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「………………チッ」
いかんせん――フィールドが悪い。破棄された場所とはいえ、敵の潜んでいた現場。しかも少年は何者かを待っていた。ならば他にも仲間が居ると想定するのが道理。
早期決着での捕縛は難しく。いつ増援がくるかもわからない。こちらの危険度が、はやい速度で階段を駆け上がって行く。
「――おお、っと!? どうした。もう飽きたのか? 逃がしはしないぜ?」
不可解な動きを察知した少年は、自らを壁として退路を塞ぐ。
こちらの行動を予測できたことに、得意げになっているのか少年は小さく鼻を鳴らす。
「アンタを捕まえれば、色々聞き出せるかもしれない。長い間……屍編を探し求めてきたんだ。チャンスをみすみす失うわけには行かない。こっちにも事情があるんでね」
「ならば……推し通る」
「あっはははははははははは! いいねいいね! こんな感じの戦いがいい! あぁ、やってみろよ魔導師。魔術を殺せるオレの刻印か。アンタの我を貫き通す魔術が上か!」
感情に合わせて、ロッドを振る速度に力がこもる少年。
檜山はそのまま動かず、剣を構えたまま。
「あん? どうしたよ。逃げるんだろ? ほらほら。かかってこいよ」
「…………そういうお前はどうなんだ? 挑発ばかりして、自分からは何も仕掛けてこない。魔術殺しが聞いて呆れる」
今度は檜山が挑発する番だった。
少年は心を突かれ、初めて苛立ちの表情を浮かべた。
「おーけー、おーけー。そん手足、へし折ってやんぜえええええええッ!」
飛び出した少年。檜山は自らのサングラスを取り外した。
双眸に淡く光るは――紫色の光。
「…………コール……シーカーヘッド」
言葉を紡いだ瞬間。
走り出していた少年の足下から、突然魔術式が現れた。浮かんでいだ紋様が剥離し、無数の帯となって少年の下半身に取り付いた。
「――――なァ、ッんだよこれ!?」
痛みはない。ダメージを与えている様子もない。
ただ張り付き。動きを抑制してくる。単純な魔術。
「魔導師は〝紡ぎ飛ばし壊す〟だけが使い手じゃない。どんな使い手を見てきたのかは知らないが。その驚きようだと、俺みたいな布石を作りだす人間を、相手にしたことは無いらしいな」
「ふ、布石だァ?」
「ただ闇雲に、俺がお前の攻撃を受け続けてきただけだと思うか? どうして始めに目立つ魔術を剣に付与させたと思っている。お前は勝手に『魔術は同時に使用できない』と、思い込んでいたのではないか?」
檜山は固有刻印で紫色に光る眼を保ちながら、右足の裏で地面を叩いて見せた。
「………………!?」
「魔術が発動出来る条件は、手だけじゃない。足を使っても発動が可能。基礎原理の地盤が頑強であるほど、そこから組み立てる応用によっては――任意の場所に術式を置いておくことも出来る。技術の基礎は決して脆弱ではない。やろうと思えば、そこらの固有刻印すらも凌げる」
基本を組み合わせた、檜山の魔術。
『設置』『発動待機』『周囲を対象』『捕縛』『牽引』が術式に組み込まれている。
敵を捕獲するだけのシーカーヘッド。
少年は慌てて、自らの腕に取り付いている〝腕〟で檜山の作り出した足枷を引き裂いた。
怒りと焦りが表情になる。相手に向かっていけない。
障害物も何もない。目前に敵が居るだけの空間。だが……足が出ない。
「理解度は高いようだな。そう――俺が布石とした『設置魔術』は一つじゃない。果たしていくつだったか。お前が威勢よく責めていたとき、周囲に気を配り続けたか? 魔導師の一挙手一投足に意識を向けていたか? ……俺はどれほどの魔術を置いたか。お前には見えないだろうが、俺には視える」
両目から放たれている紫の光は。地面へ、壁へ、鉄格子や天井へ。
少年も目を配らせ、見極めようとするが、彼には何も見えない。
「この刻印を授かったときから、俺は自分の最大限を発揮出来る手法を――異界の中で異形と戦いながら確立させていたんだ。簡単には破らせんぞ。さあ。いったいどうやって、発動する直前まで見えない魔術を殺すというのだ?」
――檜山は発言の一つ一つに凄みを持たせる。
お前は既に敗北したのも同然。一歩でも動けば、こちらの目に見えない手札が発動する。
都合の良いように、少年の足下に魔法陣が組まれているわけでは無い。
実際、檜山の目から見れば、少年の周囲には何もない。その……何もないが、少年にとってはどこにでも存在しているであろう、プレッシャーが掛かけられている。
もしかしたら、次の一歩でとんでもない〝罠〟があるのではないか。欠片ほどでも心に疑念があれば、足は踏み出せない。檜山は彼の態度から、手に取るように心境を読むことが出来た。
フードの中で、歯を噛む口元だけが、彼の感情を表す。
「魔術を殺せる能力は、たしかに魔術師にとって脅威だ……優れた能力を持っていようとも、所詮は凡人程度。戦いではまだ高みにはいない。……どこにでも居る典型的な『固有刻印に胡座をかいた人間』だよ。お前は」
更なる挑発。時間の流れはお互いにとって不利なはず……。
魔術を分解できる不可視の異型は、恐らく顕現させているだけで、それ相応の対価として魔力を要するであろう。自分の目からでも、常に出現させている半透明の怪物は、きっと長くは維持できないと、檜山は憶測を立てていた。
あの魔術兵器にどれだけの魔力を溜め置けるかは知らないが、人間が作れる貯蔵技術は大して多くないはず。
――魔力が惜しくなり、その『不可視』を解除すれば、新しく作り出す魔術で潰す。
黙って継続を続けるなら、魔力消耗の頃合いを見て、仕掛ける。
こちらも時間が無いのだ。……さあ、選べる選択は一つしかない。
どれを取っても確実に対応し、俺の方へと有利を引き込んでやる。
「うるせえ……うるぇえええなああああああッッ!」
少年は走り出した。恐怖を払い。怒りに不安を忘れ。
相手を潰す事に全身全霊をかける姿。
しかし――檜山にすれば、その選択が一番の愚策。…………まだ若い。
「コール・クイックドロウ!」
駆ける少年の真横で光り、現れた設置魔術。
魔術式に『導脈』を繋いだ檜山は、任意の方角へ発動するよう、魔術式に情報を叩き込む。
クイックドロウには『魔力圧縮』『集束』『設置』『発動待機』『解放』が円形の魔法陣に刻まれている。術式の一番外側。二重に重ねられた円形は八つに区切られていて、主の指定を受けた魔術式の外枠。八等分にされた一つが砕け、視力検査に使われる記号――ランドルト環に似た、円形の脱落が生まれた。
『動脈』を伝って、送り込まれた魔力は、魔術式の中でライン生産をされるが如く。決められた方式に沿って、魔力が形を変えられてゆく。
魔力は『圧縮』され『集束』する。発動の合図によって『解放』され……。
行き場を制限された方向。
つまりは外枠の欠けた方角へ。
魔力は衝撃を伴う流れとなって、少年へと向かった。
檜山が立っている場所とは、全く別の方角から放たれた魔術に、少年は……。
「舐めんじゃねええええッ!」
ポールを地面に叩き付け、魔術障壁を展開させた。
衝撃は障壁に叩き付けられ、二つに裂ける。受け流れた力は、二ヶ所の檻に当たって、激しい爆破を生んだ。
突風によろめきながらも、殺意の籠もった瞳は、檜山を睨み続ける。
「チマチマ削るしか出来ない、クソ魔導師が!」
皮肉の一つでも返してやりたくなるが、檜山は常時、冷静に観察を続ける。
選択は変わらず『撤退』の一つに尽きる。
少年を言葉で揺さぶっていたが。実のところ……あと一つしか魔術は設置していない。
最大効果を、どのタイミングで発揮出来るのか。
少年の持つ、まだ出していない『手札』によって隙を突かれる前に、どうにかしなくてはならない。
両者の距離は十メートルほど。走り詰めれば、すぐにでも接近戦に持ち込める。
「ひねり潰してやる。……来い! ネブリビアァアアアアア!」




