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――東堂宗二郎は、深い深呼吸をしたのちに、ゆっくり手を伸ばし、それに触れた。
酷く錆び付いたドラム缶の上には、樹脂で出来た長方形の塊が立てられている。
長方形に手を付いたまま、力強く叫んだ。
「さあ、あとはお前らの番だ。俺に根性みせてみなッ!」
彼の背中に控えていた三人の少年は宗二郎と同じように、彼の背中へ手のひらを乗せた。
「んじゃあ、いっくっぜええええええ」
背後の三人は、宗二郎の背中に向かって、何やら目には見えない念じみたものを送っているような真剣さ。ふざけているのではなく――彼らは本気でソレを行っていた。
「おいおいおいおいおい! お前らの情熱ってのはそんなもんなのかよおおお!? もっと魔力よこせ! じゃないと上半身だけで終わっちまうぞ!」
宗二郎の声に、三人は必死になって更に真剣味を帯びる。
かつて工場として使われていた土地には誰もおらず、残骸だけが小さな墓標のように立ち並び、または転がっている。男三人が工場跡の一画で必死に叫ぶ光景は、あまりにも怪しく、近寄りがたいものがあった。
「……………………きた」
宗二郎に送り込まれてきた、三人の魔力が自分の体を通って『固有刻印』へと伝達された。
久しぶりに動き始める感覚。彼は唇を一舐めして、口角を吊り上げた。
体の中にある、重いスイッチが音を立てて動く。
…………ギチリ――と。
始動の合図が頭の中で弾けると同時に、個別の魔力が自分の体で一つになる。
脳内は細部を記憶している。
自分が行うは、長方形を削り取る作業。
細部の造形の角度に合わせて、樹脂に刃を滑り込ます。
削りを入れる回数は、優に五千を超え、
それら一ミリの誤差を起こすことなく、正確さを実現させる。
「きた……きたきたきた! あとは……一気に、削り取る!」
宗二郎が起動した刻印の力を、そのまま長方形の物体へと流し込む。
目には見えない軌道が、一瞬にして数千の工程を行う。
いとも簡単に、正方形の物体は切り刻まれ、削り滓がドラム缶の上に落ちてゆく。
――自らを意志のない機構として扱う。
――無念に幻想を現実に再現するための装置。
――能力の使用に意識が入り込む余地など無く。
――形を起こすための、思考無き集中しかない。
削る速度は段階を上げてゆく。最初は大まかだった滓は、どんどん細かくなってゆく。
やがて、目の前に取り除くべきものが無くなると、宗二郎は正方形だったものから手を離した。
「ふう。……マジ傑作。さすがは俺。良い仕事してんなぁ」
額に汗して、宗二郎はドラム缶の上に乗っている出来映え満足な表情。
後ろで魔力を供給した三人も、宗二郎の能力が作りあげたものに、思わず置きを飲んだ。
正方形の樹脂が切り取った先に現れたのは、彫像だった。
宗二郎や、他の男子と同じタイプの制服を着た女の子の姿。彫像と呼ぶにはいささか堅苦しく、現代の単語で当てはめるのならば……『フィギュア』といった方が正しいか。
精巧に削り取った先に出来上がった造形は、今にも動き出しそうな繊細さをもって完成されていた。
「……でさ、こんなんで本当にいいわけ?」
宗二郎は二枚の紙を見比べ、自分が作りあげた造形を交互に見る。紙は彼らが趣味で書いているイラストの設定図だ。首から上の部分を事細かに前後左右から描き出してあり、もう一枚には大まかなキャラクターの体型がああだのこうだのと記載されている。
首から下は自分達の通っている学校の制服を着せれば良いというので、イメージは容易かった。
三人の男子生徒は論じる必要は無いといわんばかりに興奮していた。
「ところで。なぜにウチの制服なの?」
いまいち趣味嗜好が理解できない宗二郎。
「何を言ってるんだ。そこが良いんじゃないかっ!」
一人が声荒くすると、何やら妙なスイッチが入ったらしく、三人三方向から熱い言葉の怒濤。理想と至高。ロマンだかを心に訴えかけてきた。
――意欲には関心するが、宗二郎の心に響くものは無かった。熱情は共感してこそ双方高まるものであるが、方や熱とは真逆の氷であれば、ぬるま湯じみた感情しか残らない。
とにかく三人を落ち着かせて、宗二郎はいつもの支払いを求めた。
情熱は徐々に現実に引き戻され、男子生徒三人はそれぞれ、紙幣を宗二郎に渡す。
いろいろと慌ただしいこんなご時世であるが〝円〟の通貨は健在で、その価値は今も昔もほとんど変わっていない。
――数年前に起こった、歴史的大事件『パンドラクライシス』
それは、東京の中心地である新宿区に、忽然として現れた〝次元の大穴〟が原因で、空間の向こう側から奇怪な生物が現れた。
人はこれを『異形の者たち』と名付け、人類を滅ぼすであろう脅威として認定。
最初の頃と変わらず、人類と異形は拮抗状態にあり、形勢を逆転できる術が見出せずにいた。
次元の向こう側から現れたのは脅威だけではない。
空間を越えて、この世界にはない未知のエネルギーが東京に流入し続けていたのだ。
空気に混じっているが物質ではなく、かといって存在せずの不明確なものでもない。
確かに有りつつも、確たる証拠を表せぬ明瞭ならざるもの。矛盾しつつも利用できるもの。
ソレを――『魔力』と呼び、この魔力は異形の生命エネルギーになっていた。
異形の出現により、東京は実質崩壊。都市としての機能を完全に失い、首都は消え――各地の境界線も曖昧にされ、市町の名前までも消失した。
土地ならず、多くの人間が死んだ。
長い年月が経過した今でも、どれだけの犠牲者が出たのか不明である。