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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第6章 火薬庫に雨傘を
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第9話 見え方の違い

【前回のあらすじ】

 アオイの危機にふっと消えたアキ。彼はエレベーターの天井も壁もすり抜けて見せた。いよいよ領民の避難するシェルターにやって来た一行。食糧を運ぶ男に話を聞いたそのとき、衝撃の発言が……。

 「悪い、おっさん。俺たちもう行くわ。仕事の邪魔してすまなかったな」


 「いや、それはいいけどよ」


 男は不思議そうに首を傾げ……。


 「俺たちって、兄ちゃん。あんた一人じゃねえか」


 確かにそう言った。


 パールと私の目が合う。アキが私たちと男を交互に見る。その間、男の目が私たちを向くことはなかった。


 「なあ、今何て言った?俺一人って言ったか?」


 通路で私たちを待っている領主は、退屈そうに空を見上げている。門を通って時々、テントの区画とこっちを行き来する人がいる。物珍しそうに私たちを見る視線は、よく見ればアキだけを向いている。


 「そりゃそうだ。一人なんだから。さっきから誰もおらんところに目配せして、気持ち悪い人だな。何かの病気か?」


 まさか、そんなことがあり得るのか。


 「ねえアキ。これ、本当に私たちのこと見えてないのかな?」


 「冗談じゃねえ。おい、おっさん。うちらに喧嘩でも売ってんのか?なあおい、おい……。おい、嘘だろ?」


 パールの声に男が反応する様子はない。声まで聞こえていないのか。


 「あっ!!さっきミノタンの子が領主の人に話しかけても、反応も示してくれませんでしたよね。あれって……?」


 「それもだって言うのかよ」


 彼女はすっかり頭を抱えてしまっている。それはそうだ。目に見えない。声も聞こえない。他者から全く認識されないなんて、そんなことが私たちの身にも起こるだなんて。


 「な、なあ。触るのはどうだ?」


 「あ、やってみます」


 アキの提案に、私は恐る恐る男に触ってみた。


 つん……。つんつん。…………とんとん。…………ゆさゆさ、ゆさ……。どんd「もういい!!シェリル、もういいから。おっさん、今何かに触られてなかったか?」


 「え?何を言ってるんだあんた」


 男の目付きはいよいよ胡散臭いものを見るものになってきた。つついた感触はあった。揺らせば揺れた。触れられないわけではない。だがそれに気付かれない。


 「いや、今明らかに身体揺れてたろ?」


 「…………あんた、医者に見て貰った方がいいよ」


 彼はそう言うと、小麦の積み上がったリアカーを押して歩き出した。彼との交流はこれきりになりそうだ。アキが泣きそうな顔で私たちを見る。


 私は上手く言葉を絞り出せずに。


 「い、一応医者見習いの立場から言わせて貰うと、アキはどこもおかしくなんてないよ」


 「分かってるよ」


 沈んだ声。彼は私よりも落ち込んでいるように見えた。


 「と、透明になったようなもんだよな」


 不意にパールが大きな声を出す。


 「スキルを使っているときのアキもこんな感じなんだろ?そ、それと同じだと思えば、これくらいどうってことないって!」


 無理に明るくした声が、真っ白な壁に反響する。この声は確かにこの空間に響いている。だが誰もこちらを見る人はいない。


 「アキが初めて透明になったときも……自分の意思じゃなかったんだよね。こんな気分だったのかな……?」


 思いがけないこの状況に頭がついていかない。この感情は悲しみ?寂しさ?分からない。分からないけれど、その時の彼の恐怖がようやく分かったような気がした。


 「あの……アキレス様、まだでしょうか?」


 待ちきれなくなった領主がいつの間にか来ていた。


 「なあ、あんたもか?」


 「はい?」


 「あんたにも俺は一人で来ているように見えるか?」


 「何をおっしゃいます。初めからお一人ではないですか」


 「地上にいるものを地下に避難させろと言う話、あんたにはどう聞こえてた?」


 「はあ。今地上に出ている領民はいないと把握しておりましたが、誰か勝手に外に行ってしまったのかと」


 「小麦畑の赤い機械、あれはどう動いている?」


 「全自動でございます。帝国の魔導技術を駆使し、人の手を煩わせることなく食糧生産を可能にした画期的なシステムです」


 領主は淡々とそう答えた。


 「……やはりそうなのですね。バルト地方に来てから領民たちに感じた違和感、反感まで覚えたあの気持ちは、彼らにとっては身に覚えのないこと……。ここでは奴隷はいても奴隷制度はない、そういうことなのですか」


 杖を握る手にぎゅっと力がこもる。それはやり場をなくしたその感情たちの、やるせない発露だった。


 「じゃあ一体この怒りはどこにぶつければいいってんだよ」


 パールの張り上げた声は、虚しく空間の中に反響した。





 「こちら、集会所となっております」


 その後は暫く黙って領主の案内に従っていた。地上の者たちを早く避難させなければと思うが、それが正しいことなのか分からなくなってきていた。


 いや、あの人たちは絶対に存在する。領民たちに認識されない私たちが確かに存在しているように、彼らもまた存在しているはずだ。なのにこの不安は何なのか。


 「皆、アキレス様ご一行とお会いするのを楽しみにして集まっております。お一人でいらしたことには驚かれると思いますが、皆の不安を取り除くため、是非お顔を見せていただければと」


 「シェリル、怖い顔してるぞ。もっと笑わないと、領民たちを安心させられねえ」


 そういうパールの顔にも、不安や恐怖がこびりついている。


 「皮肉ですか?きっと思いっきり変顔して入っても、誰も気付きませんよ」


 ぎーっ。


 集会所の扉が開き、その隙間から人々の視線が溢れ出す。


 「やあみんな、待たせたね。英雄様のお出ましだぞ」


 領主に続いてアキが入ると、割れんばかりの拍手が聞こえてきた。一斉に彼を向く顔には喜びや感動が浮かび、涙を流す者さえいた。


 そのすべてはアキにのみ注がれている。


 「バルト地方の皆さん、戦争を控えてさぞ不安なことでしょう。でも安心してください。俺が来た以上、ここに避難している皆さんに一切の被害が及ばないことを約束します」


 彼は腰の長剣をさっと抜き、天井を越えて地上を指す。その姿はまさに英雄。人々は歓喜の声を上げた。


 領主は満足げな笑顔で頷いている。彼が守りたいものはここにいる者たち。今ここで、彼の目に確かに映っている領民たちだ。地上で今も働いていても知られることのない、透明な奴隷たちのことではない。


 「うち、ちょっと外に出てるよ」


 パールが踵を返して出ていった。地上に出ない限りこの気が晴れることはないだろうに。


 「アキ……」


 「ああ、シェリルもパールと一緒に出てていいぞ。ここは俺に任せて」


 任せるも何も、目に見えず声も聞こえない私が、彼らのために出来ることなどない。ただ勇気づけるということが、今の私には全く出来ない。


 「分かった」


 私はアキに背を向けて集会所を出る。ふと心に、彼の目からも自分が居なくなってしまうような不安が過り、ばっと振り返る。彼はさらに奥へと歩を進めていた。集会所の扉がぎぃと閉じていった。


 「なあ、シェリル」


 パールは扉のすぐ横でしゃがみこんでいた。


 「うちら、どうしたらいいのかな」


 「どうって?」


 「ほら、例えばシェリルはさ。いつも怪我人や病人を見つける度に駆けつけて治療してただろ?だけどここじゃ、それを領民に気づいて貰えない。治療するからじっとしててって言っても、その声も届きゃしない」


 「あ……そっか」


 「うちは基本ただの手伝いだ。何が必要かその場で人に聞いて手を貸す。それくらいしか出来ないのに、ここじゃそれもできない」


 はあと深いため息を漏らす。彼女はいつも前向きだった。こんなパール、初めて見るかもしれない。


 「うちら、何しに来たんだろ。ここで何をしたらいいんだろ」


 びゅーっと風が吹き、彼女の髪を掻き上げる。顔の横に垂れるひときわ太い髪の束が露になる。否、それは彼女の触覚だ。彼女らスメーノスは耳がない代わりに、この触覚で音を聴くのだ。


 「くそ。土臭い風だ。ますます陰気になる」


 「ここにいても辛くなるだけですし、アオイのところにでも行きましょうか」


 「そうだな。地上にいるんだっけ……。あ、もう誘導始める?」


 「そうですね……」


 二人のやり取りはお互いに覇気もなく淡々と流れていった。ふと、目の前を少女が横切る。


 「お、そ、ら~がおっちてっくるっ♪

  み、ん、な~もおっちてっくるっ♪」


 木の枝を振り回して楽しそうだ。


 「へっ。目に見えない働き者が頭上にいるのも知らないこいつらには、随分皮肉な歌だな」


 パールがぼそっと呟く。


 「おそらにいるのはりゅー?いいや、あれは戦車だよ~♪

  ぴかっとしたのはあさひー?いいや、あれは爆弾だ~♪」


 少女は歌いながらくるくると回っている。楽しげな光景と裏腹に、その歌詞はとても物騒で、何か心に引っ掛かる。


 彼女はその場でぐるぐると旋回し、またこちらへと戻ってくる。ふと目があったような気がした。彼女は気にせず不思議な歌を歌い続ける。気のせいか。


 「クラリスー?」


 集会所の影から今度は男の子が出てきた。


 「待ってよ、タケル君!出てったら見つかっちゃうよ!!」


 「見つからないよ。皆には僕のこと、見えないんだから!」


 よく見るとその子は耳がなかった。そして顔の横に髪の毛のようにぶら下がる触角。髪が短いとよく目立つ。


 「あれ?あの子、パールと同じスメーノスですか?」


 「ん?本当……いや、あれはミュルメークスだな」


 「どうして?」


 「触角の臭いが少し違う」


 ミュルメークスとスメーノスはそっくりなことで有名だったが、本人たちはそんなところで区別していたのか。


 「ねえ」


 突如耳元で可愛らしい声がする。さっきまで歌を歌っていた子だ。


 「お姉ちゃん、タケルくんと同じだね。きぞくさま?」


 「は?てか、お前うちのこと見えるのか?」


 「へへーん。見えるよ!私、透明な人が見えるんだー」


 透明な人……。


 「うちは元々透明じゃないし、貴族でもない……いや待て、貴族が透明ってどういうことだ?」


 パールが首を傾げる間に、さっきの男の子が近づいてきていた。


 「お姉ちゃんはよそから来た人だね。何してるの?」


 「お姉ちゃんたちは今私とおしゃべりしてるの」


 そしてその後ろから。


 「ちょ!話しかけたら流石に……あれ?パールとシェリルじゃん!!」


 やって来たのは見知った顔だった。


 「「え!!アオイ!!??」」 

大分謎がてんこ盛りの回になってしまいましたね。領主は奴隷たちを領民にすらカウントしていないのか?いやいや、そもそも目に見えてなかったのなら、あの発言もこの発言も何もおかしなことなど……。


あれ?と思った方、きっと正解です。誤植ではありません。この話、まだまだ裏がありますので、安心して不安になってください。


さて、今回ピックアップされた人種、ミュルメークスとスメークス。アリから進化した種族とハチから進化した種族です。アリとハチって生物としてとても近いんですよ。彼らにはまだ公開していない、面白い設定をたくさん盛り込んでいます。どうぞお楽しみに!!


次回はまたテオン君たちの物語に戻ります。忙しくてすみません……。あちらこちらに謎をばらまいていますからね。何とか付いてきて下さると助かります。それではまた明日!!

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