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東堂宗二郎は、片手に携帯端末を持った状態で、校内にあるベンチに腰掛けたまま、頭を深く落としていた。
「あー。どうしますかね。どうしますかねー」
憂鬱。先日……留歌子に言われた通り、コレが身から出た錆である。どこかでしっかりとけじめを付けておかないと、錆は日増しに広がって、ついには自分を崩す結果になってもおかしくはない。そもそも、自分のやっている事は校則違反であるのだ。
…………もし先輩とやらが『公正委員会』の人間だったら?
ふと宗二郎の思考に、そんな言葉がよぎった。
――この関原養成所にも、生徒が生徒を取り締まるための自治組織が存在している。
学校には、しっかりと定められたルールがある。サイファーの訓練施設としてではなく、どこの学校でも守らねばならない規則と同じ。
それらを破れば罰則があるのは言うまでもない。自分の行っている行為が、どれほど重い罪なのかは判らない。かれこれかなりの違反を重ね、その対価を――刻印を使用することによって得ている。他にも公正委員会とは普通科と魔導科との間にある壁を取り払うことを目標としている。しかし、この分厚い壁はまるで薄くなっている気配はなく、周囲からは規律を正す監視者としての印象が強い。
目の前にぶら下がったトラブルの種を抱えて生活するのは、精神衛生上よくない。
下校中を狙って〝先輩〟とやらが襲ってくるかもしれない。
精神が絹豆腐で出来ている俺は、胃が簡単に穿孔し、入院してしまうかも……。
例えば――〝やりたくないこと〟があったとしよう。
それは宿題であったり。誰かに伝えなければいけない言づてであったり。奥歯にずっと住まわせていた虫歯であったり。今回のような避けられぬ怖い先輩との話し合いだとしよう。
――どんなに逃げても逃げても、宿題は学校から提示されるだろうし、言づては言い渡さないと自分に非難が浴びせられる。虫歯は放っておけば苦しむ時間が長くなり、怖い先輩はいまもどこかで、怒りの貧乏ゆすりをしながら首を長くして待っているだろう。
自分にとって嫌な事というのは、
――大抵が、いずれやらなければいけないのだ。
イヤイヤ言っていて逃れられるのなら、その方が楽だし手っ取り早い。
しかし、逃れたいが主張がまかり通って、おしまいになってしまうほど、世の中というのは甘過ぎるシフォンケーキのようなモノで出来てはいない。
時には到底、食えないようなモノも食わなくてはいけない時がくるモノなのだ。
――つまり、何が言いたいかというと。
「どうせやらにゃいかんし。……んだから、腹ぁ括ってさっさと面倒くさごとは終わらす。それに限るな。うん」
自分の顔を軽く両手で叩いて、自分に渇を入れる。
先輩とは、此度のトラブルを持ち込んできた〝カピバラ〟が連絡をとって都合を付けてくれるらしい。
「さて。どうなることやら。委員会が相手だったら、終わるな俺……」
宗二郎は携帯端末のボタンを押して、遅い一歩を踏み出した。