸ばして欲しい、早く私に食べて欲しいと、艶かしく誘惑してきます。


 ごくり。思わず唾を飲み込むと、おばさんはにこりと笑ってさらにお皿をぐいと近づけます。


 「い、いただきます……!!」


 私は我慢できなくなり、夢中でそれにかぶりつきます。すると中からとろりとしたジャムが飛び出します。オーブンの熱で熱々になったそのジャムは、ますますその甘味を増して私に絡み付きます。


 はむ……はむはむ…………っ!!


 「あはははっ!!随分気に入ったのですね、マール。そんなに食べ物にがっついている姿は初めて見ました」


 「が、がっつ……。ご、ごめんなさい。こんなはしたない食べ方……」


 「いいんだよ。それはそうやってかぶり付くのが1番美味いんだ。どうだい?」


 「は、はい!!と、とっても美味しいです」


 私はこくこくと頷くと、また次の一口を求めてかぶりつきます。ああ、なんて甘いのでしょう!なんて美味しいのでしょう!!


 「それにしても驚きましたね。もう一度、このお菓子の名前聞いてもよろしいですか?」


 「ああ。これが噂の『ユカリまん』さ。何がそんなに面白いんだか知らないけど……」


 そう。この果実、名をユカリベリーと言います。そう呼ばれ出したのもベリーの森と同じ時期、同じ経緯で、つまりこれが有名になった本、というのはもしかしたら……。


 「ユカリさん、スイーツハンターとして旅先で書評を出していたとか言っていましたもんね。やはりそういうこと、と捉える方が自然なのですが」


 「でもあんたらの知り合いのユカリって人は、まだまだ若いんだろ?確かに昔ユカリって名前の甘味好きのお嬢ちゃんが、うちのお菓子を誉めてくれたんだけどねえ。まだおばちゃんの肌がぴちぴち言ってた頃の話さね」


 ユカリベリーが流行ったのは20年ほど前。その記事を書いたのがあのユカリと考えるには流石に無理がある。


 「同じユカリという名前で、同じように甘いものが好きで……。偶然ってあるんですかね?」


 「世の中色々と面白いことがあるものさ。ほら、名は体を表すともいうだろ?ユカリって名前の子だから、あのユカリさんと同じ甘い物好きになった、とも考えられるじゃない?」


 名は体を表す……。そんなこともあるものだろうか。


 「それにしてもプルプラの町で青紫の果実がたくさん採れるなんて……縁起がいいですね、奥さん」


 ファムは相変わらずにこにこしたまま、じーっと私を見つめています。私はユカリまんを少しちぎって、彼に渡します。しかし彼はそれを見ると、受け取ることもなく口を大きく開けています。


 「おっと!!この村じゃそういういちゃいちゃは人前では禁止だよ!青は確かに縁起がいいけど、それで赤面してちゃ折角の幸運が逃げちまう」


 この青紫のユカリまんが流行ったのにはそういう理由もありました。つまり、プルプラの村では赤を嫌い青紫を幸運の色とする風習があるのです。


 紫の湖。プルプラの村の横にある、文字通り紫色の大きな湖。それがこの村の元々の名物でした。


 普段はこの世のものとは思えないほど鮮やかな青。それは普通に空や海の青ではなく、絵の具で描いたようにべったりとした、少し紫がかった不思議な青なのです。


 しかし、大きな災害や大戦の前など、不吉なことが迫ると何故かその湖は赤く染まり、赤紫色の湖に変貌してしまうのです。湖面には大量の魚の死骸が浮かび、辺りには鼻の曲がりそうな酸っぱい匂いが漂うのだそう。


 この村の人々にとって、赤は不吉を強く示唆する忌むべき色なのです。


 「あんたたち、これから湖に行くんだって?」


 「ええ。彼女が楽しみにしているのです。是非連れていってあげたいと思い……」


 「そうかい。いい彼氏さんだね。だけどくれぐれも赤くなるような行為は避けるようにね。最近は戦争だなんだと物騒な噂も聞くし、ここで不吉の知らせなんて出た日にゃ、騒ぎなんてものじゃないからね」


 赤くなるような行為……。ダメです。赤くなっちゃいけないと思うと、余計に顔が熱くなってくるような気がします。


 「今騒ぎになっていないということは、湖は今も青いままなのですね」


 何気なくファムが聞きます。みしっ。おばさんの頭から嫌な音がしました。


 「うーん、どうだろうねえ。ここ1月くらい誰も様子を見に行っていないから……」


 「え!?じゃあ今どうなってるか分からないのですか?」


 「そういうことだねえ。いやさ、ひと月前に王都の軍人が様子を見に来たのよ。湖から帰ってきたその人が何だか青い顔をしていてね。流石にそれを見て縁起がいいなんて思う馬鹿はいないし、それ以来誰も怖くて湖を確認できないってことだね」


 「そ、それはその……青いですね」


 「ああ、青いねえ。皆見て見ぬ振りをしたいのさ。確認してしまったら、それはもうひっくり返らない事実になる。どうせ不吉ったって、いつ何が起こるか分からないんだ。備えようもないなら知っても知らなくても同じなのさ」


 みしみしっ。


 嘘です。おばさんも本当は確認した方がいいと思っています。


 「わ、私は……湖がどんな色をしていようと、やはり見に行きたいです。……そしたら、どうだったかおばさんに伝えに来ますね」


 私は空になったお皿をおばさんに返しながら、そう伝えた。


 「美味しかったです、ユカリまん」


 「そうかい。そりゃ良かった。まあ、何だ。臭くなっていなければ、あそこは本当に心の安らぐところだからね。行ってらっしゃいな。あ、魔物には気を付けてね」


 「それじゃ、行ってきます」


 席を立つファムの後ろにさっと付き、おばさんに一礼して宿を出ます。


 「あ、そうそう。もし湖が既に赤くなってたら、そしたらいくら赤くなるようなことしても大丈夫だからね」


 も、もう!おばさんたら何を言っているのでしょう!!


 ぎゅっと握ったファムの手も、気持ち熱を帯びたような気がしました。




 村から湖へと向かう道は遊歩道が整備されており、歩きやすくなっていました。強いて言うなら、木製の通路が所々傷み始めているということでしょうか。ユカリまんの流行りも過ぎ去って、老朽化街道まっしぐらのようです。


 そういえば、ゼルダとミミはというと、村に着く直前に見かけた怪しい影を追って、先にこの辺りの森に向かったはずでした。


 何かあればスタンピング通信――足で地面を叩くリズムで情報を伝達する手法で伝えてくれるらしいですが、今のところまだ何の連絡もありません。


 「お!開けてきましたよ。あれが……」


 ファムの声がさっと淀みます。彼の背中越しに覗くと、確かにそこには広大な湖が広がっていました。そして、その色は……。


 「おや、観光客か?この頃じゃ珍しいな。それは青い湖を期待してきたのに、って顔だな」


 ふと話しかけられ、私はびくっとしてファムの背に隠れます。


 「ええ。それにしても本当に真っ赤ですね」


 「ああ。ここまでとなるとここ何十年もなかったと思うよ」


 二人の話している通り、紫の湖は真っ赤に染まっていました。それも全体がべったりと均一に塗りたくられています。


 とんとんとんとん。


 話しかけてきた男がさらに近寄ってきます。何だか爽やかな風を纏ったような人です。そして、その首には鱗のような模様が見えました。


 「おや、君たち、もしや砂漠の民か?」


 「砂漠……?私は聖都ペトラのファムと申します。おっしゃる通りエリモ砂漠出身です」


 ファムはこの得体の知れない男にあっさりと身分を明かしてしまいました。私は怖くなって、彼の服の裾をぎゅっと握ります。


 「先程何十年とおっしゃいましたね?あなたは何者ですか?随分若く見えますが……。地元の人ではないのでしょう?」


 ああ、そんな聞き方をしてしまって……。しかし幸い、彼から不機嫌になった音は聞こえてきませんでした。


 「ははは。よく言われるけどね、これで結構長く生きてるんだよ。地元というわけではないけれど、集落を出てから40年、ずっと空からこの湖を見てきたんだ。私はリュート、ドラコーンだよ」


 「え……ドラコーンですか!!??」


 彼の予想外の答えに、ファムと私は思わず顔を合わせて目をぱちくりさせるのでした。

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