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なぜ、忍川留歌子がいきなり感情的になったのか、まるで見当が付かなかった。
普段から面倒見のいい同級生。一緒に過ごす時間の多い同級生。話をしているとけっこう趣味が合わない。でも話すこと自体は不快じゃない。顔に感情が出やすいタイプ。多発性癇癪持ち。基本暴力に訴える傾向――でもソレは基本俺に向けてのもので、見ず知らずの他人には行かない。あと本人も自覚しているのかどうなのかは判らないが、心の底から笑うときは『ニャハハ』と笑う。
――ルカ子について、いくつか特徴を挙げてみると、それなりに出てくる。これも過ごした時間の長さが故か。
良いところもあれば悪い所もあるのは、どの人間でも同じだが、
今回のように、理由もなくいきなり怒りだしたのは初めてだった。
本気で石蕗祈理に戦いを仕掛けに行こうとした留歌子。
だがこれ以上トラブルは勘弁である宗二郎は必死に説得し、堪えさせた。
彼女をそのまま一人にしておけば、また何をするか分からないので、着替えるまで待たせ、監視もかねて、共に下校することにした。
――思った以上に、疲労がある。体力的な部分はもちろん……剣の魔術。あれを再現したことで精神的な負荷が掛かっているのかもしれない。
魔術は体内の魔力を消費するだけではなく、多少なりメンタル面でも影響を与える。例えば体力以上の疲労感であったり、眠気や倦怠。集中力の散漫など。
魔術の塊である固有刻印も、能力の内容にもよるが、同様の副作用を発生させる。
宗二郎はなるべく顔に出さぬよう、いつものふざけた態度を維持しながら、留歌子のゆったりとした歩調に合わせる。
「斬っちゃえば良いんだよ。あんな女……宗二郎には良いことないよ? なんで先輩がでてくんのさ。何やっても宗二郎の前に、あの女でてくるよね」
「何やってもって、今回が先輩と初回の顔合わせだったのですけど……」
「初回だろうが、既知だろうがなんでもいいよ。アタシは納得いかないもんね! 石蕗先輩との関わりはお父さんが許しませんよ」
「……なんか、お父さん、急に先輩が出てくると敵意を見せるのですねぇ」
「もし先輩が宗二郎を取っちゃったらどうすんの」
「取っちゃうってなんだよ。……どうやら俺が思ってる先輩像と、ルカ子さんが持っているイメージはかなり対岸の位置にあるようですが」
俺の中じゃ、先輩はメチャクチャ怖い、女帝という印象しかない。しかも彼女が俺に向けている印象は最悪である。もう浮上できないくらいに嫌われてしまっている。
――取るねぇ。……この場合、怒らせすぎると命を取られちゃうかもだけどな。
「罰だかなんだか知らないけどさ。宗二郎は性悪女に良いように扱われてるんだって。きっと擦り切れるまでこき使われて、要らなくなったら即ポイだよ。宗二郎の人生みたいに」
「俺の人生、いつ『即ポイ』なものになっちまったんだ。悲しくなるからやめてたげて」
勝手気ままに口にする留歌子は、自分の鬱憤を吐き出しているのか、宗二郎を心配しての忠言なのか、言われている本人は複雑な気分。
だんだん留歌子のああだこうだに慣れてきた宗二郎は、耳で聞いて空返事をしつつ、肝心なところはしっかりと意見を言って、話を合わせた。
レンガ作りの地面を見つめながら歩く。二種類の色違いで組まれていて、斑模様を描いているのだが、これは不規則に組まれたモノなのか、それとも何か一定の基準があるのか。
いつも悩みながら歩いていて、結論付く前に、家に到着してしまうのが常であった。
――すると、留歌子がいきなり言葉を切って、宗二郎の腕を引っ張った。
「どぅお!? な、なんだよ急に」
「…………そこ、陥没してるから注意して」
「え? どこが?」
地面はなだらかそのもの。だが留歌子が宗二郎の歩く先にある、地面を強く踏むと、レンガが崩れ、深さ四十センチくらいはあろう、へこみが出来た。
「な、なんだこれ! ルカ子、なんでお前、穴があるなんて知ってんだ!? つか穴があるんじゃなくて、穴ができてるって、言った方が正しいのか!?」
身体のだるさも吹っ飛ぶような出来事に、宗二郎は目を白黒させた。
「………………ここら辺って、地盤侵蝕があるらしくて、けっこうあちこちで起こってるらしいよ。踏み外したら骨折っちゃうかもだから、気を付けなよ宗二郎」
「こ、こえー。もう学校行きたくなくなったわ。いっそのこと怪我しとけば、石蕗先輩から逃れられるのでは。ほんと良く解ったな。見分け付かんぞ。ピンポイントで穴を言い当てるとは、もはやサイキックの領域だな。優良生徒の忍川留歌子じゃなくて『マジカルエスパー・ルカ子ちゃん』に改名したほうがいいんじゃね?」
「なんだそれは。もうバカ言ってないで、ほら帰るよ」
穴は臑ほどあり、さほど深くは無い。だが踏み抜いたら本当に骨折するかもしれない。
留歌子に礼を言った後の宗二郎は、歩く足取りが急に慎重になった。
「もう穴はないんじゃないかな? 宗二郎気にしすぎだよ」
「油断大敵だ。一匹いたら十匹っていうだろ? もう十箇所くらい、あるに違いない。隙を見せるなよルカ子」
「なにそのゴキブリ思考。初めての反応で笑える」
笑わそうとしているのか、はたまた本気でやっているのか。宗二郎の行動には時折、判別付かない場合がある。今がその時だった。
せわしなく動き回る宗二郎は、何を思ったのか、急に大通りから逸れる路地をずっと見つめた。
留歌子が何かを言い出す前に、路地の方へと入ってゆく。
「ちょっと宗二郎。どこいくのさー」
宗二郎の背中を追いかけて、留歌子も路地の中へと入っていった。
――遅れて路地へと向かった先。彼は膝を付きながら、その人物に話しかけていた。
相手にしていたのは、二人の小さい女の子だった。
視線の高さに合わせた時、女の子たちは一度、宗二郎を見るも、二人とも泣きじゃくっていて、収拾がつかない状態。息をするのも大変そうで、小刻みのしゃっくりをしているように、噎んでいた。
宗二郎は冷静に、ゆっくり話しかけながら、何があったのかを聞き出した。
――大まかな概要にすると、こうだ。
二人で遊んでいた人形があったのだが、走っているとき、何かに引っかかった勢いで、壊してしまったらしい。地面にはスポンジで作られたウサギの人形が、真っ二つになっていて、無残な事件現場みたく転がっていた。
「あちゃー。これは酷い。手術は不可能ですな」
拾い上げながら、宗二郎はいつもの軽口を叩く。
「コラ宗二郎ッ!」
留歌子が怒ったのと、女の子達が揃って泣き出したのは同時。
「やべ……ごめんごめん。でも兄ちゃんは何もできないわけじゃぁ、ないんだなコレが」
宗二郎はカバンを横に置き、女の子に向かって優しく笑いかけた。
「……なあ、ルカ子や?」
「ん?」
「……あくしゅ」
「な、なに。いきなり」
「ほら。手を出して」
膝を付いたまま、差し出される手を見つめながら、留歌子は視線を逸らす。
「ま、まあ。宗二郎が手を繋ぎたいのでしたら、してもいいですけどもー、アタシはべつに、どっちでもいいんですけどねぇー」
戸惑うも留歌子がゆっくり手を伸ばすと、素速く宗二郎が留歌子の手を捉える。
「ん? なんか? …………あ、こらー。そゆことかぁー!?」
留歌子が抵抗をしようとしていた時にはすでに遅く。宗二郎は彼女から魔力を勢いよく吸い上げていた。勝手に人の魔力を奪った宗二郎。留歌子からしたら、自分のものを勝手に取られて良い気分ではない。
置いたカバンから取り出したは、円柱の樹脂。教科書が入る余裕がないくらいに大きい。いったい普段から何を入れてるんだと、留歌子はツッコミたくなる衝動が生まれた。
「基本ベースは問題ないか……あとは強度と、怪我しないように鋭利な部分を削ぎ落とし…………いける」
留歌子から吸い上げた魔力をそのまま、宗二郎は自身の刻印に注入する。右のてのひらが輝き、円柱の樹脂を切り刻む。
光の中で、形作られてゆく不思議な光景に、女の子達は驚きに表情が固まっていた。
すぐに出来上がった形は、女の子が持っていた玩具とほとんど変わらないウサギの姿。
「悪いがこっちは色も付いてないし、オマケに固い。……コレが俺に出来る精一杯だが……はい。欲しかったらやるよ」
削りは荒く、それでも最低限の安全を考慮し作られた、ウサギの人形。
細部にこだわると、どうしても多くの魔力を必要とする。
工程を出来るだけ省き、留歌子だけの魔力で出来うる限界の精度。
お世辞にも綺麗とはいえない人形を前に、少女たちの顔が輝く。
「すごーい! ありがとう、おにいちゃんッ」
女の子は作りあげられた人形そのものを気に入ったというよりも、宗二郎が使った魔術に驚き……そこから作り出された不思議な人形に対して喜んでいたようだった。
はしゃぎながら去って行く二人。振り向き手を振る姿に、宗二郎も小さく手を振り返した。
「…………あれあれぇ? お金は取らないんですかー、守銭奴さん?」
わざと意地悪い口調で、留歌子は宗二郎に問いかけた。
「アレは捨てるつもりだった素材だから、別にいいのさ。ゴミを捨てる手間が省けたのだ」
「ふぅん。フフーン。捨てるものだったら、後生大事にバッグの中に入れておかないくせにー。このこのー。宗二郎はそういう所、良い人間だよねー」
「褒めたって、なんもでないぞ」
「ちぇ。お腹空いてたから、なにか驕って貰おうと思ってたんですけどなー」
「本音はそっちかい」
留歌子は口を尖らせつつ、ポニーテールを両手で握る。
「そんなお前にはこれをやろう」
ポケットから小さなキューブを取り出し、
なけなしの魔力を使い、鮮明なイメージをもって削り取った。どうせ残す魔力は自分の中で消えてしまう。最後まで使おうと思った何気ない行為。
切り取られた先に出てきたのは、折り紙のウサギを模した造形だった。
「わぁ。かわいい!」
「急に女子になったな」
「それ失礼だよ! アタシはいつでも女子なのぉ!」
「へいへい。…………なんとなくで作ったヤツだから、やっぱいらんか」
返事も聞かずにいきなり握りつぶそうとし、慌てて留歌子は宗二郎の指を力任せにこじ開け、間一髪でウサギを救出する。
「い、いいらないなんて、いってないもんね。もらえるなら、もらいますですし!」
歩き出した宗二郎の後ろで、留歌子は両手に収まったウサギを見つめ、聞こえないほどの独り言を漏らしつつ、くすりと笑う。
手の中を見つめながら動かない彼女に、距離のあいた宗二郎が振り返る。
「なあ、腹減ったからどっか飯、いこうぜー」
「え?」
「魔力貰ったから、ついでにお返し。疲れてるけど飯食わなきゃ、やってられん。美味いところ……知ってるんしょ? 驕ってやんよ」
「………………うん! さっすが宗二郎だねぇ。わかってるぅ~」




