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<6>

 ――関原養成所は、普通の学校が行っているのと同じ教育が取り入れられている。

 それは、この内界にあるどこの訓練所でも共通であり、それら学習内容に加えて、異形の者たちと戦うための、実戦を想定した訓練も行われている。

 一週間の時間割によっては、内容は変わるが、基本的に午前中は、異形や敵が生息している内界の中心部『異界』についての基本的学習。

 今では、小学中学と内界ではこの基礎知識を取り入れるようにしているらしいが、在校している生徒たちは、まだ混乱の渦中にあった国家の(げき)(どう)(また)いで現在の生活に押し込まれた子供たちであった。今では当たり前のように行われている基本的な学習内容でさえも、まだ曖昧。宙づりの状態で現在まで取り置かれている状態。故に本来の学生が学ぶべき事と、これから戦場で役立つ知識がどちらが優先かと問われるまでもなく、目先の危険を学ぶことに重点を置かれているのが、関原養成所の方針であった。



「…………あー。重い。どぎついです」


 午後の実戦訓練。東堂宗二郎は訓練用の剣を持ち上げながら、いつものぼやきを漏らした。

 普通科のクラスで行われる模擬戦闘の訓練。宗二郎を含め、彼らは全員トレーニングスーツを身につけて、剣に魔力を通すという、魔術兵器を扱うに基礎的な訓練を行っていた。

 魔術兵器……正式名称はアンチ(Anti)アンノウン(Unnown)ウェポン(Wepon)

 実戦で使われる兵器は通常のものにあらず。固有刻印があって、魔力を操る事のできる人間でしか、特殊兵器を扱えない。魔術兵器は魔力を通せなければ、どこにでもある普通の武器でしかなく、種類によっては武器としての機能すら発揮することはできず、一部の魔術兵器は、魔力を持たない人間でも使えるが、その希少性から全体数は極々少量しか流通されていないのが現状だ。

 魔力を操る行為は、魔術に精通している魔導科が専門と思われがち。だが魔力の制御が行えなければ、異形の者たちと戦う事はできないと結論づけられている。



 ――人類が初めて異形と大規模な戦争を行った、

 ――〝第一次異形進攻〟と呼ばれる過去。



 異形との戦闘の末、人類は一方的な大惨敗に終わった。

 使われた火器類は、世界中どこでも使用されている、殺傷能力のある武器として扱われていて、そのほとんどが、異形に対して損害を与えられないことが実戦にて実証されている。

 その後、改めて異形を研究し、彼らを(ほふ)る術が、

 彼らの出現と共に発生した『魔力』であり『魔術』と判明する。

 この要素が異形を傷つけ、死に至らしめる最も効果的な手段であると見出した人間は、理論的認識を超えた要素を、使い慣れている武器に組み込むことで、そのまま異形に抵抗できる道具とした。魔術と兵器の融合体――それが、魔術兵器なのだ。

 魔力の使用用途は魔術兵器のみならず、固有刻印の起動と発動にも必要だ。普通科の生徒たちの全員が固有刻印を所持している限り、これらの訓練は避けて通れない道であると言えた。



 屋内で行われているこの訓練。

 本来ならば、内界かその周辺の地域でしか、力の(みなもと)である『魔力』が存在していない。

 内界で一番の安全地域とされている、第十八区もまた他の最外区と同じで、大気にある魔力がほとんど存在していない。

 屋内の訓練場は刻印を起動させるに足る魔力が(ただよ)っていた。施設は特殊な魔術によって魔力を発生させているとの事であるが、その理屈と機構がどういうものであるのかは、養成所に在籍している生徒の誰一人として、疑問に思えど知らないのであった。



「どうしたんだよ東堂ぉ。まだこんな基礎ができないのかよー」


「うっさい! ……こんなん気合いでなんとかなるッ!」


 となりにいた男子生徒が冷やかしに、冗談交じりの宗二郎。……心の中では真剣だった。

 クラスメイトの関係であれど、出来る出来ないの差違は、どうしても格差に繋がってしまう。

 ペーパーテストで、最上位の人間と最下位の人間を平等に扱ってくれないそれと同じ道理であった。

 もう、この訓練も数回目になる。他の生徒たちはかなり慣れたもので、魔力を通した剣を上手に取り扱っていた。

 剣は魔術兵器の基本回路の一つである『軽量』の術式が組み込まれている。剣に魔力を循環させるだけで、この軽減術式が発動し、剣にある質量……つまり金属としての基本的重量が半減される仕組みになっている。

 本来であれば、訓練用の剣は魔力が扱えない者でも、最低限のサポートを噛ませてくれるという。それでも、施設内の補助は、他の生徒が軽々しく扱っているほどの加護は与えてくれないらしい。自転車で例えるなら、補助輪は付いているが、車輪が極小であるようなもの。補助輪として装着されているものの、その補助自体が機能するかどうかは怪しい。


「ふぬぅうん! どうだ! できたぞぅッ!」


 金属製の剣を筋力一つで持ち上げるには重く。見事な中肉中背の東堂宗二郎にとって、この(てっ)(かい)(いま)(いま)しい以外の(なに)(もの)でもなかった。


「……………………ほいほい。それェー」


「ひゃいんっ」


 隣にいた留歌子が宗二郎の剣を軽く叩いた。彼は子犬のような悲鳴を上げて、剣をフラフラさせながら、地面にボトリと落とす。


「ぜんぜん、できてないじゃん」


「えーえー。できてませんよ。だって魔力が回せないんですもんっ」


 たまらず宗二郎はできうる限りの苦笑いで、開き直った。

 彼は自らの持つ最大の(ぜい)(じゃく)部分を、周囲の仲間に(さら)す事を嫌っていた。

 みんな対等の立場で入学したのに、周りがどんどん訓練を進展させるごとに、自分が置いて行かれてゆく距離感と無力感を突きつけられるのだから。

 ――周りと同じ事が出来ないのは、さぞ()(がゆ)いことなのだろう。

 できうる限り、彼の力になろうと決めていた留歌子であったが、流石に彼の能力に関して、どうこうできるような良い案は浮かばなかった。


「……宗二郎」


 留歌子が考えた末、口に出そうとした慰めよりも早く。宗二郎が活路を開いたような顔で、真剣味を帯びた顔で留歌子に向いた。


「ええい。もうめんどくせえ。ルカ子。お前の身体触らせろ!」


 大声は十分に周囲を凍り付かせるには十分な破壊力を持っていた。

 中には集中して、剣に魔力を注いでいた生徒の力が霧散し、手から柄が滑り落ちた者までいた。


「こ、ここ……こんの。どうしてそこでそんな発言が出てくるこのど変態ッ! どうやら土星まで行きたいらしいねぇ。いいよこっちにお尻向けなさい! 右足にまごころを込めて、蹴りぶっ飛ばしたげる!」


 留歌子の発言はその場にいた全員の女子の支持を集め、援護射撃に続けと言わんばかりに、彼の発言に同姓からの怒りと、問答無用の有罪判定と、謝罪すら罪であるとの(そし)り……四方八方から、言葉の集中砲火を浴びせかけられる。

 留歌子は彼の言わんとする意味を理解しているつもりである。

 彼が魔力を使用するには、他人に接触することによって、相手の魔力を供給しない限り、自分の力として転換することができない。

 その特殊性を知っている人間は少なく。クラスメイトの全員が知っているわけではない。

 結果として――なにも考えずの発言が、場に居たほとんどの非難を浴びたわけで。



 宗二郎からしたら、留歌子と交わすいつも通りの会話。ただ……物言うタイミングと場所を考えなかったのは、自分の落ち度であると納得する。


「別に触らせてくれるなら、男でも女でもいいぞ!」


 本人は弁明。あるいは、そういった低俗な意味で言ったつもりでは無いという、意味合いを込めての意思表示。

 宗二郎の事情を知らない人間からしたら、乱心した以外ありえない発言。

 凍り付いた屋内は、大勢の人間が一歩後ろに引いた気がした。


「…………ほんっと、バカだよね。宗二郎って。ほら……手だったらかしたげるよ」


 もう彼一人では収拾つかない泥沼状態であると留歌子は判断し、自ら宗二郎の手を取った。


「――宗二郎は、なぜか魔力を作れないらしくて、人の魔力を使わなきゃ、刻印が使えないのよ。…………まあ、言ってることはおかしいの解ってるけど、そゆこと」


 なんでそんな厄介な条件がいるのだ? そんな疑問を投げかける生徒はいなかった。

 そもそも固有刻印そのものが、生徒たちにとって慣れ親しまれていない異質。何が基準で何が異常なのか、その判断が可能な生徒は誰一人としていないからである。

 東堂宗二郎に置かれている不遇な事情も、固有刻印が与える一つの影響なのだろうと、誰もが思った。



 クラスの中でも、忍川留歌子の影響力は強い。

 ――彼女が『優良生徒』という立場もあって、クラス内にあるトラブルや人間関係を円滑に運ぶための、無くてはならない存在になっていた。みんなのムードメーカー。クラスを引っ張るリーダー格。

 宗二郎の失言に対して。大勢の女子から批判が上がったのは、間違いなく彼女の(じん)(とく)が故。

 きっと、宗二郎の抱えている事情を本人が説明したとて、(たわ)(ごと)としてしか扱ってくれなかっただろう。

 留歌子が説明してくれたからこそ、みんな納得した様子で、そういった事情があるんだったらもっと早く言えよ、などと笑ってくれる男子生徒までいた。

 留歌子から魔力を受け取った宗二郎。

 魔力を受け取ることは出来るが、長時間にわたって溜め込んで置くことができない。相手の魔力の質にもよるのだが、早い段階から体内の魔力は身体の中で溶け込んでしまい、失われてしまう。自分で魔力を作る事はできないが、他の生徒たちと同じで、魔力が体内のどこにあるのかは、感覚でわかっていた。

 むしろ、他の人間よりも上手く固有刻印をコントロール出来る宗二郎は、魔力の扱いが優秀であった。

 体内に取り込んだ魔力は、体外に霧散せず、全身に循環したのち、消えていってしまう。身体に吸収されてしまうのか、体内の魔力が自分の物ではないから、自然と消滅してしまうのか――その行く末を宗二郎は何一つ知らない。



 剣に魔力を通す行為は至極、簡単だ。

 自分が刻印を使う時は、常に誰かから魔力を供給して貰っている。体外から受け取り体内へ。そして刻印を使う時は自分の刻印へと力を導く。魔力の流れを正確にコントロール出来なければ、自分の刻印は簡単に起動してはくれない。

 魔術兵器に通す手順はその逆を行えば良いだけの話。

 魔力の流れをそのまま、手の先まで伸ばし、剣の柄にそっと流し込むだけ。

 それは鉢植えに水をあげるのと同じ感覚。水の勢いが強すぎるとジョウロの水はすぐに無くなってしまうし、鉢植え側も根を越えて、無駄に排出されてしまう。

 剣に流し込む魔力は、多ければ多いほど良いというわけではない。適度な量と適度な流れを調整してあげれば、消費量を最小限に留めておくことが出来る。

 魔力を貰った宗二郎は、さながら水を得た(うお)のよう。偉そうに剣を振り回す。


「ほら――この通りだ。俺はやれば出来る子なのだ!」


「アタシの魔力を使ってるクセして、なにを言っちゃてるのさ」


「はっはっは。この授業内容は、魔力をもって剣を制御する授業だ。つまり――この授業において、誰の魔力であろうとも構わんのだ。魔力を吸い出せるならば犬猫でもいい。回路を動かせればよかろうなのだぁッ!」



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