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檜山颯太は第十八区関原養成所の講師をしている。
まだ魔術の基礎を知らない子供たちに、戦いにおける魔術がどれだけ重要であるかを教え、時には実演を行い示していた。
魔力を操ることができる――即ち彼も固有刻印を所持している一人であり、何らかの経緯があって養成所の講師に配属されているはずであった。
現役のサイファーを束ね、内界の各地にある兵士を育成する学校施設を統括している組織、
通称――ブラックボックス。魔術兵器や、それらを扱う講師は、全てブラックボックスに公認されて、訓練所に派遣されている。元々はサイファーであったり、パンドラクライシスが起こるまえは、自衛隊に所属していたなど、それなりの経緯がある。
檜山颯太は固有刻印を持っていて、魔術が使える。生徒に教授する能力は低いものの、魔術を教える講師達の中でもトップクラスの知識を持っていた。彼がブラックボックスに所属する前は、何をしていたのか。どうして内界の学校へ来ることになったのか。その素性を知る者は……誰も居なかった。
――第九層の防壁が囲んでいる第十八区から内側に直進すれば、第八層の防壁が聳え立っている。
多くの人間は防壁を〝円形〟だと思っている。実のところ、作りあげられた防壁は世間が語るほど、円形ではない。
壁を一から作りあげるのは難しい。ただ……ベースとなる素体が元からあって、それを壁として利用できるのなら、建造の工程と時間は大きく短縮することが出来る。例えば高速道路や高架。道路などだ。わざわざ土地を平らにならさずとも、日常から使われていた公共物をベースにしてしまえば、あとは素材をつなぎ合わせるだけで壁は完成する。日本のみならず海外からの支援もあって、短時間で長距離を完成させたことが出来たのは、こういった工夫と、その他諸々の許可や書類上の申請を『緊急事態』の名のもと、省略させた事情があったからだ。
そう考えると、日本国内の中でも東京は特殊だ。
地図で俯瞰すれば、その構造は面白いの一言に尽きる。
――まるで、蜘蛛の巣のように道路や鉄道線が張り巡らされている。どこでどんな事が起こっても路上をつかって囲んでしまえば、最小限の土地で切り離すことが可能だ。
高速道路一つにしても、宏大な土地をぐるりと取り囲むようにして構成されている。
西側の壁の建造はかなり苦労したと聞く。住宅街と少ない大通り。ベースになる土地がないため、どうしても地ならしが必要になる部分があったそうだ。
おそらく〝円形の壁〟というのは、この西側で作られた壁の形状が、いつしか全体が円形であるという錯覚と誤報によって、現在の防壁が現されているのだろう。
ハイスピードな防壁の建造は、なんとなく理解できる檜山であるが、やはりこの広い土地を囲むだけの時間は、あまりにも短く、違和感を憶えてしまう。
そして、完全に塞ぎ込んでいると思われている、防壁の一部は――まだ未完成なのだ。
この実情は組織の人間と、歯抜けになった壁の近くに住んでいる人間くらいしか、解らないだろう。当時からしたら非常識極まりない情報の管理によって、内界から外には情報を発信できないようになっている。よって……外から内界がどうなっているのかは知りようがない。
檜山は時間を確認しながら、秒針を目で追う。
分針が動き、しばらく秒針が進んだ頃。視界が徐々に白ずんでゆく。
「本当に霧がでてきたな。……何もかも、予定通りというやつか。こうも上手くいきすぎると、つくづく恐ろしいな」
檜山は予知めいた出来事を前に『世界が終わる』という話を不意に思い出した。
もう昔の話だ――一九九九年、空から降ってくる恐怖の大王によって人類は滅亡する。
知る人ぞ知るノストラダムスの大予言。このオカルトめいた内容に世界は固唾を飲んだ。結局人類は滅亡することなく。若い頃の檜山もまた、来るかどうかも定かじゃない恐怖の大王に戦いたものだった。
――そして、予言というものは信じないようになった。
未来とは誰にも予見できないものであり、どんな科学者が理詰めで、計算をしようとも導き出せないのが運命という名の『X』なのである。人は未知なるモノに不安を抱え、明確な答えとして提示しなければ納得出来ない。結果には原因がある。……だが現在は、あらゆる『X』で包まれている。多くが不明であり、人を不安にさせる要素が山積している。
異界に居る『異形の者たち』が、外界から飛び出せば、世界は終焉を迎えると予測されている。確率の問題ではなく、人類の抵抗が不可能ならば止められる術はない。計算など必要ない。目に見えて推測できる。
十八区から数キロ先で棲んでいる脅威は、正に恐怖の大王の再来だ。ただ予言と違うところは、目に見えて『存在し有る』と言うところ。予言も予知も必要ない。目と鼻の先で活動しているソレを食い止め、押し返し、駆逐殲滅しない限り、人類に明るい未来は訪れない。
異常なものが、確かな血肉をもって存在しているのなら、どんな不安定な存在であろうと、害を成すならば、蹴散らさねばならない。




