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――忍川留歌子は『むぬぬ』と口をへの字に曲げ小さく呻き、これじゃあ自分が悪者ではないか? なんて理不尽さに耐え。事の発端である東堂宗二郎を恨みがましく見下ろす。
今更ながら、自分の立ち位置を考えれば、かなり恥ずかしい格好になっている。散々がなり散らした後で留歌子は気がついた。恥ずかしさで頭が震え……トレードマークと自負する腰まであるツインテールが揺れた。
黙っていればいるほど、どんどん羞恥の傷が深くなってゆくのを、心に感じ――足を振り払って部屋に戻れば良いものの、彼を捨て置くことができない留歌子は、そのままの状態で宗二郎に問いかけていた。
「…………わ、わかったから。話聞いてあげ――あ、コラ! 頭上げんなぁッ」
慌てて後頭部を踏んづけた留歌子は、カエルの断末魔みたいな声を出した宗二郎に対し、勢い余って力入れすぎたと後悔。ようやくスカートの中を覗かれない適度な距離を保った。
「聞いてくれるかルカルカル子!」
「どさくさに紛れてルカが多いし。――ははーん。わかったぞーぅ。とうとう、お小遣い稼ぎがバレたぁ? そっかー。皆まで言わずともわかるよ。うんうん。アタシはなんどもいったのになぁー。良くないことだから、やめようねって。一番の友達として忠告してあげたってのに。変なモノばっかり作ってるからだよ。コレに懲りて更生しようよ。アタシまだどこの班にも入ってないから、よかったね。これを機会に班一緒に作ろぉ? うんうん、そ……それがいいよ? そうしよ? そうすべき」
「おい。俺はまだ何も言ってないぞ。なに勢いに任せて、俺を班にスピード加入させようとしてるんだ。新手の詐欺商法みたいだぞ」
「……………………アタシが作る班じゃイヤ?」
「いやいやいやいや。イヤとかじゃなくて、だってイヤだろ? やいやい言われて厭々入られる方がイヤだろ?」
「宗二郎。君がなにいってるか、アタシわかんない」
「うん。俺も途中なに言ってるか、わかんなくなっちゃったわ。ハッハハ」
お互いはぐらかしたと思っていない。こういった意味の無い会話は今に始まったことではないからだ。宗二郎も留歌子もそれを理解していて――いつも双方ともに本題をド忘れしてしまう。
ただ、留歌子の誘いは本気であることを、宗二郎は理解していない。
「そうだよ。ピンチなんだよ。ルカ子さん……お願い聞いてよ」
「ねえ宗二郎。もうそれ、何度もゆったよ……聞いてあげるて」
長い前置きが終わり、ようやく宗二郎は事情を説明した。
――どうやら、宗二郎を呼びつけたという〝怖い先輩〟は二年生の男子生徒。
宗二郎が固有刻印を使って作りあげ、同級生に売った事が気に入らないらしく。憤懣の極みにあるとのこと。
本人はできるだけ穏便に処理をしたいらしく、もし先輩の怒りが暴力となって来たらどうしよう――なんて相談だった。
「ふぅーん。それで日時の指定とかあるの? よくあるよね? 体育館の裏とかいうやつ」
「いや……俺が決めていいらしい。体育館の裏……昭和の香りがプンプンですな」
「うっさいやい。…………ねえ、宗二郎。それって本当に怒ってるの?」
「………………え?」
留歌子はあくまで第三者の立場から宗二郎の話を聞き、物事を俯瞰した状態で分析していた。
「だってさぁ、宗二郎に難癖つけて来るんだったら、わざわざ言づてなんて頼まないよね? 本気で怒ってるんだったら、こっちの都合なんか気にしないで、自分から出向いてくると思うんだけどさぁ」
「ふむ。確かにそうだな。名推理だ」
「怖そうな先輩っていってるけど……それってあくまで〝カピバラくん〟がそう思ってるだけで、そんなに怖くないのかもよ?」
「ルカ子さん。酷いこと言うんですね。会ったこともない男をカピバラ扱いなんて」
「――ンフ。だって宗二郎が本名いわないで、プフフ……カピバラしかいってないからだよ。ププっ――酷いのはアンタ」
非難しているけど自分が思っている以上に『カピバラくん』がツボに入ったらしく、プフプフ吹き出しつつ留歌子は言った。存外この女も知らない人間に対しては容赦がない。
「宗二郎が怖い先輩に、目を付けられているのはわかったけど――で、アタシはどうすればいいの?」
「是非とも、ボディーガードを頼みたい」
「ねえアンタ正気? か弱い女子がどうして。そんなコトできるのさ」