第11話 懸念
【前回のあらすじ】
キラーザで月の踊りの継承者サーミアの噂を聞いたゼルダたちは、早速バトス地方へと向かう。一方、冒険者として戦争に参加しようとするテオン。それを止めるレナに、彼は別れを告げたのだった。
―――ここはメラン王都、東の旧市街
俺――バートンとオルガノは今日、刑事局にブラコを引き渡し、ついでに異動について担当刑事に尋ねていた。
キラーザの数字主義に辟易したオルガノは、ステータス主義の王都刑事局に早くも猜疑心を募らせていた。
今はこの飲み屋で、彼の愚痴を聞いているところだった。そこへ。
「私はハサン・クレイン。エリモ砂漠から商売の勉強に来ているんですけどね」
彼は人懐こそうな笑顔を浮かべて近寄ってきた。
「私もこの街のステータス主義には辟易してるんですよ」
「商売……何だかステータスとは余り関わらなさそうな稼業じゃないか?」
「そう!旦那もそう思うでしょ?あの頭の固い人たちに言ってやってくださいよー!!いやね、あの人たち『ステータスの低いもんが俺たちの商売に口出してくんじゃねえ!!』なんて。それ何の関係があんだ!って」
彼もオルガノに負けず劣らず酔っているようで、ヒートアップした途端にぐんと音量が上がる。
「そんなとこまでステータスを持ち出すのか。俺には随分理不尽な物言いに聞こえるが」
「そーでしょ?そーでしょ!?だから私、言ってやったんですよ。ステータスで物が売れるわけねえだろ、商売なめんな!!って」
「そりゃ威勢の良い。それで、どうなったんだ?」
「店、追い出されました」
ハサンはしゅんと落ち込む。
「まあ、そんな店にいたって学べるもんも学べないだろう。気にするな」
「ああ、旦那ってば優しいですね。ありがとうございます。くぅ……」
彼は泣き出した。いや、泣く振りをし始めた。結構芝居がかった演出が好きらしい。
「まあでも、多分謝れば店に戻れるとは思うんです。思うんですけど、それでいいのかなって」
けろっとした顔に戻って彼は尋ねる。確かに考えの合わないところに戻るか否か、今彼が悩んでいることは、今後の彼の人生を左右する大事になりそうだ。
「商売のことに俺の話が生きるかは分からないが、少し聞いてくれ。俺もな、前の職場から逃げ出してここに来た」
唐突に切り出す。この若者にとって、俺の話が少しでも力になったら良いと思ったのだ。
「逃げ出して……?旦那は何をしてたんです?」
「まあ、農家だ。それなりに恵まれた環境で、とにかく難しいことを考えなくても汗流して働いていれば生きていける、そういうところだ」
「へえ、そりゃ良いところに聞こえますが、何で逃げたんですか?」
ハサンの純粋な目が滲みる。そうだ、あのティップの元で働く奴隷というのは、奴隷の中では勝ち組だったのだ。
「ああ。俺自身は苦もなく働けていた。だが辛い思いをしているやつもいた。何が正しいのかを考えることもなくただ働くばかりの人生が、本当に幸せなのか考えたくなったんだ」
「ほう。そいつは何だか難しいことを考えたんですね」
いや、単純なことだ。奴隷制度は確かに整いつつあった。それは生まれたときから奴隷だった俺には幸せな環境だった。
だが、同じ奴隷でも外からやって来た者、愛玩奴隷となる者、そういう奴らは悲惨な運命を辿ることも多い。奴隷狩りに至っては最早許される行為ではないだろう。
奴隷に頼った社会、それが正しいとはどうしても思えなかった。それはただ「もやもやしていた」という感じだった。
「難しくはない。その場にいれば、何となく違和感を感じた。そういうものだ。今のお前なら分かるんじゃないか?」
「何となく違和感。私がステータス主義に感じているものと同じってことですか?」
「俺はそう感じた。そして俺はそこを飛び出した。それが正しかったのかはまだ分からないが、おかげで巡り会えた者たちがいる」
ゼルダたち、テオンたち、そしてオルガノ。奪われてなお挫けない者。常識など通用しない規格外の者。自分の地位や名誉を捨てて理想を追い求める者。
ここまでの旅で、俺は本当に強い者を見た気がした。彼らとの出会いはきっと無駄にはならない、そう感じていた。オルガノは俺の隣で寝息を立てていた。
「確かなことは言えないが、この街にもきっとお前と同じ違和感を抱えている者はいるだろう。それを塗り替えたいと思っている者もいるだろう。何かを変えたいと思うなら、飛び出してみるのはありだと俺は思う」
そこまで言ってハサンの顔を見る。彼の顔はきらきらしていた。
「だ、旦那!ありがとうございます!!何だか、私、やってやれそうな気がしてきました!!」
「そうか。悩みが吹っ切れたのなら、良かった」
「ええ。やはり今の店はこのままやめようと思います。師匠には迷惑かけますが、ステータス主義に染まったままでは出来ないことがしたいんです!!」
息巻いて立ち上がる。彼の高揚が伝わり、俺も嬉しくなる。そうだ、その意気があればきっと何かを為せるだろう。若さというのはいい。オルガノも起きていれば、きっと良い刺激をもらえただろう。
「丁度私、仕事を手伝ってみないかと誘われているところなんです。師匠を裏切るのが怖くて返事を渋っていましたが、やはり今儲けるならそっちだと思うんです」
「ほう。それはいいじゃないか。そういう機会は逃さず捉えるのがいい」
俺は頷く。順風満帆な彼の人生に、自分まで高揚するようだ。
「その人、武器商人なんですけどね。この戦争で大儲けできるって……」
「ちょっと待て!!武器商人だって?」
「はい。何でも今度戦う帝国では、メラン王国よりずっと優れた兵器を扱っているんです。その情報を少しでも盗めれば、必ず大儲けできる商品が」
彼の生き生きとした声と裏腹に、俺は自分の背筋が寒くなってくるのを感じた。俺はとんでもない過ちをしてしまったのではないか。
「ハサン、まさかそんな状況だとは思わなかった。武器商人はやめておいた方が……」
そのとき。
どーん!!……ぱちぱちぱち。
表で激しい衝撃音が響き渡ったのだった。
―――少し前、飲み屋から少し離れた住宅街
「レナさん、ここまでありがとうございました。この先、僕らは僕らの好きにさせてもらいます」
僕はレナに深々とお辞儀をしていた。それは感謝と謝罪を込めたもの。そして有無を言わさない空気にするための大袈裟な仕種だった。
「テオン君、言ってること分かってるの!?自分だけじゃなくララちゃんまで巻き込んで、どれほど危険なことをしようとしているのか!!」
こんなに怒った彼女は初めて見た。それでも僕はこの気持ちを貫きたい。
「僕は人の役に立ちたい。世界をこの目で見たい。ララと一緒にいたい。思いっきり戦いたい。危険なのは承知しています。でもだからこそ、あの平和な村では見られなかったものを見ることが出来る。違いますか?」
「テオン君、あなた戦争を知らないでしょ?ちょっと規模の大きい戦いくらいにしか思っていないでしょ?そんなに生ぬるいものでもないし、そんな気持ちで戦って良いものじゃないの!!」
戦争を知らない……。確かにそうだ。この『テオン』は戦争を知らない。だが僕は知っている。前世で散々戦ってきた、この『僕』なら。
第一、レナだって僕を王国の戦力としてスカウトしに来たのだ。ならば国軍として戦うのも冒険者として戦うのも、同じではないか。
「レナさん、僕には分かりません。何故冒険者としてなら駄目なのですか?軍としてならいいのに……」
「う……。軍としてだって本当は良くないわよ。それでも戦ってもらうしか、私たちに勝ち目はないの」
勝ち目はない……?そんなこと、今まで誰の口からも聞いていない。レナは、今度の戦争について何か知っている……?
「テオン君。あなたには戦ってもらうしかない。でも冒険者としては駄目」
「どうして?」
「駄目なのよ」
彼女はただ駄目の一点張りだった。見かねたララが口を出す。
「レナさん、それじゃ納得できません。テオンは良くて私が駄目な理由もまだ聞けていません。そこまで言うのなら、ちゃんと理由を教えてください!!」
その言葉にはあとため息をつく。そして、レナは意を決したように口を開いた。
「テオン君。あなたは今度の戦い、恐らくスキルを暴走させるわ」
「……え?」
「帝国は恐らくとんでもない兵器を投入してくる。私たちの技術ではとても対応できないような兵器を。軍の戦力も、この街にいる冒険者の力も、それには対応できない。でも唯一、対抗しうる手段がある……」
「そ、それって……」
ララも僕の方を見る。さっきまでとは違う。心配そうな顔。
「僕の、光の力……」
右手が俄に熱くなる。この力が、まだまだ思い通りとはいかないこの光が、唯一の対抗手段……。
「戦争は人の心を失わせる。冷静な対処など不可能。初めての戦地で昂ったあなたに、少なくとも今までの暴走以下に力を抑えることは不可能。起こるのよ。三度目の、かつてないほどの『消滅の光』が……」
レナの目がすっと伏せられる。ようやく合点がいった。彼女がここまで必死に僕を止める理由。そのわけを頑なに言おうとしなかった理由。
「で、でも、それなら冒険者でも軍でも変わらないんじゃ……」
「いいえ。全然違うわ。軍としての行動ならある程度国が……」
そこまで言い掛けたとき。
ずどん。
「見つけた見つけた。おいテオン、何もたもたしてんだ」
向かい合う僕とレナの間、空から人が降ってきた。
「あ、アスト君!!」
「ようレナ。相変わらずせこい真似してくれるじゃねえか」
せこい……?
「惑わされんな。こいつと関わるとろくなことにならねえ。俺と来い」
アストは何故かレナに強い敵愾心を抱いているようだった。
「な、何を根拠にそんな……」
「黙れ『糸引』!!テオン、こいつは王都でかなり名の知れた悪どい女だ。こいつの言うことを聞いて牢獄送りになったやつがたくさんいる」
なっ……!!
「人聞きの悪いことを言わないで!私はそんなこと」
「とにかく二人はうちが預かる。今回は諦めろ」
彼は僕とララの腕を引いて飛び上がり……。
「待ちなさい!!」
どーん!!
空を舞う僕らを、魔道具の爆風が追いかけてきたのだった。
起こるのよ。三度目の、かつてないほどの『消滅の光』が……。
レナの懸念、果たして本当にそうなってしまうのか。皆さんに覚えておいて欲しいのは、この世界においてスキルの効果というものは、術者の思い描いた方へと向かってしまうということ。この台詞に込められたレナの真意とは……。
次回、秘められてきた彼女の秘密が少しだけ明らかになります。それではまた明日!