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白髪とオレンジの瞳。半身に固有刻印を携えた――元サイファー。
ブラックボックスが指定している危険人物のトップリスト。
過去にサイファーの雛形となった特殊小隊に所属。
男は四人の同僚を惨殺して、外界にある本部を脱走。
脱走したその足で、内界へ潜入した。
彼を追い、出遭ったサイファーは悉く殺されている。
現在は内界を中心に出没している殺人鬼として、本部が警鐘を鳴らしていた。
――――人類に反逆した裏切り者。
「まさか……お前、磯良修!?」
「話は早い。さて。……死ぬ準備はできたか?」
「どうして、ココに……まさか、この異形も貴様が率いているのか!?」
「そんな情報を得てどうする。どうせ持ち帰れねえんだから――喋る必要もないだろ」
三人のサイファーは顔面が蒼白なりながらも、精神力の強さで現状を受け容れ、衝突は免れられないと、無言の覚悟を決めていた。
磯良はゆっくり腕を上げ、右から一人一人、指さしてゆく。
「目的だけは教えておいてやる……俺の目当ては――お前と、お前と、お前の命。そもそも他のお仲間さんが殺されまくっている時点で、自分達も標的になる可能性は自覚してただろ?」
今から戦いを行う姿勢でいるのに、磯良は斜に構えて余裕が窺えた。
三人の目的は切り替わった。
――いまどこかにいる異形よりも、更に危険な人物。
――この場で処理しなくてはならない。
「班長やりましょう! コイツは生かしちゃ置けない人間です!」
「仲間の仇……いまココで取ってやる」
「逃がしはしないぞ、磯良修ッ!」
三人は臨戦態勢に入り、各々が殺意を沸き立たせる。
磯良は刀を抜きながらほくそ笑む。
「――仲間、ねぇ。クソみてえな繋がりで関わっている、テメエら犬畜生の命なんか、幾ら斬っても斬り足りねえ。……三人まとめて掛かってこい。格の違い――ってのを見せてやる」
駐車場には、いくつかの乗用車が駐まっている。サイファーたちは、磯良を常に捉えておくため、彼を物陰に逃がさないないよう、無言の目配せを送る。
「――――三位連架ッ!」
班長が放った合図。三人は磯良を中心として、素速く三方向へ分かれた。
磯良の立っている場所は、駐車場の中心。柱も車両もない。一人は回り込み背後から。二人は左右前方へ。
「連架か。……ハ、なんだかんだ言って戦法はパクリかよ。つくづく三下だな」
「いくぞぉおおおおおおおお!」
班長の吶喊により、二人も一斉に声を上げた。
普通の人間ならば、囲まれた時点で怯むものだが、声を上げられても磯良は表情一つ変えない。
始めに攻撃を開始したのは、左側面から走り込んでくるサイファー。
刃をまともに受けるつもりはなく、磯良は真横にステップを踏むことによって回避――だが、横に飛んだ先。突っ込んでくるは、決死の形相の班長。初撃とは反対方向――右側面から迫る。
「――――フウッ!」
磯良は片手で柄を握る。背中の鞘から走る刀が、相手の剣を強く打つ。魔術兵器同士の拮抗。
一撃を受け止めた時点で、隙が生まれる。つまり残りの一人。時間差で、背後から迫る者。
「しねえええええええ!」
気合いの声と共に、高くジャンプした。人を斬ることに躊躇なく。刃が振り落とされる。
剣を受け止めた状態の磯良は、尚も相手を見下した態度を止めない。
「本当に笑わせてくれる。何年経ってもサイファーってのはトコトン進化してねえな。三下なら当たり前か。その近接戦闘戦術。三位連架ってのは――俺らが作ったんだよッ」
――だから磯良は知っている。戦術の弱点。切り替えの抜け穴、その瞬間は一秒もない隙。
全速力で走り込み、背後から飛びかかったサイファーに対し、彼は空いている手をコートの中に差し込み、取り出したソレを、見もしないで後方に放った。
背後のサイファーが空中で見たものは、光に反射して煌めく。
次いで、自分の喉に激しい苦しみ。
「コォ、ヒハぁ!?」
思わず空中で手を離した剣。彼は地面に倒れ込んで自分の喉をまさぐる。
――投擲用の小さなナイフ。刃の全てが喉に刺し込まれて後ろから先端が飛び出していた。
首が濡れていた。息が出来ない。血……真っ赤な、血。
「この戦術の大変なところはな……『怪物』や『人修羅』みたいな人間がいると、攻撃どころか、合わせて付いてくのがやっとなんだよ。連撃が速すぎて、遅れりゃあ攻撃の流れは崩れるし、ヘタしたら自分が仲間に斬られちまうからな……テメエらのは遅すぎて話にならねえ。ホンモノの劣化版にも届いてねえよ」
磯良は背後の男が倒れる前に鍔迫り合いをしていた班長を弾き、後方へ押し込んだ。
連撃の基本は、仲間が攻撃を行う前に、自分の行動を始めている事。
最初に一撃を避けられたサイファーは、既に次なる攻撃を仕掛けていた。
鍔迫り合いを弾かれる瞬間まで見ている。更に加速するか立ち止まって連撃を止めるか。二者択一。このまま止めるわけにも行かず……加速する中、単純になっていた思考は『攻撃続行』を指示する。
更に走り込めば、どこでもいい――敵の身体に刃を滑り込ますことが出来る。
倒れた仲間を視界の端に捉えるが、神経は向かうべき相手に注がれる。自分を信じ、仲間を信じたサイファーは一気に詰め寄ろうとするが、死角をとっているにも関わらず、磯良修は迷わず振り向きざま――自身の刀をこちらに向かって振り下ろしていた。
「ゥォオオオオッ!」
磯良が本格的に攻撃の姿勢を取り、気合いの叫びが駐車場に響き渡る。
気迫に中てられたのか、自らの意志とは裏腹に、慌てて防御の姿勢を取る。身体の間に自分の剣が盾となって滑り込んだが、磯良の刃には大きな魔力の循環。魔術兵器が最高の能力をもって刃に籠もる。
防御をしていた剣は彼の一撃によって堪らず砕け、勢いは止まらず――鎖骨を断ち斬り、胸部の中心まで達する。
何が起こったのか、一瞬の出来事。時間が引き延ばされる。
砕けた剣の半分。ゆっくりと空中で回転しているのが見える。
激しい血飛沫。磯良の眼は血を浴びながらも瞬きせず笑っていた。半身に収まっているオレンジ色の眼球が淡い光を放っていた。
二人目から刀を引く抜く前に、鍔迫り合いから弾かれた班長が怒りに燃えながら襲いかかった。
磯良は判断早く。あっさり自分が所持する武器を放棄し、後ろに下がった。
身体の半分を両断されたサイファーは、彼の刀を身体に埋めたまま、自らの血の海の上に倒れ込み、絶命する。
血だまりを踏み越え、空拳の磯良へ詰め寄る。
赤い飛沫を浴びた磯良の表情は、おどろおどろしく。
――どんなに相手が人斬りの殺人鬼であろうとも、武器がないのならばこちらに分がある。どこでもいい。身体の一部にでも深手を負わせられれば、敵を絶命に追い込めるッ!
「取ったぁああああああああッ!」
顔面に鮮血を受けてもなお、オレンジの瞳はその存在感が強く。
彼の半身にある刻印は、魔力を受けて――その術式を瞬時に起動させた。
「勝ち誇ったように吠えてんじゃねえ。取ったのは俺の方だ……」
磯良は何も持っていない左手を下から上へと振り上げた。
その動作で、突っ込んでいたサイファーの身体が目に見えない力によって引き戻されながら持ち上げられ、空中で静止した。
「ナ……ご、ごば、ぁ!?」
空中に留められたサイファーは足をばたつかせ、何をされたのか判らず、自分の胸を見つめる。
胸骨を砕き、背中から貫通した見えないソレは、流れ出る血が伝う事によって、
ようやく〝目には見えない形あるモノ〟であると認識できた。
「な――は、柱?」
あまりにも巨大な不可視の何かが、身体を貫いている。熱と痛みで視界に閃光が瞬く。そして一秒ごとに膨大な血液が失われ、広がってゆく――冷たさ。
自らの血が流れ、見えない形に輪郭を与えて、ようやくソレが。
――――――巨大な剣であると認識できた。
「……………………固有刻印・砺」
自ら名付けた刻印の刃。
無くなってゆく命。耳に入ってきた情報が、昔の何かを思い起こさせた。
どんどん遠くなってゆく意識に、班長は最後まで憎悪を込めた眼で、歯を食いしばった。
「アラ…………きさ、ま……」
「あの世でせいぜい、俺を始末できなかった事を――後悔するんだな」
磯良の意志で固有刻印『砺』を消した瞬間、
矢継ぎ早に襲いかかる見えない刃。その数――三本。
既に死人も同然のサイファーに向かって突き刺さる。
ボロボロになり、磔も同然の格好で、鮮血が乾き始めた半白髪の男は、鋭い目つきで浮いている死者を睨む。
「………………これからも、お前らのような偽善者を殺し続けてやる。悲願を達成するまでは、止める気は無い」
フッと消える刻印。空中に浮いていたサイファーの男がようやく自分の血だまりに落とされ、
糸が切れた操り人形のように――力なく倒れた。




