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…………宗二郎は留歌子の腰を指さした。
彼女の腰には一本の刀が差してあった。急いでいたにもかかわらず、無意識で着替える服の延長で差したのだろう。刀は一般の生徒には支給されておらず、一部の生徒の中でも『優良生徒』と呼ばれる人間しか、その所持を認められていない。
優良生徒とは、養成所に入学する際に行われた、固有刻印の適正試験の基準値を上回り、特に優秀な人間が選ばれ、生徒たちの手本。規範となる立場を持つ者。
優良生徒とそうでないのを見極めるのは簡単だ。肩に貼り付けているワッペンと、他の生徒は持てない刀である。
――そう。忍川留歌子はスタイルこそ、まことにペタペタスットンと残念無念であるが、中々にけっこう頼りになる娘である。一年の中でもかなりの腕っ節。きっと俺なんか立ち向かったらバッキョバッキョにされることこの上なし。
「――イデぇ!!」
留歌子は細い肘で、宗二郎の腕を強く突いた。
「誰が残念無念よ。無礼もん。失敬な! 喧嘩うってるようにしか聞こえないんですけど? いいかげん、思った事平気で口にするの治したらどうなのさ」
「つい、癖で……。で是非、ルカ子さんには、偶然通りかかったという設定で、俺に悪さを働こうとする先輩を切り倒して欲しいのですが」
「……なんでアタシが、辻斬りめいた事をせなならんの? 元々は宗二郎が悪いんだから、アタシに言ったって何もできないよ」
「えー」
荒事ではあるが、この手の話は好きだと思っていた宗二郎は、多少なりとも留歌子の承諾を期待していただけに、しょんぼり肩を落とす。
「私的にそんなことしたら、アタシの立場が危うくなっちゃうっての」
「そうなの?」
「優良生徒って、けっこう大変なんよ? 率先して学校行事に参加しなくちゃいけないし、他の生徒たちの模範にならなくちゃいけないし、先生達の目もわりと厳しめだし」
「俺も苦労しているが。ルカ子も苦労しているんだなぁ」
「宗二郎がやってるのは、身から出た錆だよね。わざわざやらなくても良いのに、変なものを作ってるし」
「変なものというな。俺は刻印の自主訓練を。そこから出てきた副産物を欲しがっている人間がいるから、対価をもらっているだけにしか過ぎないのだ。コレはわりかし崇高な行為なのですよ?」
「はーいはい。ものは言いようですよねぇ。アタシから見たら、訓練という名を口実に、しょうもない『スケベ人形』作ってるだけのようにしかみえないけど」
「ルカ子さんここ女子寮前! 大きな声でそういうこと言っちゃダメぇ! 俺の立場がグズグズになる!」
「別に、他の子に嫌われちゃえば良いじゃん。むしろ嫌われた方がいい気がする」
「俺の貴重な青春が、薄汚いドブ水に浸かりきって、だれが特すんだよ」
「んー。……………………アタシとか? ほら、他の子から何も相手にされなくなったら、アタシが宗二郎を独り占めできんじゃん」
「――――なんじゃそら。失笑すら起こらん」
「しれっとするな! ここはちょっとは照れる場面だしっ!」
頬を膨らませむくれる彼女に対し、宗二郎の口元は不自然に曲がったままだった。
はたから聞いたら意味深な発言であるが、これがルカ子の地である。
思わせぶりな態度と言動で、人を勘違いさせやすいのが、良いところでもあり悪いところでもある。初対面が聞いたらぎょっとするが、俺はもう慣れていた。
今では友達として、親しみやすい軽口の一つと思っている。
「とにかくボディーガードなんてできないよ。諦めて。……でもわざわざ、宗二郎があぶないところに行くのもヤなんだよねぇ。アタシ的に」
「友達で、援護してくれそうなヤツ……。どっかに〝ディセンバーズチルドレン〟みたいなのとか居ないかねぇ?」
「パンドラクライシスの時から異界で生活して、こっちに戻ってきたってゆー帰還者? ニャハハ。そんなすごい人間だったらいまごろ、訓練生なんてやってないでサイファーやってるはずだよ」
「ルカ子の知り合いで、誰か俺を守ってくれそうなディセンバーズチルドレンのお友達はいませんですか?」
「んな都合の良い友達がいてたまりますかってーの。一年生はしらないけど、上級生ならば居るんじゃないの。わかんないけど」
「俺も帰還者になってりゃぁ、こんな苦労しなかったはずなのですけどなー。でも帰還者って大変そうだな。ヒーロー的な? すっげーチヤホヤされそう」
――ま、違う意味で大変なことは、いろいろ経験してっからこれ以上、大変は勘弁だな。
「………………」
急に留歌子の顔が曇る。
「あれ? またなんか喋ってましたですかね?」
「ううん。聞いてませんよーだ。そんなに悩むくらいだったら、いっそのこと逃げちゃえば良いんじゃないの?」
「逃げられない理由があんだよなぁ」
宗二郎は〝カピバラくん〟が人質にされているというフィギュアの話をすると、ルカ子は眉を歪ませ、口に出す前から『理解しがたい』と表情が先に無言の返答をしていた。
「アホらし。そんなスケベ人形の為に、宗二郎は怖い思いをしたいの? 関係ないじゃん」
「おい。全部が全部スケベ認定すんな。……俺だって怖い思いをしたいわけじゃない。出来るなら苦しくない方がイイのだろうけどさ。……元は俺が作ったモノ。それを喜んで受け取った人間がいて、ソレが奪われて悲しい顔をしたなら。その原因は多かれ少なかれ自分にあるんじゃないか、って思うんだよ」
「ふうん。かっこいいこと言うじゃん。基本ベースは、ほんとショボイけど」
「メンタルズタズタにしないでよ。…………別にかっこよく、けじめが付けたいわけじゃない。俺が刻印で作りあげたものでそうなるのだけは――やだなってさ」
「かっこいいんだけどなぁ。かっこいいんだけど、最初に『るかごぉーなんどがじでー』って言っちゃってるのはマイナスだよ。プラスマイナス……マイナスですよ。宗二郎」
「ハハハ。俺は不器用ですからねぇ。評価とかプラスマイナスなんて興味ない。お前に頼ってる時点でダサいことしてるなって自覚してる。ダサいなら、ダサいなりに。考えて相談をしてみたのだが。ダメかぁ。…………しゃあないな。何とかしてみっか」
「………………そーゆーとこ、かっこいいっていってるんじゃん」
「だろ? いま格好いい事いったろ? ちょっと意識してたから」
「そこは『ん?』とか『今なんて言った?』で誤魔化すのがプラスにして、お約束! 意識すなぁーっ!」
顔赤くして、恥ずかしさをそのままパンチにして繰り出すも、いきなり動き出した宗二郎に、軌道は空を横切る。彼はさして問題なさそうな顔で笑って見せた。
「っという相談でした。別に大した用事じゃないかもしれんし。それに同じ学校の生徒。荒事があるとは考えにくい」
「…………ねえ。その先輩に会いに行くなら何時ごろ、どこに行くのさ?」
宗二郎は少し思考し――会うなら二日後。いつもの時間で路地裏にすると話す。
「どうしたルカ子? やっぱり来てくれる気になったとか?」
「アタシは腐っても優良生徒だから、そういう個人的ないざこざには介入できないから無理。あきらめなさい。ぜったい行かないから――安心してよ」
キッパリ断った留歌子であったが、去って行く宗二郎の背中を見ながら、
どこか悲しそうな、愁いを帯びた表情で見送るのだった。