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――俺は誰かを助けられる人間になりたいと願っている。
こんなこと、恥ずかしくて言えないから、きっとこれからも口に出して言う機会は少ないと思う。けど口に出して語らない程度の小さな願いでもない。あまり誰彼かまわず言いふらしたくないだけ。……わりと自分の中では、東堂宗二郎を構築している、基盤となっていると言っても過言ではない。
――『誰かを助けられる人間』というのも、漠然としているのは解っている。誰かとは誰の事を指しているのか。助けられるというのはどういったモノから救い上げるのか。目指している頂にある理想は、悪と戦う正義のヒーローとか、そんな格好いいものではない。
……しいて言うのなら、誰かを助けられるだけの強い力を持った人間――といったところか。いや、この目標も中々に難しい。
俺は遍く全てを助けられるほど、大逸れた力を持っていない。西で泣いていれば西へ飛んで笑顔にし……東で苦しんでいれば助けてあげる。現実を欠いたスーパーマンとはちょっと違う。
大見得を切るだけの実力を兼ね合わせているわけでもない。目指し成れるものには限界がある。程度は知っているつもり。
描く理想は漠然とした夢物語ではなく、判然とした高さの壁があるような現実味があった。他人が聞いたら『お前なんかに何が出来る』『普通の人間なんだから弁えろ』『口で言うなら簡単な夢だ』なんて鼻で笑われてしまうだろうけど――それでも目指したいと思うことは、罪ではないはず。
東京が崩壊したとき――辛い出来事は、沢山の人間が経験してきたことだと思う。
多かれ少なかれ、この内界に住んでいる人間の全てがパンドラクライシスの被害者であり、
事件から数年が経った現在でも、これらの問題は解決されることなく現在進行形で続いている。
……いつになったら、この災厄に終わりが来るのか。誰が終わらせてくれるのか。未来を見通せない人間に知る術はない。
かく言う俺もパンドラクライシスの被害者である。
…………もうひとつのパンドラクライシス。あの中心に俺は居た。
人類の中で初めて異次元の怪物を、最初に間近で見た数少ない一人だったと自負できる。
一度見れば忘れられないゾッとする異質なフォルムと、大きく常識を欠いた存在感。
――――『異形の者たち』
テレビの画面から飛び出してきたような生き物。あの時は、おおよそ自分が目で見ているものが、実在しているモノだと理解できず。思考は冷静な判別が出来ない状態だった。
……今でも鮮明に思い出せる。今の俺ならはっきりと言える。
テレビの向こう側で動いている偽物の怪物と、実際に目で見る怪物は、次元が違う。
場の澱みきった雰囲気。作り物とは違う野生の臭い。動物園のような檻も壁もない。大気一つだけで挟まれた、自分の命がこれほどまでにちっぽけなものと思い知らされる圧迫。
きっと逃げていれば、更なる不幸を背負わなくて良かったはずだ。
あのとき……戦っていた人達が居た。剣や銃を駆使して勇猛果敢に。人外の生物に向かって。
目に見える物だけが全てとなっていたわけではない。
周囲に充満していた街が燃える。
崩れた高速道路から立ち上る黒煙。
昼だったはずの関原は夜に変わり、不可思議な闇に包まれていた。
足の裏に伝わってくる地面の振動。
気がつけば俺は血まみれになって倒れていた。
周りは暗闇であるはずなのに、遠くなる意識の中、視界は白んでいた。
鮮烈な記憶は……いつまでも残る。
身に起こった出来事は回想できるというのに。
俺を助けてくれた人たちの顔ぶれは思い出せない。
恩知らずにも程がある。慚愧に堪えないもどかしさ。
…………俺はよく――あの頃の夢を見る。
異形の爆発と、散弾めいた破片が全身を襲い、倒れる自分。
真横になった視界で男かも女かもわからない人が、異形と戦っている光景。
ぼんやり、白く染まる視界。意識が途切れて。
次のシーンはいつも病室の天井で夢の続きが始まり、
天井を見る頃には、夢が曖昧になってゆき、
現実で寝ている俺が、目覚める時間になっていた。
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