第12話 門出の朝日
【前回のあらすじ】
テオンがアルト村を出ることになり、村では送別会が開かれていた。皆と話して目頭が熱くなったテオンは広場を離れて風に当たっていた。そこにやってきたのはテオンの想い人ハナ。最後だからと告白しようとしたらまさかの告白返し……!迫る、別れの刻!
「私もテオンのこと、好きよ」
「え?」
…………えぇぇぇええええっ!!!!
いや、ハナはディンが好きなんじゃ……。ディンは少し前から「俺のハナ」を強調していたから、二人は既に付き合っているとさえ……。
「あの、テオン?」
あのハナが。ずっと密かに想ってただけのハナが。教え子の男の子としか見られていないと思っていたハナが……。
「テオンってば!!」
「あ、ごめん。あまりのことに驚いて、固まってしまった」
「口調、おかしいよ?」
驚きすぎて、ロイの口調で話しかけてしまった。些細な違いに気付かれたことを少し嬉しく思う。
「もう。テオンく……テオンが先に私を驚かせたんでしょ?」
「あ、そうだよね。でも、どうして僕を?」
「そりゃあ前は『ハナ姉、ハナ姉』って懐いてくれて、弟のように思ってたわ。でもいつの間にか大人っぽくなっちゃって。毎日頑張って修行に打ち込んで、格好いいなって。最近のテオン、結構人気あるのよ?」
うう……。顔がまた熱くなってきた。
「本当に、明日外の世界に行っちゃうのよね」
「う、うん」
「死なないよね?」
「え?そりゃ王都に行くだけなんだから、大丈夫だよ」
そう答えた途端にハナの顔色が変わった。
「大丈夫じゃないわよ!外の世界はとっても怖いのよ?幸いこの村は巻き込まれてないけど、魔物に戦争に……世界は今とっても物騒なの!そんな能天気じゃ、本当に死んじゃうよ!!」
そ、そんなにこの世界は物騒なのか……。こんなに怒ったハナは初めて見る気がする。
「テオン、無事帰ってきてよ……?」
「う、うん。絶対死なないよ」
いつの間にかハナが至近距離にいる。顔が近い。思わずハナの頬に手が伸びる。少しびくっとしたが、うっとりとした目で撫でられるままになっている。
これは、やばい……。
姫様、違うんです。僕じゃなくてテオンが、若き少年が憧れの先生のこんな姿を前に、暴走しそうなだけなんです。
「私に……誓って?」
「うん、絶対帰ってくる。ハナのために」
僕はそのまま唇を重ねた。柔らかな感触に頭の奥まで甘く痺れていく。
ん……。
雲から漏れ出た月の光が、優しく二人を包み込んでいった。
―――前世の記憶
「姫様、お食事の用意ができました」
旅に出て数日。僕たちは順調に魔族領に向けて進軍していた。魔族領と我々人族領との境界には霊峰タミナスがあり、今はそれに連なる山岳地帯モンスネブラの手前で夜営をしている。
「ロイ、その呼び方は止せと言っているだろう」
「じゃあ隊長と」
「今の隊長はルシウス殿だ。私は副隊長だぞ」
「しかしあなたは出会ったときから僕の隊長です」
「今はサモネア王国軍魔王討伐隊として行動しているのだ。隊長でもないのに隊長と呼んでは紛らわしいだろう」
「でしたらやはり姫様と」
「それは嫌だ」
僕は普段、サモネア王国領のミールという町で衛兵をしている。正式にはミール自衛兵団第二部隊に所属しているのだ。姫様――スフィア・ブランはその部隊長である。
サモネア王国で魔王討伐隊が組織されるにあたって、今回はミールの兵が召集された。隊長のルシウスはミール自衛兵団第一部隊隊長である。身内で行軍した方が軋轢も少ないという国王の計らいであった。
「ロイ、覚醒の兆しは?」
「いえ、今のところは」
「そうか、まあ焦ることはない。日々鍛練せよ」
「はい」
この部隊の中核は、サモネア王が覚醒の兆しありとして勇者候補に指名した二人、すなわち僕と姫様であった。魔王に悟られないために普段通り兵士として行動しているが、この軍は二人が力に覚醒するまでの護衛という役割も兼ねていた。
「それにしても姫様と同じ勇者候補だなんて、本当に光栄です」
姫様はむっとするが、この呼び方を改めるつもりはない。
「何を言っている。私が正式に勇者候補になるのはお前が魔王に敗れたときだ。くれぐれも私を候補にさせるなよ」
「それは『私のためにどうか死なないで』と仰っているのですか?」
「まあ似たようなものだが、その言い方は釈然としないな。別に特別な感情があるわけではない」
「では他に想い人でも?」
「そんな感情は今の私には必要ない。私には倒すべき敵がたくさんいるからな」
姫様はふっと息を吐いて上を向いた。きんと冷えた空に星々が煌めいている。
「ならば僕が勇者になって、魔王も姫様の敵もすべて倒して見せましょう。そうしたら僕と共に来てくれますか?」
「ふん、お前に出来るものならな。だがそれで無茶をして死ぬのは許さんぞ。そんな動機で部下を死に急がせるわけにはいかん」
「くれぐれも気を付けますよ、姫様」
いつも通りのこんなやり取り。それが今の僕の至福の時だ。また明日も厳しい修行が待っている。兵士としてではなく勇者の力を授かるための修行。
『人の身に余る試練を乗り越えたとき、覚醒の兆しは訪れる』
その言い伝えの通りにひたすら自らに試練を課し続ける日々。それでも満たされているのは、ひとえに姫様の存在あってのことだ。姫様の横顔を見つめながら、ぐっと拳を握りしめるのだった。
―――旅立ちの日の朝
ちゅんちゅん。
朝の光がアルト村に差し込み、鳥の声が軽やかに響く。僕はゆったりと瞼を持ち上げ、見慣れない部屋にしばし困惑する。
昨夜はアルト村の皆に送別会を開いてもらった。いよいよ今日、長らく出ることのなかった村を離れるんだ。
辺りを見渡す。簡素な作りの部屋には、可愛らしい花や小物が至るところに飾り付けられていた。先程まで寝ていたベッドは普段の自分のものよりふかふかで、よく手入れされているのが分かる。
ふわり、華やかな香りがした。
ここは……ハ、ハナの部屋!?横を見ると綺麗な横顔が静かに寝息をたてていた。その枕元には丁寧に畳まれたワンピース。
この掛け布団の下には、一糸纏わぬハナの姿……。
昨夜のことが急に思い出されてきた。我を忘れて欲しがった獣のような自分と、それに精一杯応えて声を漏らすハナ。
あのとき、ハナとキスをしてから自制が効かなくなって、思いっきり抱き締めた。そしてそのまま……愛に溺れた。
この身体はテオンのものだ。それを思い知った。姫様、これは……違うんです。僕の心はずっと、姫様一人だけを……。
「あ……テオン、おはよう」
「うわっ、ハ、ハナ!その……おはよう!!」
「うふふ。テオン、何か変よ?」
「いや、だって……」
「テオン。今日、行っちゃうのよね」
「あ……うん」
「私、待ってるからね……」
ハナは寂しそうに俯いた。
「うん」
こちらを向かせて、優しく口付けをする。
「絶対、無事に帰るから」
「テオン君、準備はいい?」
レナが門の前で手を振っている。僕は最低限の荷物を背負って、皆への最後の挨拶を済ませてきたところだ。
「テオン、餞別だ」
ジグが剣を投げて寄越す。
「ジグ、これは?」
「渡しそびれてた成人祝いだ。ボロボロの剣では心許ないだろう?」
鞘から抜くと鋼の刃がキラリと光る。鋼を作る技術は錬金術の高等技法だ。流石はジグ、僕の父ちゃんだ。
「それは普通の鉄より頑丈なんだ。鋼といって……」
そうか。鋼は前世の知識。今のテオンが知っているはずがないのか。
「……てことだ。お前は俺の知らないところでうんと強くなった。そしてまだまだ強くなる。頑張れよ」
「ジグ……。ありがとう!!」
「テオン、お前は十分に強い。だが驕ることなくこれからも鍛練に励めよ」
「村長……」
ぐっ。ん?いつの間にか近づいてきていた少女に服を引っ張られた。村長の末の娘、ユウだ。病弱で滅多に家を出ないのに、今日は見送りに出て来てくれたのか。同じくらいの背の子供たちもユウの後ろで笑っている。
「ユウもテオン兄見送る。ばいばい」
「ありがとう、ユウちゃん。僕のために出て来てくれたんだね。帰ってくるときは、お土産持ってくるからね」
「ん」
ユウは頷くとまた村長の影に隠れてしまった。他の子供たちが「ユウちゃん可愛い~」とか囃して笑っている。ユウは見た目に反して11歳なのだが、この子たちには同年代だと思われていそうだ。
「「テオン兄、行ってらっしゃーい」」
声を合わせて送り出してくれた。精一杯の笑顔を浮かべて、僕も手を振った。
「ララちゃん、やっぱり一緒に来ない?」
レナは本気でララをスカウトしていた。森での様子から、彼女の中で殆ど確定事項だったのだろう。
「いえ、私は村を出たくないので」
「テオン君と一緒だって、あんなに嬉しそうだったのに」
「いいんです。私がいたら迷惑でしょうから」
あれ、ララ……何か怒ってる?レナがぎろっとこちらを睨む。
「レナさん、もう行きますよ。時間がないんでしょう?」
ユズキがレナを急かす。ユズキとあと2人の村人が巨大な荷車を引っ張っている。ゴーレムを隣町まで運んでくれるらしい。
「本当にいいのね?行っちゃうわよ?テオン君もう行っちゃうわよ?あたしがテオン君貰っちゃうわよ?」
な、レナさん何を!
「どうぞお構い無く。テオンは年上のお姉さんが好みのようですし」
あれ?そんな素振り見せたことあったっけ?
「あら、そうなのテオン君?それならお姉さん、色々サービスしてあげようかしらぁ」
「ちょ、いきなりこんなところで色目を使うなー!!」
ララの怒鳴り声に追い立てられるように、僕らはようやくアルト村を出発したのだった。
「ちょっとの間お別れだけど、きっと帰ってくるよ。皆もずっと元気でな!」
本当はもう帰ることはない。それでも今だけは忘れて、笑顔で旅立ちたかった。
始めに向かうのはアルト村から草原沿いに西に行ったところにある隣町、芸術の町ポエトロだ。交通の便が良くないにも関わらず、芸術家たちが色々な地方から集まってくる華やかな町。転生して初めて触れるこの世界の芸術文化に胸を踊らせる。無理やりにでも。
朝日は既にそれなりの高さに昇っていた。アルト村からはまだ皆の壮行の声が聞こえてくる。朗らかな叫び声が太陽の熱と一緒になって、僕の背中を温かく押してくれていた。
草原には今日も賑やかな風が吹いていた。
次回は少し昔話を。アルト村を訪れた旅人を、幼い日のテオン少年が案内してくれます!さらっと出てきたキャラたちも改めてご紹介!ただし番外編ではありません。本編です。





