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「…………魔術とは基本はイメージで構成されるモノだ。いかに鮮明な術式を脳内で起こせるか。魔力の強さが全てじゃない。戦闘における魔術の善し悪しは、その再現力に掛かっていると言っても過言ではない」
静かな口調で――男は言った。
石蕗祈理は返事をせず、自分の精神を集中することだけに没頭する。
「高度な術式は、地面……ないしは物質に刻み込むことで、脳内で構築する術式の欠如を起こさないようにする。コレは現在活動している上級魔導師でも行われている手法だ。暗記で使える魔術は多いに越したことは無い。手数の多さは生き残れる選択を増やすと同じなのだから」
彼は眼鏡のつるに触れ、彼女が地面に広げている術式の光を読み取る。
――魔力の変換。光。刃。幻想形状。魔術起動の方角。
「………………剣、か」
まだ出現してもいない魔術がどんなものであるのかを的確に言い当て、男は口元を吊り上げ密かに笑う。
魔術に精通していれば、術式がどんな効果をもたらすのか、おおまであるが読み取ることができる。幻想を現実にするには設計図が必要だ。なんのプランもなしに、頭で望んだ願いをそのまま作り出せることができるのなら、それは魔術ではなく、お伽噺に出てくる魔法使いである。
魔を利用した術が魔術。純粋なエネルギーである魔力を別の効果へ転換させるには、その変換過程となる術式が必要だ。大抵は地面や中空に術式の広がった魔法陣が現れる。
集中力は人一倍。魔法陣を展開させる正確さは十分。魔力を保有できる量も桁違い。
なんの補助もなしに、頭で構築させた術式の設計図を、そのまま地面に現すことができるのは、まさしく才能と言って良かった。
「繋ぎ……示すッ」
構築した術式へ、足から伸ばしたラインを接続。魔力を流し込む。
起動式が閃光して、真上に飛び出したのは光の剣。
だが、飛び出した形状は一瞬。光の刀身はおぼろで、向こう側が透けて見える。形状を維持することが出来ず、剣は脆く崩れ、光の粒となって四散してしまった。
彼女が作りあげた魔術の出来ばえに、男――檜山宗太は満足げに手を叩き、率直な感想を添える。
「三級魔術でも上位の難度。……いま在籍している三年生でも、ここまで組める人間は居ない。本当に――いい筋をしている」
褒められるようなものじゃない。剣のようななにかを作りあげたというだけで、剣ではない。
剣とは相手を切り貫いてこそ、剣なのだ。あんな質では何も貫けまい。
魔術の練習が行える施設は、今日も盛況。訓練する人間よりも観客が多いのはいつもの事だ。
一年経った今でも、祈理は他人の視線に慣れない。
檜山颯太は三十を過ぎた痩せ男。身長が高い事もあってよく目立つ。
彼は魔導科の専属講師であり、魔術について詳しい知識を持っていた。
マニュアルだけに頼って教えている他の講師とは違って、実戦や実演をもって魔術の詳しい説明をする数少ない人間で、外見こそ特徴がないものの――実力において強い存在感を持っている。彼を支持する魔導科の生徒は少なくない。
授業だけでは限界があると悟った祈理は、一年前から檜山に直接教えを請い、放課後の合間と彼の都合が付いたときだけ、自らの魔術を発展させ続けていた。
何日か前に彼に教えて貰った『光剣の術式』を起動させてみるが、やはり上手くいかない。頭で術式はイメージ出来ているはず。実際に地面に浮かび上がらせている魔法陣は間違いは無いはず。だとすると、魔力の量が足りていないのか?
「魔術ってのは、難しく考えるから、勝手に複雑な負の連鎖に陥るものだ。自分もそうだったから、よく解るよ……」
檜山は彼女の心を見透かしたように、自分の頭を指でつつき、静かに続けた。
「術式が間違っていなくとも、魔術に供給する魔力が足りていようとも――使用する術士が、しっかりとした意志をもって使わない限り、完璧な術は使えない。行使する魔術が高度であればあるほど、必要とされる意志は濃く明確でなければいけないんだ」
――魔導科に所属して、授業で聞かされて来た〝心象〟について。
武道に『心・技・体』いった三要素があるように、
魔術にも『象・式・源』などと例えられている。
脳内で象るものを精到に。術式は不備なく。魔力をに制御すること。
本格的な魔術を習っていると、必ず最初の壁に当たるのが――この『象』である。
教えられて身につく『式』はいかようにも伸ばせる。
根本的な容量に左右される『源』は長い鍛錬を積めば、底上げすることが可能である。
ただ――『象』においては、教えられ、憶えるだけでは、真に修得できるものではない。
象とはまさに心の中で作りあげる〝意志の強さ〟と言った所か。ただ教わっただけで行使できる下級魔術とは違って、上級ともなれば求められる『象』はより高度なものとなる。
魔力はイメージによっていかようにも変換できる、いわば万能にして無限大に作用するエネルギーだ。それら魔力を意識下において、コントロールすることが必要不可欠。強い魔力とは単純に量だけではない、意志の力によって純度を高めたものが、上級魔術に求められるのだ。
こと、象においては外部から取り入れた知識だけではどうにもならない。心は人それぞれで、集中する感覚やイメージは劃然たる差がある。
単純にして、自分のものにするには非常に難しい。
「第一に考えるのは、己にある魔力の量ではなく……いかに術式を現実の世界に再現、固着させることが出来るかの制御と安定性、表現力が求められる。例えば魔力を煉り上げただけの光弾。あれは力を込めれば込めるほど威力が強くなるわけだが、手の平に魔力を込めすぎると、光弾にとして維持しておくことが難しくなる。結果……弾は破裂し、自分に損害が被る。自分の限界を知り、それを伸ばすのも魔導師として――術を上手く使えるコツでもある」
檜山はおもむろに手の平を前に出して、聞こえぬほどの言葉で何かを呟く。
すると手の平の前に、小さな術式が現れた。祈理にもすぐにソレが何であるか判った。自分が作ったのと同じ『光剣の術式』である。
「現実のものとして現すのは、大きさや魔力をイメージして供給する練度によって大きく左右される。……キミのように大きな剣は、作り出すだけでも一苦労だ。だが同じ術式でも――」
眼鏡の奥で、眼光が強くなったとき。彼の手の平の術式は地面に転写され、剣が飛び出した。
綺麗な細身の刃。長さは三十センチほどであるが、十分に安定し、形になっていた。
「もう少し順序だてて、精度を上げていけ。…………いま練習している剣だけじゃなく。魔術は威力と規模を拡大させようとすると、それだけで難しさは高まる。……この光剣も然り。剣には質があると同時に、大きさもその威力を左右する。極大ということは、見た目に比例した膨大な純度の高いイメージが必要になる。そんなのが作れるのは最初から術式を必要としない固有刻印を持っているか……高位魔導師でも極数人の術者でしか、行えないと思うよ」