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約束の場所。指定した時間きっかりに――反逆者、磯良修は現れた。
夕方が差し迫っていることもあって、檜山颯太は養成所で起きた事件後の緊張感高まる場所から遠出するにもできない状況。目立つ行為は極力避けていた。
当分はこの状態が続くはず。磯良との会合はしばらく控えた方が良さそうだった。
第十八区関原養成所から目と鼻の先にある民家。現在は人が住んでおらず荒れ放題になっていた。割れた窓から入り込んだ落ち葉や砂埃が床を汚し、野生の動物の住処になっていてもおかしくはない。
「………………どうだった」
檜山は険悪な顔で、半白髪の男を見つめる。磯良もまた、人間の右目を閉じた状態で、人外のオレンジを放つ左目を、腕組みしながら檜山に向けていた。
「檜山さん。アンタの言ったとおりだった。西の区画に破棄されたばかりの施設があった。ご丁寧に結界まで張ってたよ。…………さながら〝実験場〟ってとこか。内部には焼かれた死体がいくつか。それに。あの〝転移術式〟があった」
「――――やはり、な。すでに本部から『執行機動隊』が派遣されているはずだ」
「八課の後始末係か。ココに来る途中でも何人か居たぞ。十八区に異形なんてモンが出ちまったんだから、当然といや当然か」
内界で事件が起こると、本部から派遣されるのは異界で活動しているサイファーではなく、内界専門の実働隊が機能することになっている。
中でも檜山の言う――中枢機関第八課・執行機動隊は、刻印を持たない人の身でありながら、魔術や固有刻印を使用する人間と戦い、制圧する為に用意された特殊部隊であった。
磯良の情報が正しければ、異形が現れた養成所の敷地内だけではなく、方々へ足を伸ばしている事だろう。
「ぼんやり長居していたら、キミも奴らと鉢合わせしてしまうかもしれない。……当面は連絡を取るのを控えた方が良さそうだ」
そう言うと、檜山はポケットから非合法の黒端末を取り出す。磯良もそれに倣いポケットから取り出し――彼に渡す。
端末の内部に魔力を通し、機械の隅々を焼き壊した。
電子部品が焦げる独特の悪臭が部屋を包み、磯良は呼吸を止めた。
「ヴィスカムは、また新しいのを用意しておく。それまで君は待機していたほうがいい」
言われなくてもそうするつもりだ。
この異常事態は、自分の望むところではなかった。サイファーを始末できたのは良いが、異形が十八区に現れる時点で事が大きくなりすぎた。当面は警戒状態が続くだろう。そんな中で暴れでもしたら、上位のサイファーが出てきてしまう危険性があった。
かつて、セカンド・サイファーだった磯良修。ソレよりも上位の人間ともなれば士征一位しかいない。今まで葬ってきたサイファーなど束になっても叶わない。一位の人間は――もはや人間の規格から外れてしまっているようなバケモノ揃いだ。自分が普通の兵士よりも劣っているとは思っていない。刻印を高め、錬磨してきた自分でさえも、一位を相手にするには骨が折れる。
「さて……それじゃあ、行くとするか」
檜山が背を向けたとき、彼は何やらただならぬ雰囲気を感じ取り、振り向きもせずに言った。
「…………………………………………どういうことだ? 磯良君」
雰囲気の正体は、彼が何も持たず、居合いの姿勢を見せていたということ。
そして、彼の場合は――そのポーズが単なるフリでないことを、檜山は良く知っていた。
「おい。檜山さん……俺はまだ聞きたいことがあんだけどもよ」
構えられた体勢は微動だにせず。次いで行動として動き始めるころには、この空き家は血の海になっているかもしれない。
「――どうしてあのタイミングで異形が出ると知っていた。略式魔導鉄甲を現場に持ち込んでいたってことは、アンタは異形が現れるのを事前に知っていたんだろ?」
「………………………………」
異形の出現を予知していた。それも確信をもって。
……言い方を変えれば、檜山は――やろうと思えば生徒全員をあらかじめ非難できていたはずなのだ。なのに何もしなかった。結果として、死者がでなかった奇跡が、檜山の罪を軽くしていた。だが彼の行動には腑に落ちない点がいくつもあり、それが磯良の不審と直結していた。
「さぁ。話してみろよ。イイ内容を期待してるぜ。……いったい、どう説明してくれんだ? 俺が納得するまで、帰す気はねぇぜ?」
磯良修は、優秀なサイファーだった。
彼の戦闘能力を一番近くで知っていた檜山は、彼の殺気を痛いほど受けていた。
檜山は彼を刺激しないよう、ゆっくりと振り返る。
徒手空拳のまま、居合いの構えを取る磯良。夥しいまでの魔力が彼の半身に集まる。
何も見えない。空気を持つ磯良。
しかし――檜山の目には視えていた。
巨大な剣の先端が、彼の腰の所で浮いている状態。彼のアクション一つで剣は飛び出し、自分を貫かんと迫るだろう。
「――――それは、確か……アラトだったか? …………懐かしいな。骨身に染みる」
「……………………」
「ソレで俺を斬るのは……あまりにも残酷ではないか?」
「罪が深くなるのかどうかは、アンタの説明次第だ。檜山さん……二度は聞かねえ。答えろ」
檜山はじっくり、考える。
その時間を、磯良も承知し彼の口から出る、合理的な答えを待つ。
「磯良君……君は未来を予知できたら、どうする?」
「あぁ?」
思っていたよりも斜め上からの切り出しに、磯良の構えが一瞬だけ緩んだ。
「未来予知だよ……少し先の時間を、もしまだ起こりえない先の出来事を垣間見ることが出来るとするのならば、君はどういった行動を取る?」
「――非現実的すぎるな」
「もうこの世界は有り余るほど非現実で満ち満ちているじゃないか。魔力に魔術――異形の者たち。旧首都で起こっている不可思議の数々。それらは何もかもが一日にして現れた悪夢から始まった。そんな旧首都に、予知なんて非現実が噛んできたとしても、なんら不思議じゃないとは思わないか?」
「………………アンタには少し先の未来が見えると?」
「コレはとても些細にして重要なことなんだよ。見える者と見えない者。持つ者持たざる者。……俺は持たざる者だ」
「つまり、アンタ以外にも俺らに味方をする誰かがいるってことか?」
「さあ? それはなんともいえない。判断し許してしまうには時間も情報も足りない。しかし――今回、三人のサイファーを倒す事ができたのは、君の言うところの非現実を、現実のものとして体現できる人間がいるってわけだ」
――まわりくどい。結局答えを教える気は無いらしい。ここで彼を殺してしまうのは簡単だ。だが恐らく檜山を失えば八方塞がりになり、いずれ別のサイファーによって殺されるだろう。
「正直、俺もまだ信じ切れていない。未来を見通す力など……」
檜山は過去を思い出しながら、自分に言い聞かせるようにして独り言ちる。
長い構えを解いた磯良は、不満そうに檜山を睨み付けたまま。
「これだけは聞きたい。アンタは――どっちの味方だ? 俺か? それとも奴らか?」
「…………………………君を本部から逃がしたときから、答えは変わっていない。俺は君に情報を。そして君は自由にサイファーを斬る。彼らが死に絶えるまで、あるいは俺らが死ぬまで。同じ事を続ける。使える物はなんだって利用する。お互い屍を踏みつける覚悟を決めた者同士だ。共に地獄へ堕ちるまで――トカゲの尻尾も、再生される前に切り落とし続ければ、いずれ本体に辿り着く。それまでは――」
「――殺して、殺して。殺しまくる。奴らを根絶やしにするまで」
――檜山颯太は外した眼鏡に付いた汚れを指で拭い、夕闇に変わりつつある廃屋で不適に笑い。
――磯良修は、これからも殺意をもって人を殺める誓いを新たにした。




