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 彼らが過ごしている、第十八区関原養成所は――かつて足立区と呼ばれた場所にあり、東京で起こった事件『パンドラクライシス』によって現れた『異形の者たち』を滅ぼす、『サイファー(兵士)』を育成するための訓練が行われている。

 関原養成所には、二つの学科があった。

 ――――――普通科。

 ――――――魔導科。

 普通科は、他の地域にある訓練学校と同じく、サイファーになるために所属する学科であり。

 対して魔導科は、サイファーの中でも特に、魔術に重点を置いた『魔導師』を排出するための学科である。

 受け取った書類は『普通科』の東堂宗二郎を『魔導科』へと移籍させるための推薦状。

 ――ところが、宗二郎にはいくつかの問題点があった。

 異形と戦うには『固有刻印』と呼ばれる、たった一つだけの魔術を行使可能な特殊能力を持っている人間が、学校に集められている。固有刻印を持つ人間は総じて『魔力』を体内で生成し、自らの力として転換する事ができる力を兼ね備えている。

 宗二郎の場合、入学の基準となる『固有刻印』は確かにあるのだが、どういうわけか、彼は独自で魔力を作り出すことが出来ない欠点を持っていた。魔力を作り出せなければ――体内に刻まれている魔術の起動式である固有刻印を動かすことは叶わない。固有刻印が動かせないとなると『魔導科』の基礎である魔術を使うことも出来ない。

 普通科でさえ、魔力のコントロールは訓練の中で組み込まれているというのに、更なる段階の高い魔導科で授業について行けるはずはない。留歌子は解りきった結果に苦しむ宗二郎を見たくなかった。

 ――忍川留歌子は、東堂宗二郎の欠点について、よく知っていた。

 入学したときから、友達としてずっと(そば)にいたのだ。彼が抱える己の苦悩は、誰よりも理解できる。


「…………ねえ。その手紙を渡したのって、あの女でしょ?」


 留歌子の目は急に光を失い、怖いを越えてどことなく憎悪の詰まった視線を発する。


「あ、あの女、といいますと?」


「――石蕗祈理(つわぶき いのり)、だよ」


 留歌子の言う石蕗祈理とは、同じ関原養成所に通う『魔導科』の二年生。

 ――別名〝完全無欠〟の石蕗祈理。

 その名前が由来される通り、全てが完璧。非の打ち所と欠如が存在しない女帝。

 二年生でありながら、異界活動を始めている最上級生(三年)でも、名前が知れ渡っている。

 養成所最強クラスに収まっているのは言わずとも……。

 学年も違う。立場も違う。それぞれが持つ評判も全くの別方向にあるというのに。

 どうして東堂宗二郎が、石蕗祈理と接点があるのか。

 ソレもまた、関原養成所で起こった事件がきっかけになっていた。



 現在――昔からある『東京特別区』いわゆる二十三区に分割されていた地域は、新宿で発生した次元の扉が開く現象(パンドラクライシス)と『異形の者たち』が発生したことにより、東京各地の名称を撤廃。

 東京を大規模な〝壁〟で(おお)うことにより、人間の活動と異形の進攻を強制的に封じた。

 二十三区の代わりに、二十区までのナンバリング(割り振り)を行い、簡略化させた。

 壁の内側である『内界』の一番(おお)(そと)――第十七区から第二十区は、安全を保証されている地域だと思われている。



 ――その第十八区。

 よりにもよって異形に立ち向かう『サイファー(兵士)』を育成する、

 関原養成所の敷地内で、異形が発生したのだ。



 東堂宗二郎。……そして石蕗祈理も事件の現場にいた大勢に含まれていた。

 大勢と違うところは。たった二人で異形を相手にし、撃破したという点である。

 まだサイファーにもなっていない一年生と二年生。劣等生と優等生が、どうやって異形を倒したのかは特段重要ではなく。問題は――異形を倒した当事者である石蕗祈理が、東堂宗二郎を『普通科』から『魔導科』に推薦してしまったということであった。



「ねえ宗二郎。もちろん断るんだよね? だって先輩が勝手に推薦したんだし、そんなん先輩の勝手じゃん? 宗二郎が望んでいる事じゃないんだよね?」


「そうなんですよねぇ。俺が魔導科とか、ないわー」


 否定してみせたものの、宗二郎は心のどこかで、揺らいでいる自分がいたのも事実であった。

 心は『断る』方へ寄っているのだが……ただ、惜しいと思ってしまっている。

 宗二郎は魔術に興味があった。自分が固有刻印以外に持っている『特殊能力』が故に、魔術は使えずとも、魔術を生み出す工程にあたる『魔術式』を寸分狂わず再現できる。

 この力があったからこそ、宗二郎は異形を相手にすることができ、なおかつ〝完全無欠〟の石蕗祈理でさえ作りあげることの出来ない、高度な魔術を使用してみせた。

 では――宗二郎が魔導科の行く先にある目標……『魔導師(サイファー)』になれるかと聞かれれば、本人は否定するだろう。魔術式を正確に作りあげることのできる宗二郎は、魔術に(たずさ)わる者として、決定的に欠けている部分。魔力を生み出せない点が、大きな悩みになっている。

 どんなに優れた術式を構築できたとしても、魔力を使えないのであれば、絵に描いた(もち)に同じ。欠陥を認識していながら、魔導の道を歩むなど……矛盾も(はなは)だしく。

 考えずとも、自分が基礎で(つまず)いている姿が簡単に予想できる。自信が無いのではない。絶対的な定めとしてあるのだ。



 宗二郎が内面で抱えている葛藤など、知る由もない留歌子は、一人拳を強く握って、彼の意志を代弁するかのように決起した。


「なっとく出来ない! 宗二郎が魔導科とかありえんし! アタシは抗議するかんね!」


 宗二郎は、ただならぬ熱量の強さに、嫌な予感しかしない。


「抗議って。ルカ子さん。なにをする気なの」


「お昼空けておきなさい。宗二郎が無事に普通科にいられるよう、アタシとアンタと先輩とで……三者面談だ!」



 ――うっわ。間違いなく、面倒くさくなる。

 憶測で考えても、ちょっと違う角度から潜思(せんし)しようとも、きっと結果は同じ所に行き着く。

 火と油にしかならない二人を突き会わせて、大丈夫なのだろうか?

 ………………いや。きっと、派手な大爆発が起こるだろう。



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