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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第5章 不穏の幕開け
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第17話 狂った歯車

【前回のあらすじ】

 アリシア盗賊団の壊滅したスフィアたちは、失意のうちに宿場町ラミアにやって来る。宿の主人や町の冒険者、そして子供たち。優しい町の人々と長閑な山の中の景色に触れ、心の傷は癒えていくが……。

 「『な、何をする!!』そう言って姫様は、私の手を思いきり払い除けてしまわれました。そりゃそうですよね」


 ロイは「はあ」と溜め息をついて机に突っ伏す。


 「ロイさん、もう日もとっくに暮れちゃったよ?宿に戻らなくていいの?」


 「もう姫様に向けられる顔など御座いません。ただでさえお辛い心中でしょうに、私は姫様のお心など考えず、ただ見ていられなかったと言う理由であんな不埒な真似をしたのです。許されることでは……」


 ロイ――一昨日の夜からラミアの町に滞在している真面目そうな兵隊さんは、空がオレンジの頃にギルドに駆け込んできて、それからずっとこんな調子だ。


 僕はレイン。お父さんは町長兼このギルド酒場のオウナーだ。他にお店もないからと冒険者向けに始めた酒場。それを僕も手伝っているのだ。もう8歳なんだからそれくらいは楽勝さ。


 「全くロイったら情けねえぞ!兵士っていったら男の中の男だろ!!そんなにうじうじしてどうする!!」


 さっきからずっとマーコスが隣に座って元気付けている。


 「そんなこと言ったって、姫様は僕のすべてなんです!姫様に嫌われたら、僕はもう生きていけないんです!!」


 「まあまあ、その気持ちがありゃきっと分かってくれるさ。第一、男が好きな女を抱き締めて、何が悪いってんだ。そんなに気にすることはねえよ。ほれ、飲め飲め!!」


 彼はどんどんロイに酒を進める。こういうときは飲んで寝てさっさと忘れるのがいいんだそうだ。大人は楽でいいよな。


 「もうマーコスったら、そんなに飲ませたら身体に悪いですよ。ロイさんもそんなに思い詰めずに、早くスフィアさんに謝りにいくのが1番です」


 もう一人のお手伝い、ギルマスの娘のメレナがおかわりのボトルを運びながらも、尤もなことを言う。お父さんも、ごめんとありがとうはすぐ言える人になりなさいって言ってた。


 「うん、そうだねメレナちゃん。僕、姫様に謝りにいきます。でも勇気が出ない……。もう少し飲んだら行きます、待っててください、姫様!!」


 そういってまたグラスに口をつける。飲む飲むと言ってちょっとずつしか減ってない。ジュースの早飲みなら僕の足元にも及ばないだろうな。





―――スフィアサイド


 「待ってくれよ、ロイ……」


 私は一人、宿のベッドに仰向けになって天井を眺めていた。


 『姫様……』


 私を抱き締めようとした彼の腕は、いつもより太く感じた。払い除けてしまった後のあの顔は、今まで見たどんな彼よりも悲しそうだった。


 ロイが度々私に可愛いと言ったり、ずっと一緒だと言ったりするのを聞きながら、私はそれを半分以上冗談として軽く流していた。こんな剣ばかりが取り柄の私に惹かれる者なんて、誰もいないと思っていた。


 冗談で……あんな顔をするものか。


 私は私に辟易した。いくら驚いたからとはいえ、あそこまで拒絶することはないではないか。ずっと共に戦ってきた仲間だ。私だって……こここ、恋仲とかそういうのは考えたことないにしても、憎からず思っているには違いないのだ。


 ああ、冷静でないな。頭がごちゃごちゃしている。胸がもやもやして何もかもがつかえる。


 がばっと身体を起こす。こういうときは次にすべきことだけを考えるに限る。


 ルシウスに裏切られ、アリスに裏切られ、イデオに裏切られ……。仲間は壊滅し、私たちは共にどん底にいる。だがミールの者も、王国の者も、私たちが勇者となり魔王を倒す日を心待ちにしている。


 せめて生き残った我らだけで、何とか任務を達成しなければならない。そんなときに私は……私をあんなに慕ってくれる部下を傷付けてしまった。


 逃げるようにこの部屋を飛び出したロイに、私はただシンプルにすまないと思っていた。


 「はあ……。私は果たして、あいつのことをどう思っているんだろうか」


 ずっと後回しにしてきた。ずっと魔王を倒すこと、王国を復活させることだけを考えてきた。それで良かったのだろうか。


 多分、良かったんだ……、これまでは。だけど良くないんだ、これからは。


 今後もロイと切磋琢磨していくためには、この関係は修復しなくてはならない。だがもう完全に元には戻れない。意識してしまったのだから……。


 「……ん?何だ?」


 それは唐突だった。


 「どこから聞こえる?何の音だ?」


 どこからか、聞き慣れない物音が聞こえ出したのだ。私は立ち上がって、右足を引きずりながら部屋を歩き回ってみる。どこをどう歩いても音は変わらない。


 チクタク、チクタク…………。


 これは、機械音?それにしてはかなり静かだ。だが静かな割りにどこにいても聞こえる。まるで耳元に張り付いたように。寧ろ耳よりも近くから聞こえるように。


 そうか、耳より近いんだ。頭の中で響いているのだ。これは所謂耳鳴りと言うやつだろうか。随分不思議な鳴り方があるものだ。


 「そんなわけなかろう……だが、それしか思い付かない。なあ、ロイ……?」


 思わずその名を呼んでしまう。もうこの部屋にはいないのに。


 「はあ……」


 また1つ溜め息をこぼし、再びベッドの上に身体を横たえる。傍にいることが、いつの間にか当たり前になっていたのだ。


 「ロイ……」


 そのまま私は微睡んでいく。地平線に最後に残った光の筋が隠れていくように、私も眠りの中へと沈んでいったのだった……。





 どたど、どたどたどた……。


 突然響いた物音に目を覚ます。部屋の中は既に暗く、ベッドのわきに灯っていた蝋燭(ろうそく)も消えている。


 物音は恐らく何者かが階段を駆け上がってきた音。それも慌てているのか何なのか、今にも足を踏み外していそうな不規則な音だ。


 ただ事ではない。そう思って身体を起こす。そのとき。


 どんどんっ!!


 今度は扉を強く叩かれた。


 「何だ?誰だ?私に何か用か?」


 私は毅然に振る舞って答えるが、正直胸の中は穏やかではなかった。


 「あっ……姫様?姫様だ~!!もう起きてるんですね?そこにいるんですね~!!」


 何となく聞き覚えのあるような無いような、はて口調を加味すれば全く知らない声が返ってくる。


 いや、私のことを姫様と呼ぶのはあいつしかいまい。とにかく夜更けに宿屋の廊下でこんなに騒がれては、町を追い出されかねない。私は渋々扉を開けた。


 「姫様ーーーっ!!」


 その途端、案の定いつもとは違う様子のロイが飛び込んできた。そのまま私に飛び付いてくる。


 見たこともないほど上機嫌で口許も緩み、そして思わず顔をしかめてしまうほど酒臭かった。


 「姫様~!良かった、ドアを開けてくれた。もう姫様は私のことなんて大嫌いになって、2度と会ってくれないんじゃないかと……。うわ~~~んっ!!」


 今度は泣き出してしまう。まさかあの後ずっとギルドの酒場でやけ酒でもしていたのだろうか。それにしても、ロイの酒癖がこんなに悪かったとは……。


 「ロイ……お前何でこんなになるまで飲んでるんだ。今水貰ってくるから、ちょっとここで待ってろ」


 彼をベッドに運び、離れようとする。しかし彼の手が私の腕を掴んで離さなかった。


 「ひ、姫様……嫌です、行かないで下さい。逃げないで下さい!もう私逃げないので、どこへも逃げないで下さい~!!」


 参った……。私ももう彼に悲しい顔はさせたくない。いや酔っ払ってるなら関係ないか?しかし私はその手を振りほどくことが出来なかった。


 彼を座らせたベッドに私も腰掛け、改めて彼を見る。廊下の明かりが入って、真っ赤になった彼の顔が緩むのが見える。


 「ねえ、姫様。私……姫様と旅が出来て幸せです」


 な!?と、突然何を……。


 「だけどこんなことになって……。姫様も辛そうで……私、見ていられなかったんです」


 「あ、ああ……」


 「それで、ついあんなことを……。いえ、心のどこかで姫様もそれを待っているだろうと勝手に……」


 私が待っている?何故だ?


 「いい。あのときは少し驚いただけだ。勿論過度なスキンシップはやめてもらいたいが、私は別にお前を嫌っているわけではない。これからも傍にいて欲しいし、お前が勇者になるまで私が支えてやる」


 「姫様……」


 ロイの目が潤んでいく。


 「姫様ーーーっ!!」


 そのまま私を押し倒してきた。


 「おい、ロイ!?」


 「姫様!!私も、姫様のこと昔からお慕い申し上げて来たであります!!」


 彼はなおも身を乗り出して私の上に覆い被さってくる。咄嗟に私は膝を立てるが。


 「痛ッ!!」


 引き寄せた足が彼の膝の下に入ってしまい、よりにもよって捻った箇所に彼の体重が掛かる。


 「姫様と同じ部隊に入ったときから!いえ、姫様に初めて会った、13年前からずっと……!!」


 13年前から?そんな昔に私はロイと出会っていたか?いや、そんなことより。


 「痛い痛い痛い!ロイ、ちょっとどけ!!」


 「私はただ姫様のための剣となり、盾となり、光となり、いつ如何なるときも、たとえどんな場所へでも、何が相手であっても、姫様と共に戦います!!」


 「分かったからいい加減に……」


 そのとき、不意に視界が暗くなる。


 廊下に誰かが立った。ここからでは見えない。だが間もなくその人影は口を開いた。


 「何だよ~、ひっく。痛い痛いって言ってたからやっと始まったと思ったのに、まだやってねえのかよ~」


 ギルドで会った冒険者マーコスだ。彼も酔っ払っているのか。


 「あ!マーコスさん!!あなたのお陰で姫様と仲直り出来そうです!!」


 「仲直りじゃねえよ。ほら、こっち持っとくから」


 彼は部屋にずかずかと入ってくるなりベッドに上がり、私の腕を押さえつけてきた。


 「へ?」「おいマーコス!お前何のつもりだ?」


 「へ?じゃねえよ、ほら。ロイ、お姫様の服、ひっく。脱がせ」


 何だと……?こいつは一体何を言っているんだ?


 「な、何故ですか?」


 「あ?本気で言ってんのか?ひっく。いいからどけ!!」


 今まで味わったことのない恐怖が私を襲う。ロイの腕が私から離れた。私を押さえるのはマーコスだけ。


 私は咄嗟に身体を回旋させ、彼を蹴り飛ばした。唖然とする二人を残し、私は足の痛みも忘れて外へ飛び出したのだった。

胸糞悪い話ですみません。テーマとしてどうしても入れたくて、最初からプロットに組み込んでいたのですが、やはり具体的な話に落とし込んでしまうとどうにもやりきれない思いになります。そんなときは前半のレイン君に癒してもらいましょう。ジュース早飲み対決なら負けないぞ!!


ちなみにレイン君やメレナちゃんは、凄く後の方で重要なキャラとなってきます。直近でも第9章かな?まだ細かいプロットがそこまで完成していないので、変更にはなるでしょうが。


次回更新は5/24です。

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