プロローグ
『本当に世界を救いたいのなら、一度……すべてを疑いなさい。
そして、もう一度……信じられるものを見つけなさい。
大丈夫。あなたなら……出来るわ。
それでも……どうしても、心が疲れたときは
私が……いつだって、あなたの力になるから……』
―――
いつからだろう。この世界が私の想定を離れて動き出したのは……。
いつからだろう。チート能力者と呼ばれる者たちが現れるようになったのは……。
いや、それはいい。初めの想定とは違ったとしても、それが私の求める答えに繋がるのなら何の問題もない。私はそのままにしておくつもりだったのだ。
チート能力者。
いつからかこの世界に稀に生まれるようになった、理を外れた大きな力を有する者。
混沌に包まれたこの世界の中で、人々は救いを求めて大きな力に憧れる。成りたいように成るために。為したいことを為すために。チート能力者はまさにそんな人々の憧れの的となっていた。
しかし。
その力が必ずしも願いを叶えるとは限らない。人の身に余る力は、しばしば人の身に余る運命をもたらす。激動の時代の渦に巻き込まれ、ただ運命に翻弄されて身を滅ぼすものも少なくない。
その運命が……この事態を招いていたというのだろうか。
こうなってはもう放置しておくわけにはいかない。運命を捻じ曲げたほどの力。それなら、その悲劇を覆すことができるのも……。
世界を救うほどの力がもたらす運命など、果たして人の身に耐え得るだろうか。
それでも。
その運命に飲み込まれることなく、困難を乗り越えることができたなら、人はどこまで行けるのか。
私はそれが見たいのだ。
「数奇な運命を辿る魂に、更なる試練を与えよう。勇者を志すものよ。汝、その道の先に辿り着かんことを」
―――とある王城、王の寝室
しんと静まった部屋に揺らめく炎は、暗闇を切り取って明るく塗りつぶしている。石造りの城の床には赤い絨毯が敷き詰められ、漂う冷気を拒んでいる。
火は闇を祓うもの。光を以て世を照らし、明るさと温かさをもたらすもの。悪を滅ぼし魔を滅し、侵すものすべてを焼き尽くす。
「光は放った。今度こそ、今度こそ奴を」
王はじっと蝋燭の炎を見つめている。揺らめく炎のなかに、傷だらけの青年の姿が浮かんでいる。
夜はとうに更けているが、今日は寝付けるとも思えなかった。遂にあの者が戦いを挑んだ。何代にも渡って培われてきたあの力を使って。遂に。
「今度こそ……魔王を倒してくれ」
王が彼の者の資質を見抜いてから一年。彼は順調に強くなり、力に目覚めた。そして今、魔王と対峙していた。王には託すことしかできない。此度の戦士が魔王を打ち倒し、新たな勇者とならんことを願い、送り出すことしかできなかった。
王の願いは。
「そ、そんな……」
蝋燭の炎が映し出したのは、魔王に敗れて倒れ込む戦士の姿。及ばなかった。彼の者でも魔王には傷ひとつ付けられなかった。沈みこんだまま王を包み込み、夜は更けていく。
敵わなくとも彼は立ち向かった。その力は次の継承者へと引き継がれ、さらに育てていくことだろう。彼は勇気を振り絞って強大なる敵に挑んだ。彼は立派に……勇者であった。
「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」
これまでも数多くの若者たちが、魔王に挑み敗れていった。皆、私の選んだ精鋭たちだ。勇者を志して私に剣を捧げた戦士たちだ。彼らは命をかけて魔王に挑んだことで、確かに勇者と呼ばれるようになった。悲しい皮肉だが、せめてそう呼んでやることが私にできる最大の餞となろう。
彼らの育てた力を次に引き継ぐのはあの者だ。歴代の勇者候補の中で最も強く、初代勇者にも並ぶほどと称される、あの。
「次こそ、次こそは……!!」
私の使命は魔王へと力ある若者を送り出すこと。
「どうか、魔王を倒してくれ……っ!!」
しかし、王の願いは成就しないまま、時は過ぎていく。次の勇者候補の少女は既に魔王の領土に入ったという報告があった。だが王はまだ感知していない、彼女の力の覚醒を。
戦士に受け継がれた力は未だ継承されない。なぜなら。
『その力は戦士と共に、転生してしまったのだから……』
これは、勇者になりたい転生戦士と勇者になれない最強少女の物語。そして彼らと共に歩むチート能力者たちの、楽にはいかない苦難に満ちた物語である。
私の目に映るのは、魔物に囲まれて絶体絶命の少年の姿。転生させた青年は今もなおピンチらしい。
まったく……。
「チート勇者も楽じゃないわね。。」
初めまして、小仲酔太と申します。
まずは読んでいただきありがとうございます。
小説初投稿で至らない点も多々あるかと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。