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都合の良い裏側には、必ずといって良いほど――ギリギリの理由がある。
もし、異形が固有刻印を与えなかったら。
もし、旧首都に壁が出来上がらなかったら。
もし、パンドラクライシスの時に異形を封じ込める結界が現れなかったら。
至上者が与えた奇跡などではなく、複雑に絡み合った運命が。首の皮一枚で人類に生存の可能性を残した幸運。あるいは幸運に見せかけた意図的な計算が含まれているのか。
椅子に深くもたれかけた檜山は眼鏡を外し、天井を仰ぎ見ながら、目頭を押さえた。
ここ数日間、上手く眠れない。学校で起こった事件や、自分と繋がっている――『仲間』を内界の深くに逃がす手引きをしたことによる疲れが原因であった。
いつも昼時になれば、空腹を感じるところである。それすらも疲労の前には勝てない。
「どうして……異形が現れた。十八区……異形。実験場。……奴らが絡んでいるのは明白。……だが、どうしてわざわざ目立つよう、表だって行動を起こした?」
本能は眠りたいと呟くが、彼の思考回転は鈍くなるどころか、朝から変わらぬ回転を続けている。
事件後、仲間が見つけたとする十八区の外れにあった施設。
養成所から数百メートル足らずの場所にあったそこには、夥しい数の死体があったらしい。
施設自体は投棄されて間もなかったらしいが、転移魔術があったところから、捕獲した異形を転移させたと考えるのが自然。
理に適った推理をしてみるが、どうやっても腑に落ちない部分が現れる。
――まず、異形をどうやって捕獲した?
内界には異形が出現する場所があると聞くが、それは異界と隣接している区域。魔力の流出がある北東エリアの内側でしか確認されていない。
もし、内界で異形を捕獲したとするならば。
北東……この十八区。旧足立区から新宿方面に向かった先。異界である六区。
――第五層、第六層防壁を内側に隣接している第十区が濃厚か。
「…………現実的とは言えないな。十区で捕獲したとするなら、第七層と第八層の防壁を越えなくてはならない。いくら未完成とはいえ――厳重な警戒態勢が敷かれているブラックボックスの警備を、異形を引き連れて十八区まで来るなど不可能だ。ここから十区まで何キロある。仮に連れてくるとしたら、最低でも二個班のサイファーレベルの戦力が必要になるだろう。危険を冒してまで――自分達の存在を脅かす行為に走る理由はなんだ?」
考えれば考えるほど、答えは出てこない。
異形の出現。考えられるだけの――納得出来る答えは出てくるが、その間に挟まってくるプロセスが、どうやっても噛み合わない。
「そうなると、ますます気に入らない」
檜山の独り言は、殺気を帯びる。
他の生徒たちには、絶対に見せない――教員ではない。人殺しの目だった。
「俺らに情報を提供した『予言者』の存在。ヤツが事件に大きく関わっている。……どうにかして捕まえ、情報を引き出させるしかないか」
――檜山は此度の異形出現事件を事前に知っていた。
当事者からではなく、謎の予言者によって情報を提供されていたのだ。
予言者は、檜山と仲間の磯良しか知らない、非合法に入手した『黒端末』と呼ばれる携帯端末の通話番号を知っていた。
初めて、知らない人間から電話が掛かってきたときは肝が冷えた。内界の奥地にある街で手に入れた黒端末に間違い電話などというものが掛かってくるなど、百に一の確率でも発生しない。
連絡手段に使われる、パンドラクライシス前で言うところの〝携帯電話〟は、電波が不安定な内界で使用どころか、通信会社が撤退してしまった現在において誰も使用していない。
つまり、内界で流通し使用されている携帯式の連絡機器は非常に少なく……非合法で所持している人間が、間違い電話などするはずもない。
初めて掛かってきたときは、電話に出なかった。しかし……着信履歴が異常な回数を重ねた時点で、間違い電話は間違いなどでは無く、自分に用があるモノだと確信した。
この時ばかりは、流石の檜山も緊張した。相手は誰なのか。もしブラックボックスの人間だったら。今まで積み重ねてきたものが崩壊するからである。
相手は変声機でも使っているのか。独特のデジタル音が耳元のスピーカーを揺らした。




