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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第5章 不穏の幕開け
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第18話 崖の上、朝影

【前回のあらすじ】

 ロイの気持ちに気付き戸惑うスフィア。だが彼女の元に泥酔した彼がやって来る。酔いに任せて思いを暴走させるロイ。しかしマーコスの登場で事態は急変。恐怖を感じた彼女は咄嗟に逃げ出した……。

 ちちちち……。鳥の声が谷に反響する。少し遠くからは滝の音。朝の冷たい空気がまとわりついて心を落ち着かせていく。あとひと月で立夏だというのに、山の上の春はまだ寝起きのようだ。


 「あれ……?兵隊のお姉さん?確か……」


 「スフィアさん……です」


 「そう!スフィアさん、こんなところでどうされたんですか?」


 ギルドで見かけたメレナと、もう一人髪の長い大人しそうな背の高い女性が近付いてくる。


 「何でもない。朝の空気が気持ちよくてな。散歩をしていた」


 ここは宿場町ラミアの外れ、少し山道を登ったところだ。明るくなって初めて気がついたのだが、谷側は崖になっていて、その下には湖がある。


 「ここら辺は暗いとよく危ないですからね。あまり近寄らない方がいいですよ?小さい頃は夜にここに来るとお化けにさらわれるぞって、よく聞かされました」


 「ああ、何か柵のようなものがあるといいな。確かにこの崖は危ない」


 「なるほど……。流石兵士さん、よく気がつきますね……」


 背の高い方が感心する。


 「すみません、あなたは?」


 「あ、そっか!昨日紹介してなかったからまだ知らないですよね。こちらリオナさん。怪我の手当ても手伝ってくれたんですよ!!」


 「そうか。それは世話になった、ありがとう」


 「いえ、すみません。挨拶できておりませんで。何しろ子供がまだ小さくて」


 「リオナさんの赤ちゃん、とっても可愛いんですよ!」


 なるほど。少しやつれて見えるのは赤ちゃんのお世話で大変だからか。


 「旦那さんは?」


 「忙しい人ですから。昨日も明け方帰ってきて」


 冒険者稼業は時間が不規則だ。彼らの妻と言うのは相当大変なのだろう。


 「今はお隣さんが赤ちゃん見てくれてるから、私の水汲みのついでにお散歩に誘ったんです」


 「そうか、町ぐるみで支え合っているのだな。ここは気持ちを休めるには良いところだものな」


 「ええ」


 「私も好きなんですよ、この道。私、この先の川に毎朝水を汲みに行くんです。町の井戸よりもお水が美味しくて。それにそこの滝!見てるととっても元気になれるんですよ!!」


 メレナは早朝から既に元気だった。まだ日も昇っていないというのに。しばらく彼女たちと話して、私も少し元気が出てきた気がする。


 私は昨夜宿を飛び出して以来、人を避けてここに辿り着き、一晩岩の上に座り込んでいたのだった。


 「もうじき朝日も顔を出すと思いますよ。あっ!私も早く行かなくちゃ。それじゃスフィアさん、行ってきますね!!」


 歩いていく彼女たちを見送って、再び座り込む。まだしばらくは一人になっていたい気分だった。


 ロイの急変ぶりが脳をよぎる。酒とはあの彼でさえもあんなに変えてしまうものなのか。正直彼の胸のうちは嬉しいと思った。だがそれ以上に怖いと思った。


 人の好意があんな姿をしていたなんて……。


 いや、あのまま逃げ出さなければもっと恐ろしいことになっていただろう。あのマーコスという男、彼にそそのかされてロイは私の部屋に来たのだろう。だが彼自身はきっともっとおぞましいことを企んでいたように思える。


 せめてもの救いは、ロイにそこまでの意図がなかったことだろう。だが……。


 また彼と共に旅をすることができるだろうか。私は彼とこの先も……今まで通りに勇者を目指すことができるだろうか……。


 山の向こうが俄に明るくなる。細い光の筋が山の端をさっとなぞり、一筋の光が差し込んでくる。美しい日の出だった。


 私は立ち上がって、岩の横の荷物を持ち上げる。鎧と一緒に咄嗟に掴んだ、最低限のサバイバル用具。


 慣れた手つきで防具を着けると、私はそのまま森の中へ歩き出したのだった。





 もう日は高く昇る頃。私はずっと歩き続けているが、景色は変わることなくどこまでも深い森だった。ラミアの町に戻ろうと思っても、最早どちらに向かえばいいかも分からない。引き返すことはできなかった。


 「はあ、はあ……。流石に無茶だったかなあ……」


 つい弱音が出てしまう。一人になったことで普段隠してきた子供っぽい自分も、少しずつ顔を覗かせていた。


 頭上から白い猿が襲ってくる。この辺りは白い魔物が多いな。私はさっと剣を抜き、身体を捌きながら切り落とす。痛めた足が悲鳴を上げる。戦いに集中できていない証拠だ。


 更に数撃連続で切りつけて、魔物はようやく沈黙する。戦っていると気分が晴れる。このまま進んでいてもいいが、そろそろ野営地を決めなければ。痛んだ足も限界が近かった。


 そのとき。


 「がさっ……」


 また魔物かと思って剣を構えるが、木々の向こうに見えたのは真っ青な肌の人のような姿。


 ま、魔族!!


 私はさっと木に張り付いて身を隠す。恐る恐る覗くと、魔族の姿はもう見えなかった。


 ここは魔族領との境界に近いが、とはいえまだ人族領のはず。それとも歩き回るうちに私が魔族領に入ってしまったのか……?


 「ロイ、地図はあるか?」


 私は手を後ろに出して待つ。いつまでも反応がないことに苛立ち、振り返ってはっとする。


 彼は今ここにはいない。私は地図も方位計も持っていない。私は、彼なしでは何も出来ない……。


 いや、そんなことはない。先程の魔族を何とでも見つけ出して、私自身の力を証明しなければ。


 半ば意地になって先の魔族が立っていた場所まで行く。下草が踏み固められていて、その足取りを追うことは出来そうだった。しかし他の魔族がいるかもしれない。もしも複数の彼らに出会ったしまったら、一人ではどうにもできないだろう。


 何しろ一盗賊団に手も足も出なかったのだ……。更に今は手負い。必要以上に落ち込むことはないというのが、しばらく剣を振りながら思い至ったところ。だが自分の現状はしっかりと自覚せねばならない。


 慎重に、確実に、魔族の足取りだけでも確かめておかなければ……。


 私は細心の注意を払って周りの気配を探りながら、ゆっくりと足跡を辿っていった。森はなお深みを増し、人の手の入っていない原始の姿を見せている。


 やがて下草は途切れぬかるんだ泥の地面となる。遠くから滝の落ちる音がしている。足跡はなおもその泥を横切って泉に出た。それは小さな滝壺だった。


 「参ったな……。足跡はここで途切れている。水にでも入ったか、それとも……空間転移か何かだろうか」


 泉の周りには他に何の形跡もなかった。ぴちゃぴちゃと音を立てながら中まで入っていく。水底から滝の裏まで見てみるが、何も見つからない。


 「こんなところに隠し通路とか、物語みたいなことがあるわけないかー!!」


 それにしても気持ちのいい泉だった。このまましばらく浸かっていたい。


 ばしゃん!!突然の音にがばっと振り返る。鳥形の魔物が泉に降り立っていた。


 「しまった……気を抜きすぎた。足に怪我を負った状態で水中戦など……」


 そこで初めて違和感に気付く。


 あれ、足の痛みが……無くなっている?捻った上に半日無理を強い続けた足首は、水中でぶんぶんと動かしても平気だった。


 魔物が長い嘴を突き刺してくる。私はそのまま水を蹴って突きをかわし、その長い首を掴む。このままではこのきれいな泉を魔物の血で汚してしまう。


 力ずくで魔物を泉の外まで投げ飛ばすと、そのまま羽ばたいてどこかへ飛んでいった。兵士としては逃してはならないという思いに駆られるが、一方でそれでいいと思う自分もいた。


 不思議な泉だ。足の怪我を癒したのは、恐らくここに入っていたからだろう。


 「そうだ!!この辺りで野営を……あ、魔族」


 流石に魔族の通り道を野営地にするわけにはいかない。だがある程度監視のできる場所がいいと思った私は、ここから少し離れた場所を探すことにした。


 それからすぐのことだった。あの小屋を見つけたのは……。





―――同じ頃、山中


 「確かなのか」


 「ええ、間違いなく私の魔力でしたよ」


 二人の男が声を潜めながら、朝の獣道を進む。片方は情報屋イデオ、そしてもう一人は黒いフードを被った男。


 「ジャガー、内容は分かるか?」


 「大分機械でいじられてますからね、そこまでは。ですが状況的にはもうそれしかないのでしょう?」


 「ああ、間違いない。条件は十分。素質も十分。未熟さも……十二分といったところだったからな。奴なら確実に狙われるだろう」


 「全く、イデオさんの言うことなら間違いないんでしょうね。やはり、行くんですか?わざわざ……」


 「ああ、当たり前だ。それが俺の使命で、役目……だからな。頼んだぞ、ジャガー」


 二人の男はなおも山の中を進む。魔族領との境界、タミナスへの峠はすぐ傍に迫っていた。





―――場面はスフィアに戻り


 ラミアの町を飛び出して、早くもひと月近くが経っていた。私は泉の近くでホワイトエイプを相手にしていた。


 この辺りでよく見かける猿型の魔物。その動きは俊敏で、特に木の上で戦うとかなり手強い。私は敢えて木の上で彼らと交戦し、その不利を覆す訓練をしている。


 今日は特に細い枝に乗って戦っていたのだが……。


 ばきっ。


 「うわーーっ!!」


 枝が折れて落っこちてしまった。更に上から魔物が追撃をしてくる。


 「なめるな!!」


 横に転がるついでに切り上げる。さらに着地の衝撃で一瞬硬直したところへ、魔力の塊をぶつける。私の魔法は火属性。いつかこれを剣に乗せて、火属性の斬撃などもやってみたいものだ。


 「ふう……いててて」


 地面に打ち付けた背中が痛む。こういうときは。


 「泉に行きますか」


 もう日暮れ。今日の訓練もここらで終えよう。


 私はあれからずっと、あの泉の周りで訓練をしている。あの回復効果は本物だった。


 そしてあの小屋。泉の近くの野営地を探していたら、明らかに人が住んでいそうな、小綺麗なログハウスを見つけたのだ。


 初めは警戒して様子を見ていたが、特に人影も魔物の影も無かったため、少し寝床として拝借することにしたのだ。


 「ふう……もう痛みも引いてきたかなあ」


 泉の水に浸かりながら、何気なく西の空を見た。綺麗なオレンジ色。そのときだった。


 ぴかっ!!


 明らかに異様な、謎の光が立ち上ったのだった。

逃げ出したスフィアでしたが、彼女なりに訓練に励むことでそれを正当化していたんですね。傷を癒す泉、謎の小屋、そして魔族の影。気になる情報はあれど、ひとまず今は西の空の光を追いかけましょう。


次回更新は5/26です

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