第10話 弱気な彼は大商人
【前回のあらすじ】
ブレゲの元にやってきたのは道中会ったハロルドとヒルディス。二人はフィリップの幼馴染みだった。ハロルドは突如テオンに勝負を挑む。一方アリスト博士と話すレナ。何やら不穏な話題となり……。
―――マギーサイド
ここは王都東側のアーケード。物静かな住宅街に隣り合った、少し華やかな商店街だ。他の町と比べると雑踏という印象がなく高級感を醸し出している。
フィリップの職場、クレイス修理店へと向かうテオンたちとは別れ、俺たちはこの高級商店街をぶらぶらと歩いていたわけだが、その店は突然現れた。
カーブを描く城壁に沿って立ち並ぶ店舗は、徐々に華やかさを増して一変。商店街の入り口から丁度隠れるくらい曲がった辺りで、真っピンクの看板と群がる若い女の子の一団が目に入ったのだ。
『何あれ可愛い~!!』
そんな声を上げてマギー、ポット、リットが駆け出してもうどれだけ経ったか。
「暇ですねぇ。キールさん、本当はマギーさんと一緒に見て回りたかったんじゃないですか?」
問い掛けてくるのはメルーだ。俺はメルーと二人、店の外で待ちぼうけを食らっているのだった。
「それはどういうことだよ。別に俺とマギーは何も……」
言いながら顔が赤くなってくるのが分かる。自覚するとなお恥ずかしい。
「第一あんな悪趣味な店、誰が喜んで入るかってんだ!」
「な!?あんなに可愛いお店のどこが悪趣味なんですか?」
分かってる。今のはほんの照れ隠しだ。俺はいつもこうやって自分からトラブルを作ってしまう。だが一度喧嘩ムードになったなら負けるわけにはいかないのだ。
「そんなに気に入ったなら、お前もマギーたちと一緒に見てこりゃ良いじゃねえか。さっきから遅い遅いって文句ばっかりの癖に」
「何言ってるんですか!?お店の外装は確かに可愛いですが、商品には興味ありませんよ。だって……あれ女性用の下着の専門店ですよ?」
女性用下着専門店。そう、それがあのピンクの店の正体だ。だからこそ俺たちはここで待ちぼうけを食らっているわけで。
「キャー!!マギーさん、そんな大胆な物、私着れませんよ!!」
「リット、お前意外と胸あるんだから似合うかもよ?ちょっと試着してみろよ」
「お姉さま酷い!自分は絶対そういう槍玉に上がらないと思って……」
「な、それはどういうことだよ」
「ニャ!?こんなところで喧嘩するんじゃないニャ。ほら、これなんかポットに似合うと思うニャ」
「ん?何だこれ。ボンテージ?初めて聞くな」
「それに仮面とムチがあれば完璧ニャ。どんな男もメロメロニャ!」
「お前あたしを何だと思ってんだよ!!」
女達のはしゃいだ会話が表まで聞こえてきている。
「あ、キールさん『あー、俺も一緒に試着見てえー!何なら着替え手伝いてえー!』って考えてる顔してますよ?不潔です!!」
「してねえよ!メルー、てめえ俺を何だと思ってんだ!!」
ふざけたことを抜かすメルーの襟首を思わず掴む。
「じゃーん!!これとか凄いのニャ。どうニャ?」
「ちょっ!マギーさん、そんな格好で店内をうろつかないでくださいよ」
なっ……!
「あ、キールさん、今目が動きましたね?私、はっきり見ましたよ?」
くそ……。悔しいからメルーを更に締め上げる。
どんっ!!
そのとき、誰かが思いっきりぶつかってきた。衝撃でメルーを店内に投げ飛ばしてしまう。
「きゃっ!!メルーさん、何してるんですか!?」
ぱーんっ!!
小気味良い音が響く。リットだろうか?あいつ、見かけによらず馬鹿力だからな。メルーは床に伸びてぴくぴく痙攣している。
「す、すみません!!急いでいたものですから……」
ぶつかってきたのは随分気弱そうな男だった。目を伏せたままそれだけを早口で言い、すぐに通り過ぎようとする。
「待て待て!ぶつかってきておいて、それだけか?」
咄嗟にそいつの腕を掴む。
「ひいっ!ごめんなさい、ごめんなさい!!かつあげなら勘弁してください、私が今持っているのは凄く大切なお金なんです!!」
異様に怖がるその男に、逆に腹が立ってくる。メルーのあの姿を見てお金の心配とは……。
「おいこらてめえ。誰がかつあげだ!ぶつかっておいて目も合わせずにすみませんとか、舐めてんのかって言ってんだよ!!」
思わず大声が出る。あーあ、やっちまったよ。こうなると自分じゃ自制が効かないんだよな。
「キール、どうしたのニャ……あ、ゼオン!!こんなところで何をしてるニャ?」
騒ぎを聞き付けたマギーがやって来て……うおっ!!
思わず目が釘付けになる。彼女は黒いビキニタイプのブラジャーを試着したまま、表まで出てきてしまった。白い肌に黒がよく映える。慎ましい胸が寧ろ美しく……。
「あれ、マギーちゃん!ポットちゃんとリットちゃんも。君たち、どうして王都に……?」
「どうもゼオンさん。まあ色々あって……あっ!おいキール、いつまでマギーに見とれてんだ!!」
ぼかっ。
頭に大きな衝撃が走った。ポットに殴られたらしい。ああ、せめてマギーの姿だけでも目に焼き付けなきゃ……。遠のいていく意識と共に、俺の怒りもどこかへと消えていったのだった。
ゼオンはブルム地方で今最も勢いのある商人である。危険な行商の仕事を難なくこなし続け一代で財を成したその手腕から、対立する者すべてを威圧する豪傑だとか、魔物を素手で一捻りするほどの大男だとか、様々な噂を聞いた。それがまさか……。
「先程はすみませんでした。まさかマギーちゃんたちをここまで連れてきて頂いた、親切なお方だとは夢にも思わず……」
ゼオンは肩を震わせながら小さくなっている。体格は小柄、威圧感の欠片もなく、年の割りに若く見える以外特に目立った特徴もなかった。
「ゼオンさんとこんなに早く会えるなんて感激です。ル……」
リットは恐らくルーミと言おうとしたのだろう。慌てて口を塞いだ。彼女は王都に来たことを、ゼオンには知らせたくないと言っていたのだ。怒られるから、と。
「ルーミかい?」
ゼオンが間を開けずリットに尋ねる。
「マギーちゃんが来ているのなら、ルーミも一緒なんでしょう?あの子は前から王都に来たがっていたから。まあ10歳になるまでは我慢するかと思っていたけど」
「私、まだ肯定も否定もしていませんよ?」とリット。
「顔を見れば分かりますよ、商人ですから。まあキール君は絶対怖い人だと思っちゃったわけですが」
威圧感がない分、相手の気持ちを察することに長けた商人というわけだ。
ふと部屋を見回す。ここは下着専門店の裏手の応接間。店主がゼオンの知り合いらしく、倒れた俺やメルーを寝かせるために貸してくれたのだった。それも人望の賜物だろう。
がちゃ。ドアを開けて店主が入ってくる。
「失礼します。お二人のご容態は?」
「あ、マリーさん。二人とも意識を取り戻しまして、もう大丈夫のようです」
俺は慌てて店主に向き直り会釈をする。メルーも急いで振り向くが、口からお菓子がはみ出していた。店主が用意してくれたお茶受けである。
「ニャははは!メルーったらだらしないのニャ」
マギーが笑い声をあげる。
「わっ!!本当にマギーが来てる」
マリーの後ろからもうひとつ声がした。急いでいると言っていたゼオンが今もこの部屋にいてくれるのは、その声の主がやって来るのを待つためでもあった。
「あ、ア、アリア!!会いたかったニャ~!!うわーんっ!!」
再会の喜びに震えるマギーの泣き声が、店中に響き渡るのだった。
―――テオンサイド
「テオン君だったね。君の実力をもう一度見せてもらう。決闘だ!!」
ハロルドの人差し指がびしっと僕に突きつけられる。彼の目は微塵も揺れていない。
「ぼ、僕?」
「おいおい、あんたは天下のBランク冒険者じゃないのかい?いくらこの子達に助けてもらったからって、こんな頼りなさげな男の子に対抗心とは……。まさか隣のこの子に惚れたのかい?」
「えっ?そうなの、ハロルド?」
ヒルディスに詰め寄られるも、彼は意に介さず階段を登り始める。
「この時間、店の前は殆ど人通りはない。街を破壊しなければ少々の喧嘩は問題じゃないんだ。勝負は剣のみ。覚悟が出来たら付いてきな」
その背から目を離さないまま、ララが近付いてくる。
「あの人、確かにあの魔物に反撃できないで苦労してたけど、防いだりいなしたりっていうのは凄く上手かった。テオンなら大丈夫だと思うけど、気を付けてね!」
ララがあんなやつを褒めるなんて……。僕は気を引き締めて彼の後を追う。少しだけ胸にもやもやした思いが渦巻く。まさか本当にララを賭けて……?
表まで出た僕らは、10歩ほど離れた間合いで対峙する。彼はやはり片手剣と盾。僕も剣を抜き、左足を引いて剣身を左に倒す。
「変わった型……。やはり君はサポートシステムを使わないのだな。その自惚れ、俺が先輩冒険者として叩き切ってやる」
ハロルドは地面を蹴って一気に距離を詰めてくる。僕はぐっと重心を落としながら、この戦いの意味について考えを巡らせていた。
何故彼は僕と戦う?先輩冒険者として?ララは関係ないのか?何故僕は彼と戦う?修行になるのか?彼は僕より強いのか?
道中の魔物の襲撃。彼の戦闘も横目で見ていた。一瞬だけ彼はステップエイプの速度を凌駕し、1体目を一撃で倒していた。それもかなりトリッキーな動きで。
あれが出来るのなら、2体目もすぐに倒せたはずだ。なのにそうしなかった。彼は……実力を出しきっていなかったのか?
剣を握る手に力が入る。加速するハロルド。そこからどんな技が繰り出されるのか、予想がつかない。待っていては不利になるばかりだろう。
その距離4歩。右足を少し前に出し、すぐに左足を引きつけて勢いをつける。ハロルドが左足から1歩近付く。地面を蹴って僕も飛び出す。彼の剣は既に高く振り上げられている。僕も剣をぐっと後ろへ引いて備える。
彼はそのまま右手の剣を振り下ろし始める。その時機は少し早い気がした。焦ったのだろうか。左手の盾は後ろに引いている。
僕は左足を前に出しながら半身になり、遠心力を利用してその剣を打ち払う。直後、目の前にハロルドの盾が迫っていた。そして……。
がきん!!……からんからん。
静かな住宅街に決着の音が鳴り響いた。
第5章第10話、この話でなんと100パートとなります。連載を始めてから4ヶ月半ほど。ここまで続けてこれたのも、読んでくださる皆様がいるお陰です。本当にありがとうございます!
10,000PVも近付いて参りまして、私のやる気もうなぎ登りでございます。これから物語の展開の方もどんどんと盛り上がって参りますので、どうぞ今後ともよろしくお願い致します!