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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第5章 不穏の幕開け
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第15話 スフィアとイデオ

【前回のあらすじ】

 魔族に誘拐された子供たちの救出作戦が遂に開始された。だが村の中で魔族は姿を隠す。間もなく切り札のゴーレムからも緊急信号が発され一時撤退する。それでも何とか子供を二人救えたのだった。

 私は以前、魔王討伐隊の副隊長をしていた。私とロイが勇者の力を獲得する修行をしながら、魔族の王である魔王に挑むまでの行軍だった。


 サモネア王国の交易都市ミール、その自衛兵団から選抜した馴染みの者たちを中心に編成し、隊長に自衛兵団第1部隊隊長ルシウスを据えた部隊。気心の知れた仲間たちだった。


 編成に1週間、顔合わせや合同訓練に1週間かけ、街の者たちに見送られて旅立ち、……そして7日目に壊滅した。


 壊滅の原因は紛れもなく私だ。旅の途中、未だ魔族領にも入らないうちに故郷の仇、アリシア盗賊団を見つけ、先走ってそのアジトに乗り込んだ。あのときの私を止められるものなら……何度悔やんだことか。


 私の故郷、ブラン王都。かつてこの国を治めていたブラン王族の居城、白亜の王城を中心に栄華を誇った都。それを崩壊に導いたのもアリシア盗賊団であった。


 あれは私が6歳のときだっただろうか。王都ではブラン王国建国100周年の記念式典が行われていた。華やかな飾りが城中を彩り、人々の笑顔が都中に咲き乱れる、心沸き踊る祭だった。


 それを一変させたのは1つの鐘の音……。


 長年王都の人々の心に寄り添ってきた鐘がある。王城の1番上の鐘楼に輝く純白の鐘だ。振り子時計が発明されるまで人々に正確に時間を告げてきた、正義と規律の象徴でもある。


 その鐘のように真っ直ぐで潔白であるように。その願いを込めて今でも1年に2回鳴らされる。あの式典の日もその音が響き渡った。そして人々は見上げる。太陽のように輝くその鐘を。


 しかしあの日、あの鐘楼にあったのは鐘ではなく2人分の人影だった。その光景は今でも鮮明に目に焼き付いている。つい先程までいつも通りに鳴り響いていた鐘の音。その反響はまだ止んでいないのに、鐘の姿は消え去っていた。


 それと同時に都の一角から火の手が上がる。お祝いムードの王都は、一瞬にして阿鼻叫喚(あびきょうかん)坩堝(るつぼ)と化す。


 焼け落ちてゆく建物。逃げ惑う人々。飛び交う悲鳴。我先に逃げようと醜く争う姿も見た。幼かった私は、ただ呆然とその地獄絵図を眺めることしかできなかったのだ。


 そこからどうやって助かったのかはよく覚えていない。誰かに手を引かれ、抱えられ、気付いたときには城壁の外。耳に届くのは侍女の泣き声。崩落していく城を眺めて、二人抱き合って泣いていた。





 私たち魔王討伐隊は、ブラン王都の廃墟を通って山岳地帯モンスネブラに入る予定だった。あの日以来の王都……。周りの者の心配そうな目に、生気のない私が移っていた。


 城壁の門を潜るとすぐ、あの日のままの市場が目に飛び込んでくる。新鮮な野菜に魚、店先にぶら下がった干し肉にジャンプして触ろうとする子供たち。


 やがてその幻覚は鳴りを潜め、焼け焦げたままの残骸が散らばる。所々に人骨も覗く。込み上げる吐き気に私の歩みは遅くなる。


 「スフィアさん、大丈夫ですよ。すぐ良くなります」


 アリスが私の背中をさする。その直後、彼女は足元の瓦礫に躓いて転んだ。


 「いったーーーい!!」


 ああ、この石は骨董屋の看板代わりの……。あれは仲の良かった骨董屋のお兄さんと一緒に、あの日のための飾りつけを手伝った石だ。


 回復魔術師アリス……。そのおっとりした見た目で何もしなくても周りを癒す天使。まさか彼女が、アリシア盗賊団の関係者だったなんて。


 そして、このときだった。あの男が現れたのは。


 「ははっ。どんな奴が来たかと思えば。ここは嬢ちゃんたちの遊び場じゃないぜ」


 教会跡の物影から現れた男。気障な軽口とは反対に、どこか真面目そうな印象の声だ。


 「何奴!?」


 隊長のルシウスが威圧するが、それを物ともしないどころか威圧し返してきた。それも言葉や態度を伴わない、かなり高度な威圧。中々のものだった。


 「そんな怖い顔すんなよ!俺は情報屋、イデオ・オニキスだ。役に立つぜ旦那」


 「ふ。情報屋だと?胡散臭そうなやつだ。こんなところで何してる?」


 「あんたら、勇者様ご一行だろ?」


 情報屋……街の酒場を巡っては目ぼしい話を聞き集めて、それを高く売り付ける者たちだ。国の密偵がよく利用する者たちだが、正直大したことはないと思っていた。


 しかし男が何気なく口にしたその一言は我々に衝撃をもたらした。魔王討伐隊に勇者候補がいることは絶対の機密なのだから。


 一体この者は何者なのか。何故私の故郷にいるのか。そうして警戒の目を向けるうち、その男にはどこかで会ったような気がしてくる。それも胸に込み上げる何か熱いものを伴って……。


 情報屋も暫くこちらを見定めるように眺め回していたが、やがて私に目を止めると近寄ってきた。


 「勇者候補ってのはあんたかい?この中じゃ一番それっぽい。ただならぬ力を持ってるな。うん、あんたなら勇者になれるだろう」


 「ふん。いきなり失礼なやつだな。私はただの兵士であり我々はただの調査隊だ。それよりお前はここで何をしているのかと聞いている」


 「おお、気の強いことだ。言ったろう、俺は情報屋だ。情報を売りに来たに決まってる」


 そのとき、脳裏に響く声。


 『おっ、転んでも泣かないとは気の強い子だ。おっと失礼しました、王女様でしたか』


 ああ、多分あの声だ。おぼろげに顔も浮かぶがはっきりしない。

 

 彼はさらにぐっと姫様に詰め寄る。口許に浮かべた笑み。昔私が笑い飛ばした、あの不器用な笑い方……。


 「アリシア盗賊団のこと知りたくないか、王女様?」


 間違いない、彼こそこの場所に店を構えていた張本人。骨董屋の彼だ。名前など聞いたこともなかった。イデオと言ったのか。


 「姫様、姫様!!」


 ロイが焦った様子で声をかけてきた。少しぼーっとしていたらしい。心配そうな目。何か勘違いをしたかもしれない。まあ、わざわざ話すようなことでもないから放っておいたのだが……。





 イデオはあれから世界を飛び回り、必死でアリシア盗賊団の情報を集めたらしい。その過程で得た情報だけでも食べていけるほど、彼らはこの大陸の闇に繋がっていたということだ。


 彼は既に、奴らのアジトの場所の見当まで付けていた。この先、モンスネブラのどこかの洞窟らしいのだ。


 正直すごいと思った。彼らを滅ぼすため、私もひたすら剣の腕を磨いた。盗賊被害の話を聞けばすぐに飛び付き、一網打尽にして来た。だが肝心の奴らの情報など全く掴めなかったのだ。


 それはもしかしたら、私が心のどこかでまだ彼らを恐れていたからなのかもしれない。目を背けていただけなのかもしれない。


 何が勇者候補だ。たかが盗賊ごとき、正面から見据える勇気すらなかったんじゃないか……。


 彼が私たちに同行したいと言ってきたとき、私は渋々という格好を取りながらも、内心では快く迎え入れた。


 このまま一人でもがいていても彼らには辿り着けない。逆にイデオと一緒なら、私は何かを越えられる気がした。そしてそれこそが勇者の力を手に入れるために必要なのではないか。


 人にすがるようなそんな気持ちなど、今までのスフィアには相応しくなかった。彼に頼りたいと思っていることなど、ロイたちには見せるべきではないと思った。何より、込み上げてきた熱い思いを知られたくなかった。


 だから表向きには、私はイデオを信用していないように見せた。時折彼は寂しそうな顔をするが、当時私は6歳の子供だったのだ。覚えていなくてもおかしくはないはずだ。


 彼は持ち前の明るさと機知に富んだ旅の話で、他の兵士とはすぐに打ち解けていった。彼の話は面白く、興味のない振りをして私もよく聞き耳を立てていた。


 一度彼に尋ねたことがある。


 「イデオ、お前はアリシア盗賊団のアジトを見つけてどうするつもりなんだ?」


 「ん?やっぱり気になるか?王女様には宿敵だもんな」


 彼も道中、自身と王都ブランとの関わりは一切話さなかった。だからこそ、見つけた後のことははっきり言わないでいた。


 「はぐらかすな。骨董屋」


 「…………ふ。あんたも相当狸だな。俺のことを覚えていやがったのか」


 「聞かせろ。アジトを見つけてどうするつもりだ?」


 「今は何もしないさ。とにかく情報を集めるだけ。奴らは……」


 「何故だ!もうすぐそこに奴らがいるのだろう?」


 「王女様、あんたの今の目的は魔王だろう?それに……」


 彼は特大の威圧を込めて私を見る。


 「あんたにゃ奴らはまだ早い。まずは知ることだよ、自分の小ささってやつを」


 私は動けなかった。声を発することもできなかった。出会ったときにルシウスに見せた威圧など、全く本気ではなかったのだ。知ってしまった、イデオの遠さを……。


 彼に近づかなければ、アリシア盗賊団に挑むことすら出来ないというのか。





 そのあと、モンスネブラの山でアジト発見の報が届いた。私は急速に頭に血が昇った。彼は一人で中に忍び込んだらしい。また距離が開く……そのとき私の頭に浮かんだのは、そんなことだった。


 気付けば私は駆け出していた。アリシア盗賊団に向けた憎しみは本物だ。だが彼らに向けた怒りのうちのいくらかが、イデオにも向かってしまっていた。


 「姫様!お待ちください!!」


 焦るロイの声が私を追いかける。


 「お止めください!スフィアさん」


 腕を掴まれて足が止まる。アリスだ。その隙に追い付いたロイが私の前に回る。


 「ロイ、すまない。だが行かせてくれないか?目の前に仇敵がいる。奴らはいつまでもここにいるとは限らない」


 ああ、それは既に建前となってしまった。


 「これは私に課せられた試練なのではないかと思うのだ。今奴らが現れたことには意味があるのだ」


 何が「意味」だ。私にあるのは「意地」だけだ。


 「勇者なら奴らを放っておかない。今行かねば私は彼に近づけない」


 彼、それは少し前まで勇者だった。幼い頃からずっと憧れていた。あのとき彼が居てくれたら、あのとき彼のような勇者がいたら。


 だがそのときの私には、勇者への憧れも、勇者候補としての責任も関係なかった。ただ、私は弱くて未熟で、愚かな意地っ張りだった……。

今回の話は第2章で1度お話ししました。少し分かりにくいですが、

第9話『サモネア王国軍魔王討伐隊』

第10話『盗賊たちのアジト』

第11話『盗賊団の棟梁と裏切り者』

にかけてですね。


ロイ目線とスフィア目線で大分見え方が変わるのではないでしょうか。


次回更新は5/20です。

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