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「なあなあ。『普通科』から『魔導科』に移ってきたって、アイツのこと?」
「そうらしい。アレ……俺と同じクラスで、授業が一緒なんだよな」
「普通科で飛び抜けた成績だったのかね?」
「普通科の連中なんかコレぽっちも意識してないから、何も知らん。……でも、こっちに来たって事は、そういうことなんじゃないの?」
「ところでアイツ……いつまでああして『台座』に手を置き続けているんだ?」
「――俺らよりも、魔力量が飛び抜けているとか?」
「五分以上もだんまりだぜ? 本当に魔力を供給してんのか?」
「ハハ。……………………まさか、なぁ?」
彼ら二人の男子生徒が会話をしていたのは、第十八区関原養成所にある魔導科の訓練場。
今まさに彼らは『魔術』に関しての授業を行っている最中であった。
ボーリングのレーンのように分けられ、壁で仕切られた縦長の空間。
レーンの手前にはそれぞれ、占い師が使う水晶ような球体が収められた台座が一基ずつ。
奥には透明なガラスに似た壁が、何枚もの層となって、等間隔で並んでいた。
二人が話題にしていたのは、じっと台座に手を乗せ続けている生徒。
全身を包み込むゴム質のトレーニングスーツをインナーに。体操着を着ていた。
先日、彼は普通科から魔導科へと転科してきたという。
名前すら、魔導科では一度として取り沙汰されたことはなく。
誰もが聞いたことのない事例で、ちょっとした噂となっていた。
基本的な戦闘様式しか学んでいないとされる普通科から、基礎ベースが魔術を中心とする訓練を行っている魔導科では、根本的に授業の作りが違う。
十中八九――普通科には収まりきらない優秀な人材であると。
疑念わだかまる中、確信をもって期待の目を向けていた。
彼らの噂話が自分の事であるなど、露知らず。
――東堂宗二郎は、授業が始まった時から異様な視線の集まりを一点に受けて、居心地の悪さが頂点に達していた。
授業の目的は――台座から『魔力』を吸収し。魔力をそのまま一つの『光弾』として射出。
レーンに並んでいる透明な障壁をできるだけ多く貫通させ、撃ち抜くという訓練であった。
魔導科の基礎的な授業内容。障壁の全てを撃ち抜ける生徒はいないが、コツさえ掴んでしまえば、遊びに似た感覚で行うことができる。
「……………………」
宗二郎は口を真一文字に結び。まるで違うことを考えていた。
――え、なに? 台座から魔力を吸い上げて、光弾として撃ち放つ? 光弾ってナニ。魔術式はどこ行ったんだよ。他人から魔力供給とかさせてもらえないの? くっそ、こんなんだったら誰でも良いから触っときゃ良かった! いくら台座触っても魔力の『マの字』も吸い上げられないんですけど。故障してるんじゃないの? 普通科ではやってませんでしたよ! ……おい、おいおいおいおいおいおい! 初日の印象が肝心っていうだろぉ!? さっそく『ポンコツ東堂』をお披露目してしまうのかッ!? もっと、こう、上手くいかんもんなのかね? ――いや、もう台座の事は考えない方が良い。これ以上やっても絶対に良い方向へ転ぶはずがない。何色だって良い、我が閃きの脳細胞よ! この場をニュルリとくぐり抜けられる――良い知恵よ! おりてこぃぃぃいい!
「ぐッ、んんぬにゅぬぬぬううう!」
「おい。東堂!」
「ぐうぅぬ――はぇ? あ、はぁ、はいぃ?」
あまりにも思考に没頭しすぎて、周りの声すらも聞こえていなかった。
一番近くで見ていた教官は、あまりにも真剣な表情で台座から手を離さない宗二郎に対し、心配そうな表情をしていた。返事をしたときの締まりの無い顔に、二重の意味で心配が募る。
「お前、まさか……できないのか?」
教官には明らかな『不審』が広がっていた。魔導科に来るほどの技量をもった生徒が、こんな初歩的な部分で躓くはずが無いといった顔。自らの経験と知識が疑わしくなってしまったが故に、宗二郎へ問いかけていた。
「き、今日は、ちょっと――調子がわるいかなーっ、なんつって……」
「――まあいい。まだ初日だ。徐々に出来るように調整をしておけ」
「あ、はい。すいません」
とぼとぼ帰る宗二郎。生徒からの視線が冷たい。
周囲の表情は固く。歓迎している雰囲気でないのは明らか。
――予想通り、としか言いようがない。踏み込んだ先は、きっと暖かくは向かえてくれない。……魔導科に行くという時点で覚悟はしていたのだ。味方は誰も居ない。これが理想を叶えるための道だというのなら、頑張って切り抜けていくしかない。
生徒の列を縫って、歩いていると、囁きかけるような声が聞こえてきた。
「おー、い。おい……お前。元普通科ぁ。こっちこっち。どこみてんだ。こっちだって」
細めの手が、ひらひらと振られる姿。
灰色の長い髪の毛が目立つ。どこかで見たことのある美形男子。
魔導科の登校初日に……偶然知り合った生徒。相手は宗二郎の事を憶えているらしく。旧知の友人に会ったような笑みを、宗二郎に対し飛ばしていた。
「え。あぁ。確かアンタ、転校生の?」
「やっぱ憶えてたかー。そうそう。あんとき以来じゃんっ」
長い髪の毛を、ひと撫でして少年は腰に手を当てた。
どこを見ても知らぬ顔。敵意しか向けられていない宗二郎にとって、灰色髪の少年は精神的な救いになる存在であった。
「この前会ったときは、お互い忙しかったってのもあったし。自己紹介まだだったよな。……オレ、青柳善斗っての」
「おぉ。よろしく。俺は、東堂宗二郎ね」
宗二郎はおもむろに手を差し出す。親愛の証としての握手である。
「あー、オレ握手苦手でさぁ。悪いけど」
人間色々なタイプがいる。握手が嫌な人間がいてもおかしくはない。
特に違和感などは感じず、宗二郎はさしだした手を自然に引っ込めた。
「まさかココで会うとは思わなかったぜ。……クラスは違っても、こうやって実践の授業で合同になるってのは珍しくないから、いつかは顔見るだろうなって思ってたんよ。随分と手こずってたようだけど」
善斗は今しがた、宗二郎が立っていた、台座の方を指さす。
「…………あれ、どうやんのか、全然わからなかった」
そもそも。何をやるかが明確になっていても、実際にできるかは別の話。
宗二郎の持つ技術について、特に関心はなさそうで。善斗はぼんやりと『確かにな』と相槌を打つ程度。
「魔力の光弾って、術式を挟まないから、燃費は悪い。その代わり効率よく最短で繰り出すことが可能なんだよ。咄嗟の攻撃に使えるから、実践において使い勝手はいいんだ」
「へえ。詳しいんだな。青柳」
「訓練してれば、なんとなーく、解ってくるもんさ。魔導師の端くれだったら、知ってて当然」
そういうものなのか。空返事をしながら、宗二郎は他の生徒たちが平然と行っている訓練模様を観察し続けていた。放たれてゆく光弾。障壁に当たると、高い音と共に粉々に砕けてゆく。何枚並んでいるのか解らないが、だいたい四枚くらいが平均値のようだ。