第14話 クラリスとタケルと
【前回のあらすじ】
ララの冒険者登録を済ませ、クレイス修理店に戻ったテオンたち。約束通りルーミはゼオンに旅の話を聞かせていた。一方、テオンとララは別れたままのレナのことが気にかかっていたのだった。
―――場面は変わってバルト地下街、一般避難層、通称シェルター
バルト地方の領主からの応援要請を受けたアキと共に、私たちはこの地下街を訪れていた。
「ねえ」
アキと別れて行動していたパールと私は、そこで一人の少女と出会う。
「お姉ちゃん、タケルくんと同じだね。きぞくさま?」
タケルくん、それはパールと同じく顔の横に2本触覚を垂らした、あの男の子のことだろう。
「は?てか、お前うちのこと見えるのか?」
「へへーん。見えるよ!私、透明な人が見えるんだー」
透明な人……。そう、私とパールはここの人たちから認識されない、まるで透明人間だった。そのことに気付いて間もなく、私たちのことが見えるというこの子に会ったのだ。
「うちは元々透明じゃないし、貴族でもない……いや待て、貴族が透明ってどういうことだ?」
パールが首を傾げる間に、さっきの男の子が近づいて。
「お姉ちゃんはよそから来た人だね。何してるの?」
「お姉ちゃんたちは今私とおしゃべりしてるの」
そしてその後ろから。
「ちょ!話しかけたら流石に……あれ?パールとシェリルじゃん!!」
「「え!!アオイ!!??」」
地上に行ったはずのアオイと思わぬ再会をしたのだった。
「こんなところで何してるのー?」
「何してるの?じゃねえよ!何でアオイがここに?地上でミノタンたちと遊んでるんじゃなかったのかよ!!」
パールが怒鳴る。つい先ほど彼女には何かあったようで、アキが助けに行っていた。その後、地下には戻って来ず地上にいるミノタウロスの子供たちと暇を潰している……そうアキから聞いていたのだった。
「うーん、地上への帰り方、分からなくなっちゃった……みたいな?」
「どういうことだよ!!」
「おねえちゃん、何か怖い……」
彼女の怒鳴り声に女の子がすくんでいる。
「あ、ごめんね。怖いよね。パール、気持ちは分かりますが少し落ち着いてください」
「そ、そうだな……。悪かった。ところで、お前……確かクラリスって呼ばれてたな。クラリスは一体何をしてるんだ?」
「何って、おねえちゃんたちとおはなし……」
クラリスはしゅんとしている。すっかり怯えさせてしまったみたいだ。
「ごめんね。パールはしばらく口開くの禁止!!それで、クラリスちゃん、あのアオイお姉ちゃんとはいつから遊んでたの?」
パールはぶぅとむくれてそっぽを向いている。この子はアオイの来た方から現れた。その前まで一緒だったのではないかと思ったのだ。
「アオイちゃん?アオイちゃんとはずっと遊んでたよ!」
「ずっと?どれくらい?」
「えーと、こーんくらいずっと!!」
幼女は手を大きく広げて見せた。アオイを見ると楽しそうに笑っている。こりゃだめだ。
「とりあえずさっきまでいたところに連れていってくれますか?」
クラリスはにこっと笑って頷いた。
「ここだよ。凄いでしょ!」
アオイが半分だけ壁に埋まって笑って見せる。
「わー!クラリスもやる!!どう?できてる?」
クラリスまで真似して半分壁に埋まる。
どうやら集会所の右の部屋の壁の端に、すり抜けられるところがあったようだ。普通ならそんなこと聞いても信じられないが、目の前で身体の半分だけすり抜けさせているのを見れば、私も行かざるを得ない。
「ここは集会所の中?いや違うな。壁の中か?」
「そうなの?ここはほかの人に見つかったらいけないんだって!」
「そっか。じゃあ出入りのときも気を付けないとね」
「うん。あ!さっきみたいなことしたらばれちゃうかな?」
不安そうな彼女。
「アオイが変なことを教えるから。ダメですよ」
「はーい。クラリスちゃん、さっきの遊びはシェリルの見てないところでやろうねー」
「違うでしょ!」
「うん!さっきのはだれも見てないときだけやる~!!」
「ああ~、そういうのはいつか絶対にばれちゃうから、やってはダメですよ」
「え~、たのしかったのになあ~」
クラリスはよく喋る子だった。それとは対照的に、タケルはあまり口を開かない。先ほどは彼から話しかけてくれたから、人見知りではないと思うのだが。
「ねえタケル君。タケル君は普段はどこで暮らしているの?」
「ん?この下だよ」
「下?」
確か領主は、一般シェルターより下の層に貴族の暮らす上流区があると言っていた。やはりタケルは正真正銘貴族ということだろうか。
「お姉さんは、どうして透明なの?」
「えっ?」
突然そんなことを言われ、思わず呆然としてしまう。呆然としながらも下へと続く階段を降りていく。
「パールお姉さんは触覚があるでしょ?アオイちゃんは耳が長くて尖ってる。だけどシェリルお姉さんは普通のお耳だよ?」
そういうことか。ミノタンたちもヒューマンを耳が短い人と呼んでいた。彼らは耳を見て種族を判断しているのだ。
私はアレクトリデウス。ヒューマンとの外形的な差異は全くないと言われている。私たちオルニオは比較的肌が白いと言われているが、それは個人差の範疇を出ない。
「ねえ、耳の形がヒューマンと違う人は、みんな透明なの?」
「え?今僕が聞いてるんだけど」
「あ、ごめん。私は耳の形はヒューマンと同じだけど、ヒューマンじゃないの。だから透明なんじゃないかな」
「へえ~、そっか。そういうこともあるんだね。あ、さっきの質問ね、僕の知ってる限りはそうだよ。ヒューマンは耳の形が違うと見えなくなるみたい。でもそうじゃなかったんだね」
彼は一人で何かに納得したように、うんうんと頷いていた。
「だからあの人たちには僕が見えるんだ」
あの人たち……私たちのことだろうか。
「タケル君は、私たちがどうして透明になっちゃうのか、分かるの?」
「うーん、分かるような分からないような?」
「どういうこと?」
私が首を傾げていると。
「あ、あたしさっき聞いちゃったよ!」
アオイが口を挟む。
「この街のヒューマンの人たちは、ヒューマン以外の人が見えなくなるんだよね」
「あ!それ僕が言いたかったのに!!」
タケルとアオイが睨み合う。微笑ましい喧嘩だ。
とん。
いつの間にか階段は終わり、平坦な空間が少しだけ現れる。そこはただ丸く掘り抜かれただけの土のトンネル。言うなれば蟻の巣だった。
辿り着いた小部屋の先にもいくつかの小道がぐねぐねと続いていそうだ。
「うひゃ~!!本当にミュルメークスの住みかに来ちゃったよ……」
パールが明らかに憂鬱そうな顔を浮かべる。
「えへへ。ワクワクするでしょ、この感じ!僕もやっぱりこういう土のトンネルが大好きなんだ~」
「いや、勘違いしてるぞタケル。うちはスメーノス。土の中はちょっと……」
「スメーノス……お姉ちゃんが?初めて会った。だからちょっと変わった臭いがするんだね」
そのとき、奥から一人の青年がやって来た。大きなあくびをしながら。
「おいおい、お前らちょっと騒ぎすぎじゃねえか?ふわーぁ」
「うわっ!!だ、誰?」
「あ、お兄ちゃん!やっと起きたの?もうお昼だよ?」
「あー、そうか。朝御飯、まだか?」
「あははは!もうお昼だって言ってるじゃーん」
男は子供二人と仲良さげに絡む。眠たそうな目がそろりと私たちにも向けられる。
「こいつらは?」
「あ、この人たちはあたしの仲間だよ!」
後ろからアオイがひょっこり顔を出して、男に私たちを紹介した。ひとまず警戒すべき相手では無さそうだ。
「そうか。おれはライカンスロープの……ふわぁ、……ジェイクだ。……あんまり騒ぐなよ。眠れないから」
彼はそう言うなり、また部屋の奥へと歩き去ってしまった。
「あははは……。あの人、さっきもあんな感じだったんだー」
アオイがあっけらかんという。
「さて」
私はヘラヘラと笑う彼女の肩に手を置き、柔らかく微笑む。
「今までここで何してたのか、話してくれますか?アオイさん」
「あ……あははは。シェリル、顔怖いよ?」
彼女の話はこうだ。アオイはミノタンたちを地上に返した直後、何者かに連れ去られた。それはすぐに駆け付けたアキが助けたのだが、その後地上に戻るように言われても、どっちに向かえばいいのか分からなかったという。
しばらくさまよううち、彼女はさきほどの眠そうな男、ジェイクに出会ったという。彼の案内でこの小部屋まで来たアオイは、そこで遊んでいたクラリス、タケルと仲良くなったらしい。
「…………それだけですか?」
「…………それだけだよ?」
「……そうですか」
アキが出動したのだから、そりゃあ何もなかったとは思っていないが、まさか誘拐されかけたとは……。
「アオイを誘拐しようとしたのはミュルメークスってことか?」
「ううん、ヒューマンだったよ。正面から顔も見たから」
「それはおかしいだろ。ヒューマンにはあたしらのことは見えないんだから」
「あ、そうですね。確かに変です」
「お姉ちゃんたち、さっきからむずかしい顔してるね」
タケルが心配そうに見つめてくる。
「良いこと教えてあげる。ほとんどの街の人は僕たちのこと見えないんだけど、中には普通に見えてる人もいるんだよ」
「あ、そうか。クラリスも見えてるもんね」
「ううん、クラリスは特別なの」
名前が上がったクラリスはこちらを見てにこっとする。私も思わず手を振る。
「街の人の中でもね、悪い人には僕たちのこと見えるの。クラリスは悪いことしてないけどね」
悪い人……?
「お姉さんたち、どれいって分かる?」
幼い口から突如出たその言葉に、思わずぎょっとする。
「奴隷って……タケル君、難しい言葉知ってるんだな。お姉さんちょっとびっくりしちまったよ」
「まあ、ね。悪いことだってことも知ってるよ。僕らのことが見える人はね、どれいをつかまえる人とどれいをもってる人、なんだって」
ということは、アオイが拐われたのも……?背筋に冷たいものが走る。
「そんな……アオイ、本当に無事で良かった」
「アオイちゃん、ごめんね」
「いやいや、タケル君は何も謝ることなんて」
しかしタケルはふるふると首を振る。
「この国の奴隷文化はね、僕たちサムライのせいなんだ……」
「……え?サムライ?」
ライカンスロープのジェイク。皆さん、覚えてますか?アウルム帝国にゼルダたちが捕まったときのこと。戦乱に乗じて彼女たちは逃げ出せたわけですが、それを助けた人がいたのでした。当時ティップの私兵だったジェイク。彼はその後行方をくらませていたのですが、まさかこんなところにいたとは。
戦争直前の緊張感など微塵も感じさせない『蟻の巣』の中。ここで一体何が起ころうとしているのでしょうか。
次回『サムライ』、7/26更新です。ところでサムライアリってご存じですか?