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<5>-4

 留歌子はつくづく思う。あんな態度を取られてどうして怒らずにいられるのだとうか、と。

 逃げる事をしないから、決して臆病なんかではない。

 自分自身を強いと言わない。……実際、彼の腕っ節は訓練を見ていたときからわかっているが、それほど強いわけでもない。どれを取っても平均以下。おまけに生徒の誰もができる魔力の取り込みをできない時点で、普通よりも大きく(おと)ってしまうなんて、最弱も(はなは)だしいデメリットを背負ってしまっていた。

 様々な不都合を抱えているというのに、彼は絶対に逃げるような事をしない。むしろ……難関の壁が現れたら乗り越えずには居られない性分なのだ。悪く言えば無鉄砲にして自らの力を弁えない()(もう)な男。――よく言えば、自分の欠点をなんとも思わず、自分を信じて貫き通す意志の強さを持った人間。

 二言目にはふざけた道化の態度を見せるが、その真なる部分は、道化などではないのだと、留歌子は解っていた。だから彼が、本気で困っていたら手伝ってあげたいし、壁を乗り越えたいのであれば、手伝わずにはいられない。



「…………あっちでも、なんかやってるぞ? お盛んなことで」


「うわー。なんか今にも殴りかかりそうな感じだね」


 校舎の前。生徒たちが通学路として使用している通り道なだけに、早朝は人が多い。

 そこで、生徒間のトラブルが起これば、人集りが出来るのは当然のことで……。

 野次馬の中心には――二人の男子生徒。留歌子と宗二郎もそんなギャラリーの中に入って事の成り行きを見守る。

 遠くからだと、階級を確認できないが、魔導科の〝円環〟と普通科の〝逆三角〟がお互いの肩に収まっている。そうであれば、もうトラブルの概要は、わかったも同然だった。

 朝から聞くに()えない()()(ぞう)(ごん)

 宗二郎からすれば、どっちもどっちである。最初に始めた方が悪い。しかし突っかかれた方も寛容になって無視でもすればいい。お互いが一歩引くだけで、心がぶつかり合うことなど無いというのに。

 つかみ合った両者は、口だけでは飽き足らず、ついに殴り合い取っ組み合いでも始まりそうになろうかという時。


「貴方たち。何をやっているんですか?」


 宗二郎たちとは逆の方から、透き通った女子の声が聞こえた気がした。

 ……二回目に『やめなさい』と言った時には声を張った訳でも無いのに、よく聞こえた。

 何故なら、最初の一声で、つかみ合っていた男子生徒のみならず、ギャラリーから漏れ出ていた話し声すらも、(のど)の奥に引っ込んでしまったからである。

 前にいた生徒の背中ごしに、宗二郎も争いの中心に歩いて行く女子を見る。



「…………あ。あの人」


 宗二郎には見覚えがあった。

 昨日の夕方。誰も来るはずのない橋向こうの河川敷に現れた女生徒。

 人を憶えるのは苦手だが、あの場所で出会った人間は強く印象づけられていた。

 自分を覗き込んでいた瞳は、黒とは違う、どこか緑がかった変色をしていた。

 優しそうな目とは打って変わって、いま居る彼女は表情が固い。温かさを取り払った機械的にして冷たい目つき。

 そして、どこか他の生徒たちとは違う空気を纏わせていた。

 第一印象に刻みつけられる、半分の前髪が外に跳ねている姿。

 ストレートの黒髪が歩くたびに動く。


「公然でなにをやっているのですか、貴方たちは。まずはその掴んだ手を離しなさい」


 女生徒が言うと、二人は口答えをする余裕もなく、手を離して地面を見つめ縮こまる。

 そこからは一方的なお説教が始まり、やっと周りを囲んでいたギャラリーが、バラバラと崩れて校舎へと流れていった。


「でた……〝完全無欠の石蕗先輩〟だ」


「ふぅん。完全ねぇ。――で、何者? すごい(かん)(ろく)ですけども」


「宗二郎って、他校の生徒? 関原じゃなくて、旧三鷹訓練所に居たとか? 入学式までアタシと一緒だったのに、なにすっとぼけたこといっちゃってんのよ」


 留歌子は本気で知りませんと言った顔をする宗二郎を見て、演技じみた溜息を吐き出す。


「二年生魔導科。石蕗祈理(つわぶき いのり)。アタシも詳しくは憶えていないけどあの肩の〝二重円環に六角〟の紋章はそこらの生徒じゃ、まず付けていない。いわゆるエリートな四文字熟語をこれでもかーって詰め込んで、ごった煮状態にしたら、あんな先輩が出来上がるってわけ。すごく有名。見た目キレイカワイイから、人気はなおさら。あんな感じでクールな人だから人気があるのかもね。普通科のアタシが知ってるくらいだもん。誰でも知ってるんじゃないかなぁ?」


「へー。俺とは全く関わりない人だってのは判った。…………ちなみにルカ子。あの先輩を例える四文字熟語ってどんなのがあるんだ?」


「………………うーん。(しお)(さば)定食? すごくしょっぱいし、いつでも焼きたて。()(かつ)に食べると、素人(しろうと)は火傷するぜーみたいな?」


「熟語かどうかは怪しいとこだが、焼き肉で来ないところがさすが。……チョイスが渋いなルカ子さん」


「でそぉー? 魚ってあんま出回ってないけど、美味しいところしってるから、今度いっしょに行こ」


「そだなー。善処しときましょうか」


 くだらない会話に変わる頃には、もうほとんど野次馬は残っていない。

 二人も流れに逆らわず、自らの教室へと足を運ぶのであった。


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