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ようやく檜山は聴取から解放されると、数時間が経過していたらしく。放課後になっていた。
……好きなことに割いている時間というのは、時が経つのが早いと言うが、気が張り詰めている状態でも、時間の経過は早い。
真っ直ぐ自分の教員室へと向かった。
教員室はワンフロアが丸々、教員用の部屋にされていて、生徒が訪れるときは教員に用事があるときだけだ。他の場所と違って、人気が極端になくなる。
取りあえず。少しだけ眠りに就きたい。
夜になれば、単独で街に繰り出さねばならないのだから。
あくびをかみ殺す檜山。眼鏡を外し、動作が癖になっている目頭を押さえる行動。
再び眼鏡を掛け、前を見ると自分の部屋の前に、見知った人間が立っているが見て取れた。
「……あ、先生。こんちわっす」
軽薄そうな笑顔を見せる少年。挨拶一つにしてもなっちゃいない。そう考えてしまうのは自分が年老いた証拠だからかもしれない。
「東堂くんか」
――自分が疲れているところを、極力彼には知られたくない。なぜならば……彼は此度の事件に関わっているからだ。異形を倒した事では無い。あの事件の中心に居る人物だからである。
どこまで、彼が自覚をしているのかは知るところではないが、警戒するに越したことはない。
「あ、忙しかったですか? すいません。先生の連絡方法とか知らないから、直接来るしか無くて。……ま、また日を改めますっ」
帰ろうとする宗二郎に、檜山は鍵を解錠し、扉を開けて見せた。
「用があったのだから、来たのだろう? …………入れ」
口調はつっけんどんであるが、それが檜山の性格。
まだその事を知らない宗二郎は、恐縮しながら部屋へと入った。
「それで……今日はなにをしにきたんだ? わざわざ魔導科の校舎まで来たんだ。何もないわけ――ないよな?」
眠気を押し殺し。檜山はどこか高圧的だった。
「えぇっとぉ。……石蕗先輩から聞いたんですけど、推薦状の件で」
「アレは俺も許可を出した。彼女が推薦したという力もあるが、一存では決定されない。……講師の推薦も重なって、初めて効力を発揮する」
なんともストレートに、次なる質問を先読みされて、檜山は答えを示す。
「魔導に興味があったのだろう? ならば君は魔導科にいることが、君のためになると判断した。…………それに」
檜山は宗二郎から視線を外して、雑に突っ込まれている本棚の一つに目を向けた。宗二郎も彼が見た先に何があるのか、良く知っていた。
初めて、この部屋に訪れたとき、檜山が見せてくれた『第一級魔術』が書き込まれているスケッチブックが入っている場所。サイファーの総本山である『中枢機関』に所属するトップクラスの魔導師でも、個人使用が難しいとされる最高難度の術式。
「普通科よりも、魔導科にいれば、君は早く成長できる」
あれだけ魔術に興味があると言っていた割には、どうも心が揺らいでいる宗二郎。
魔導科へ行くということは、今ある普通科の環境を捨て。まるで畑違いの領域に足を踏み入れるのだから。
「魔力が得られないのを理由に……自分の道を塞いでしまうのは、愚かであると俺は思う」
「………………ぅーん。ですかね?」
「俺の知り合いに『人類最強』と称されるサイファーがいる。階級は一位。現在は大勢の部下を率いる隊の中隊長をしている」
「…………先生なのに最強の知り合い? 檜山先生って、本当は何者なんです?」
「まあ聞け。その中隊長は最強と呼ばれながらも、魔術はさほど使えない。ほとんどが固有刻印の恩恵に頼っただけの……総合評価で言えば三流の人間だ」
最強……言葉で聞くと壮大であるが、最も強い人間というものが、どれほどの実力を持っているのか宗二郎は想像が付かない。
だから自分のなかで、最も強いであろう人物を引き合いに出す。
「石蕗先輩よりも、ですか?」
「本気で戦えば、触れられもせず――一刀のもとに、切り捨てられるだろう」
「ふええ~」
バカっぽい顔で反応するが、檜山は表情を崩さない。
「何が言いたいかというと、魔術が使えない。魔力が回せないという理由だけで……君の可能性を過小評価するのは、勝手に価値を落としているだけだ。三流でありながら人類最強の座にいるのは、その男が――ただ一点において、自らを『極致』まで突き詰めたからだ。……他人が出来ている事を求めるな。君には君にしか出来ない事があるのだ。その価値が――魔導科に移籍するに相当すると俺は判断した。君が抱えている劣等感に対し、情をもって許可を出したわけではない。正当な評価と確信している」
檜山は長く話した後、小さく呼吸をして眉間に皺を寄せる宗二郎を一瞥した。
「君は……君を推薦した俺の顔を潰すつもりなのか?」
「えぇー。そこまで辛辣な言い方をしなくても」
「石蕗さんも言っていたはずだ。君に与えられた権利は養成所の中でも『異例』の待遇だと」
「はい。いってまし、た」
「この養成所でも、類を見ない例だ。…………『やっぱり止めます』となると、君は今後、魔導科からも普通科からも、白い目で見られてしまうかもしれんな。魔導科に行きたくても行けなかった普通科の生徒がどれだけいるか、君は考えたことがあるか?」
拒んだ先の事など、考えていなかった。
もし、魔導科の推薦を蹴ったとなると、魔導科の人間が黙ってはいないだろうし、普通科に残ったとしても、魔導科に片足を入れていた事実が露見すれば、きっと『ポンコツ東堂』から『不正に魔導科へ行こうとした裏切り者のポンコツ東堂』など、ととんでもなくロングネーミングが出来上がってしまうかもしれない。
自分のことばかりで、他人の境遇を考えたことはない。置かれている立場が最高の不遇だと思いたくないが、確かに魔導科に行きたくとも行けない生徒はいて当然。
「俺も君の能力は才能だと思う。恨むのならば……巡り巡って辿り着いてしまった『運命』でも恨むんだな。さあ……下らない話は終わりだ。行くぞ」
「え?」
「…………せっかく来たんだ。さっそく君に魔術を教えてやる。推薦の件と、交わした約束は別だ。それともこのまま帰るか?」
「いえ! ぜひともおねがいしゃっす!」




