第16話 宿場町ラミア
【前回のあらすじ】
岩に反響する子供たちの泣き声に、スフィアは昔のことを思い出す。そしてブラン王国の滅亡のこと、魔王討伐隊のこと、元々ブランの骨董屋におり今は情報屋として同行するイデオのことを語る。
自業自得……。
落ちていく感覚の中で、その言葉だけが頭を巡っていた。身体は動かない。感覚もない。思いきり地面に叩きつけられても、受け身を取ることすら出来ない。
私たちはアリシア盗賊団のアジトとおぼしき洞窟に忍び込んで早々、麻痺ガスを吸って落とし穴にはまったのだ。
慎重になるべきだとイデオが注意してくれたのに、私の意地でこんな事態を招いてしまった。頬に触れる岩の床は、感覚もないのに冷たかった。
「どうやらここは毒ガス室のようだな。早く脱出口を見つけなきゃ、いつ殺されるか分かんねえぞ」
イデオの声が聞こえる。彼も一人で来ていたのなら、こんな罠に掛からずに忍び込めていただろうに、文句ひとつ言わずに脱出口を探してくれている。
「隠し通路か何かがあるとは思うんだが」
「壁を破壊したりは出来ないのでしょうか?」
「さっき試したが、俺の剣技でもびくともしなかった。魔術で強化もされているらしい。破壊は難しいだろうな」
皆頑張っている。私も何かしなければ。この失態を取り戻さなければ……。
しかし私の身体は動かなかった。打ちひしがれて立ち尽くすことしか出来なかった。とっくに麻痺の効果は終わっているというのに。
『そんなに張り詰めていたらどこかで破滅するぞ?人の心はそんなに都合よく頑丈には出来ちゃいない』
親友の言葉が蘇る。本当の私を丸ごと知っている幼馴染みのロザリー。ミール市長の姪で、私たちの姉代わりだ。
彼女には私のことは何でもお見通しだった。破滅……まさにその通りだった。本当の私は何も出来ない臆病者だ。
「姫様、行きましょう」
不意にロイが私の手を取る。知らないうちに私は剣を握って立っていた。小部屋には隠し通路が出来ていた。心が状況についていけていない。
その後もずっと私は心ここに在らずだった。記憶もすっぽりと抜け落ちてしまっていた。後から聞いた話なのだが、ここで罠から脱出できたのは私を含めて7人だけだったらしい。
残りの者は……ああ、私に付いて魔王討伐を志したミールの兵士たちの殆どは、ここでアリシア盗賊団に殺されてしまったという。
そのショックが私から記憶を奪ったとしたら、何と無責任なことか。私は、私が憎くてたまらなかった。
気付いたとき、私は見知らぬ宿屋で眠っていた。
「お客様、お目覚めですか?」
丁度宿の人が部屋の花を変えているところだった。
「大変な思いをされたようですね。どうぞゆっくりお休みなさってください。あ、お召し物は私が替えさせていただきました」
見れば過ごしやすい生絹のワンピースに替わっていた。部屋の隅には鎧が立て掛けられている。落下の衝撃を受けたか、べこっと凹んでいた。
「動けるようでしたら1階へどうぞ。お連れの方が大層心配しておられましたから」
「ああ、色々とありがとう」
私は身体を起こして床に足をつける。ずきん。鋭い痛みが走る。捻っていたのか。壁に手を付きながら歩いていこうとすると、宿の者が助けてくれた。
「姫様!大丈夫ですか!?」
1階へ向かう階段から顔を覗かせた途端、ロイの悲痛な声が飛んでくる。彼の目の周りは真っ赤に腫れていた。
「ああ、何とか動ける。ここは……?一体どうなったのだ?」
「あ……やはり記憶が。ずっと様子がおかしかったですからね。ここは近くにあった宿場町ラミアです。この宿の方には怪我の治療やらご飯やら、それはもう良くして頂いたのですよ」
私はロイの肩も借りながら食卓の前に腰かける。ロイが私の隣に座る。
「良かったら……」
宿のカウンターにいた男がスープを持って来る。じゃがいもの冷製スープだった。
「ありがとうございます、ラルフさん。姫様、この方がこの宿のご主人です」
「そうか。ありがとう、色々と」
ラルフは微かに頭を下げるとすぐに戻っていった。
「なあ、ロイ……」
「はい?」
「何人生き残ったんだ……?」
彼はしばらく俯いたあと、ゆっくりと口を開いた。
「生き残ったのは7人です。うちこの宿場町に来たのは姫様と新人の兵士2人、そして私の4人だけです」
「そうか……。残りの3人は?」
「ルシウス隊長、アリスさん、そしてイデオです」
「そいつらは、今どこに……?」
「分かりません、何しろ……3人は裏切り者でした」
裏切り……。まさかそんな……いや、確かに聞いた気がする。私はアリスに斬りかかった。それをルシウスが止めた。そして二人は盗賊のアジトへと戻っていった……。イデオも山の奥へと消えていってしまった。彼も、裏切り者だったなんて。
「私は、どうしたら良い?どうしたら良かった?どうすればこんなことにならずに済んだ!?」
「姫様!どうかお気を確かに!!これからのことはゆっくり考えましょう」
ロイが私の手を握る。温かい。
「私の……せいだ。私のせいで、こんなことに……」
「姫様……」
目頭が熱くなり、頬を何かが伝っていった。長らく人に見せたことのなかった涙だった。
「外を散歩してきてはどうか。気持ちいいぞ」
ラルフが町の地図を持ってきてくれた。無愛想だが気の回る、いい主人だった。
「姫様、お言葉に甘えて行きましょう」
「ああ……そうだな」
私はまたロイの肩を借りて立ち上がる。
「冒険者ギルドの前の広場に、ゆっくり座れるベンチがある」
主人の言葉に従い、私たちは宿屋を出て広場を目指す。
「もう2人、兵士がこの町にいるんだよな……」
「ええ、挨拶と情報収集を兼ねて冒険者たちのギルドへ行って貰っています」
「そうか、私も……顔を出さないわけにはいかないな。いや、その前に町長のところか」
「町長室は冒険者ギルドの中にあるようです。流石は冒険者の町ですね。ベンチでひと休みしてから行きましょう」
「……いや、直接行こう」
ひと休みしたら、動き出せなくなるような気がした。思い立った勢いで行動せねば。行動をとにかく繋げ続けなくては。
「そうですか。姫様、あまり無理なさらないように。辛くなったらすぐに言ってくださいね」
ロイは心配しながらも私の我が儘を聞いてくれた。
宿の外に出ると強い風が吹き付ける。だが冷たくはない。見上げれば暖かな日射しが降り注いでいた。道端にはたんぽぼが揺れる。いつの間にか春の色も随分濃くなっていた。
ラミアの町はレンガの赤と漆喰の白を基調に、美しくまとまっていた。大きな風車がゆったりと回っている。
この町で休んでいれば、この胸の痛みも和らいでくれるだろうか。
冒険者ギルドは風車と一体化した建物だった。町の中心的な施設ながら、無駄のない簡素な作りだ。
ばたん。両開きの扉は軽かった。おしゃれな飲食店のような小綺麗な空間が広がる。
「「副隊長!!」」
先に来ていた二人の新兵が駆け寄ってくる。同時にギルド中の注目が私たちに集まった。冒険者が8人ほどいるだろうか。
「おお!!あんた一昨日運ばれてきたお嬢ちゃんか!?元気になったのか?」
「ずっと飯食ってなかったんだろ?俺らがおごるからぱーっと食べろよ」
「馬鹿、いきなりここの濃い料理が食べれるかよ!ラルフさんとこに泊まってんだ、あの人のご飯に勝るもんはねえだろうよ!!」
口々に私を気遣ってくれる。優しい者たちだ……え?一昨日だって?
「ロイ、昨日私は何をしていた?」
「え?姫様は昨日はずっと宿で眠っておられましたよ」
まじか……。丸1日眠りこけるなんて、いつ以来のことだろうか。
「それにしても別嬪さんだな。姫様ってのは本当なのか?」
「な!別嬪だと?私が……か?」
赤くなる私を横目に、ロイがその冒険者に威圧の目を向ける。
「姫様に妙な考えは起こしませんよう」
「いや待て。私を姫などと呼ぶのはこいつだけだ。私は一介の兵士にすぎない」
「何だそうなのか。喋り方とかどう考えてもこっち側だしな。あ、俺はマーコス。ここらの冒険者のまとめ役だ。ところで何か用か?」
「町長に挨拶と感謝をと思ってな。あなた方にも世話になったようで」
「へえ。口はきついが律儀なもんだ。流石は兵隊の副隊長さんだな。おいメレナ!町長は?」
メレナと呼ばれた女の子が奥から出てくる。ふくよかで可愛らしい子だ。まだ未成年のようだが、出るとこは私よりも出ていた。
「あ、こんにちは、兵隊のお姉さん。町長なら奥にいます、ご案内を……」
「待って。お姉さん怪我してるんだよ?父さんをこっちに連れてくるから、ここで待ってて貰って!!」
奥からまた一人、まだ10歳にもなっていないだろう少年が出てくる。
「あ!お怪我まだ治ってないんですね!!ごめんなさい、気付かずに。じゃあレイン君、お願いね。すみませんお姉さん、どうぞこちらへお掛けになって?」
レインと呼ばれた彼はどたどたと奥へ駆けていく。しっかりした子供だった。町長の息子さんだろうか。
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらおう」
私の心は未だ乱れたままだが、町の者たちの優しさでじんわりと癒されていくのを感じていた。
やがて町長とギルドマスターが出てくる。私は彼らに感謝を述べ、しばらく滞在する許可を貰った。
話している間、外から子供たちがやって来てレインとメレナを誘いに来た。レインは町長に、メレナはギルドマスターに許しを得て、ギルド前の公園で遊び出す。
山の中の宿場町。子供たちの笑い声が響くのどかな町。その温かさに段々と堪えきれなくなり、気付けば私は涙を流していた。
宿に帰ってきた頃にはもうすっかり日暮れだった。結局お昼はそのままギルドで頂いて、冒険者たちや町の子供たちと話しながら1日を過ごした。
「姫様、今日は楽しかったですね」
「ああ……楽しんでしまった。そんな資格、私にはないのに」
楽しませようという町の者たちの心遣いが嬉しかった。だから私も楽しんだ。だが、こんな私のせいでこの日を迎えられなかった者が大勢いるのだ……。
「姫様……」
そのとき、ロイが突如後ろから私を抱き締めようとしてきた。
「な、何をする!!」
どたん。転ぶのも厭わず、私はその手を思いきり払い除けてしまっていた。
メレナちゃん。ラミアの町で起こった連続誘拐事件の始まりとされる行方不明の女の子、ギルドマスターの娘です。事件当時13歳、このときはまだ12歳。
そしてレイン君。今、ラミアの町に唯一残された町長の息子さんです。現在10歳、このときはまだ8歳。二人とも実はロイ、スフィアと面識がありました。
一方、遂に行動に出るロイ。愛する人がこんなになって、放っておけなかったんですね。しかし免疫のないスフィア、思わずその手を振り払ってしまい……。
メインテーマじゃなくても恋愛タグとか付けていいんですかね?本当におまけ程度しか恋愛要素ないですけど。
次回、5/22更新です!